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14-4.鼓動

 

「はっ?なにその言いぐさっ!」


 ゴツン!


「!」


 自分の体が、大きく揺れた。衝撃で舌を嚙みそうになり、振り落ちるのを堪えて箒にしがみつく。


(いったい何?!敵襲来?!)


「……くっそ…急に暴れるな!」


 予想外の方角から声がして、私はハルを見上げた。顎のあたりを手で押さえている。


「あ、ごめ…。」


 どうやら私の不意打ちアッパーを食らったらしい。鋭く見下ろす視線に、弁明の余地はなさそう。


「寝言とは悠長だな。」


 喜怒哀楽の「怒」が染み入った声に険悪な空気が漂い、当然私は慌てた。


「違う、誤解!寝言じゃない!大変なの、えっと、あの、いろいろあってっ。」


「寝言じゃなきゃ()()()何を言われたんだ?」


 察しのいいハルは、質問の仕方を変える。


「さっさとメラースを片付けて来いって…。」


「それでブチ切れたわけか。」


「だって、メソメソするな!って怒るんだもん。

 史上最強の盾と矛は間違ってはいないけど!皆が彼女と同じ思考回路で動けるわけないじゃない。」


「とはいえ怖気づいている場合でもないだろ。」


「わかってる。

 このほんの一瞬の間に、いろいろ見て。」


「具体的に何をだ。」



 ---------------------



「魔女は間違ってはいない。」


 話を聞き終えた彼の第一声はこれだった。至極妥当。私は驚かない。


「ハルは知っていることがあるんでしょ、だからそういう意見になる。

 知っているのとそうじゃないのとでは全然違うんだから!

 フィアルーは確信していたんだよ、ハルはドゥリヤールの意図を完全にくみ取っているはずだって。」


 私の言い分に、彼はほんの少し考えを巡らせているような呼吸の間をおくと、こう答えた。


「ドゥリヤールはエトラを探していた。

 日記には、その存在を重要視していたことがはっきり表れている。」


「フィアルー曰く、真界(しんかい)の門を開けるための、ね?」


「ああ。

 しかしそう容易く見つけられるはずもなく、捜索の結果、彼はこう結論付けた。

 闇雲にエトラを探すよりも、エトラが渡る時空の道を探す方が可能性がある、と。

 そして最も確実なのは、リアフェスの始祖が渡って来た道だ。」


「ご先祖様が通った道?それって…。」


「思い当たる節はあるようだな?これはずっと感じていたことなんだが、オレたちの世界はよく似ているんじゃないのか。」


 ハルの言い方は、まる彼自身に問いかけてるようだった。言わんとしていることは、私にも分かる。


「そうね、リアフェスに来てすぐの頃、思ったことがある。

 大きな違いを挙げるなら、魔法が使えるか使えないか…それくらいだって。

 でもさ、似てるかどうかなんて、実際に道を渡らないとわからないことじゃない。」


「”西の国コルマクの忘れられた森の片隅”にその道はある、というのが日記の記述だ。

 ドゥリヤールは、夢に現れた白き三姉妹、つまり宿命(ほし)の守護者に導かれたと言っている。

 ちなみにその時代、イーリーは存在してない。」


「当時あの辺りがまだ未開の地だったとしたら、十分に合致する?」


「そうだな。」


「それで、どうなったの?今の現実からして成功したとは到底思えないんだけど?」


「彼は自ら赴いた、それは事実だろう。

 決意後の数日間は身辺整理の詳細が記されていて、そのまま日記が終わっている。

 ドゥリヤールの身に何が起きたのかは知る由もないが、彼は成功した。」


「なんでわかるの?」


「今ここに、お前(エトラ)がいるからだ、ララ。」


 その揺るぎない声にどれほどの威力があったのか、実際、彼の意味するところはほんの一瞬、私の鼓動を止めた。

 全てを集約し、凝縮し、磨き上げられた希望という名の成果。今まさにそれを見ているのだと言わんばかりの、静かなる主張。彼の言葉は、フィアルーに諭されるよりもずっとずっと深く私の心に響いた。


「だから、無謀すぎるんだってば…。」


 気を紛らすように言葉をこぼしながらも、私はこれほど時間がかかった理由が少しわかるような気がしていた。

 だって、私の一族がドゥリヤールとどういう関係にあったにしろ、祖母たちが塚の本当の意味を理解していたとは思えなかったから。正しく伝わったのは、いつの時代までだろう?故意に隠されたのでなければ、時の悪戯?

