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追放された無能テイマー、実は【大地の主】でした  作者: はぶさん


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第51話:盛夏の赤色岩と、気高きヒーター・キャット


本格的な盛夏が訪れ、荒野の空は抜けるような群青色に染まっていた。

照りつける太陽が大地を熱し、木漏れ日の農園の周囲には、ゆらゆらと白い陽炎が立ち上っている。


だが、大地の主の魔力と豊かな水路に潤された農園の中は、驚くほど涼やかだった。

頭上一面に広がるカボチャの緑の空中トンネルが強い日差しを遮り、ピピが降らせる細やかな散水ミストが、心地よい湿り気を作物たちに届けている。


「ティル殿、第六号畝の予定地、境界の杭打ちが完了いたしました」


涼やかな声に振り返ると、作業着姿のメリッサが、左手に木槌を提げて歩み寄ってきた。

ボロボロだった銀白の甲冑は脱ぎ、ベルが丹精込めて織り上げた通気性の良い純白の麻シャツと、しなやかな革の作業ズボンを身にまとっている。

失われた右腕の袖は丁寧に折り留められ、その立ち姿には元剣聖らしい凛とした気品と、農作業で汗を流す充実感が満ちていた。


「ありがとう、メリッサ。杭打ち、すごく真っ直ぐで綺麗だね。……右腕の具合はどうだい? 無理はしていない?」


ティルが冷たい井戸水で絞った手ぬぐいを差し出すと、メリッサは灰青色の瞳を和らげ、控えめに頭を下げた。


「お気遣い痛み入ります。ティル殿の薬草バームと、毎食いただく滋養のおかげで、傷口の疼きは完全に消え去りました。……それどころか、時折、大地の魔力が切断部に温かく満ちてくるのを感じます」


