第1話 あの人は今
情けにより再びウルにオーラパワーを分けてもらい動けるようになったノアが、夕食を取るべく宿屋内にある食堂に向かっていた。
『これでよく分かっただろう?』
(思い知ったのじゃあ)
『これに懲りたなら、明日からまた頑張って人助けをする事だな』
(ぬう〜、仕方ないのう)
そしてノア達が食事をしていると、同じ宿に泊まっている他の冒険者達が、勇者ウルと魔王ノアールの事について話していた。
「オイ、聞いたか? 偵察隊の話では、魔王城が完全に崩れ落ちていたそうだ」
「本当か⁉︎ ではやはり、魔王ノアールは倒されたのか?」
(ここにおるわい)
食事をしながら、冒険者達の会話に聞き耳を立てているノアとウル。
「しかし勇者ウル様の痕跡は、どこにも無かったらしい」
「くうっ! やはりウル様は魔王との戦いで命を……」
(余の肩におるわい)
「いや、そうとも言い切れないぞ。勇者パーティーの他の方々はみんな転移魔法で戻って来られたんだ。ウル様だってどこか別の街に転移しているのかもしれない」
それを聞いて、安心したような表情になるウル。
『ホウ。良かった。彼らは無事に戻れたのだな』
そしてそれは、ノアも同じだった。
(そうか。奴らは生きておるのか。ならばまたいつの日か、合間見える日も来よう。フフフ)
『嬉しそうだな?』
(フフッ。貴様等勇者ウルのパーティーは、我が前に辿り着いた唯一のパーティーじゃったからな。また戦えるかと思うと少し嬉しくての)
『魔王のお前が生きていると知ったら、すぐにでも殺しに来るかもしれんぞ?』
(べべ、別に今すぐ戦いたいとは言っておらんしぃ〜! 戦うと言ってもぉ〜、い、命のやり取りをするつもりは無いんじゃからの? た、単純に手合わせをしたいだけじゃからの〜?)
リジェネレーションが発動するのを恐れて、何かに言い訳をするように話すノア。
『ホウ。心配するな。リジェネレーションが発動しないということは、悪しき考えからでは無いということは分かる』
(まあ、どの道今来られても、奴等とまともに戦う力は無いからのう)
『お⁉︎ 噂の勇者パーティーが来た!』
「ブウーッ‼︎」
思わず口に含んだお茶を吹き出すノア。
『すまん。冗談だ』
(き、貴様‼︎ タチが悪いぞ‼︎)
改めてお茶を飲み始めるノア。
『ん⁉︎ あれはまさか⁉︎ 武闘家のクラフト⁉︎』
武闘家のクラフトとは、勇者ウルのパーティーメンバーのひとりだった男である。
(ハッ! 愚か者め! 余が同じ戯言に2度も騙される訳が……」
「クラフト様⁉︎ お身体はもうよろしいのですか⁉︎」
「ああ。心配かけたな! もう大丈夫だぜ!」
「ブウーッ‼︎」
再びお茶を吹き出すノア。
(な、何じゃとおおおっ⁉︎)
メニューで顔を隠しながら、クラフトと呼ばれた男をコッソリと見るノア。
その男は、身長は190センチはあろうかという長身、筋骨隆々で燃えるような赤い髪をした、推定年齢20歳の青年だった。
(あ、あ奴は……確かに見覚えがあるぞ!)
『ああ。奴は間違いなくクラフトだ。元気そうで良かった』
(きき、貴様! どどどどど、どうするつもりじゃ? まま、まさか余を売るつもりではあるまいな?)
『いくらで売れるだろうな?』
(おいぃっ‼︎)
『ホッ。安心しろ。俺はもうお前を殺すつもりは無いと言っただろう』
(ほ、本当じゃろうな⁉︎)
『ああ』
(そ、そうか。ならばこのままスルーじゃな)
一応用心の為、メニューに隠れながら再びお茶を飲み始めるノア。
『いやしかし。せっかくだから挨拶ぐらいはしておくか』
「ブウーッ‼︎」
テーブルの上は、ノアが吹き出したお茶まみれであった。
『冗談だ。そもそも今の俺では言葉が通じないだろうし、仮に俺達の状況を説明したら、お前が魔王である事がバレてしまうからな』
(き、貴様! もしや楽しんでおるのではなかろうな⁉︎)
「ん⁉︎ んんんん〜⁉︎」
食事をしながら他の客達と楽しそうに喋っていたクラフトが、ふと何かに気付いたようにノア達の方をジッと見つめていた。
それに気付いたノアが、更に深くメニューに顔を埋める。
(な、何じゃあ奴? さっきからずっと我等の方を見ておるぞ?)
