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追放された無能テイマー、実は【大地の主】でした  作者: はぶさん


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第52話:水路の跳ね魚と、夜風を包む陽だまりの契約

抜けるような群青の空の下、木漏れ日の農園には清々しい朝風が吹き抜けていた。


カボチャの緑の空中トンネルの木陰。

ベルが織り上げた柔らかな羊毛のクッションの上で、小さな三毛猫がふぁぁと大きくあくびをした。


「……ふにゃぁぁ……あ。……ハッ!?」


パチリと金色の瞳を見開いたヒーター・キャットのミケは、弾かれたように四肢を突っ張って飛び起きた。


ピンと立った三毛の耳をパタパタと動かし、周囲をキョロキョロと警戒するように見回す。

昨日、灼熱の赤色岩で熱中症になり、ティルたちに保護されたミケ。


すっかり解熱し、肉球の赤みも引いて、白・黒・赤橙の毛並みは生まれたてのようにツヤツヤと輝いていた。


「な、なんニャ……!? アタシとしたことが、敵の陣地でぐっすり眠りこけてしまうなんて……!」


ミケは慌てて前足で顔をゴシゴシと洗い、フサフサの尻尾をピーンと立てて胸を張った。


「べ、別にベッドがふかふかで気持ちよかったわけじゃないニャ! 体力を回復させるために、仕方なく目を瞑ってやっただけニャ!」


『ぷるぷる! 三毛猫ちゃん、おっきしたぷるぅ!』


足元から、半透明のぷるがぽよんと跳ねて挨拶した。


「ニャッ!? 水たまりの化け物ニャ!」


ミケは驚いて真上にぴょんと飛び上がり、近くの木の柵の上へと軽やかに着地した。


「おはよう、ミケ。よく眠れたかい?」


穏やかな声とともに、ティルが朝露のついた木桶を抱えて歩み寄ってきた。


隣には、朝の素振りを終えたばかりのメリッサが静かに寄り添っている。

作業着の右袖を折り留めたメリッサの左手には、研ぎ澄まされた清潔な手ぬぐいが握られていた。


「フン! アタシは気高き女王ニャ!ニンゲンに朝の挨拶など……ん?」


ツンと横を向いたミケの鼻先が、ピクピクと激しく動き始めた。


風に乗って漂ってきたのは、水路の方角から流れる、瑞々しい川魚の生きた匂いだった。


「こ、この匂いは……魚ニャ!? 川魚の匂いがするニャ!!」


ミケの金色の瞳が、カッと真ん丸に見開かれた。


高貴な態度などどこへやら、柵から飛び降りると、匂いの元へと一直線に猛ダッシュした。


「あ、待ってミケ! そっちは水路だよ!」


ティルとメリッサが慌てて追いかける。


玄武岩で組まれた清流の水路。

山からの澄んだ雪解け水がサラサラと流れ、第二沈砂池の淀みでは、銀色に輝く丸々とした川魚たちが気持ちよさそうに泳ぎ回っていた。


水深は三十センチほどだが、猫にとっては立派な深みだ。


「ウニャアァ! お魚がいっぱいいるニャ!丸々太ってて、すっごく美味しそうニャ!」


ミケは水路の縁石に前足をかけ、お尻をフリフリと揺らして狙いを定めた。


頭の上の炎の飾り毛が、興奮でパチパチと小さく瞬いている。


『クックック……! アタシの自慢の狩りの腕前を見せてやるニャ! とうッ!!』


バシャァァァンッ!!


