073
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17時11分
斜崎家、那太郎の部屋
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この後はSAKIで手伝いをする予定だった。
しかし、それまでにまだ少しだが余裕がある。
俺はこの時間を活用し、自分の部屋で手帳を見直していた。
現在、手帳には〈n=0で起こったこと〉、〈わからないこと〉に加え、三つめの〈気になること〉が大項目として追加されている。
〈気になること〉。字面だけを追うなら、この新項目と〈わからないこと〉の間に意味の違いはほとんどない。
だが実際は、手帳の運用において、俺は両者に明確な区別をつけていた。
ソレは単純――〝連続失踪を防ぐ〟に関連しているか否かだ。
現状の〈わからないこと〉に関しては、全項目がその最大目的に寄与している。だから俺は、それらの解明のためなら優位性を多少崩しても構わない。世界を変えてでも進展を得たい、と思っているのだ。
一方で〈気になること〉はちがう。
明白に、ちがう。
こちらも〝前の世界で起きたわからないこと〟ではあるものの、連続失踪に関与しているかが定かではないのだ。
言い換えるなら――未来を変えてまでやるべきか自信がない、ということである。
ただこれは逆の視点からとらえると、ノー・コスト、つまりn=0と同じ行動を取りつつ進展が得られるのなら、やるべきだ。もしかしたら、そこから事件解決の糸口が得られるかもしれないのだから。
今日の放課後、下駄箱であの六人目の上履きの持ち主の名をコッソリと盗み見たのは、その一環である。
俺は〈気になること〉の項目に、最新の情報をつけ足した。
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〈気になること〉
①六人目の上履きの持ち主は誰?
→藤代結
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【俺】
(たぶん、読み方は――)
こっちに戻ってくる際、教科書と一緒に買っておいた辞書で調べた。
もともと〝藤〟は〝フジ〟として普通に読めたし、〝代〟は前の世界で八代亜紀がTVに出ていたので覚えている。しかし、〝結〟だけは〝ケツ〟以外の読み方を知らずわからなかった。
だが今、ソレを辞書で調べて行く内に、一つの単語にたどりつく。
結納。婚約の成立した証拠だかなんだかで金品をやり取りすることらしい。
その読み方は――ユイノウ。つまり〝結〟は〝ユイ〟とも読めるようだ。
なので、続けて読むと、
【俺】
(フジシロ、ユイ……藤代結、か)
俺は〈気になること〉にフリガナを追加した。
そして愕然とする。
【俺】
(なんてこった……)
(つながっちまった……)
もしかしたら、とは思っていた。
だがソレでもまさか、ここまで露骨に当てはまるとは……。
俺は〈気になること〉の次の項目に目を移す。
そこには、
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〈気になること〉
②瑞古還シの前日、叫んでいたおばさんは誰?
ユイとは?
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――ユイとは?
間違いない。藤代結のことだ。
【俺】
(ってことはあのおばさんは……藤代結の母親、か?)
そうだろう。
きっとそういうことだろう。
そして、
【俺】
(いなくなった娘を……藤代結を、探していた……?)
今でもありありと思い出せる。
前の世界で耳にした、あの絶叫……。
【???】
「 ユイィィィイイイィイイイ! 」
「 ユイはどこォォオオオオオ⁉ 」
「 どこにいるのォォオォォッ⁉ 」
「 ウヮァアアアァアアァアア! 」
正直に言って――こういう言葉を使うのは心苦しいが――常軌を逸しているようなソレだった。
だが、ムリもないのかもしれない。
何故ならばミコトはこう言っていた。
俺が六人目の上履きの持ち主について訊いた時、こう言っていた。
【ミコト】
『……ああ、それ? 去年いた人のだよ』
去年いた人。
つまり、藤代結は今年に入ってからか、はたまた去年の途中から……いなかった、ということになる。
あの藤代母は、我が子の失踪から、それだけの時間を過ごしてきたのだ。
正気を保てずとも無理はなかろう――
【俺】
(……失踪⁉)
(ちょっと待て! 失踪だって⁉)
俺はこの時になってようやく気づいた。
今回の事件との関連性に。
【俺】
(この島では、前にも人がいなくなってたってのか……⁉)
(それも、同じ中学生が……⁉)
はからずも俺は、前の世界でシズクとレイコ、アツシとミコトが相次いで姿を消したのを〝連続失踪〟と表現したが……その連続性は以前から続いていた……?
【俺】
(いや、そうだ……!)
(きっとそうだ、だからサヤカ先生は――)
俺は〈気になること〉の最後の項目へと目を移す。
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〈気になること〉
③サヤカ先生の言っていた「明るくなった」とは?
俺が島に戻る前に何があった?
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【俺】
(つながっちまった……! 全部が……!)
間違いない。
【俺】
(藤代結が、失踪したんだ……!)
(だからアイツらは、暗かったんだ……!)
これだけの一致が偶然だとはとても思えなかった。
俺は〈気になること〉を修正し、次のように書き直す。
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〈気になること〉
①六人目の上履きの持ち主は誰?
