そこ隙間ないんだけど
わたしは後ずさった。角度が変わって明かりは見えなくなるはずだった。
なのに・・・まだそれは見えていた。バシっと何かが音を立てた。
リコが悲鳴を上げた。
わたしも悲鳴を上げていた。その瞬間、蛍光灯が点滅を始めた。
「空気がさっきと違う」
小早川の声が震えていた。
「やばい、出よう」
小早川がリコの手を掴み、わたしも出口へ向き直った。詩乃は動かなかった。
「何してるの、詩乃」
わたしは振り返って詩乃へ駆け寄ろうとした。詩乃は壁の方へ歩いていく。リコは小早川の手を振りほどくとわたしより早く詩乃の元に走った。
ホームから電車が発車するベルが聞こえた。
蛍光灯の点滅が激しくなる。
「詩乃、出よう」
リコは詩乃の手を握り引っ張る。
詩乃は不思議そうな顔でリコを見上げていた。
パンっという音とともに蛍光灯が消えた。
あ、っという悲鳴が聞こえた。小早川の声だ。
「いてえ、破片が飛んできた」
「大丈夫?小早川君」
リコの声も震えていた。蛍光灯は消えたのではなく割れていた。
全ての照明が一気に消えた地下道は真っ暗だった。どこに誰がいるのかさえわからない。
「やばい、やばいよ。とにかく出よう」
リコのうろたえた声が響く。わたしは何も見えなくなって動けなかった。電車の立てる轟音が響き始めた。小早川が叫んだ。
「リコ、ライト持ってただろ!それ、使え・・・」
途中で轟音にかき消された。
何も聞こえない、何も見えない。
動けなかった。
どっちが出口なのかさえわからない。
「詩乃、何処にいるの」
大声で叫んでいる自分の声さえ自分の耳に届かない。
電車の走る轟音が地下道を支配していた。
怖い。
だけど動けない。
何も見えない。
パニックを起こしそうな自分にわたしは一生懸命に言い聞かせる。
数秒、いや数十秒の我慢だ。
電車はすぐに走り去る。そうすれば見えなくても声は届く。
耳鳴りのような感覚がしていた。
轟音で考えもまとまらない。
まるで何処か違う世界へと続く落とし穴へ落ちていく感覚に支配される。
何かを破壊するような激しい音に満たされていた。
それは永遠に続くかのような気さえした。
鉄の車輪がレールを叩く連続音。
ようやく最後の打音が頭上を通り過ぎた。
ガン、ガン、ガンと鳴り響く音が遠ざかっていく。
「詩乃、リコ、小早川君」
わたしは詩乃とリコがいたほうへ足を出した。
何かが足に当った。
びくっとして足を引っ込めた。
何か妙に柔らかいものだった。
「誰?」
そうだ、携帯。
明かりの替わりになる。
わたしはバッグに手を突っ込むとスマホを探す。
「沙織、そこにいる?」
リコの声がして、ぱっとライトがついた。
リコの持っていたペンライトの明かりだった。天井が照らし出された。
「こっち。わたしもスマホ出すよ」
リコがペンライトをこちらに向けた。一瞬まぶしくて目を閉じた。
「あ、ごめん」
リコがそう言い掛けて、続いて悲鳴が上がった。
リコの悲鳴だった。
「なに、なに?」
わたしはバッグから手を引っ込めて後ずさりした。
自然とペンライトの先を目で追ってしまった。
誰かが、倒れていた。
わたしも悲鳴を上げた。
考えるよりも体が動いていた。
倒れている人を避けるようにして光の方へ走る。
リコは倒れた男からペンライトを動かせずにいた。
さっき、足に当ったのはこれだったのか。
「生きてるの?」
わたしは思わず言ってしまった。
リコがこちらを見た気配がした。
「生きてるわけ無いよ。だって腕がないもん」
わたしはそれには気が付いていなかった。
小さなペンライトの照らし出す範囲は狭かった。けれどすぐにそれを確認してしまった。もう悲鳴も上げられなかった。腕無しのスーツ姿の男の死体。
「なに、なにが起きてるの」
そう言ったつもりだった。
震えてまるで言葉にはなっていなかった。それでもリコには理解できたらしい。
「たぶん、わたしたちだけ異次元にでも入り込んじゃったね」
リコの声は冷静だった。本当に冷静だったのかどうかはわからない。けれど、その時は冷静だと思えた。わたしはパニックになりそうだった。
「沙織」
リコはペンライトを動かさないようにこちらを見た。
見たような気がした。
実際にはほとんど見えない。