果敢に水面へ飛び込んだミケだったが――。


「ニャギャアァァァッ!?t、冷たいニャァァァッ!!」


勢い余って全身が水没し、悲痛な叫び声が荒野の空に響き渡った。


火の魔素を宿すヒーター・キャットにとって、雪解けの冷水は天敵中の天敵だったのだ。


手足をバタバタと溺れかけるミケの前に、スッと長い影が差した。


パシャリ。

メリッサが迷わず水路に片足を踏み入れ、鍛え上げられた左手で、水浸しの三毛猫の首根っこをひょいと優しく引き上げた。


「大丈夫ですか、ミケ殿」


「ふぎゃっ……! ごぼっ……! お、溺れるかと思ったニャ……!」


メリッサの胸元に抱き上げられたミケは、全身の毛がペッタリと張り付き、元の半分ほどの細さになって震えていた。


「わふっ! びしょ濡れだワン!」


サンが駆け寄り、心配そうに鼻先を寄せる。


「ピピ、乾いたタオルを! ロラン、ベルも呼んで!」


ティルが指示を出すと、ピピが空中から飛び去り、ベルが織り上げたばかりの吸水性の高い大判タオルを運んできた。


ティルは震えるミケを優しく包み込み、頭から尻尾の先まで、丁寧に水分を拭き取っていった。


「火の魔物なのに、冷たい水に飛び込むなんて無茶だよ。怪我はなかったかい?」


「う……うぅ……。アタシはただ、あの美味しそうなお魚を……」


シュンとうなだれるミケ。

頭の上の炎の毛も、湿気でしんなりと消えかけていた。


その姿が可哀想で、そしてたまらなく愛らしくて、ティルはふっと微笑んだ。


「魚が食べたかったんだね。……よし、ちょっと待ってて」


ティルは水路の仕掛け網を引き上げ、ピチピチと跳ねる銀イワナを一匹、手早く網ですくい取った。


「はい、獲れたよ。……メリッサ、厨房の石板で焼いてあげよう」


「承知いたしました、ティル殿」


メリッサが嬉しそうに頷き、素早く魚の内臓を処理して串を打った。


木陰の焚き火跡に炭を熾し、じっくりと遠火で焼き上げる。


パチパチ……ジューッ……!


イワナの脂が炭に落ち、香ばしい煙と塩の香りがふわりと立ち上った。


「ほら、ミケ。焼きたてだよ。骨は全部抜いてあるからね」


ティルが木皿の上に、湯気立つふっくらとした焼き魚のほぐし身を載せて差し出した。


「ウニャ……!」


タオルにくるまったままのミケは、目を輝かせてお皿に飛びついた。


ハフハフ、モグモグ……!


「あふっ……! あつあつ、ほくほくニャ……! 皮がパリッとしてて、身が甘くて、すっごく美味しいニャ!」


夢中で貪り食うミケの背中から、ぽわんと湯気が立ち上り、乾いた毛並みがみるみるうちに元のふわふわな毛玉へと戻っていく。


頭の上の炎の飾り毛も、パチッと勢いよく再点火した。


「ぷはぁ……! 満足ニャ……! ニンゲン、お前なかなか気が利くニャ!」


ミケは満足そうに舌なめずりをして、ティルを見上げた。


「ミケ。さっき水路に落ちて冷えたとき、体内の火の魔力が暴走しかけていたね」


ティルが真剣な眼差しで語りかけると、ミケはピクッと耳を伏せた。


「……気づいてたのかニャ。……アタシたちヒーター・キャットはね、体内の熱をうまく逃がせない欠陥種族ニャ。暑すぎると熱中症で倒れるし、冷えすぎると魔力の火が消えて死んじゃうニャ……」


寂しそうに前足を見つめるミケ。

昨日の行き倒れも、真夏の猛暑で熱がこもりすぎたことが原因だったのだ。


ティルはそっと、ミケの小さな前足に自分の指先を重ねた。


「俺に手伝わせてくれないかい? 俺の【大地の主】の力なら、君の熱量を大地と調和させて、いつでも心地よい温度に保つことができる」


「大地の……調和……?」


ミケが金色の瞳を丸くする。


「君を苦しめる熱の暴走を抑えて、君の誇り高い炎を、みんなを温める優しい光に変えるんだ。……俺と、魂の契約を結んでくれるかい?」


ティルの澄んだ瞳に、嘘偽りのない温もりが宿っていた。


ミケは少しの間じっとティルを見つめ、それからツンと鼻を鳴らした。


「ふ、フン! お前がどうしてもって言うなら、契約してやらないこともないニャ! アタシを専属の暖房係にして、毎日美味しいお魚を食べさせるニャ!」


強がりながらも、ミケは自ら進んでティルの人差し指に肉球をペタッと押し当てた。


――トクンッ……!!


