◇偽りの魔女
今となっては廃れてしまった過去の文明の中には、【煉命魔術】と言うものがあった。
それは魔術を行使する術者の一定の魔力と、術者の寿命を捧げる事で、唱えた術者の願いを何でも叶えると言われている第一級特異級魔術。
時折異界から人が迷い込んでくる【時渡り】は、その禁じられた秘術を、術者の意思に関係なく、強制的に発動させられた時のみに生じる副産物であり、いわば術者の【断末魔】とも解されている。
その術が広く知られ、当たり前のように全ての国民が力を行使していた時代の記録は、今のレイレーニア大陸には公式的には遺されてはいない事になっている。
では、それを何故貧民街の出である私が知っているかと言えば、その答えは私が普段、肌身離さず持っている十字架に答えが隠されている。
私がまだ貧民街にいた頃、唯一その地区でまともな建物であった聖堂には、三体の女神像が飾られていて、私が特に瞳を惹かれたのは、他の美しい二体の女神像とは異なり、目深にローブを被っている女神像だった。
その女神像は両手を組み、その両手には、私が今持っている十字架と似たようなものを下げ、ひたすら天に何かを願っているようだった。
子供と言うのは、実に短絡的思考の持ち主であり、私は院長が転寝をしている横で、女神像の前で、その女神の真似をしたのだ。
その時の私は確か、とてもお腹が減っていて、それ以前に時折この街にきてくれる優しい人の為に、もっとこの聖堂が綺麗になればいいのにと強く思っていた。
するとどうだろう。
そう願えば願うほど私の身体は、赤、青、黄色にオレンジと虹色に輝き、聖堂が美しくなっていった。
ひび割れていた壁は塞がり、割れて隙間風が吹きこんでいた窓は綺麗に修復され、天井に張っていた蜘蛛の糸は瞬く間の後に、あっという間に消えた。
それが嬉しくて堪らなかった私は、転寝をしていた院長を起こし、褒めて貰おうと思っていたのだが、結果的には大きな雷を落されただけだった。
貴女が今使った術は、命を縮めるだけの邪法です。と。それに一度使ってしまった魔術と寿命は、どんなに願った所で二度と還元されないのです、とも。
その愚かさを教え説く為に飾られていた女神像に、私は触発され、禁じられた秘術を使ってしまったのだった。
かつてこの秘術で多くの命を奪った魔女がいた。
かつてこの秘術で多くの命を救った聖女がいた。
かつてこの秘術で多くの国を滅ぼし、神になろうと思いあがった愚者がいた。
その秘術は諸刃の剣。
確かに何でも叶う神にも次ぐ能力ではあるけれど。
王都・レナから転移を願い、その術を行使した私の体は、その日から三日経った今も身体が熱くて、痛くて堪らない。
「まだよ、まだ死ねないんだから」
まだ私は最大の禁術を犯してはいない。それを願い、力を振るってしまえば、私はその時点で命が潰えてしまう事を知っている。
だからそれだけは使わないようにしなければ。
歴史は繰り返され、血に濡れた戦姫は消え、聖なる乙女姫はその存在から敬れ、少女は求められ、利用される。
果たした私はどちらだろうか。
私が次に目覚めたのは、ガイエン達がイルファドールに戻って来た七日後の日の深夜の事だった。