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第9話 内気な文学少女の静かなる葛藤

19歳。私はいつも本と空想の世界にいたわ。

現実の私は、自信がなくて、おどおどしてる。

でも、物語の中では、どんなヒロインにもなれる。

それが、私の唯一の居場所だったの。


ある日、古書店で詩集をめくっていたら、

ふと、繊細な挿絵が目に留まったの。

それは、まるで夜空の星を閉じ込めたような、

淡い紫色のベビードール。

息をのむほど美しくて、

同時に、手の届かない憧れを抱いたわ。


「……まるで、物語の挿絵から

抜け出てきたかのようだわ……」


でも、すぐに現実の私が顔を出すの。

(私なんかが、こんなものを持つなんて、

おこがましいにも程があるわ。

汚してしまうだけ。

それに、こんなの着て、どうするの?

現実に、私がヒロインになれるわけがない……)

自己否定の感情が、波のように押し寄せる。

でも、同時に、

(もし、この服を纏ったら、私も、

少しはあの物語のヒロインに近づけるかしら?

ほんの少しでいいから、

新しい自分を、見てみたい……)

そんな、ちっぽけな希望が、私の胸を締め付けた。


「……ええい、たとえ一瞬だけでも、

夢を見させてちょうだい……」


ついに、ポチッ。


画面が切り替わった瞬間、心臓が

微かに、けれど確かに、震えたわ。

「あぁ……」普段出さないような、

小さなため息が漏れる。

背徳感と、静かなる期待。

まるで、禁じられた書物を開いたような、

特別な感覚だったわ。


数日後。


ピンポーン♪


「あら、いらしたかしら」


玄関で受け取ったのは、

予約していた新刊の小説。

「ありがとうございます」と、静かに対応。

ドアを閉めて、「ふふ、これでまた、

新しい世界に浸れるわ」と、

いつもの私に戻ったわ。


午後。


ピンポーン♪


「……っ!!」


今度は胸がドクドクうるさい。

(これ……まさかベビードールですって!?)


「はーいっ!」


玄関を開けると、さっきと同じお兄さん。

にっこり。「○○さん、お荷物ですー」

「あ、はい、ありがとうございます」

軽くて小さな箱。なのに、**私の心に、

まるで分厚い詩集を一冊まるごと押しつけられたような、

ずっしりとした重みがのしかかったわ。**


部屋に戻った瞬間。


「……っはぁ……」


箱を抱えて、そのままベッドにそっと置く。

落ち着かない。手が震えるのを感じる。


ぺりぺり…カサカサ…。箱を開けると、

ふわっと淡い紫色のレース。


「……っやだ、なんて幻想的なの……」


そっと肩にかけると、冷たいレースがひやっ。

「ひゃっ…」思わず変な声が漏れる。


鏡の前でくるり。

「……っ!」

そこにいたのは、見たこともない、

どこか儚げで、でも確かな存在感を放つ私。

これが、私……?

その姿に、戸惑いと、

ほんの少しの、自己肯定感を感じたわ。


ベッドにダイブして、顔をクッションに埋める。

興奮で体が熱い。


そのとき――


ピンポーン♪


「…………へ?」


(また宅配ですって!?何かしら?)


でも、ベビードールに夢中で頭がふわふわしてた私。

深く考えずに、詩的な気分に浸っていた

テンションのまま玄関へダッシュ!


ガチャッ。


「○○さん、こちらもお荷物ですー」


「あ、ありがとうございます」


いつものように丁寧に対応し、サインをカキカキ。


その時――


お兄さんの視線が、ふっと下に滑った。


私の肩から胸へ、ひらひらの紫のフリルを

一瞬だけ見て、気まずそうにパッと目を逸らす。


(……えっ)


ズクン。心臓が一拍遅れて大きく跳ねる。

「まさか……今、見られてしまった……?」

顔が一気にカーッと熱くなる。

恥ずかしさで、目の前が霞む。


「あ、ありがとうございましたっ!!」


どもって頭を下げると、顔から火が出そう。

慌ててドアを閉める。


カチッ。


玄関の鍵が閉まった途端。


「……………………………………あぁ……」


ゆっくり自分を見下ろすと、そこには


ひらひら揺れる紫のフリル。


「…………………………きゃああああああああああああああああああああっっ!!!」


頭を抱えてバタバタ玄関にしゃがみ込む。


(やだ、やだ、やだ!


 私、これ着たまま宅配受け取ってしまったわ!?


 お兄さん、きっと見てしまったのね!?

 気まずそうだったもの!!


 私の静かなる聖域が、汚されてしまったわ~~~~っ!!)


部屋に駆け戻って、ベッドにダイブ。

クッションを抱きしめてバフッと顔をうずめる。


「もうっ、ありえないわ……!」


声は出さない。静かに、深く息を吐く。

恥ずかしい、消えたい、でも……。


鏡に映る、紫色のベビードール姿の私が、

なぜか、少しだけ誇らしげに見える。


(……でも、これも、物語の一部、ですわね。

この恥ずかしさも、いつか、私の言葉になるの。)


顔を埋めたまま、胸の奥がじんわりと

温かくなるのを感じていた。


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