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シノ(2)

翌朝、佳奈もわたしも寝不足であんまり話をしなかった。

佳奈は愛理香が心配だと言っていたけれど、何もしてあげれそうなことは思いつかなかった。

詩乃が学校に来ていたら何かわかるかもしれないと思ったけど、佳奈は、まだわたしは悪夢に囚われてはいないのだし詩乃には関わらない方がいい、と言った。

校門を入ったところで佳奈と別れた。

教室に入ると詩乃は椅子に座っていた。

それからわたしに気がつくと立ち上がりかけた。

わたしは慌ててしまった。

つい、周りを見回して、それでリコを見つけた。

「おはよう、リコ」

なんか詩乃を無視するような感じになってしまったけれど、まだ心の準備が出来ていないような気がしていた。

正直、詩乃が怖かったのだ。

「あ、おはよう、沙織。なんか眠そうだよ?」

「うん。ちょっと寝不足で。昨日はどうだった?」

心霊スポットの探索のことなんて本当は聞きたくなかったのだけど、詩乃と話すのが気まずくて、つい言ってしまった。

「見つからなかったよ」

リコは笑って言った。

「でも、事故の様子はわかったよ。直接見たって言う人から聞いた人をみつけた」

「へえ、そうなんだ。前から思ってたけど、リコってテレビリポーターみたいな調査能力だね」

「へへ。褒めてくれてありがとう。なんか事故に遭った人、何かに引っ張られるように特急電車に飛び込んだって言ってたよ」

「うわ。なにそれ」

聞きたいと思っていたわけじゃない。何度も言うようだけど。

「右手を前に突き出すような形で走ってきた電車に飛び込んだらしいんだよね。それも2両目あたりへ」

「2両目?」

「そうなの。特急の通過列車が走り抜ける途中で。だからどっちかというと轢かれたいうよりも接触した?みたいな?で、弾き飛ばされてプラットフォームで亡くなったらしい。腕が見つからないっていうから、てっきり飛び込み自殺でバラバラになったのかと思ってんだけど。自殺ではないっぽい」

「じゃあ腕が見つからないっていうのもデマ?」

リコは首を振った。微妙にうれしそうだった。

「それは本当。突き出した右腕が電車に巻き込まれたんじゃないかって。まるで切り取られたみたいにすっぱりと肘から先が無かったらしいよ」

うわ。やっぱり聞くんじゃなかった。


窓際の席からは朝のグラウンドが見える。

誰もいないグラウンド。

最初の授業が始まる直前の一瞬の静けさ。

空は相変わらずの灰色で梅雨だったことを思い出させる。

昨日は雨は降らずに持ちこたえたけれど今日は午後から下り坂だとスマホの天気予報が言っていた。

学校は以前と何も変わっていない。

変わっていないはずだったのに、何か説明のしようのない暗闇に包まれているような錯覚に陥る。

教室の後ろの方の席で詩乃がこちらを見ていた。

詩乃も何か話したいことがあるのだろうか。

けれどそれを聞いてしまったら戻れなくなるような気がした。


この数日間で起きた事件、今まで知らなかった事故とのつながり。

佳奈の悪夢。

何かつながりがありそうだけれど決定的な証拠は何も無い。

でも詩乃は知っている。

だから聞くのが怖い。

授業が始まってもわたしは同じことばかり考えていた。


放課になっても教室から出て詩乃と話さないようにした。

わたしは詩乃を避けていた。理不尽な無視をしていた。やっぱり知るのが怖かったのだと思う。

そして知らなければ逃れられるような気がしていたのだと思う。

そんなはず、なかったのだけど。


昼休みは学校を出て近くのコンビニでパンを買った。

ぎりぎりになるまで教室には戻らずに過ごした。詩乃はわたしを見つけてすぐに席を立とうとしたけれど時計を見て座り直した。


世界史の授業はローマ時代の続きだった。

佐々木の授業は男子から人気がある。午後一番なのにみんなちゃんと聞いていた。わたしは寝不足に加えて昼休みに歩いていたせいで、ものすごく眠かった。

わたしはいつの間にか暗い路地に座っていた。寝てしまったのだ、と思う。

夢だ。

ローマ時代の街にいた。

石造りの建物と建物の間の狭い路地で暗かった。

夜らしい。

ひそひそと声が聞こえ、わたしは隠れていたのだけど見つかってしまって慌てて逃げ出した。街灯もない真っ暗な道を走って行く。

追いかけてくる。

このままでは追いつかれると思っていると橋があった。でもなんだか日本の江戸時代のような木造橋だった。たぶん、わたしの知識の中にローマ時代の景色のメモリーがほとんど無いんだろう。