メリッサは自らの右肩にそっと左手を添えた。

あの朝以来、作物を口にするたび、眠っていた魔力回路が微かに脈動を続けているのだ。


「焦らず、ゆっくり治していこうね。……さて、第六号畝は、真夏の昼と夜の激しい寒暖差をどう乗り切るかが課題だな」


ティルは設計図を広げながら顎に手を当てた。

荒野の夏は、昼間は岩が焼けるほど熱くなるが、夜になると砂漠のように一気に気温が下がる。

新たに植え付ける予定のデリケートな熱帯性香草や、冬越しの準備に向けた苗木は、この急激な冷え込みに耐えられないのだ。


『ケロ、ケロリ……。東の赤色玄武岩のテラスから、熱を蓄えた石を運んで石垣を組むのも一手じゃケロな』


木陰でケロ爺が葦の杖をコトリと鳴らした。


「なるほど、蓄熱石か。よし、東の岩場へ石材の下見に行ってみよう」


ティルが立ち上がると、サンが嬉しそうに駆け寄り、ロランも優雅に扇尾を揺らして歩調を合わせた。


「わほっ! パトロールも兼ねてご案内するワン!」

「フッ、日差しが強いね。我がアロマヴェールで、熱中症を防いであげよう」


ティルとメリッサ、サンとロランの一行は、農園の東側に広がる赤色玄武岩の岩場へと向かった。

緑豊かな農園を一歩出ると、肌を刺すような熱風が吹き抜ける。

赤茶色の巨岩が連なる岩場は、まるで巨大なオーブンのように太陽の熱を閉じ込め、触れるだけで火傷しそうなほど熱せられていた。


「これなら十分な蓄熱材になりそうだね。……ん?」


ティルが手頃な岩肌に触れようとした、その時だった。


「……待ってください、ティル殿」


メリッサがスッと前に出て、ティルを庇うように立ち止まった。

その灰青色の瞳が、剣聖の鋭さを帯びて岩の裂け目を射抜いている。


「生き物の気配がします。……微弱ですが、熱を帯びた魔素が揺れています」

「わふっ……! 焦げた毛の匂いがするワン!」


サンが鼻先を低くして唸り、ロランも鼻をヒクつかせた。


「フッ……確かに。焦げついた獣毛と、限界まで絞り尽くされた火の魔素の匂いさね」


ティルたちは慎重に、赤色巨岩の隙間へと回り込んだ。

太陽の照り返しが最も激しい、窪地の灼熱の岩肌。

そこに、小さな毛玉が力なく転がっていた。


「……猫……!?」


ティルは思わず息を呑んだ。

倒れていたのは、白、黒、そして鮮やかな炎のような赤橙色が混ざり合った、美しい三毛模様の毛並みを持つ小さな猫だった。

頭のてっぺんには、炎の揺らめきのような愛らしい飾り毛があり、背中には淡い陽炎が立ち上っている。

だが、その肉球は熱せられた玄武岩で痛々しく赤く腫れ、舌を小さく出して荒い呼吸を繰り返していた。

周囲の酷暑に自身の体温調節が追いつかず、重度の熱中症と魔力枯渇で倒れてしまったのだ。


「ひどい脱水症状だ……! サン、日陰を作って! ロラン、冷却アロマを!」

「任せてほしいワン!」


サンが岩の上から覆いかぶさるように影を作り、ロランが扇尾から氷霧のようなペパーミントの薫風を吹きかけた。


ティルは水筒から冷たい湧き水を手のひらに注ぎ、ぐったりとした三毛猫の口元へとそっと運んだ。

冷たい清水が乾ききった喉を潤すと、三毛猫の長いまつ毛がピクリと跳ねた。

スリット状の金色の瞳が、うっすらと見開かれる。


「……ウニャ……!?」


三毛猫はハッと身を強張らせ、よろめきながら立ち上がろうとした。


「シャーッ……! ち、近寄るニャ……! アタシは気高き孤高の女王ニャ……! ニンゲンなんかの情けは……受けない……ニャ……!」


精一杯に背中の毛を逆立て、威嚇の声を絞り出す。

小さな前足の肉球を構え、ペシッとティルの指先を叩いてみせるが、その力は綿毛のように弱々しかった。

プルプルと前足を震わせ、次の瞬間には、ぽてんとティルの手のひらの中へ前のめりに倒れ込んでしまった。


「無理しちゃダメだよ。ほら、もう大丈夫だからね」


ティルが濡らした手ぬぐいで、熱を持った額と肉球を優しく冷やしてやると、三毛猫は「ふにゃぅ……」と情けない声を漏らし、全身の力を抜いて目を細めた。


「フッ、随分と気位の高いお嬢さんだね」


ロランが可笑しそうに目を細める。


「急いで農園へ連れて帰ろう。この暑さの中に置いてはおけない」


ティルは小さな三毛猫を両手でそっと抱き上げた。

羽毛のように軽く、驚くほど小さな身体。

メリッサがその背中を愛おしそうに見つめながら、静かに歩調を合わせた。


農園のカボチャの空中トンネルに戻ると、仲間たちが心配そうに駆け寄ってきた。


『ティル様、その猫ちゃん、どうしたッスか!?』


モグが目を丸くし、ぷるが「ぷるぷる!」とひんやりした身体を差し出す。

ぷるの冷たいジェルの感触に触れ、三毛猫の体温は急速に平常へと落ち着いていった。


さらにティルは、腫れていた肉球に月光草の薬草バームを薄く塗り込み、すり下ろした甘芋を溶かした冷たいヤギミルクを小皿に入れて差し出した。

ミルクの甘い香りが漂った瞬間、三毛猫の鼻がヒクヒクと動いた。


「……ウニャ?」


金色のお目目をパチクリと開けた三毛猫は、目の前のミルク皿を見るなり、周囲の警戒も忘れて顔を突っ込んだ。


ペチャペチャ、ペチャペチャ……!


小さなピンク色の舌を猛烈な勢いで動かし、あっという間に小皿を空っぽにしてしまう。


「ぷはぁっ……! 生き返ったニャ……!」


満足げに口元を前足で拭った三毛猫は、そこでようやくティルたちの視線に気づいた。


「ハッ……! み、見られたニャ……!?」


ポッと耳の先を赤く染め、慌てて背筋を伸ばしてツンと横を向く。


「べ、別に美味しくて夢中になってたわけじゃないニャ! 行き倒れそうだったから、仕方なく平らげてあげただけニャ!」


『ぐうぅぅぅぅぅ〜〜〜……』


強気な言葉の直後、三毛猫の小さなお腹から、ものすごい勢いで腹の虫が鳴り響いた。


「ふふっ……」


メリッサが思わず口元を押さえて小さく笑い声を漏らした。

三毛猫は顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


「な、何がおかしいニャ! アタシは【ヒーター・キャット】! 体内の火の魔素を操り、自在に周囲を暖めることができる、誇り高き炎の魔物ニャ! ニンゲンにお腹を笑われる筋合いはないニャ!」


