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花踏み鬼  作者: romewo
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第四話

 二学期が始まって一週間。

 城南小学校六年二組は、初日の混乱などなかったかの様に、至って平穏な日々を送っていた。

 二学期二日目に開かれた臨時学級会では、結局の所「各々自己責任で転校生に接する事」という事が決まっただけで、要するに何も決まらなかったのと同じ事だった。

 だがそれでも、手探りながらも生徒達は転校生を受け入れ始めた。

 というのも、宮本澄香本人は、普段は至って普通の少女だったからだ。

 猟奇的な発言もなければ、斜に構えた様な態度もない。

 そこで生徒達は考えた。

 両親の事故の事に触れなければ、宮本澄香は「まとも」だと。

 だが佐伯健太だけは、頑として彼女に対する警戒心を解こうとはしなかった。

「おい! 阿部! 吉田! オレたちで宮本のホンショーをあばくぞ!」

 放課後誰もいなくなった教室で、佐伯健太は悪ガキ仲間を前に、そう宣言した。

 それを聞いて、阿部幹人あべみきひと吉田光悦よしだこうえつは互いの顔を見合わせた。

 彼らは互いの瞳に同じ思いを読み取った。

 ――またか。

 因みに、健太はほぼ毎日この言葉を繰り返している。

 しかし未だ、健太の野望が果たされる気配は微塵もなかった。

 何故なら、健太自身が宮本澄香を避けまくっているからだ。

 今にしても、自分たちの他には誰もいないにもかかわらず、何故隠れる様にしゃがみ込まなければいけないのか。

 健太は、まるで今にも宮本澄香が現れでもするかの様に辺りを警戒している。

 それは健太の常日頃の傍若無人さ――というよりも実は単に空気が読めていないだけなのだが――からはかけ離れた用心深さだった。

「何だよ! お前ら! 宮本が怖いのか!?」

 何も答えない二人に、健太が憤然としていきり立つ。

 幹人も光悦も高揚して赤味の差す健太の顔を見つめながら、「怖いのは健太じゃねえの?」と言いたかったが、敢えてそれは言わなかった。

 健太は言葉も態度も乱暴だし、空気は読めないし、我が儘で飽き性だが、実は意外と繊細であるという事を、二人はよく知っていたからだ。

 周囲からは佐伯健太の金魚のフンの様に思われている二人だが、その実二人なくしては健太は健太ではいられないのであった。

 幹人は地域のサッカークラブに所属し、光悦は図書委員を務めている。

 本来ならば、二人ともクラブや図書室に赴かなければならない時間だった。けれど、この一週間というもの、健太のこの奇妙な行動のせいで彼らはそれぞれの役割を放棄せざるを得なかった。

 勿論、健太はそんな事は気づきもしない。

 だがそれが健太の健太たる所以であり、健太との友情を望む以上、それもまた受け入れざるを得ないと、若干十二歳にして二人はそう悟りきっていた。

 この小学生にしては濃すぎる友情が、後にドロドロの三角関係に発展する。

 という事はない。念のため。

「でもさ。本性ってさ、どうやって暴くわけ?」

「そうだよな~。オレら二人とも宮本とは話したけど、普通だったし。な? 光悦」

「うん。幹人もオレも、何度か宮本さんとは話したけどね。全然フツーだったよ」

「それは、お前らがまるめこまれてるからだっ」

「健太。丸め込まれるの意味、知ってる」

「何となく!」

「やっぱりな」

「まあ、健太だからなあ」

「どういう意味だよ! いいか! お前らっ! ソレがアイツの作戦なんだ! 俺たちをユダンさせて!」

 健太はそこまで言っ、てピタリと言葉を止めた。

「油断させて?」

「オレ達油断させて、何か企んでるって言いたいんじゃねえの?」

「そう、それだ!」

「じゃあ、企みって?」

「宮本の作戦って何だよ」

「そんなの、知るわけねえだろ!!」

 悪友二人の質問に、佐伯健太は驚くべき程の正々堂々さで言ってのけた。

「なんなのも~~」

「健太ぁ~」

 思いっきり脱力した二人は、後ろ手に手をついて天井を仰ぎ見た。

 ――きっと、人前で泣いた事が、物凄く悔しかったんだろうな。

 ――そういやあ、健太が人前で泣くとかって、幼稚園以来じゃなかったっけ?

