待ちに待った春に
何かと忙しく過ごしていれば、数ヶ月はあっという間に過ぎていくものだ。
日本には厳しい寒さの冬が過ぎ、温かく穏やかな春がやって来た。あちらこちらでソメイヨシノ等の桜が咲く時期になり、人々は休みには遠出をしたくなるだろう。
灯里は令和九年度の始業式から、高校三年に進級する。
高校二年生の時から就職先の下調べをしてきたが、今年度から彼女は本格的な就活をすることになる。
春休みの宿題をできる限り終わらせた後、灯里は衣根ノ国に行く準備をしていた。
彼女は大きなトートバッグの中に、外出用のショルダーバッグと宿泊用の下着やコスメを入れたようだ。
四月三日の午後一時に、お気に入りの水色のワンピースと新しい黒いスニーカーを履いて、灯里は玄関に向かった。
彼女は、様々なものが入っている大きなトートバッグを肩にかけている。
「ツッキー! これから衣根ノ国に行こうと思うけど、いーかな?」
「……いいですよ〜。任せてください♪」
灯里以外は誰も居ない玄関で彼女が声をかけると、ポンっという音がした瞬間、何処からか月丸が現れた。月丸は金色の光を纏って、空中に浮いているようだ。
その後、月丸は「えーいっ!!」と元気良く言うと、灯里と一緒にアパートの玄関から消えたのだった。
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広大な緑に囲まれた奥日雅には、温かくて心地良い風が吹いている。小川がさらさらと流れる音も聞こえてくる。
それから鶯だけでなく、様々な山鳥も鳴いているようだ。
太陽が南中した少し後に、灯里と月丸は衣根ノ国に辿り着いた。日本から一分もかからずに、〈翠の宿〉の玄関帳場に到着したらしい。
前もって、月丸が灯里が〈翠の宿〉が訪れる日付と時間帯を千夜たちに伝えていたので、玄関帳場では〈翠の宿〉の四人家族と直匡が待っていたようだ。五人は皆、灯里の再来を喜んでいる。
千夜は灯里に傍に行くと、嬉し涙を流しながら、去年の冬に別れた時のように、自分の両手で灯里の両手を握ったのだった。
灯里と衣根ノ国の人たちの再会を見届けると、月丸は静かに瞬間移動して、その場から消えたようだ。
彼は昼寝をしている衣根ノ国で暮らす人の悪夢を探すために、人里に向かったらしい。
すると、灯里は白虎の姿が見当たらないことに気付いた。
直匡に聞いてみると、白虎は同じ四神である青龍や朱雀や玄武と定例会議を行うために、生まれの外つ国に戻っているらしい。自国での予定を全て済ました後に、白虎は再び衣根ノ国の奥日雅に来るという。
宿泊客用の夕食の仕込みをするために、〈翠の宿〉の四人は炊事場に行ったようだ。
灯里は直匡と一緒に、炊事場近くの休憩室に入ると、淹れたての温かい茶を飲みながら、ひと休憩した。
その時、廊下の方からぱたぱた……と足音が聞こえてきた。
直匡曰く、今日は全七室中、四部屋に予約が入っている、と太郎から聞いたそうだ。聞こえてきた足音は、きっと客室から温泉に向かう宿泊客のものだろう。
「そーいえば、直匡さんは今日、お休みを頂いたんですか?」
「ああ、昼過ぎからの休みを取った。あらかじめ月丸が君の予定を教えてくれたよ。……と、もう少ししたら、〈香神湖〉に案内しようと思うがいいか?」
「はい! 今日は晴れて、良かったですねっ」
灯里は直匡と共に〈翠の宿〉の玄関帳場から外へ出ると、直匡のあとについて歩き始めた。
森の中を歩いていると、流れる水の音や小鳥の鳴き声だけではなく、木々の葉が微風で揺れる音も聞こえてくる。
〈翠の宿〉から〈香神湖〉までの道は、迂回する道になっているようだ。
直匡と灯里は大回りして、日雅山の中腹に続く主道路まで行くと、舗装された平らな道を進んでいく。主道路は、〈翠の宿〉の近くにあった遊歩道よりも広い。
しばらく主道路を真っ直ぐ歩いていくと、左側に『香神湖』と矢印付きで書かれた、木の看板があるようだ。木の看板を通り抜けると、木材が敷かれて階段状になっている緩く迂回するような道が続いている。
下り坂の細い道だったので、二人は足元に気を付けながら前進していった。
……と、ようやく〈香神湖〉の畔に辿り着くと、灯里は目を輝かせながら驚いたようだ。
「わあぁぁ!! スゴいっ!」
遠くの岸にあるオオヤマザクラ並木が〈香神湖〉の水面にくっきりと映り、見事な水鏡となっている。
非常に美しく、幻想的な光景だ。
〈香神湖〉周辺には、灯里と直匡以外に誰も居ないようで、とても静かだった。二人は湖沿いの遊歩道を歩いていき、今度は満開のオオヤマザクラ並木の傍まで来たようだ。
ソメイヨシノよりも濃いピンク色の可愛らしい花々を見つめながら、灯里は自然に微笑んだ。
「キレイな花に、とっても素晴らしい景色ですね! 大感激しちゃいましたっ」
「そうか。……連れてきて、本当に良かった」
雲一つ無い快晴であるので、湖の水面に逆さに映ったオオヤマザクラが、普段よりも何倍にも映えている様子を見ることができて、灯里と直匡は本当に幸運なのだろう。
灯里がずっとオオヤマザクラや水面に映った桜の姿を見つめ続けている間、直匡は桜よりも灯里の顔を無意識に見つめていたようだ。
普段はポーカーフェイスの直匡が、ひっそりと心が高鳴っていたのは、もちろん本人しか知らないことである。
(父上や兄上と肩を並べられるようになる時まで、周りから一人前の陰陽師だと認められる時まで、君に対するこの特別な想いは、己の胸にそっと大切にしまっておこう……)
直匡は灯里への淡い気持ちを誇らしく感じながら、彼女と二人きりで過ごすことのできる貴重な時間を満喫していたのだった。
〈了〉
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第二部の最終話まで書き終えてあるので、シリーズ完結に繋がる続編は2026年中には公開する予定ですm(_ _)m
最終話まで地道に読んで頂き、本当にありがとうございました_(._.)_




