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いざ進め《肆》

「扉を守るのは、勿論、扉守りの役目だ。だが、『管理』はどこがしているか知っているか?」

「えっ……。えーと」

「……実際の管理、いや、支配は四大国でしょう。最後は扉守りに任せても、色々と口出しをしているはず」


 う、と詰まったセルグを庇うように、リネアがそっと答えた。ブラッドはその答えに頷くと、ため息をもらした。


「ええ、そうです。それが今回の騒動の発端でしてね……」


 もう一つため息をつき、ブラッドは滔々と話し始めた。

 ――扉は全て島国にあり、いずれの島国も四大国に様々な形で従属していた。だが、ジーパだけは古代から完全な独立を保っている。朝貢も一時的であり、従属の関係性は希薄だ。

 しかし、扉は違う。むしろ緊密な繋がりがある。

 扉の管理を大国に委ねる、それは人界中の扉守りの総意だった。小国で国力が弱く、かつ動乱が続く島国の統治者を『力不足』とみなし、自ら大国に赴き管理を委ねた。

 その時から扉は、島国の手を離れた。ヒトが文化を持ち、発展し、世界の交流が活発化して、不穏な侵入者を排除する力が必要になったからだ。

 扉守りの意思で管理を委ねられた四大国は、扉を権力の象徴として利用するのは勿論、遠慮なく『管理』を実行した。

 周辺への術者の配置、術や陣の仕込み。それを口実に島国の国土調査なども行われたが、島国側は界王より扉を預かる扉守りの決定に、口出しすら出来ない。

 また、大国の庇護が欲しいがために、島国がその関係を良しとした面もある。しかし、ジーパはそれを良しとしなかった。


「特に今上は、その傾向がお強い。無理強いはなさらないが、今回のように隙あらば扉について調べ、支配下に置こうとなさっている。アスケイルの助力など必要ない、そんなお気持がお強いのでしょうな」

「そうか……。けど、確かに今のジ―パなら何とかなるんじゃねぇのか?」

「まあ、ジーパはかなり発展したからな。だが、扉を隠す秘術、それにはアスケイル王の力が必須でな。王の即位には五大職全てで一人前の位が必要なのは知っているか?」


 ブラッドの問いに、セルグは首を横に振った。国民として歴史を多少なり知っていたアルフォンス、リネアが代わりにその質問に答える。


「ええと、王朝史で有名ですよ。その条件が満たせなくて、即位出来なかった人の話」

「対外的には王の資質の判断基準、と言われていますが……」

「それも真実です。ですが、我ら一族との誓約では『王の即位をもって秘術を改たにす。されど力無き王は王は足り得ず』と」


 初代賢者が編み出し、扉守りとアスケイル王室の間に代々伝わる秘術こそ、守りの要。その術は制約と誓約を重ねることで威力を高め、代替わりによる更新を続けることにより、その威力を持続している。


