地下道の幽霊2
その夜、わたしは夢を見た。
田舎の道を歩いている。
うわ、やばいな、と思っていた。
だって昼間に佳奈に聞かされた光景にそっくりだと思ったからだ。
田んぼの中の道路。
片側1車線で、実家の方でよく見る整備されすぎの農道といった感じ。
都会にしか住んだことのない人にはわかんないだろうけど、田舎には無駄に税金をつぎ込んだとしか思えない、やたら広い農道がある。
まっすぐで山に向かって伸びている。
初夏の風景で山は青く空には雲ひとつない。
緑が濃くなっていく。
そしてトンネルが現れた。
あれ?と思う。このトンネル、どこかで見た気がする。
トンネルの入り口でわたしはそれを見上げていた。
ちゃんと中は明かりが点いている。
佳奈の夢とは違うのかな、と思い始めていた。
そう、夢なんだけど夢だってわかっていた。
鳥の声が聞こえた。
ああ、そうか。
これは実家の風景だ。
隣の町には山ひとつ超えていかないと行けなくて、昔は山の中の狭い道路を走らないと行けなかったと母親から聞いたことがあった。
それでわたしが生まれる前に大規模農道とかいうのが通って隣町どころか海辺の町まで一本でいけるようになって便利になったと。
ああ、あのトンネルか。
じゃあこれは佳奈の悪夢でもなんでもなくて、ただのわたしの記憶じゃないか、とわたしは思った。
たしか、こっち側は隣町から入ってくる方のトンネル入り口だ。
車は来ない。
人も居ない。
でも、それはいつもどおりの景色で。
地元の人以外に使う理由のない交通量の少ない道路だから。
何度か母親の軽トラックに乗って隣町にあるドラッグストアへ行ったことがある。歩いて来た事は一度もないのだけど。
気がつくと朝だった。
学校に行く準備をしていつもどおりパジャマは脱ぎっぱなしで部屋を出た。
詩乃は学校に来ているだろうか。
教室に入るとリコがわたしを見つけて近寄ってきた。
「沙織、聞いて聞いて」
「なに?どうしたの?」
「金曜の夕方、駅の地下道行ったんだよ」
あ、幽霊が出たとかいうやつだっけ。
「見たの?お化け」
「お化けって、あんた。小学生じゃないんだから。霊って言ってよ、せめて」
「あ、うん」
「そうじゃなくて、切り取られた腕を見たっていう話でしょ。沙織、記憶力ないなあ」
いや、どっちかというとそれは覚えていたくない記憶だったな。
「腕、生えてたんじゃなかったっけ?まあ、いいけど。それで?なんか見たの?」
「いやあ、見えなかった、というか入れなかった」
「うん?そうなの?通行止め?」
そこでリコは薄気味悪く笑った。
いや、なんでそんな演技をする?
「通行止めだったんだけど、なんか事故があったんだって」
事故?あんなせまいところで事故?
「いや、地下道でじゃなくて、その上」
「その上って、線路じゃない」
「そうなの。駅で人身事故があって。それで通行止めになってた」
「そういうことか。それで、それが何か?」
再びリコは薄気味悪く笑った。
それはいつも怪談をするときに結末の怖いところを語り出す時のリコの仕草だと気がついた。
「あとで聞いたんだけどね、腕が見つからないんだって。電車に跳ね飛ばされた人の」
「うわ、鳥肌立った。死んだってことだよね?その人。やめてよね、そういうの」
本気でやばいと思った。
気持ち悪い。
当分、あの駅には行けそうにもないじゃん。
どこかに見つからない腕が落ちてるとか怖すぎるじゃない。
「沙織、そんなことじゃないんだよ」
リコの不気味な笑いは続いていた。
「気がつかない?3組の鈴木くんが地下道で腕を見たのは木曜の夜なんだよ?確か夜の10時くらい」
夜の10時?深夜徘徊で補導されるって。
「人身事故が起きたのは翌日の金曜日の昼間なんだよ。新聞で確認した。午後3時過ぎ」
「うん。それが?」
「だから。だっておかしいじゃん。駅で人が亡くなったから怪談が出来るんだったら普通だけど、そうじゃないんだよ?怪談が先で、事故が後なんだよ?」
「偶然なんじゃないの?そういうこともあるって」
リコは大袈裟に全身で否定した。
「偶然過ぎるって。まるでさ、翌日の事故を予見したみたいだと思わない?」
1時間目は古典だった。
たぶん、古典だったはず。
けれど全然、覚えていない。頭の中ではリコの言葉が繰り返されていた。
「翌日の事故を予見した」という現象。
タイムスリップか?
でも、わたしはむしろそっちの方が納得いかない。幽霊も非現実的だけど、タイムスリップはさらに非現実だと思う。
そういえば、詩乃の席は空席のままだった。
今日も、休みなのか。
1時間目の授業が終わって、再びリコが来た。
小早川と吉田も集まってきていた。
リコは得意そうに話をしていた。
「だからね、理論的に考えるとね、金曜の事故の衝撃が時間軸に影響して前日に再現されたってことなんだよ」
「リコ、それはいくらなんでも非現実的すぎない?」
「電波っぽい言い方に聞こえたらごめん。でも他に言い方が見つからなくて。これは偶然じゃない。大きな事故って過去に影響を及ぼすことがあるんだよ」
小早川が「例えば?」と尋ねた。
うまい合いの手だ、小早川。リコにしゃべらせるのがうまいな。絶対、リコのことが好きなんだよね?