 例えばエトラの噂がそうだったように、受け継がれる記憶は長い時間の中でときに捻じれ、あるいは風化する。死んでしまえば他人任せの「時間」に託すことも、命の保障もない未知の世界へ望みをかけることも、私からすれば普通の感覚じゃない。


「確信は、あったと思う。

 これほどの長きにわたると理解していたかは分からないが。」


「確信?何を根拠に?」


「ドゥリヤールは、夢の中でステラに遭遇している。

 それだけで十分だ。

 彼女は歌うように語りかけ、決して言葉がはっきりと聞き取れることはなく、ただ心に伝わるのだそうだ。

 彼はこれこそ宿命(ほし)の守護者の干渉だと確信し、道を渡ることを躊躇わなかった。」


「白き三姉妹って、光の三姉妹のこと?宿命(ほし)の守護者ステラと全部同じだよね?」


「ああ。呼称は時代や地域によって微妙に異なるが、すべて同一の存在だ。」


「…。」


「どうした?何か気になることでもあるのか。」


「う、ううん…ないよ。

 色んな呼び方があるんだなと思って。」


 私は言葉を濁しながら、考えていた。オルガンド王国に行く道中、似たような夢を見たことがあるかもしれない、と。

 とはいえ、あれが夢のお告げ的なアレだったかと言われてもドゥリヤールのような確信は持てない。


「それから魔女の言う援護者の話だが。」


「うん?」


「ドゥリヤールがリアフェスを旅していた目的の一つに、事後調査というものがあった。」


「事後調査?なんの?」


「シャノンモイの戦い後に行われた各地の調査のことだ。

 二人の魔術師が大地に激突した衝撃で各地に損壊や亀裂、歪が生じたと言われている。

 損壊とは人身、物的な被害、亀裂は大地、そして歪は時空だ。

 当初は関係国の調査団がミースに報告を上げたが、その隙間を埋める作業を彼が一人で担っていた。

 ちなみにオルガンド王国の猫族はあの戦い以降、迫害という試練を受ける羽目になった。

 ドゥリヤールに救われた彼らは、その恩を返すために来たるべき日に力を貸すことを誓ったそうだ。」


「ドゥリヤールに?…ウルザン国王は、自分の代にその誓いを果たす日が来ることを想像していたかしら。」


 自分と似た境遇に、ふとそう呟いた。同情とか悲観的な意味ではなく、国王はどんな反応をするだろうかという、素朴な疑問だ。


「国王のことだ、聞けば武者震いが止まらないんじゃないのか。

 直接尋ねてみるといい。」


「え?」


 驚く私をよそに、ハルは懐から時雨を取り出した。


「はわわっ、ようやくお呼びがかかりました、だんな様。」


 時雨は恭しくお辞儀をすると、私の膝にちょこんと寄り添った。手にはあの、唯一無二の輝きを放つエメラルドのブローチを大事そうに抱えている。


「なんでそれを持ってきたの?」


「共に戦うために、必要でございますから。

 主の証のもとに、風の加護がございますように。」


 時雨はそう唱えながら、ブローチを私の胸に飾った。


「これでウルザンの一族はだんな様の命のままに動くでしょう。」


「私に国王を呼び出せっていうの、ハル?」


「今呼び出さなくていつ呼び出すんだ。」


「でもどうやって?電話もないのに。」


「だんな様、ブローチに手を当てて念ずるだけで、ウルザン国王はここに現れます。」


「やだ、そんなのなおさら躊躇する。」


「なぜでございますか。」


「だってほら、お風呂とか食事中とか、取り込み中だったらどうする?」


「はわわ…そのようにお考えになるのはごもっともでございますが、ですがだんな様、、」


「お前は国家の一大事よりも猫の私的な事情を優先するといいたいのか?」


「そこまで言ってないよ。」


 私はハルを見た。個人の事情など全く関心がないと言った風情で顔を前に向けたままだ。