「そうか、君はヒーター・キャットだったんだね。……お腹が空いているなら、もっと美味しいご飯を作ってあげるよ」


ティルが優しく微笑みかけると、三毛猫は目を丸くした。


「ほ、本当かニャ……? アタシを騙して、毛皮を剥いだりしないニャ……?」

「そんなこと絶対にするわけないよ。……ちょっと待っててね」


ティルは厨房へと向かい、素早く昼餉の準備を始めた。

水路で獲れた新鮮な小魚の骨を丁寧に取り除き、香ばしく素焼きにする。

そこへ、すり下ろした黄金甘芋と、裏山の清流で洗った柔らかい野草の葉、ほんの少しの塩を加え、じっくりと煮含めた【焼き小魚と黄金甘芋のほぐし煮】だ。


テラスの木陰に、香ばしい魚の脂と甘芋の甘い香りがふわりと立ち上る。


「はい、どうぞ。熱くないように、しっかり冷ましてあるよ」


ティルが平皿を差し出すと、ヒーター・キャットの瞳が真ん丸に輝いた。


「ウニャアァ……! いい匂いニャ……!」


我慢の限界とばかりに、三毛猫はガツガツと料理にかぶりついた。


ハフハフ、モグモグ……!


柔らかな白身魚の旨みと、甘芋のまろやかな甘みが口いっぱいに広がる。


『…………っっ!!』


三毛猫の全身の毛並みが、ポッと暖かなオレンジ色の光を帯びた。

頭上の炎の飾り毛がパチパチと小さく瞬き、背筋をピンと伸ばして喉をゴロゴロと鳴らし始める。


「な、なんニャこれ……! 魚の香ばしさと、お芋の甘さがたまらないニャ! 身体の芯から、綺麗な魔力がぽかぽか湧いてくるニャ……!」


一瞬で皿を舐め上げた三毛猫は、満足そうに「ふみゃあ……」と大きなあくびをし、自分の前足をペロペロと念入りに毛づくろいした。

そして、座り直してティルをツンと見上げた。


「ま、まあ……アタシほどの高貴な魔物にふさわしい味だったニャ。礼くらいは言ってあげるニャ」


誇らしげに胸を張り、フサフサの尻尾をピーンと立てる。


「アタシの名はミケニャ! 行き倒れてたところを拾ってくれたことには、感謝してやるニャ!」

「ミケっていうんだね。俺はティル。よろしくね、ミケ」


ティルが指先を差し出すと、ミケは一瞬警戒するように鼻先を近づけ、それから不器用にごしんと自分の頭をティルの指に擦り付けてきた。


「べ、別に懐いたわけじゃないニャ! お礼に、この農園の作物を少し温めてあげてもいいと言ってるだけニャ!」


ツンデレ全開のミケの仕草に、仲間たちから温かな笑い声が溢れた。


「くすっ……。本当に愛らしい方ですね、ミケ殿は」


メリッサが目を細めて微笑むと、ミケは「ニャッ、失礼なヤツニャ!」と頬を膨らませた。


真夏の陽光が降り注ぐ中、木漏れ日の農園に新たな小さな熱源が加わった。

気まぐれでツンデレな三毛猫ミケとの出会いが、農園の開拓をまた一歩、豊かな実りへと導こうとしていた――。


【後書き】


読者の皆様、第51話を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!


第3段階の新たな仲間、ヒーター・キャットの『ミケ』が登場いたしました!

気高き女王様を自称しながらも、灼熱の岩場で熱中症で行き倒れていたところを保護され、冷たいミルクや焼き魚の甘芋煮に胃袋を掴まれてしまう愛らしいツンデレっぷりをお届けいたしました!


また、農園にすっかり馴染み、ティルの右腕として頼もしく杭打ちやパトロールをこなす元剣聖メリッサの微笑ましい姿も描かせていただきました!


次回・第52話、ミケの持つ『熱量コントロール能力』が、寒暖差に悩む第六号畝で大活躍!?

さらに、ミケが大好物の魚を求めて水路で巻き起こすドタバタ劇とは――!?


もし「ミケのツンデレが可愛すぎる!」「メリッサがすっかり農園に馴染んでて嬉しい!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、

ぜひ作品のフォロー(ブックマーク登録)や、ページ下部の評価(★★★★★)で応援していただけますと、毎日の執筆の大きな励みになります!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!



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