その瞬間、ティルの丹田から溢れ出た新緑の光が、ミケの身体を包み込んだ。


ミケの体内でくすぶっていた過剰な火の魔素が、大地の穏やかな魔力と溶け合い、清らかな琥珀色の波紋となって広がっていく。


【大地の主の魂の契約】。


光が収まると、ミケの三毛の毛並みは、まるで日だまりの陽光をそのまま織り上げたような、極上の温もりを帯びていた。


尻尾の先には小さな鬼火のような、だが決して熱すぎない愛らしい橙色の灯火が灯り、頭の飾り毛はリボンのように優雅に揺らめいている。


「す……すごいニャ……! 体の中の嫌な熱気がすっきりと抜けて、ポカポカと心地いいぬくもりだけが満ちているニャ……!」


ミケは驚いて自分の前足をまじまじと見つめた。


これが、魂の契約によって覚醒したミケの真の能力――【熱量制御(サーモ・コントロール)】だった。


熱を奪うことも、蓄えることも、そして自在に放熱することもできる、完璧な温度の調律師。


『ケロ、ケロリ……。見事な契約じゃケロな。これぞまさに、第六号畝の救世主じゃケロ』


木陰でケロ爺が葦の杖をコトリと鳴らした。


「第六号畝の……?」


ミケが首を傾げると、ティルは農園の東側に広がる新たな開墾地へと案内した。


そこは、冬越しの準備に向けたデリケートな寒冷地ハーブや、秋採りの新種苗が植えられた第六号畝だった。


「この荒野はね、昼は猛烈に暑いけれど、夜になると砂漠のように凍えるほど冷え込むんだ。この急激な寒暖差で、せっかくの若芽が弱ってしまうのが目下の悩みだったんだよ」


ティルが説明すると、足元の土の中からモグがひょっこり顔を出した。


『モグたちの掘った溝に、東の赤色玄武岩を敷き詰めたッス! 蓄熱石の準備はバッチリッスよ!』


第六号畝の周囲には、ガンの石工術とモグの土木作業によって、赤色玄武岩の敷石が整然と並べられていた。


「ミケ。昼の間に太陽の熱をこの石に吸わせ、夜になったらその熱を優しく畑全体に循環させてほしいんだ」


ティルが頼むと、ミケはフフンと誇らしげに鼻を鳴らした。


「そんなのお安い御用ニャ! アタシの【熱量制御】を甘く見るなニャ!」


ミケは赤色玄武岩の石垣の上に軽やかに飛び乗った。

そして、前足を石肌にピトッと密着させる。


(サーモ・チャージ……ニャ!)