 風になびく彼のくせ毛が淡々と過ぎる水の流れのようにリズムを刻んでいて、纏う空気にさえも隙がない。たぶん、彼の中でこの会話は既に終了している。


「ちょっと会話を楽しんだだけよ、冗談くらい言わせてっ。」


 私は小声で呟くと、エメラルドに手を当てて念じた。



 ---------------------



『それで、この私を呼び出すとは抜き差しならぬ一大事という認識で間違いないのだろうね?』


 突然空中に現れた美しい毛並みの白猫は、横たわった姿勢で箒に並走しながらまだ夢の中にいるようだった。緩い登場の仕方だけれど、まぁ、猫は日中寝てばかりいる生き物だから仕方がないといえば仕方がない。


「おくつろぎ中のところ申し訳ありません、ウルザン陛下。

 その認識で間違ってないです。」


 私が答えると、国王の両耳がピクリと動いた。眼帯に隠れていない方の目が開いて、きれいな青色が私の胸のブローチを認める。

 そしておもむろに立ち上がり、大きく伸びをした。動作の一つ一つが実に猫らしく優雅。全開のあくびの向こうには、鋭い歯ときれいなピンク色の舌がのぞいている。


『よろしい。』


 国王は一言そう言うと、ぶるぶるっと身体を震わせた。


「陛下、ここは智略の魔女の霊廟内です。」


 私はそう口火を切ると、彼にこれまでのあらましを告げた。

 そうして聞き終えた彼が最初に発したのは、『ふんっ』という鼻を鳴らしたような声だった。

 当然、この短い反応の中にどんな感情が含まれているのか、私には読み解ききれない。


『我が軍隊は私のひと鳴きでいつでも呼び出せるのだが。

 そなたが立てる作戦はどういうものだ?クレアモントの主よ。』


 国王は、前足の毛づくろいをしながら言った。


「さく…戦?…えっと、」


 私は言い淀みながら、なけなしの頭の回転速度を速めた。

 ハルには何か考えがあるのだろうけれど、自分でも整理しておかないと、きっといざというときに決断できない。さて、どうしようか。


 一番手っ取り早い方法はなんだろう…?棺ごと黒の魔術師を真界の門に投げ入れること?

 ううん、だめ。これはフィアルーの体を犠牲にすることになる。できることなら、皆が幸せになるやり方がいい。それに彼女の魂が棺に近づくことは黒の魔術師の目覚めを意味するのだから、もう一度棺に封印するというのは正攻法ではない気がする。


 私たちがやるべきはメラースが二度とリアフェスに復活できないようにすること。それにはフィアルーのいう通り真界に彼を追放するのが一番確実なのだ。だから、どうにかして彼の魂を門の前に引きずってこなきゃいならない。そして私が開けなければならない門。あれは、棺の間の向こうにある。


「黒の魔術師を棺に再封印するのは、無理だと思うんです。

 だから…私が真界の門を開けて、彼を追放します。」


 ああ、言霊が発動した。この時、不思議とそう感じた。心の中で何かがカチリと音を立て、私の意志が決定された瞬間だったように思う。言語化すると、まるで魔法にかけられたみたいに、決して逃れられない強い感情が発生する。本当に不思議だ。


 ドクン。


 脳裏に、黒褐色の心臓が脈打った。脊髄反射で驚いた体が震える。


『どうした、顔色が悪いぞ。』


 ウルザン国王が、私をじっと見ていた。陛下もハルも、あの鼓動を察知していないのだろうか。


「あ、いえ…大丈夫。」


『では、どのように追い込む。

 覚醒がどの程度であれ、肉体は智略の魔女のもの。

 十把ひとからげのウィザードどもとは比較にならん。

 そしてメラースの言葉を信じるならば、奴は死と闇の王リアルの力を持っているのだろう?簡単に追い込まれはしない。』


 死と闇の王リアル。その名を耳にしたのは久しぶりだった。最後に聞いたのは、誰の口からだろう…氷の国の女王?