→藤代結
②瑞古還シの前日、叫んでいたおばさんは誰?
→藤代結の母親
③サヤカ先生の言っていた「明るくなった」とは?
俺が島に戻る前に何があった?
→藤代結が失踪した
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……すべての鍵を握っているのは藤代結だ。
だからこそ、その藤代結について調べれば〝何か〟がわかるかもしれない。
だが、
【俺】
(どこまで……手を出すべきだ……⁉)
ソレが問題となる。
というのも、ここまでのことを整理しただけでも、俺には新たに三つのことが見えてきた。
まず第一に、
【俺】
(藤代結は……いや、藤代の家は十中八九、ヨソモノだ)
俺が藤代家を知らなかったのが何よりの証拠である。
なにせここは人の少ない島。島民どうしはほとんど顔見知りなのだ。
事情はわからないが、藤代家は俺が島を出た七年の内に引っ越してきたのだと思われる。
そして第二に、
【俺】
(藤代家は……少なくとも藤代結の母親は、島の人間とうまくいってない)
これはn=0で見た藤代母への島民の仕打ちから推測した。
あの仕打ち。冷たい態度。無機質な反応……。
おそらくは鼻つまみ者のような状態になっている。
理由までは特定できない。
こういった小さなコミュニティではどうしても排他的な空気が根づくものだし、ソレを抜きにしても藤代結の失踪や、藤代母の急変でイザコザが起きたのかもしれない。
いずれにせよ、そうした背景があるからこそ、
【俺】
(俺は藤代家の情報から意図的に遮断されてたんだ……!)
ソレが最後に見えてきた事実である。
多分、島ぐるみでそういう話になっているのだろう。
前の世界で俺は、藤代の〝ふ〟の字にも触れることはなかった。
レイコやシズクは言うに及ばず、ミコトやアツシですら、その話題を口にしなかったのである。
無論、オトナたちも――
【俺】
(そうか……だからあの時、あんな目で見られてたんだな)
祭りの準備で藤代母が現れた時のことである。
俺は突然、何人ものオトナからいっせいに睨まれた。
ガラスのような、無表情で。
アレはおそらく、
【俺】
(俺を藤代から遠ざけたかったんだ……)
コレについても理由は特定できない。
単に島に戻ってきたばかりの俺に、そうした事情を知って欲しくなかったのかもしれないし……あるいは、俺の病気のことを知っているケイジ叔父さんやカホ叔母さんが、前もって話を伏せるように根回ししていた可能性もある。
後者であれば、ソレは叔父さんたちの配慮と気遣いというヤツで、俺もそのような厚意を無下にしたくなかったが――
しかし現状。
完全に、話がちがってきている。
【俺】
(ケイジ叔父さんたちには悪いけど……でも、)
(それでも俺は、アイツらを助けたいんだ……!)
連続失踪を防ぐ。
それこそが今、俺のもっとも優先することであり、そのためならどんな手段もいとわない。
だからこそ、藤代結の情報が必要ならば、なんとしても調べ上げるつもりだ。
しかし――、
【俺】
(リスクが大きすぎる……!)
実際、調べるだけなら難はない。明日どころか、今すぐにでもできるだろう。
この後、SAKIの手伝いをする際に、オトナたちに聞いてみたっていい。
だがソレは、
【俺】
(前の世界とちがう行動だ……)
(しかも目立ちすぎる……)
おそらくは島全体で箝口令のようになっている中、その対象である俺自らが探り回れば、すぐに目をつけられるだろう。
となると、かなり大きな変化が生じるかもしれない。
最悪、手に追えなくなって、優位性が崩壊することだってありうる。
また、
【俺】
(たとえそーしたところで……保証がねぇ……)
(アイツらの失踪を防げるっていう保証が……)
藤代結が連続失踪に関係している可能性はかなり濃厚だ。
レベルとしてはもう〈気になること〉ではなく〈わからないこと〉に格上げしてもいいくらいである。
しかし、だからと言ってソレを知ったところで、アツシたちの失踪を防げなければ意味はない。
残酷な考えかもしれないが、俺にとっては会ったこともないアカの他人より、気心知れたアイツらの安否の方がはるかに重要なのだ。
となると、結論としては、
【俺】
(動けない……!)
(少なくとも瑞古還シが終わるまでは……!)
一番の優先はアツシたちの入山を止めることで、ソレがムリなら俺も一緒に行き、あの日、あの場所で何が起きたかを突き止めることである。
その間は前の世界と極力同じ行動をして優位性を保たなければならないし、逆にあえて新しい動きを取るならば、すべてはそのためであるべきだ。
だから、どうしても俺は、瑞古還シまでは動けない。
それ以外の結論は選べないのだ――
【ハツホ】
「おーい。そろそろ行くぞー」
その時、となりの部屋にいたハツホから声がかかる。
しまった。もうこんな時間か。
初日の今日は、ハツホから仕事手順を習うことになっている。
そのために少し早く家を出なければならないのだ。
【俺】
「今行くからちょっと待っててくれ」
俺は扉の前でタイミングを見計らってから、部屋を出た。




