勇気を振り絞って
リコがわたしに駆け寄った。
「え、マジで?どこで、どこで?」」
詩乃が地下道の中を指差した。
「地下道のどの辺りだった?」
「ちょうど、中間くらいのとこ。シノは見てないけど、沙織が急に走り出したから」
リコは小早川に振り返ると「行ってみよう」と言い出した。
「沙織、案内して。やっと手掛かりが見つかるかもしれない」
いや、ちょっと待て。
今、逃げてきたのに、何言ってる?
「沙織、シノも確かめたい」
いや、シノも何言ってる?
「怖すぎるよ。行けないよ」
けれど、とわたしは思う。さっき自分で決めたばかりじゃないか。愛理香を連れ戻すために、とことんやるんだって。怖いことが起きるのは予想の範囲だったんじゃないのか?
「沙織が見たっていうのは重要なことなんだよ。わたしら二人じゃ何も見つからなかったからさ。何か大切な要素を見落としているんじゃないかって思ってたんだよ。それを検証したいんだよ。頼むよー、沙織」
リコがわたしの手を掴んで頼み込む。そうだ、ここで引き返してしまったら何も解決しない。
「わかった。一緒に行くよ」
わたしは頷いた。でもすぐに戻るのは足がすくんで動けなかった。
「けど、ちょっと落ち着くまで待って」
「やった。いいよ沙織、何かジュース奢ってあげる。小早川君、お願い」
小早川は、オーケーとか言って自動販売機の方へ歩いていった。
「それで、沙織は何を見たの?」
リコは興味津々といった感じで訊ねてきた。
「見たのは一瞬だった。急に引っ張られたと思ってよろけた。で、壁にどんってぶつかって。腕を掴まれているような気がしてて。見たら壁から手が出てて、わたしの腕を掴んでいた」
「やばいね。ガチだね」
リコははしゃいでいた。ちょっとその感覚がわからなかった。
「それから?その後は?」
「それだけだよ。すーっと消えちゃった。わたしはめちゃ怖かったから走ってここまで来た」
小早川がペットボトルを4つ持って帰ってきた。
「リコはコーラだよな?」
リコがありがとうと言って受け取る。何故か小早川は嬉しそうだった。それから紅茶をわたしにくれた。詩乃は緑茶を受け取る。小早川はリコと同じコーラのキャップを開けた。
仲良く同じコーラを飲む二人をなんとなく眺めた。
わたしも、紅茶に口をつけた。
「じゃあ、行きますか」
リコがコーラを飲み干して宣言した。
わたしも頷く。
コンクリートの路面をゆっくり下り始めた。
地下道はさっきと変わらず暗い。
暗いけれど、何かさっきと違う。
なんだろう?
わたしは考えることを拒否しようとする自分を励ました。がんばるんだ、わたし。
「あ」
思わず声を出してしまった。
「なに?」
先頭を歩いていたリコがびくっとして振り向いた。
「電気が、ついてる」
そうなのだ。蛍光灯が全てついていた。さっきは2つくらい点滅していたのに。
そう説明するとリコがまじめな顔になった。
小早川が頷く。
「つまり霊が出現する時、照明に異常が発生するのか」
「じゃあ、もう霊は出てきてくれないのかな」
リコが残念そうに言う。
「まあ、リコ、とにかく現場まで行こうぜ」
小早川が再び歩き出す。それに続いてゾロゾロと歩く。
ちょうど中間地点までやってきて、わたしはこの辺りだった、と指差した。
見上げると線路の隙間から外が見えた。偶然、ホームの方向の明かりが見えたのだ。
「どっちの壁から手が出ていたの?」
「右腕を掴まれたから、そっち側」
逆に歩いてきているから左側になる。コンクリートの壁には変わったところはなかった。
いく筋かの水の垂れた跡とほこりっぽい壁。蛍光灯は天井ではなくて逆側、つまり今は右側の壁の天井近くの壁に設置されている。左側の壁には何もなかった。
「こういうところって落書きとかあるもんなんだけどな」
小早川が独り言のように言う。
「そうだね、小早川君。妙に綺麗だね、この壁」
そう言いながらリコは壁に近寄った。
「最近、塗り直されてるね。グレーの塗料が塗られてる。どうせ塗るなら明るめの色とかにしたら雰囲気良くなるはずなのに」
リコはまるで探偵のように顔を近づけて壁を調べていた。すこしづつ移動して壁を調べていく。
「ここからか。塗り直したのは一部だけなんだ。ここからはコンクリート剥き出しのまま。どうしてここは塗り直したのかな」
詩乃が上を指差した。つられてみんなで上を向く。
「シノは知ってる。ここ、雨が当って色が変わってた。それで変な模様が出来ていた」
「変な模様?」
「うん。顔に見えるって言われてた」
うわ。
そんなことここで言わなくてもと思った。
でもリコは違う感想だったらしい。
「そうか、見たかったな」
再びリコは探偵モードになる。小早川は反対側の壁を調べ始めながら言った。
「リコ、もしもなんだけどな、上で事故があって、弾き飛ばされた腕がこの地下道へ落ちてくることはあるんだろうか」
「どうだろうね。けど確かに天井にはいくつか隙間があるよね。これってもともと掘割っていう構造だね」
「掘割ってなに?」と尋ねる。
「うん。トンネルを掘ってるんじゃなくて、溝を掘って、その上に線路を敷いてるの。つまり蓋だね。けど上を誰かが歩くわけでもないし、完全に蓋にする必要も無いからさ。ところどころ空いてる」
「じゃあ吹っ飛ばされたら落ちてくることもあるわけだ」
「でもさ、こんな感じじゃ探して見つからないなんてことはないよね。たしか最初に来た時、ここも立ち入り禁止だったじゃん。だから駅の人とか警察とかが調べてるよね」
「そうだな。見つからないわけないよな」
二人が壁を調べ終わって戻ってくる。わたしは天井から見える隙間を見ていた。ホームの明かりが見えた。あそこから飛んでくる腕を想像して気分が悪くなった。
「何見てるの?沙織」
リコがわたしの視線の先を追うように見上げる。
「あ、うん。ホームが見えるな、と思って」
「ホーム?」
小早川も見上げた。
「この角度じゃ見えるわけ無いよ。50メートルくらい離れているんだから」
「え?でも明かりが見えるよ」
「どこに?」
リコの言葉にわたしは一瞬で寒気が走った。
「え、見えてるでしょ、その隙間から」
わたしは震えながら指差した。
「そこ、隙間ないんだけど」