「地震とか、飛行機墜落とかを予見する人っているじゃない?ああいうやつなんだよ。鈴木君は、翌日の事故の予知をしたんだよ」
「心霊現象ではないってこと?」
「あ、うん。そうなっちゃうかあ。でも予知も不思議でいいと思うな。うん」
「それでリコ、今日はどうするんだよ?またあの地下道に行くってどういうことなんだ?」
リコは少し興奮気味だった。
そんなに嬉しいのか、予知が。
「小早川君は、まず3組の鈴木君に腕を見た場所を詳しく聞いてきて」
「ああ、いいけどさ」
「そしたら、放課後、腕を捜しに行くんだ、わたしたちで」
「うわ・・・・」
思わず絶句してしまった。
そんなホラー映画みたいな・・・
「鈴木君の証言通りの場所でそれが見つかったら、わたしの理論が正しいって証明されるじゃん?これは重要なことなんだよ」
2時間目は数学だった。
確かに数字とか記号はたくさん見た気がする。またしても全然、頭に入ってこない。
リコめ。変な理論を考え付くからだ。でも、わたしも何か忘れていることがある気がしていた。
いや、違うな。見落としていること?
また放課になった。
「沙織、地下道を通ったことあるんだよね?」
もう今日はこの話題で一日盛り上がるつもりなんだな、リコは。
「うん。あるっていうか、最近知ったんだけど」
「最近っていつ?一ヶ月以内くらい?」
わたしは、そこで、ぞっとした。
そうじゃん。わたし直前に通ってるじゃん。
「木曜、木曜の夕方に、初めて通った・・・」
今度はリコがびっくりしたような顔でわたしの机を、どん、と叩いた。
「なんか見た?おかしなことは無かった?」
思い返そうとして、あの日見た地下道の様子に腕が混じってくる。
いやいや、待て待て。わたし、待て。絶対に見てないから。朝からそんな話題を聞き続けていたから、自分の記憶を塗り替えそうになってしまった。
「ないよ。薄暗くて怖いなとは思ったけど」
「そっかあ、じゃあその時間には、地下道は普通だった、ということだね」
「わかんないぜ、リコ。沙織に霊感が無いだけかもしれないし」
藍沢って呼べよな、と少しだけ思った。
どうもリコが沙織っていうから、小早川もわたしを名字の藍沢ではなくて名前で呼ぶようになってしまった。
「霊感って・・・リコは予知だって言ったじゃん。てか、鈴木君は霊感あるの?」
「いや、そんな話は聞いたこと無いな。鈴木ってわりと明るいやつだし、心霊現象とかイメージ無いな。
だから軽く腕見ちゃったとか言ってきたんだと思うけど」
リコは何かを考えているようだった。
「他にも腕を見た人っているのかな?」
「わかんねえな。沙織が通ったのは何時だ?」
「夕方、あれはたぶん6時前だと思う」
北島と別れた後の帰り道は地下道を通らずに陸橋から帰ったから。
「じゃあ可能性は低いな。あんな地下道通るやつの方が少ないだろうし、この学校のやつで夜遅くにあんなとこ通る理由なさそうだし」
ふっと、愛理香は帰り道に通っただろうか、と思った。
いや、ないな。
確か電車通学だと言っていた気がするから。
駅に入るには地下道を通る必要は全然ない。
3時間目は担任の佐々木の授業だった。
世界史の授業ではローマ帝国の話をしていた気がする。佐々木は、昔はシーザーと言ってたとか言う。ユリウス=カエサルのことだ。
読み方が変わったのは英語読みから現地読みになったからだとか、古い歴史は、新しい発見があると書き換えられるんだ、とか。
そこは覚えていたけど、内容はさっぱり覚えていない。授業が終わったあと、佐々木はわたしを呼んだ。
「藍沢さん、お昼休みになったら、お弁当食べた後でいいから職員室に来てもらえる?」
佐々木は教師になって3年目とかだっけ、の女性の先生で男子には人気がある人だ。いつも明るい色のスカートを履いていて、けっこう美人なんだけど、かなりの歴史オタクだと言われていた。
「え?わたし何かしました?」
「いえ、藍沢さんのことじゃないのよ。杉橋さん、先週の金曜から休んでいるでしょ?それでちょっとお話があるだけなの」
そう言って佐々木は職員室へ帰っていった。詩乃が休んでいることで?一緒に帰ったことを知っているのだろうか。
なんで?
あの後、何かあったんだろうか。
リコと小早川はクラスの中で聞き込みをしていた。地下道に最近行った事はないか、と聞きまわっている。何が何でも謎を追いかける、その情熱はすごいな。もうちょっと役に立つことに使えばいいのに。小早川も、そんなリコを好きになってかわいそうに。
お弁当を食べ終わると、放課後に地下道に行こうと誘うリコに、呼び出しくらってるから、とはぐらかして教室を出た。
職員室に入ると佐々木は、すぐにわたしを見つけて隣の進路相談室へ連れて行った。
「木曜の夕方、1年の水崎さんと一緒に杉橋さんのマンションに行ったわよね?」
どきっとした。なんでそのことを知っているのだろう。というか、なんでそれを聞くんだろう?
「はい」
「その後、水崎さんが病院に運び込まれたのは知っているかしら?」




