新世界《壱》
扉の先にあるものを、貴方は知っているだろうか。
夢、希望、絶望、苦悩。未来、過去、理想、妄想。扉の先には、扉の数だけ、何かがある。
いずれにしろ、そこにあるものは、貴方が手にするもの。何だってあるから、何だって手に入れられる。扉を開けることさえ、拒まなければ―-。
LEGEND OF NEW AGE ~新時代の伝説~
光が見えた。強い、強い光が。魂まで焼け焦げてしまいそうな、それでも求めずにいられない、その光――。
「……わ」
人間、本当に驚くとまともに声が出なくなる。アルフォンスたちはそれを実感していた。
数分前、一行はジーパの扉をくぐり、獣界に足を踏み入れた。
扉をくぐったといっても、家の扉のように一歩で向こう側には行けるものではない。一瞬だが何ともいえない不思議な空間、まるで宙に浮くような場所に身を浸し、目が眩むほどの強い光を見つけるのだ。
開いていたはずの目はあまりの眩しさに機能せず、しかし光を認識した途端、強烈な力で引っ張られるようにして、その空間を抜ける。
そうして八人は今、しっかりと見開いた目で、獣界を見渡していた。同時に圧倒され、ただ立ち尽くす。
獣界は見渡す限り、壮絶なまでに雄大な森が大地を埋め尽くしていた。レント山脈ともまた違う、原始の森だ。あちらの扉付近の森よりも、もっともっと巨大で壮大な植物たち。気候はそれほど変わらないようだが、木々は見たこともないものばかりだ。植生が根本から異なるのだろう。
一行が立っているのは、小高い丘のような場所である。背後には人の背丈の十倍はある、巨大な一枚岩だけが存在する。少し下った場所は、もう森の入口だ。
ここにはジーパで見たような扉も、扉守りの姿もない。ブラッドの『迎えはない』という言葉を踏まえれば、簡単に往来が出来ないよう、すぐに扉は術で隠されたのだろう。
深い森が延々と広がってはいるが、所々に湖や川が見えるし、霞んでよく見えないが、奥のほうには高い山もある。クレアいわく、ここから右、東の方角に海が広がっているらしい。
「ね、まずは人がいるところに行こうよ。いろいろと話も聞いてみたいし」
「私もそれがいいと思うわ。けれど、大まかな地理はともかく、ここから一番近い集落の場所まではわからないのよ。天界の扉付近なら詳しいのだけれど……」
「それは仕方ありません。水辺なら人の痕跡があるでしょう。食料の調達も必要ですし、まずは行ってみては?」
「それもそうだな。とりあえずあの川辺に行ってみようぜ」
セルグが指差したのは、丘の右下を流れる川だった。もし丘からきちんと道があるなら、二時間もあれば到着するだろう。だが足元に広がる密林は、そんな簡単な行程を許すまい。
「今日の目標は、とにかくあの川に到着、ってとこかな?」
「未知の世界だ。そんなものだろう」
扉をくぐったばかりの驚嘆の表情は消え、いつも通りの淡々とした口調でリネア。その言葉に一行がうなずき、丘を下ろうと森に踏み出した、その時。
「リネア、引け!!」
「リネア殿!」
「!?」
突然、リネアの足元に数本の小刀が突き刺さった。咄嗟のことだが流石はリネア、セルグたちの声に素早く反応して事なきを得た。
だが、おかしなことが、一つあった。
「な、まさか……っ」
「リネア、どうした!? 反応が鈍いぞ!」
「セルグ殿、その話は後回しに! 次が来ます!」
誰よりも反応が早いセルグとラルフは次の攻撃に備えを取ったが、リネアはまだ事態を察知できていないようだ。呆然と立ち尽くしているリネアに、ローザンが慌てて駆けよる。
「ちょっとリネア、どうしたの!? いつものあんたらしくないじゃない!」
「……だい、じょうぶだ。理由は見当が付いている。次はない」
「本当ね? その言葉、信じるわよ!」
「ああ、任せろ。これでも賢者の弟子だ」
自分に言い聞かせるようにリネアは言った。そして、笑う。力強い笑みで。
その表情を見たローザンは、漸く安心することができた。
(理由は何だか知らないけど……。もう大丈夫みたいだわ!)