「沙織、冷静になろう。ここで無闇に動くと危険だと思う」
「なに、何言ってるの?」
「手を伸ばして。わたしの手を握って」
わたしは言われたとおりに手を伸ばす。気配でリコもペンライトを持っていない左手でわたしの右手に触れた。ぎゅっと手を握る。
「わかる?」
リコの声は落ち着いていた。
「わたしも怖いの」
リコの手は震えていた。
「いい?絶対に手を離さないと約束して」
わたしは頷く。それから気がついて、声を出して「うん」と言った。
「まずは状況を確認するから」
リコはペンライトを動かした。倒れている男からライトが移動する。その男の腕は、無い。
ペンライトはそのまま移動する。
床。
少し上の方へ移動していく。そこは壁が浮かび上がるはずだった。狭い地下道なのだ。そうならなければおかしい。
「壁、無いね」
床が続いていた。
ペンライトの先が暗闇へ消えていく。
右にペンライトが動く。
その先に白い壁が現れた。
「部屋、かな」
リコの声は少し震えていた。
ずっとペンライトは移動していく。
ドアがあった。
「わたし、たち、だけだね」
詩乃も、小早川もいなかった。
「なんで、どうして」
握られた手がぎゅっと力が加わった。
「いまは、それ、言わないで」
わたしは口を閉じた。
反対側へペンライトが向けられた。
何かが積まれている。
「机、かな」
雑然と積み重なった机と椅子。事務机といった感じではない。
「学校の机だね」
リコが言う。
そうだ、これは学校の机。ひょっとしてここは学校の一部?
「うちらの高校にも使ってない教室あるよね。去年の学祭でうちのクラス、お化け屋敷やったんだ。たぶん、そこだね、これ」
「なんでわたしたち学校にいるの?」
「わかんない。けどそうすると、後ろは窓だよね」
ペンライトがぐるっと回る。
わたしは振り向いた。
手を繋いだままだから大きく首をひねることになる。
窓には目張りがされていた。真っ黒に塗られたベニア板の目張り。
「確か、学祭の後に外したはずなんだけどな」
リコがつぶやく。
「とりあえず、この部屋から出ようか。暗すぎだし」
「うん」
声に出して返事をする。
リコは恐る恐ると言った感じでドアがあった方へ歩き出した。
わたしも一緒に歩き出す。
ドアの前まで移動するとリコはドアノブを引いた。
ガタっと音を立てて開く。
廊下のような感じがする。
リコと一緒に廊下へ出る。
リコはもう一度部屋の中をペンライトで照らし出した。
「おかしいな」
「なに、どうしたの?」
「さっきの死体がない」
リコの声は冷静だった。
ペンライトは部屋の床をぐるぐると照らし出す。
けれどもさっきの死体はどこにもなかった
「とりあえず、先に進もう」
リコはドアを閉めずに歩き出した。わたしはリコに引かれるようにして歩き出す。
廊下もやはり真っ暗だった。
「リコ、ちょっと待って。わたし、スマホあるから。それ、明かりの代わりにするから」
リコが足を止める。
「あ、そうだね」
そう言って、あ、とリコが続けた。
「ついでにさ、電話してみようか。詩乃に」
「そ、そうだね。心配してるよね」
わたしは空いている左手だけでバッグの中を探る。
スマホを取り出して詩乃の電話番号を呼び出した。電波は、ちゃんとあった。
そのまま電話をかけた。
『おかけになった電話番号は電波の届かないところにいるか、電源が・・・』
圏外?
「沙織、わたしも小早川君に電話してみる。ちょっとライト持ってて」
リコは左手を離さなかった。わたしはスマホをバッグに戻し、ライトを受け取った。
「駄目だね。こっちも圏外だって言われる。他もかけてみるよ」
いくつかの電話番号へ電話をする。
どれもが圏外になっているようだ。
「沙織、もう一度そっちでもかけてみて。出来れば携帯じゃないやつがいいな」
固定電話と言われて思いつくのは実家の番号くらいだったけれど、ライトをリコに返し、試してみる。
『おかけになった電話番号は現在、使われておりません』
ぞっとした。
使われていないはずがない。
実家の番号なんだから。
そんなはずがない。
そのまま110番へかけた。
繋がらない予感がした。
『おかけになった電話番号は現在、使われ・・・』
途中で切った。
寒気が背中を駆け上がってくる。