 考えてみれば、リアフェスで人々が彼の名を口にしたことはなかったように思う。

 一年に一度訪れるサウィーンの夜、私たち人間は目と耳を塞いで家の中で息を殺し、夜が過ぎ去っていくのを耐え忍ぶ。話題になるのは、翌日の被害のことだけ。

 とかくおぞましい魔性に挑もうなんて考える変わり者はいないわけで、”見てはならぬ、聞いてはならぬ、口にしてはならぬ”という暗黙の掟は、疑問の余地なく守られ続けている。

 だから私たちは、真界の統治者がなぜ一年に一度夜空を駆けるのか、そしてどんな姿をしているのか、誰も何も知らない。

 黒の魔術師は、目にすることも口をきくことも叶わない王の力を一体どうやって手に入れたんだろう。そしてあの、厄介な能力…。


「メラースは、他人の血を操るんです。

 ちょっとでも肌に傷をつけられて血に触れられたら、太刀打ちできません。

 そこをどうにかしないと。」


『血を操る、とな。』


「だからオレたちはあなたを呼んだ、ウルザン国王陛下。」


 ハルはそう言うと、箒の速度を落とした。私たちは前方のひらけた空間に目をやる。

 霊廟内の通路を内へ内へ、時には坂を上ったり下ったりしながら進むこと数分。私たちは”棺の間”へ続く、がらんとした小部屋に到着したのだった。


 そこは、想像していたよりもずっと簡素だった。

 見上げた天井は暗くて限界がみえず、まっすぐに吊るされた数本のロープの先端に明かりが灯っているだけ。

「電気」と呼ぶには似つかわしくないそれらはまるで発光する綿毛で、優しい光でもって周囲の石を青白く照らしている。そして一番奥に取っ手のない扉のような構造物があり、手前に据えられた石碑には刻まれた文字とくぼみがあった。


 ”リアフェスを繋ぐ楔は 欠けることなき友情とともに 誰が愛を疑うことなかれ”


「どういう意味だろ…?」


 読み上げたハルに、私はたずねた。


「さぁ?まるで警告のようだな。」


『くだらん。

 これを読んで引き返す者などいるものか。』


「ねぇ見て、このくぼみ…ここに鍵をはめるのね…奥に、何かある。」


 そっと触れると指先に微かな電流を感じ、同時に私の中にかつての()()の記憶が流れ込んできた。


「あっ!」


「どうした?」


「本当だ、ハル!あなたの言う通り!」


 私は昂って声をあげた。誰にもこの興奮は伝わっていないけれど、それも構わないと思える熱量で。


「鍵は、世界でたった一つよ!ここに埋め込まれているのは、あの(あか)(ぎょく)の半分!」


「赤の玉?」


「メサグラードの主退治!」


「ヌシ?…ウルスターリザードか?」


「そう!」


 私の感動は、ハルに伝わった。今や懐かしい、かつて”ヌシ”と呼ばれた巨大ウルスターリザード。

 私が落ちてしまったとある本の迷宮(メイズ)の中で遭遇した生き物だ。赤の玉はその体内にあったもので、その石を取ることがフィアルーの実話を模して作られた虚構の中の試練だった。


「これは本物よ、リオン王子とフィアルーが持ち帰ったもの。

 この石には、その時の記憶が刻まれてる。」


「扉は分割された赤の玉が合わさらなければ開かない仕組みになってる、というわけか。」


「うん、そういうことだったんだね。」


 パズルのピースが一つ回収できた。そう思ったと同時に、私は国王リオンがフィアルーに寄せた深い友情を垣間見て胸が熱くなったのだった。

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