「制約は、我ら一族とアスケイル王室、互いの血統のみ術を使役すること。誓約は、一切の秘密を王、守り人、通行者以外に漏らさぬこと」


 最終判断は扉守りだが、王室と扉守りが双璧となり、決して片方の許可だけで扉の開閉はしない。

 そして王は術を行使するのに、多大な特殊力が必要となる。そのため五大職の位を、術に必要な特殊力が扱えるかという、王の資質への判断基準にしているのだ。

 こうして、秘密をすっかり喋って肩の荷が降りたのか、ブラッドはだいぶすっきりした表情を見せた。

 ――託せる。そう思ったのだろう。


「前置きが長くなりましたな。ですが、扉といえど国家や個人の利害関係が裏で絡んでいるのです。どうかそのことをお忘れなく。……さあ、扉へと参りましょう」

「……おう!」


 その後、一行は緩やかな山道を登っていた。

 ブラッドによると、ここは入山許可も下りやすい範囲なのだそうだ。資材や山の幸を調達する場らしい。

 そんな山道を小一時間ほど登ったところで、ずっと一本道だった道が二つに分かれた。右は山頂、左は隣県への道、と看板が出ている。


「ここが、最初の結界です」


 そう言ってブラッドは二股の道の頂点に据えられている、人の背丈ほどもある巨石の裏に回った。

 小刀を取り出すと、その刃に親指の指先を押し付ける。そうして出てきた赤い雫を、数滴、巨石に垂らした。


「!!」


 すると驚くことに、今までただの石だったものの真ん中に、人が通れるほどの穴が姿を表していた。

 しかも、その穴は向こう側が見えない。深淵の闇のように、中は真っ暗だった。


「まずは、ここを通り抜けます。その先にもう一つ、陣があるのです」


 血を媒介とした、特殊な転移術だ。扉守りの血脈が、唯一で絶対の発動条件。

 ブラッドはアルフォンスたちの顔を見回すと、恒久の闇に迷わず身を投げ出した。すると、すぐに姿が見えなくなる。

 アルフォンスたちも少し驚きながら、次々に闇へと身を投じていった。


「わ、あ……!」


 思わず、アルフォンスは驚きの声をあげた。

 闇を、陣を抜けると、辺りは深い深い山の中、緑の世界だった。そこは原始の森、人の世とは隔絶した場所だ。先ほどの山とは、まるで様子が違っていた。

 岩は苔むし、大地は緑の絨毯に覆われている。上を見れば豊かな枝葉が邪魔して、空を見ることが出来ない。

 アルフォンスたちの訪れに反応したのか、姿の見えない鳥が一斉に羽ばたき、獣が甲高い威嚇の声を上げた。


「ここはレント山脈の最奥部です。術で道は塞いでいますが、もし先ほどの場所から歩いたら、五日はかかるとか」

「うわぁ……。こんな森、見たことないです……」


 ニーナがあんぐりと口をあけたまま、これまた驚嘆の言葉を漏らす。

 人が踏みにじることのない、自然の有り様。一行はその圧倒的な力に、すっかり飲まれていた。


(ここ、気の流れが澄みきってる。それに、すごい緩やかだ……)


 湧き出す水のように清く、そよぐ風のように緩やかな気の流れ。

 この森の気脈は年月が積み重なった分だけ雄大で、少し高めの湿度すら心地良い気がする。


「扉から獣界の気が流れ込むために、この様な成長を遂げたのだとか。獣界はさらに生命力にあふれた森が広がっています」

「そうなんですか、だから……。ああ、凄いな。ワクワクしてきました!」

「それは頼もしいお言葉です。さあ、こちらへどうぞ」


 ブラッドが指示したのは周囲の樹木の中でも、一際巨大な樹だった。とてつもない幹の太さで、大人が十人手を繋げても、まだ半分にも足りない。

 その樹にはこれまた巨大な洞が形成されており、まるで洞窟の入り口のようにぽっかり口を開けていた。

 その洞の中へ、ブラッドの先導で入っていく。入り口が低めなので少し身をかがめて入っていくと、中はぼんやりと薄暗かった。

 だが、ただの洞なので、ぐるっと見渡せる程度の広さしかない。ここは先ほどの巨石とは違い、行き止まりのようだった。


「皆様、中に入られましたか?」

「はい、ちゃんと中に入りましたよ」


 ブラッドがアルフォンスたちの様子を確認する。八人全員が洞の中に入ったのを確かめて、再び小刀を取り出した。


「では、もうひとつの術を作動させます。少し揺れると思いますが、どうぞご安心を」


 そう言って、ブラッドは指先に傷を付け、地面に数滴の血を垂らした。さらに、洞の壁面にその血を擦りつける。

 薄暗くてよく見えなかったが、ブラッドが指をふれた箇所に、何らかの特殊方陣が描かれていたようだ。何か呪文も唱えたらしい。

 するとリューンたち精霊使いの転移陣と、よく似た感覚がアルフォンスたちを襲った。

 次の瞬間、洞の内部は立派な石造りの部屋に変化していた。いや、洞からこの場所に移動したのだ。

 部屋に置かれていた松明に、ブラッドが簡単な魔法で火を灯した。すると何らかの術が施してあるのだろう、他の松明も勝手に火が灯っていく。一気に部屋が明るくなった。


「ここが……」


 誰からともなく、ため息とともに感嘆の言葉が紡がれる。

 一行の目の前には見上げてもまだ果てが見えない、巨大な扉が姿を現していた。

 この扉をくぐれば、獣界に行ける。やっと、やっとここまで来たのだ。

 八人それぞれ、この先に待つ未知なる世界に異なる思いを抱えながら、同じように扉をじっと見上げていた。


「ここが、我らがお守りする扉でございます。この場所は溶岩が冷えて固まった空洞を利用しており、地底の奥深くに位置しております。外界とは隔絶されており、出入り口はございません」