ジワジワジワ……ッ。


太陽に照らされて熱くなっていた玄武岩から、過剰な熱気がミケを通じて調律され、石の芯へと均一に蓄積されていく。


石垣の表面は火傷しそうな熱さを失い、手で触れると心地よい温湿布のような適温へと落ち着いた。


「すごい……! 石の熱が完全にコントロールされている!」


メリッサが感嘆の声を漏らした。


アンド、太陽が西の地平線へと沈み、荒野に急速な夜の帳が下りた。


ヒュウゥゥ……と、砂漠特有の肌を刺すような極寒の夜風が吹き抜ける。


周囲の気温が一気に氷点近くまで急降下していく中――。


第六号畝の周囲だけは、まるで陽だまりのような温かな光景が広がっていた。


「ニャ……【陽だまりの毛布(ホット・ファー)】……展開ニャ!」


石垣の中央で丸くなったミケの尻尾の灯火が、ポッと明るく輝いた。


すると、赤色玄武岩に蓄えられていた熱が、柔らかな琥珀色の熱気となって畝の上をふわりと覆い始めたのだ。


風を遮るロランのアロマ結界と、ケロ爺の湿度調整、そしてミケが放つ安定した温もり。


第六号畝の苗たちは、寒風に震えることもなく、まるで春の温室の中にいるかのように青々とした葉をピンと伸ばしていた。


「大成功だ……!夜の冷え込みを完全に克服できた!」


ティルが歓声を上げると、仲間たちからも一斉に拍手が湧き起こった。


『へへっ! 大したもんだチュよ、三毛猫! これなら真冬の育苗も夢じゃねえチュな!』


チュウ吉が黒檀ベラを振って褒め称え、ピピも「寒がりな野菜たちも大喜びピョ!」と翼をパタパタさせた。


「フン……! アタシにかかれば当然の結果ニャ!」


得意満面に胸を張るミケ。

だが、夜風に吹かれて、その小さな耳がピクピクと寒そうに震えていた。


「みんな、冷え込んできたから工房の中へ入ろう。今夜は特製のごちそうだよ!」


ティルの呼びかけで、全員が暖かい工房のダイニングへと移動した。


今夜の夕餉は、ミケの加入と防寒結界の成功を祝う特製メニューだ。


メインは、水路の新鮮な川魚を使った【香草と採れたて甘芋のホイル包み蒸し焼き】。


ガン親方が打ち延ばした薄い鉄板の上に、大粒のイワナと、薄切りにした黄金甘芋、朝採りの若豆、そしてロランの香草園から摘んだ野生のタイムとローズマリーを贅沢に重ね、菜種油とハーブ岩塩を振って包み焼きにしたものだ。


鉄板を開けた瞬間――。


フワァァァッ……!!


立ち上ったのは、魚のジューシーな旨みと、甘芋の蜜の甘さ、そして爽快なハーブの香気が一体となった極上の湯気だった。


さらに、芯から冷えた身体を温める【ぽかぽかハーブとカボチャのポタージュ】が木椀にたっぷりと注がれる。


「さあ、召し上がれ!」


ティルの合図とともに、賑やかな晩餐が始まった。


ミケは待ちきれない様子で、ホイル焼きの魚をパクリと頬張った。


モグモグ、ジュワァッ……!


『…………っっ!!』


香ばしい皮目から溢れ出す濃厚な魚の脂と、ハーブの爽やかな後味。

アンド、口の中でとろける甘芋の甘みが、舌の上で完璧なハーモニーを奏でる。


「な、なんニャこれ……! お昼の焼き魚より、何倍も柔らかくてジューシーニャ……! お芋の甘みが魚にしみ込んでて、たまらないニャ……!」


ミケは涙目になりながら夢中で平らげ、スープも一滴残らず飲み干した。


食後、柔らかなランプの灯火が揺れる部屋。


ティルがロッキングチェアに腰掛けていると、トテトテと小さな足音が近づいてきた。


ミケがティルの膝の上にピョンと飛び乗ってきたのだ。


「ミケ? どうしたんだい?」


ティルが優しく撫でると、ミケはくるりと丸まり、喉をゴロゴロと鳴らし始めた。


全身の毛並みから、日だまりのような温かな熱がぽかぽかとティルの身体に伝わってくる。


「……べ、別に甘えに来たんじゃないニャ」


ミケは薄目を開けて、照れ隠しのようにツンと呟いた。


「お前の膝が寒そうだったから、アタシが暖めてやってるだけニャ。……感謝するニャ……ふにゃぁ……」


そう言い終えるか終えないかのうちに、ミケは幸せそうに目を閉じ、小さな寝息を立て始めた。


「ふふっ……本当に素直じゃないんだから」


隣でその様子を見守っていたメリッサが、生まれて初めて見るような、心からの柔らかな笑みを浮かべた。


「でも、とても温かいですね、ティル殿」


「ああ、本当に温かいよ」


ティルは愛らしい毛玉を優しく包み込み、夜風が吹き抜ける荒野の空を見上げた。


心強い仲間たちの絆と、大地が育む確かな温もり。


木漏れ日の農園の夜は、かつてないほどの優しさと安らぎに満ちて更けていった――。


【後書き】


読者の皆様、第52話を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!


ヒーター・キャットのミケが水路で魚捕りに挑んでドタバタと溺れかけ、メリッサに救出される微笑ましい朝から、魂の契約を経て【熱量制御】の能力を覚醒させる姿を描かせていただきました!


第六号畝の深刻な夜の寒暖差を、赤色玄武岩とミケのホット・ファーで見事に解決し、最後はティルの膝の上でツンデレ全開で丸くなるミケの愛らしさをお届けできたなら幸いです!


次回・第53話、ミケの暖房能力によって驚異的な成長を遂げた第六号畝の『新芽』たちに、思いがけない変化が……!?


さらに、メリッサの失われた右腕の魔力回路にも、奇跡的な兆候が現れ始めて――!?


もし「ミケのドタバタとツンデレが可愛すぎる!」「メリッサとのやり取りにほっこりした!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、

ぜひ作品のフォロー(ブックマーク登録)や、ページ下部の評価(★★★★★)で応援していただけますと、毎日の執筆の大きな励みになります!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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