ココはどこ??
何処かの深い山奥……、其処では辺り一面、絶え間なく雪がしんしんと降り続いているようだ。
森の木々の葉も枝も、すっぽりと真っ白な雪に包まれている。地面に積もった雪は、大人の腰の高さまでありそうだ。
灯里を繰り返す悪夢から解放させたい一心で、子どもの獏が衝動的に神通力を使って彼女を飛ばしたのは、日本から遥か遠く離れた、ある国の豪雪地帯の僻地だった。
眠ったままの灯里が居たのは、雪が降り積もる中でも、雪かきがされていた場所のようだ。森の中の、多くの岩で作られた露天風呂の側である。
東の空にある無数の雪雲の隙間からは、少しだけ橙色の陽の光が漏れている。今は早朝のようだ。
徐々に降っている雪が弱ってきたが、此処は雪深い土地である。灯里の頬を伝っていた涙も短時間で凍りそうな程、とてつもなく寒い。
命の危険を感じるような極寒の山奥なのだが、何回も直に雪が顔と両手に触れても、横向きで眠っている灯里は全く起きる気配が無いようだ。余程、心労が溜まっていて、疲れ果てているのだろう……。
その時、森の方から、誰かが露天風呂へ向かってきた。
その人物は雪の少ない山道を歩いていたが、露天風呂の横で眠り続けている灯里に気付くと、駆け足で灯里のもとに近付いたようだ。
「おいっ、こんなところで横になっていては駄目だ!! 長居していると、死んでしまうぞっ!」
灯里を起こそうと大声を出して、数回彼女の片肩を叩いたのは、背が高くて細身の青年だった。
その青年は、灯里が暮らす日本では見慣れない服装をしている。例えるのなら、古典の教科書で習った、『源氏物語』に関する絵巻に描かれている男性の服に似ているようだ。
……と、大昔のような格好の青年に声をかけられたり、肩を少し強く叩かれたりした後に、幸いなことに灯里はすぐに目が覚めた。
灯里は「ん……」と小さな声を出すと、上半身を動かそうとして、無意識に雪が積もった地面に片手を軽く押した直後、予想外の冷たさを感じて飛び起きた。
「めっちゃ冷たいっ!! しかも寒過ぎっ! てっ……、一体ココはどこなんですか??」
「とりあえず意識があって、良かった……。此の地の説明は後だ。まずは温泉宿の中に入らないと!」
青年は「立てるか?」と灯里に言うと、灯里の方を向いて片手を伸ばした。
灯里は少しよろめきながらも、何とか自力で立ち上がることができたようだ。だが、分厚いガウンとパジャマだけでなく、モコモコの靴下や下着まで濡れてしまった灯里は、全身に冷たさ以上の痺れるような痛みを感じていたので、長い間立っていることも難しいらしい。体の震えも止まらない様子だ。
再びよろめきそうになった灯里を見兼ねて、先程の初対面の時とは違う、穏やかな口調で青年は言葉を続けた。
「歩く時は、私の腕でも肩でも遠慮せずに寄りかかってくれ。ついてこれそうか?」
「はい……、ありがとうごさいます」
外の凍てつく寒さに耐えながら、灯里と青年は大きな木造の建物の近くまで来た。
窓沿いの屋根の下を通っていき、角部屋らしきところまで行くと、青年は重そうな木の引き戸を開けた。二人は、土間のある広い炊事場に入っていったようだ。
「千夜さん、急にすみません! もう湯船にお湯は入っていますか?」
「突然なんだい、直匡。あ〜、男湯も女湯も今さっき、ちょうど準備できたとこだよ」
炊事場の中では、長い白髪の老婆が竈の火をおこしている最中であった。直匡に声をかけられた後、カエル座りをしていた老婆は後ろをチラッと見た。
すると、千夜と言う名の老婆は、直匡の斜め後ろに立っていた、全身がびしょ濡れになっている灯里に気付いたようだ。
「おとや! ちょっと――」
千夜が声を張りながら立ち上がると、少し離れた場所にある食器棚の方から、「な〜に、おばあちゃん?」と可愛らしい声が聞こえた。
「食器を出してくれとる途中で悪いが、今から部屋着一式と手拭を、ここに持ってってくれんか?」
千夜の頼みを聞いた可愛らしい声の主は、いつの間にか炊事場を出て、別のところから素早く一式の部屋着を運んできたようだ。
小学生の低学年くらいの幼い少女が、綺麗に畳まれた茶羽織と、鶸萌黄の浴衣と千歳緑の帯、それと襦袢と長足袋に、二種類の大きさの手拭を持っていた。
「それらを、直匡の側に居る娘に渡してくれんか? あと、娘を女湯に案内しておくれ。……ああ、こっちの仕事がキリがついたら、必要な食器を出すのもやるよ! すまんが、風呂を案内した後に、また炊事場に戻ってきてくれるか?」
おとは歩きながら返事をすると、早歩きで灯里の方に来たようだ。
その後、笑顔で手に持っていたものを全て灯里に渡すと、片手を炊事場の出入り口に向けて、おとは再び歩き始めた。
「おねえちゃん、こっちだよ〜」
千夜とおとの指示に流されるままに、灯里がおとのあとについていく。
と、灯里たちが炊事場から廊下に移動しようとした時、千夜が灯里に大声をかけた。
「床が濡れるから、その茶羽織みたいなヤツと両足に履いてるもんは、廊下に行く前に脱ぐんだよーっ!!」