 さらりと、ブラッドが恐ろしい事実をのたまってくれた。こんな立派な空間が地下などとは思いもしなかった。


「えっ! じゃあ空気とか大丈夫なんですか!?」


 アルフォンスの疑問は最もだ。密室で火を燃やせば、すぐに酸素が尽きる。そうすれば呼吸が出来なくなり、やがて……。


「ご心配なく。扉守りがこの場所にいるときは、あの洞と同じ状態が保たれます」


 ほっ、と安心のため息が誰からともなく漏れた。

 空間転移と固定の術は、非常に高度で複雑、そして繊細だ。これだけの広さの空間を、始まりの時から支え続ける術。初代賢者の、もはや人智を越えた神の所業だ。


「そのー、獣界から渡ってこられる方がいる場合は……?」


 自分たちの安全が確保されたところで、リューンがポツリと疑問を口にした。確かに気になる。


「獣界から渡って来られた場合は、直接、あの洞に繋がるようになっております。人界に来られるほどの方なら、その後はご自分の才一つで切り抜けられましょう」


 ブラッドは扉の前に立ち、それまでとは打って変わって厳しい声色で答えた。さらにそのまま、次の言葉を続ける。


「この先は、言葉通り『別世界』。人の常識は通じない場所でございます。……覚悟はよろしいか」


 場の空気が、一瞬にして変わった。ブラッドの言葉を言い換ええれば、『扉をくぐった先に迎えの扉守りはいない』ということ。

 全て、自分たちで切り抜ければならない。そう暗に言っている。

 アルフォンスは、しっかりとブラッドを見据えて言った。


「――行かなきゃ、いけないですら」


 その言葉に、ブラッドは小さく頷くと、ゆっくりアルフォンスにその場を譲った。

 アルフォンスは、一歩、前に出る。興奮して心臓がバクバク音を立てている。

 まるで、あの夜みたいだ。あの、剣を抜いた夜。あの時も、こんな風に心臓がうるさいくらいに音を立てていた。

 アルフォンスの後ろでは、みんな興奮して、ざわめきながら様々なことをお喋りしたり、扉を見上げたりしていた。

 その中でもリネアは、ひと際熱のこもった眼差しで、じっと扉を見つめていた。アルフォンスが扉に手をかけても、他は緊張した様子で扉に近寄って行ったというのに、扉を見つめて、ぼぅっとしたまま微動だにしない。


「何やってんだ、行こうぜリネア」


 そんな様子を心配したセルグの呼びかけに、リネア夢から覚めたような顔で頷いた。


「あ、ああ……」


 リネアが数歩、扉に向かって歩いてくる。その姿を確認したアルフォンスは、しっかりと扉の取っ手を握りしめ、ぐっ、と押した。

 だが、全貌が見渡せないほど巨大な扉だというのに、まるで剣を抜いた時のように、ほとんど力を入れる必要はなかった。拍子抜けするくらい簡単に、押した扉はゆっくり開いていく。

 わずかにギギィ、と音を軋ませながら、それでもなめらかに扉は開かれる。

 扉の先は、光だった。わずかに開いた隙間から覗くものは、光だけ。眩い光に満ち溢れて、扉の奥が見えないほどだ。

 アルフォンスが両手で目一杯、扉を押し広げたところで、傾斜でもついているのか、扉は緩やかに、でも確かに独りでに開き始めた。


「では、私がご案内できるのはここまでです。皆様の旅に幸多からんことを。ご健勝をお祈り申し上げます」


 扉が開ききる直前、ブラッドは王侯貴族を相手にしているかのように、一層深々と礼をした。そんな姿を見て、アルフォンスも慌てて頭を下げ、礼を返した。


「あの、本当にありがとうございました! お家でもお世話になったし、こうやって送ってもらったし……。本当に助かりました!」

「もったいないお言葉です。我らの御役目ですので、どうぞお気になさいませんよう」

「それでも、です。嬉しかったのは本当ですから。……じゃあ、僕たち、もう行きます。絶対、また挨拶に来ますね!」


 これがブラッドとの、いや、人界との別れだ。アルフォンスを筆頭に、一人ずつブラッドに思い思いの挨拶をして、光の中に飛び込んでいく。

 最後に、セルグがぽつんとその場に残った。しばし、父子二人で無言の時が流れる。


「……さっさと行け、バカ息子」


 ブラッドのあきれ返ったような物言いにセルグは一瞬面食らうが、いつも通りの父の態度に、ぱあっ、と一気に笑顔になった。


「ああ、行ってくる!」


 行ってきます、ただいま、ありがとう、ごめんなさい。

 挨拶は商売の基本だ。かつて、息子にそう叩き込んだ記憶が不意に蘇る。行ってきます、そう言ったからにはただいまを言う――。

 心配は尽きないが、本人が決めた道だから、どうしても応援してやりたくなる。自分の境遇に不満はないが、息子たちには誰かが敷いた道でなく、自分で道を切り開いて欲しい。

 元気よく駆け出したセルグの姿は、やがて光の中に消えて行った。

 途端に石造りの部屋は樹の洞に戻り、生き物の気配がブラッドの五感に満ち溢れる。ブラッドは後ろ髪を引かれる思いで洞から出ると、思わず空を見上げた。

 奇跡的に見えた空の切れ端は、何とも見事な蒼をしていた。

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