書状 3
オキはデスクの上で指を組み、冷静なトーンで言葉を継いだ。
「その英雄には、あえて理不尽なほどの暴虐と敵意をもって奴らに絡むよう指示する。それでボロを出せば一発で分かるという寸法だ。仮に、そのような挑発を受けても何事も起きなければ、卿の書状にある通り他の措置は不要となる。だが、もし何か異変が起きたならば――その場で容赦なくその者を粛清し、死骸をこの司令部へと回収するよう命じられている」
「周到な計画だね。だが……もし送り込んだ英雄が返り討ちに遭ったらどうする? 相手は他ならぬ“憎悪の真髄”なのだぞ。その力がどれほど圧倒的か、誰もが知っているはずだ」
「ああ、だが心配はいらないさ。仮にあのガキどもが本当に憎悪の真髄を宿していたとしても、まだ若く、力を完全に制御しきれていないはずだ。十分に対処できる」
「で、オレの役割は何だ?」
「君はただ状況を観察していればいい。最悪のシナリオにおいて、すべてを片付ける最後の切り札として動いてもらう」
「了解した!」
トゥーはグラスに残っていた酒を勢いよく一気に飲み干した。
ヌツクキも静かに椅子から立ち上がる。
「分かった、局長。あなたの計画通りに動こう」
「感謝する。もう下がっていい」
二人は部屋を辞し、背後で重く扉を閉めた。
ヌツクキとトゥーは長い廊下を歩き続けた。司令部の敷地から離れ、街の通りで往来の人々の間をすり抜けながら、ヌツクキは思案深げに口を開いた。
「で? 今の一件、どう思うね?」
「何がさ? これも一つのトラブルだろ? トラブルはさっさと解決しなきゃな!」
「ああ……そうだな……」
ヌツクキは、隣を歩きながら顔に愛らしい笑みを浮かべているトゥーを横目でちらりと見やった。
ヌツクキはトゥーの実力をよく知っていた。だからこそ、この根拠のない自信に満ちた落ち着きぶりも彼にとっては自然なことに思えたのだ。
なにせトゥーは、若くして“優しさの真髄”という、あらゆる理の根幹をなす力を手に入れ、それ以外でも英雄、そして冒険者として輝かしい実績を上げてきた男なのだから。もっとも、ヌツクキがトゥーの真髄の行使をこの目で見たのは、これまでに一度きりしかなかったが。それゆえに、いざという時に何が起きるのか、彼にも完全に予測しきれるわけではなかった……。
――(書状の件から五日後)――
手入れが行き届いておらず、完全に時代遅れの古い石造りで構築されながらも、どこか異様な威圧感を放ち、不思議と人の出入りの少ない奇妙な建物の前で、一行はそれぞれの表情で足を止めていた。ある者は好奇心を昂らせ、またある者は退屈そうに気だるげな体勢をとっている。
「さあね、我が変人パーティの面々。ここが、あんたたちの友だちであるウイタとエラが、どうしても私に行かせてくれって頼み込んできた場所よ。――『オユコ図書館』だ」
ルーサーは建物の方へと振り返り、両腰に手を当てて言い放った。
「この古い埃臭い図書館で、好き勝手にやりたいことでもやるがいいわ! 私は興味ないから、そのへんをぶらついてるわよ。サラマ、あんたはこいつらに付き添いなさい」
ルーサーが足早にその場を離れていくと、ニッツェは深くため息を吐いた。
「もう一週間近くも依頼ばっかこなしてさ、なんでこんなネトゲの廃人みたいに本なんか読まなきゃなんないわけ?」
「あらそうよ、ニッツェくん。まるで全ての冒険を華麗にクリアできたみたいな口ぶりね!」
「おい! みんなで一緒にやっただろ、一個を除いて――」
「その一個が大失敗だったでしょ」
ニッツェは不貞腐れて口を真一文字に結んだ。
サラマがグループの先頭へと歩み出る。
「まあ、みんな。今日は酒場に行かずに、こういう風に時間を過ごしたいって言い出したのはあなたたちでしょ。中にはいろんな種類の本があるわよ、数は限られているけれど。オユコはそもそも本を読む人が多い街じゃないから、選択肢は少ないわ。でも、うまく活用しなさい」
「こんなの、全部ウイタのせいだぞ! 今頃だったら、レツカのおっさんがくれた本を読み漁るか、もっと男らしい肉体改造でもしてやりたかったのに!」
キメケノが不満げに鼻を鳴らす。
「僕はいいと思うけどな! 結構楽しみだし」
シンソは目を輝かせる。
キメントは無言のまま小さく頷いた。
「俺としては問題ないさ。頭をクールダウンさせて、必要な情報を集めるいい機会だからな」
ツヤが静かに賛同する。
「そうね、私たちにはこういう時間も必要よ」
ナツキが穏やかに微笑んだ。
「わかったよ! じゃあ突っ立ってないで、知恵熱でも出す前に中に入ろうぜ!」
「行きましょうか」
一行は建物の中へと足を踏み入れた。外見から抱いていた古臭い偏見は、一歩足を踏み入れた瞬間にほんの少しだけ薄れたが、それでも内装は徹底して古風かつ野暮ったく、お世辞にも洗練されているとは言い難い空間だった。
「各自、自由に見て回っていいわ。二階建てになっていて、階ごとに本のジャンルごとに棚が分かれているわ。それぞれのフロアに管理人もいるから。私はこの階にいるわね、途中で読みかけの本があるからさ」
サラマの合図を皮切りに、グループは四散した。それぞれの目的を胸に、図書館の探索が始まる。
ツヤとウイタの目的は最初から一致していた。それは、『真髄とこの世界に関するあらゆる必須情報』を見つけ出すことだ。
ツヤは一階の書棚の間をゆっくりと歩き回り、埃をかぶった背表紙を眺めながら、自分の抱える謎を解き明かせるかもしれないという微かな期待に胸を躍らせていた。
一方のウイタは、二階から目当ての本を次々と選び出し、両腕に抱えきれないほどの古書を抱えてフロアを歩いていた。
『スカウンの地勢と地形』、『アナとアタの真髄』、『諸帝国と諸王国』といった膨大な資料を机の上にドンと積み上げ、底知れない知的好奇心を瞳に宿しながら真剣な表情で座り込む。
だが、席に着いたばかりの彼女の元へ、二冊の本を抱えたツヤがひょっこりと姿を現した。
「おっ、その本たちはどこで見つけたんだ?」
「専門の棚よ。もしよければ、私がこれを読んでいる間に、そちらの一冊を読んでみるといいわ」
「助かるよ」
ツヤは手持ちの本をテーブルに置き、ウイタの向かい側の席に腰を下ろした。そして自分が持参した『最強の真髄たち』というタイトルの分厚い古書を開き、ページをめくり始める。
脳裏を駆け巡る無数の懸念事項を抑え込みながら、彼の視線はひたすら特定の項目――『黒物質』あるいは『憎悪の真髄』という見出しを求めて文字を追っていた。
フィリップという存在の正体をより深く理解することは、今の彼にとって文字通り生死に関わる問題なのだから。さらに言えば、この図書館の管理人に直接尋ねてみるのも手かもしれないと、ツヤは密かに考えていた。