いつの間にか時代劇の夜中の捕り物みたいな感じになっていた。


橋の下へ身を隠す。

そこは完全に現代のコンクリート橋の下側だった。

橋の上を何人かの足音と声が通り過ぎていき、わたしはほっとした。

そこへ砂利を踏む足音が聞こえた。慌てて立ち上がろうとする。

「待って、逃げないで」

女子の声だった。

聞いたことのある声だった。

「詩乃?」

暗くてよくわからなかったけれど、あきらかに高校の制服を来た女子が立っていた。

ローマ時代なのか江戸時代なのかわからないけれど場違いなことに変わりは無かった。

「沙織、シノを避けてる。でもシノは沙織が必要」

そう言いながらシルエットの女子がそばへ来た。

近付いてきた女子の顔が見えるようになると泣いているのがわかった。

わたしはとても悪いことをしたような気になって詩乃の手に触れた。

冷たくて小さな手だった。

「勝手に夢に入ってきてごめんなさい。でもシノ避けられているから。どうしても沙織と話したかったから」

わたしは何も言えず詩乃の手を握った。

今朝から感じていた怖さは無かった。

目の前の詩乃は小柄な体の地味な女の子でしかなかった。

こんな子を泣かせてしまった自分が情けないと思った。

わたしは、わたしのほうこそごめんね、と言った。

詩乃は顔を上げてわたしを見た。

「シノ、愛理香を助けたい。お願い、シノを手伝って欲しいの」

そう言われて、はっと目が覚めた。

まだ授業中だった。

振り向くと詩乃はゆっくりと目を開けるところだった。

詩乃は涙目をしていた。


放課後になって、わたしは詩乃の席まで行った。

詩乃は顔を上げると、ありがとう、とつぶやいた。わたしは無言で頷いた。

詩乃が教科書なんかをバッグに入れるのを待って二人で教室を出た。

何を言っていいのかわからなくて。

「雨、まだ降ってないね」

詩乃も窓の外を見た。

「さっきは、ごめんなさい。シノ、避けられていると思ってた」

「ううん。ちょっと怖かっただけ」

「怖かった?シノ、怖い?」

悲しそうな顔でシノはわたしを見た。

「シノ、沙織の夢に入った。沙織は信じてくれる?」

「信じるというか、今も夢の中での会話の続きしてるわけなんだよね?」

冷静に考えてみると、おかしな話だと思った。

「佳奈とも話したから。詩乃が他人の夢に入れるのは実感したよ」

「ごめんなさい。いつもは間違って入っちゃっても気付かれないようにしてる。でも、シノも怖いの。愛理香が起きないの。探しても見つからないの。どうしたら助けられるのかわからない」

わたしは階段の手前で足を止めた。

「どこかで落ち着いて話さない?」

自分でも何を言っているんだろうと思っていた。さっきまで、あんなに怖いと思っていたことに首を突っ込もうとしているなんて。

「コメダ、行く?シノが払うから」

詩乃はまっすぐにわたしの目を見ていた。少し潤んでいる。わたしは何故だかほっとしたような、気が抜けたような気がしてきた。

「詩乃、コメダ好きなの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど。でも他に落ち着いて話せるところ知らなくて」

「そっか。じゃあさ、うちに来る?わたし一人暮らしなんだ。詩乃と一緒」

詩乃はわたしの目を見続けていた。まるで子供のようだと思った。怒られそうになって心配している子供の目。

「途中のスーパーで飲み物とお菓子、買おう」

わざと元気よく言って、わたしは詩乃の手を掴んだ。詩乃は少しびっくりした顔になって、それから、うん、と頷くとはにかんだような笑顔になった。

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