そこに、次の攻撃が放たれた。先ほどの数倍の数の小刀が、一行の足場を奪うように、的確に突き刺さっていく。
しかし、そのどれもアルフォンスたちに怪我を負わせることはなかった。高度な魔法による、紫紺色の球状結界が、一人ひとりを守護していたからだ。
「……言った通り、次はない。もうこんな攻撃は無意味だ。姿を現したらどうだ?」
よける、という選択肢はリネアに必要ない。この程度の攻撃、力によって捻じ伏せれば済むこと。
そのことを理解したのか、襲撃者たちはあっさりと姿を現した。
「あっは。なんだ、思ったよりやるじゃんかお前ら。完璧に不意打ちしたと思ったんだけどな~」
「お前が下手糞なんだろう」
周囲の木々の陰から、数人の青年が顔を出した。わいわいと騒いでいるが、その風貌は人界では滅多に目にすることのない――しかし、この世界ではごく普通の――獣族たちだった。
獣の耳と尾。そして鋭い爪、尖った牙。彼らは獣族の中でも特に好戦的とされる牙獣族だ。身に宿す特殊力はすべての民の中で最少とされるが、その分気力の扱いに長け、身体能力はずば抜けている。
リネアの反応が鈍かった理由も、そこにある。牙獣族には魔力も法力もない。そのため察知が遅れたが、すぐに気力での感知に切り替えたため、落ち着いて行動ができたのだ。
「失礼。扉を通ってきた者は、いずれも界王の客人でしょう。なぜこのような仕打ちをなさるのですか?」
一歩、前に進んで発言したのはクレアだった。静かだが、少し語調が強まっている。確実に彼女は怒っていた。
「ん~? そりゃ、身の安全を図るために決まってるだろ。扉の向こうから来るものは、扉守りと界王の血族以外、すべて排除する。それが俺ら牙獣族の決まりなんでね」
「最近決まったことだがな。その責任は人族、お前らにある」
「な、なんで!?」
思いもよらぬ青年たちの言葉に、アルフォンスは驚きの声を上げた。ニーナやセルグたち、人族の面々も一様に驚きを隠せていない。だが、クレアは言葉の意味を理解したのか、わずかに顔をゆがめた。
「なんでも何もねーよ。お前らがクニとかいうのつくって、ずっと争い続けてるかろ。余計なものを持ち込まれたら迷惑なんだよ。それに、そっちからよくないものが流れてくることが多い」
「よくないもの……?」
「そ。つまりは欲望だよ、人族。お前らの欲望には際限がない。俺らにだって欲望はある。うまいもんが食いたい、強い奴と戦いたい、ってな。でも、お前らのは危険だ。このまま受け入れると、世界が壊れちまう」
「だから、排除する。ただ、その銀の髪は、天王の血族の証。その女は通っていい」
「それと、そこの黒髪の野郎も。お前、レナードの一族だろ。一目でわかる。……どうする? 殺すと面倒だし、大人しく帰るなら帰り道は案内してやる。さ、決めろ」
その青年の言葉とともに、場の空気に緊張感が張り詰めた。不用意な発言をすれば、一気に戦闘になだれ込むかもしれない。やっと獣界にたどり着いたというのに、いきなり問題発生だ。
(ちょっと待ってよ、これじゃ問題なく通れるのは僕を入れても三人ってことじゃ……)
もちろん、帰るなんて選択肢は持ち合わせていない。しかし、できるだけ穏便に事を済ませるに越したことはない。界王石を見せれば、自分が血族たる証にはなるだろう。ただ、界王の血族と扉守りは通すというが、禁忌の子のリネアは、一悶着あるはず。
アルフォンスが必死に考えをめぐらせ始めた、その時――。
「客人から手を引け、愚か者どもめ!」
「!」
牙獣族がいた場所とは別の場所から、牙獣族に向けて一斉に弓矢が放たれた。
「ち、もう来たか!」
矢は数が多いとはいえ、特殊力をまとっていない。威嚇であって、殺すつもりはないのだろう。ただ、これだけ数が多いと、牙獣族に怪我の一つや二つはさせるつもりのようだ。
「ひっこんでろ、意気地なしの草野郎ども!」
「何を言うか、短慮な牙が! 客人に無礼なふるまいをしてはならぬと、獣王様のお達しを忘れたのか!」
「だから界王の血族には手出ししてねーだろ! いい加減にしねぇとぶち殺すぞ!!」
「やれるものなら……!」