 光悦と幹人は、未だになにやらブツブツとのたまわっている健太を余所に、それぞれの考えに耽る。

「おい! お前ら、聞いてんのか!?」

「聞いてるよ、ちゃんと」

「とりあえず明日宮本の後つけて、アジト見つけるって言うんだろ?」

「それってさ、ストーカーって言わない?」

「けーさつに通報されんじゃねえの?」

「大丈夫だ! オレら未成年だから! 犯罪者にはならねえぜ!」

 ――妙な知恵ばっかりつけやがって。

 二人は同時に思ったが、やはり二人とも何も言わなかった。

 ――ま、健太だからな。

 二人が一段も二段も上からの目線でそんな事を思っていると。

 ガラリ。

 教室の扉が開いた。

 見回りの教師か、忘れ物した生徒が入って来たのだろうと、幹人と光悦が伺い見ようとした時。

 ガタガタガタガタガタッ。

 慌ただしい物音に視線を戻してみると、佐伯健太が椅子を押しのけ机の下に入り込もうとしているとこだった。

「健太?」

「おい、どうした?」

「しっ! 黙れ!」

 恐ろしく緊張した表情の健太に、二人の緊張も俄に高まる。

 ペタペタペタペタペタ。

 足音が、入り口から教室の奥へと進んでいく。

 机の脚の間から見える上履きは、汚れのない真新しいもので、その主が宮本澄香だと言う事は直ぐに分かった。

 案の定、窓際から二列目の一番後ろの席で、脚が止まる。

 ガサゴソと机の中を探る音。

 恐らく、忘れ物を取りに来たのだろう。

 よく考えれば、同じクラスの生徒なのだから、隠れる必要はないのだが、というか寧ろ隠れていると余計に不審がられると思うのだが、三人とも先ほどまで話題にしていた人物の前に堂々と立つ度胸はなかった。

「おい、お前ら、誰か行けっ」

 宮本澄香がこちらに気づく気配がない事に安心したのか、健太がヒソヒソ声でそんな事を言い出した。少し考えれば、あれだけ派手な物音を立てたのだから、気づかれないハズもないのだが、やはりそこら辺はまだまだ子供なのだろう。

 二人とも健太に合わせる様に床に這いつくばって、ヒソヒソ声で返した。

「行くって? 何処にだよっ」

「まさか、今? このタイミングで??」

「宮本は今、一人だ。だからイロイロ聞けるだろっ」

「イロイロって何を?」

「イロイロはイロイロだよっ」

 カ―――ン!

 グラウンドから乾いた音が響いた。

 ファイト――! オオ――!

 野球部のかけ声が遠くに聞こえる。

 いつの間にか教室に注ぎ込む陽光は金色を帯びて、早くなった落日に季節の変わり目を感じた。

 幹人と光悦は「オレ達何やってんだろうな」とふと空しさを覚えた。

 明日同じ図書委員の長谷部さんに何て言い訳しようかとか、もうすぐ練習試合なのにレギュラーは諦めた方がいいだろうかとか。

 今日のの晩ご飯のおかずは何だろうとか、夕方のアニメビデオしといたっけ? だとか。

 この場には関係のない無数の事柄が頭を過ぎる。

 しかしそれに浸り続ける事は、健太が許さなかった。

「おいっ! お前ら、怖じ気づいてんじゃねえぞっ!」

「分かってるよ…」

「別にそういうわけじゃないって」

「でもさ、何て聞くんだよ」

「宮本さん、一体何を企んでるの? てか?」

「バカッ。そんなアカラサマに聞いたらバレるだろ」

「何が?」

「バレるって?」

「よく話からねえけど、何かがだよっ」

「健太は、よく分かんないことが多いね」

「うっせえなっ。アイツがワケ分かんないから、オレもワケが分かんなくなるんだよっ」

 机の下で顔を突き合わせながらの声を潜めた応酬は、大人達から見れば子供らしくて微笑ましかったが、同世代の人間から見れば甚だしく怪しかった。

 しかし彼ら自身は至って真剣で、従って子供にはよくありがちな事だが、自分たちの行為に集中し過ぎていた。

「何やってんの?」

「うわあっ!」

「ひっ!」

「ぎゃっ!!」

 不意に降ってきた少女の声に、少年達は驚きすぎて、肝をフードプロセッサーで磨り潰しそうになった。

 ガッ!!