『ホウ。さすがに俺達の正体には、気付いていないと思うが……』
だが、ウルの考えに反して席を立ったクラフトが、ゆっくりとノア達の元に歩いて来る。
(なな、何でこっちに来るんじゃ⁉︎ 余は何も怪しい行動はしとらんぞ⁉︎)
『俺にも分からん。だが今回は特に言葉使いには気を付けろよ。何しろ奴はバカだが、妙に勘が鋭い男だからな。些細な仕草や言葉で、お前の正体に気付く可能性が無いとも言えない』
(う、うむ。全力で猫をかぶるのじゃ)
遂にノアが座る席の前まで来て、立ち止まるクラフト。
近くで見ると、身長が高い上に全身筋肉の塊のような身体の為、まるで壁のようだった。
顔を合わせまいと必死にメニューに隠れているノアに、先程まで他の客達と話していたような砕けた口調ではなく、とても低い声でゆっくりと喋り出すクラフト。
「お嬢さん……前の席、よろしいですか?」
メニューからチラッと顔を出し、一瞬だけクラフトを見てすぐさま隠れるノア。
「う、うむ。別に構わないニャン」
猫をかぶるの意味を履き違えたノアが答える。
「では、失礼します」
非常に落ち着いた様子で、ゆっくりと席に着くクラフト。
ジロジロとノアを見つめていたクラフトが、自己紹介を始める。
「私は、しがない冒険者をやっているクラフトと申します。お嬢さんのお名前は?」
「余……わ、私は、ノアって言うニャン」
「ノアっ⁉︎」
「ヒッ!」
一瞬険しい表情になるクラフトだったが、すぐにまた平静を取り戻した。
「失礼。魔王ノアールの名に似ていたもので、つい」
「よ、よく言われるニャン」
次に、ノアの左肩に乗っているウルを見たクラフト。
「それではその〜、使い魔、ですかな? そのフクロウの名は何と?」
「こや、この子はウルって言うニャン」
「ウルですとおっ⁉︎」
ガタッと立ち上がるクラフト。
「ヒイイッ!」
しかし、すぐさま座り直すクラフト。
「すみません。実は私は、勇者ウルと同じパーティーに居たもので。思わずウルの名に反応してしまいました」
「ぞ、存じてますニャン」
更に質問を続けるクラフト。
「何故、使い魔にウルという名を? もしや、お嬢さんもウルのファンですか?」
「なにゃっ⁉︎ ぬ、ぐううううー」
非常に抵抗があったが、クラフトに怪しまれないように、仕方なく認めるノア。
「そそ、そうニャン」
「そう、ですか……」
それを聞いたクラフトが、とても哀しそうな表情になる。
「ウルが行方不明になって、お嬢さんもさぞかしお辛いでしょう?」
「へ⁉︎ いや、ここに居にゃああ哀しいにゃああん‼︎」
ウルの爪が静かにノアの肩に食い込んでいた。
「そうでしょうそうでしょう」
(な、何なんじゃこやつは⁉︎ 一体何がしたいんじゃ⁉︎)
「いや、お食事中大変失礼しました」
そう言って立ち上がるクラフト。
(やっと帰ってくれるのかの?)
「ああ、最後にひとつ」
「ニャッ⁉︎」
「私と、握手していただけませんか?」
「え⁉︎ ええ」
立ち上がり、クラフトと握手をするノア。
「ありがとうございました。それでは、また」
ようやく去って行くクラフト。
安堵のため息をつきながら座るノア。
(ほ、本当に奴は何がしたかったんじゃ⁉︎ いや、まさかあ奴。握手をする事で、相手の正体を探る能力とかを持っとるんじゃないのか⁉︎ それで余と握手などを?)
『いや、あいつにそんなスキルは無い。ただ単純に、お前と握手がしたかっただけだろう』
(何故そう言い切れるのじゃ?)
『何故なら奴は……』
(奴は?)
『極度のロリコンだからだ‼︎』
(いや、何じゃそりゃああああー‼︎)
スタートゥインクルプリキュアとは関係ございません。