いきなり現れた新たな獣族はアルフォンスたちを挟み、牙獣族と一触即発状態になってしまった。
弓を射かけた獣族は、草獣族だ。耳と尾があるのは共通だが、牙や爪の代わりに牙獣族以上に優れた耳と目を持つ、温和で理知的な獣族だ。しかし、牙獣族とは決定的に仲が悪い。
言い争いの内容を聞く限り、どうやら牙獣族が人界からの通行者に攻撃を仕掛けたのは初めてではないらしい。この扉の扉守りは牙獣族なので一番に察知でき、その動向に気付いた草獣族がすぐに追いかけてきた、というわけだ。
獣族は他に鳥獣族と魚獣族がいるが、魚獣族は海の民であり、陸に上がることはほとんどない。鳥獣族は他の民との関わりを好まないため、気づいていてもこの場に現れないのだろう。
「……おやめなさい!!」
二つの獣族が真正面からぶつかり合おうとした、その時。力強く、クレアが一喝した。もう我慢の限界だったのだろう。珍しく眉が吊り上っている。
獣族たちも他世界の界王の血族とはいえ、やはり抗うのは抵抗があるらしい。未だに睨み合いを続けてはいたが、一旦はクレアの指示で静まった。
「いい加減になさい! 牙獣族の方々も、もうお分かりでしょう? 私たちは戻るつもりはありませんし、戦う術もあります。草獣族の方々もいらっしゃる。それに……私は界王の血族として、このような事態を見逃すわけにはいきません」
戦えば、こちらの勝利は明らか。それに、獣王に告げ口するのもいとわない。
そう遠まわしに言ったクレアに、牙獣族は苦々しげに答えた。
「……っち。まあいい。界王の血族の同行者だ。扉守りの一族もいるしな。いいさ、お前らを特別に認めてやる」
「だが、監視をつける必要があるな。お前らは俺たちと一緒に来い」
「何を馬鹿なことを。貴様らなどに客人は任せられん。客人は草獣族の住まいに来ていただく」
「ああ? 相変わらず馬鹿だな草野郎。界王の間に行くなら俺たちの住処を通っていくのが最短経路だろうが!」
「ふん、短慮にもほどがある。そこは……」
と、また言い争いが始まりかけたところで、バン!! と鼓膜が破れるかと思うほどの大きな破裂音がした。ただし、アルフォンスたちには先に結界が張られ、まったく音の影響はなかったのだが。
(え……?)
結界のおかげで拍手ほどの大きさにしか聞こえなかったが、その音は聴力に優れた獣族たちに、かなりの被害をもたらしていた。みんな耳を抑えてうずくまっている。
しかも音がしたのは、アルフォンスの右斜め後方。クレアがいる場所だ。
「……行先は、私たちが決めます。よろしいかしら?」
はい、と言う以外、獣族に何ができただろう。
いつも温和で柔和な微笑みをたたえているクレア。しかし、その眼は今、まったく笑っていなかった。
(……! ……!!)
怖い。さっき怒っていた時とは比べ物にならないくらい、リューンが素で術を発動させたときよりも百倍怖い。牙獣族も草獣族も『血族』ではなく『クレア』の雰囲気にのまれ、完全に戦意を喪失していた。
さて、破裂音の正体は、クレアの拍手だ。ただし、吟遊詩人の術を使い、何倍にも増幅している。もっと力を籠めれば簡単に鼓膜も破れると言うのだから恐ろしい。
獣族の素直な返事に満足したのか、クレアはようやくいつもの笑顔に戻ると、アルフォンスたちに相談を持ちかけてきた。
「さ、どうしましょうか。確かにここから界王の間に行くのには、いろいろと問題があるの」
「え、えーと。いったいどのような……」
「あのね――」
クレアが語ったのは、こういうことだ。
牙獣族の住まいは主に山岳地帯。そこを通っていけば確かに最短経路だが、途中で獣界最高峰の山脈がそびえたっている。身体能力が高い牙獣族や、空を飛べる鳥獣族ならともかく、人族が踏破するのは並大抵のことではない。
さらにその山脈付近には、甲殻族が暮らしている。彼らは妖力を持つ少数民だ。歓迎などされないだろうし、禁忌の子を狙う可能性が高い。
また、草獣族が暮らすのは主に草原地帯。こちらはさして障害がない道のりだが、かなりの大回りを強いられる。しかも、魚獣族が暮らす海を渡らなくてはならない。
「あとは鳥獣族ね。彼らは警戒心が強いから、迎え入れてくれるかどうか……。居住地は界王の扉付近だから、どちらの道のりでも、必然的に会うことになると思うのだけれど」