 バタンッ!

 ガタガタガタッ!

「痛っってええ!!」

「うわちゃっ」

「くぅうっっっっ!!」

 勢い余って、健太は頭を、幹人は背中を、光悦は足を、強かぶつけた。

 少年達は、暫くの間痛みに悶絶した。

 しかし、痛みが強すぎて、宮本澄香の冷ややかな視線を感じずにすんだのは、彼らにとっては不幸中の幸いかも知れなかった。

「で?」

 痛みが漸く治まった頃合いを見計らって、少女が素っ気なく言った。

「『で?』って?」

 まだ涙の残る目で見上げながら、健太が問い返す。

「何やってのんのかって、さっき訊いたじゃん」

「えと、ああ、それね。うん」

「何をやってたって言われてもなあ」

 光悦と幹人は、まさか本当の事も言えないので、さり気なく言葉を濁す。

 昨今の小学生は「空気が読める」ので、こういう風に言えば大抵は引いてくれるものだと、彼らは知っていたし、それを「まとも」な宮本澄香に期待した。

 しかし。

 最大の敵は身内にあり。

 空気が全く読めない人間が、彼らの側にいたのだ。

「かくれんぼだよっ。机の下にいるなんて、かくれんぼに決まってんだろっ」

 健太のとんでもない発言に、幹人も光悦も頭が痛くなった。

 勿論、かくれんぼ自体は、「とんでもない」行為ではなかったが。

 ここには三人しかいないのに、三人ともが隠れている。

 しかも同じ場所に。

 どう考えても、「かくれんぼ」は成立しない。

 それを素早く悟ったのだろう、宮本澄香はフンッと鼻で笑って訊いてきた。

「じゃあさ、鬼は誰よ」

 もっともな問いかけに、しかし健太は何の躊躇もなく答えた。

「秘密だ!!」

「健太…」

「健太ってば…」

 ――オレ達、育て方間違えたんだろうか。

 思わず、幹人と光悦は、親でもないのにそんな事を思った。

「ふ~~ん」

 納得しているともしていないとも言えない様な奇妙な相づちに、少年達が少女を見上げる。

 すると少女は何故か、何もかもを包み込む様な暖かい微笑みを称えていた。

 それは自分たちの母親が時折見せる表情にも似て。

 三人の少年達は、一瞬ポカンと見入ってしまった。

「アタシさあ、知ってるよ」

「え?」

「何を?」

「鬼が、誰か」

 宮本澄香は柔らかい微笑みを湛えたまま、まるで四人だけの秘密だとばかりに密やかな声でささやいた。

「え?」

「鬼?」

 まだ少年達は惚けていて、少女の意図を読むどころか、話の内容すらも何処かへ吹き飛んでしまっていた。

 宮本澄香が身を屈めて、赤い唇を僅かに開く。

 そこから漏れるのは、どんな秘密だろう。

「だって鬼はさ」

 甘く密やかに少女の声がささやく。

 少年達は幼心に淡い芽生えを宿しながら、胸をときめかせた。

 その瞬間。

 少女はカッと目を見開き叫んだ。

「ア~タ~シ~だよ~~~~~~っ!!」

 優しげだった少女の顔は瞬く間に憤怒の形相となり、小さな唇から発せられた声は地の底から轟くかの様だった。

 少年達は、少女の姿に鬼を見た。

「ぎゃ~~~~~~~~!!」

「ひえ~~~~~~~~!!」

「うわ~~~~~~~~!!」

 ガタガタガタン!!

 ガラガラ!!

 ピシャン!

 バタバタバタバタバタ―――――――!!

 少年達は、脇目もふらず走り去った。

 だから残された少女が、

「けっ。たわいもない。リズの方が、まだ脅かしがあるちゅうのっ」

 なんてニヤつきながら呟いていた事は、幸運にも知らずに済んだ。

「さ。忘れ物も取ったし、帰って夕飯作るか」

 そう言って足取りも軽く帰路についた少女の腕には、『三歳からの英才教育』という分厚い本が抱えられていたとかいなかったとか。


これまた長目に…。多分ワタシは健太が好きなのです。

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