「お、俺は海は――!」
「あーはいはい、わかってるから。ちょっと黙ってなさいな」
「ですが、どちらを選んでも、また争いのもとになりそうですねぇ」
「そうですよね。さっきから視線がヒシヒシと、こう、突き刺さってきて……」
「……いっそ、二手に分かれるのはいかがでしょうか」
「「え?」」
ラルフの提案に、一行は驚きの声を上げた。
この未知の世界、いきなり不安でいっぱいだというのに、そのうえで仲間としばし別れろというのだ。
「確かに、それもいい策だな。集合地点を界王の扉にすればいいし、何かあれば連絡が取れるよう備えておけば問題あるまい」
「いやいやリネア、問題あるでしょ?! 大体、どうやって連絡取るのさ」
「私は意思疎通を行う術は会得している。短時間なら、八人の意思を一度に繋げることも可能だ」
「う……」
「へー、そりゃすげえな。それなら大丈夫じゃねぇか? それに両方の状況を見てみるってのもいいよな」
「……それもそうね。単に界王様に会うより、先にこの世界の現状を知っておいたほうがいいわよね」
「え……」
「わ、私もそう思います! 連絡がきちんと取れるなら、心配もないですし」
「では、決まりだな。半々になるとして……。どう分かれる?」
一瞬の、間。二手に分かれて旅をするのはいいとして、その期間は一日二日ではない。しかも予測不能な事態が次々と起こりそうな予感がビンビンする。この選択はものすごい重要だ。八人全員、さすがに押し黙った。
「とりあえず……。リネアとクレアは別々のほうがいいよね。獣界の案内役。僕らまったく知識が無いしさ」
「そうね。あと、ラルフとセルグ、リネアが全員一緒なのも避けたほうがいいんじゃないの? 危険回避と察知のためにも」
「あちらが認めたということで、セルグとクレアも分かれたほうがよろしいのではー?」
「回復術が使えるから、リネアとニーナも別々のほうがいいよな」
「ならば男女比などを考えると……」
そうして数回の議論と変更を重ね、ついに二つに分かれる構成が決定したのだった。
「おーい、牙獣族!」
「なんだよ、レナードの」
「俺たちは半分になって、それぞれお前らに同行する。牙獣族についていく側の代表は俺だ。文句あるか?」
「……ふーん? で、残りはどいつだ」
「この三人」
くい、とセルグが親指で背後を指し示した。そこにいたのはリネア、ローザン、リューンだ。
「へえ、その黒髪の女がくんのか。いいぜ、あれだけ強かったんだ。人族だろうと、今回は特別に迎えてやるよ。そっちの二人もおまけでな」
「……ま、よろしく頼むぜ」
リネアが本当は人族ではなく、禁忌の子だと知った時、牙獣族はどんな反応を示すのだろうか。
(こいつらは特殊力の感知なんか出来ないらしいから、大丈夫だと思うが……)
一抹の不安を抱えながら、セルグは牙獣族の青年と握手をしたのだった。
一方、草獣族側にはクレアが代表として挨拶をしていた。
「みなさんとは、私たちが一緒に参ります。どうぞよろしくお願いしますね」
「ええ、お任せください」
そう言って草獣族の青年はクレアと握手を交わしたが、ちらりと視線をその横に移したとき、その眼には確かな侮蔑の色が浮かんでいた。――ラルフを見たのだ。
(草獣族は霊力が高いから、対の力である妖力の感知もできる……。ラルフ君には辛い思いをさせてしまうわ)
そのことは先ほど、ラルフにもみんなにも説明した。それでも、ラルフはこちらに来ると言って譲らなかったのだ。旅の始まりから挫けていたら、自分の目指すものに到達することなど、到底無理だから、と言って。
「じゃあ、セルグたち、気を付けてね!」
「そっちもな!」
「ちゃんと定期的に連絡取るから、心配しないで!」
「……やるのは私だが、ローザン」
「まあまあ、リネア。またまた、しばしのお別れなんですよー?」
「もし緊急事態が起きたら、私の音でどうにかして伝えるわね」
「私も精一杯、皆様をお守りいたします」
「あの、私もがんばりますね!」
そうして一行は獣界について間もなく、行先を別にして旅立つのだった。




