14-2.召喚
その血色の良い整った唇は、私を斬ると言った。
「当然お前は知っていような?」
自信に満ちた科白は、私に向けられたものじゃない。
返答を求めない沈黙が教えてくれたのは、たった一つ。これ以上言い逃れはできないのだということ。
支配者の顔に戻った彼女が、いつまでも聞き分けのいい大人でいるはずがなかった。
「ふむ、霊廟の中でとは名案だな、フォンウェール。
人目も憚らない。」
「エトラに敬意を払うとおっしゃったのは陛下御自身です。
神聖な場所を穢すおつもりですか。」
「都合のいい言い方をするな。
リアフェスの禍が眠る場所だ、うってつけだろう。
いつまでも私の寛容さに甘えられると思うなよ。
お前たちは私に応えなければならない、それ以外に生き延びる道はないのだ。」
ハルと会話しながらも、私を捕える瞳は隙がない。
この人は、本当に私を斬るだろうか。仮面の下を垣間見たせいで、刹那の期待がよぎる。
否、深い碧色の瞳に一筋の光明が掴めるなんてのは幻想。
丁寧に結われた赤い髪と、そこに埋め込まれた金色の髪飾りが光を受けて輝き、女神の審判が下るような緊張が走る。
なにか言わなければ。その焦りから私が息を吸い込んだ時だった。
「ララ、腕の装飾品を陛下にお見せしろ。」
ハルが絶妙なタイミングで私の思惑を遮った。
「えっ?これ…?」
なんで彼がそんなことを言ったのか。驚いたけれど、身体は反射的に動いた。
私はおそらく上王と同じ気持ちで、彼女に差し出した自分の右腕を見つめた。
「…こんな模様、いつの間に?」
「呪文…か?」
私たちが覗き込んだ装飾品は、もともと白いリボンとして使っていたベール。スクレピアダイの病院でハルの腕から戻って来た時、私の手首に巻き付いてバングルになった。
そこまでは記憶にあるのだけれど、表面にこんな模様があったかしら。
「文様は封印の記。
智略の魔女がそこに眠っているという証。」
ハルの説明に、私たちは同時に目を見開いた。
「確かに呪文のような形式をとっているが…この封印を解けば、魔女が現れるのか?」
「はい、陛下。」
「飾りをよこせ、ララ・ミドリカワ。」
「えっ?でもこれはっ…痛っ!」
引っ込めようとした腕を、上王に掴まれる。
私の方が背も高くて体も大きいのに、力は圧倒的に彼女の方が優勢だ。
「それはララ以外の人間が身に着けたところで一アリスの価値もありません、陛下。」
「ふんっ、見え透いた嘘をつくな。」
上王は強引に私のバングルを奪うと、自分の腕にはめた。
「古めかしい文様だな…古代文字か。
読み解いてみよ、フォンウェール。」
問答無用に腕を突き出し、ハルに要求する。
「わかりました。
それを扱えるのはただ一人だということを証明なさるがいい。」
ハルは諦めたように目を伏せると、装飾品に刻まれた記を読み始めた。続いて、上王が詠唱する。
『深き眠りの古の御霊
わが身に宿るオーヴェの落とし子
赤き血潮のあわき夢
我は契約せし者
空と大地に真名を抱かん
目覚めよ 求めに応えよ』
上王の声に従って文字列が蒼く光り、光っては消えるを繰り返す。そして、詠唱が終わると同時に輝きは失われた。
碧い二つの眼は、それ以上何も起きないソレを見つめる。すると今度はおもむろに手を伸ばし、腕から外すと紙屑をそうするように宙に放り投げた。
「おおっと!」
私は大道芸人よろしく放り出されたそれを受け止める。
呪文が光るのは正しく読み上げた証拠。だから、ハルはでたらめに読み解いてはいない。
出現するはずの効果が表れないのは、彼の言う通り私にしか解くことができないってことなんだろう。
上王はハルが真顔で言った言葉の意味を理解し、急速に興味を失った。そんなところだろうか。
「それで、お前はどうする、ララ・ミドリカワ。」
「へ?」
「魔女を呼び出せなければお前に価値はない。
今ここで潔く二人とも私に斬られるか。」
「なっ、なんでハルまで?」
相変わらずの横暴さに唖然とする。
「お前の行動に責任を取ると言ったのはあやつだからな。」
「オレはリアフェスの安寧に命を捧げると言っただけだ。
ララはいずれ元の世界に戻る身、オレとは関係ない。」
「な、なんでそんなことっ…。」
オレとは関係ない。
ハルの口から、そんな言葉を聞くなんて。
彼の突き放すような言い方に、私は背後から心臓を貫かれたような気持ちになった。
いずれ元の世界に戻る身。そうだとしても、容赦なく言い切られると切なくなる。
「魔女の力は負荷が大きすぎる。
今は自分のことだけを考えろ。」
「ほほう、そういうことか?回りくどい男だ。」
上王が私を見て、ニヤリと笑った。
「リアフェスとは統治者である私。
その安寧に命を捧げるとは真っ当!魔女を呼び出せる?ははんっ、いい加減に気づけ、ララ・ミドリカワ。
フォンウェールはお前を無価値だと言っているのだぞ。」
「無価値…?」
「陛下!」
「百害あって一利なし。足手まとい。
そう言えばわかりやすか?聞けばお前は、魔女の力に耐え切れず気を失ったらしいな。」
「あっ、あれは、加減が分からなくてああなっちゃっただけです!」
「ララ、陛下の挑発に乗るんじゃない。」
「黙っていろフォンウェール、臆病者に用はない!」
上王は強気に叫ぶと、いつの間に取り出したのか光る剣先をハルの脇腹に突きつけて彼を睨んだ。
「貧弱な精神と体では力を得ても無能。
だがお前が天秤にかけたものは、本当に値しないものか?」
「陛下、ハルをお許しください、耐性がつけば問題ないってリビエラが…!」
「ではいつの話だ?相変わらず能天気に構えているのではあるまいな。」
「ちっ、違いますっ、私だって…。」
その先は、何を言っても言い訳にしか聞こえない。ハッとして言い淀む私に、上王が続けた。
「その迷いがフォンウェールに見切りを付けられる所以だと、なぜわからない。
魔女を呼び出し、我々の役に立てるのだということを証明してみせようという気概はないのか。」
「そんなこと…わかってます…。」
悔しさが絞り出した小さな抵抗は、たったそれだけだった。
オレとは関係ない。ハルの言葉が頭から離れない。
せっかく手に入れた魔女の力すら上手く使いこなせない私に、ハルは見切りをつけ、フィアルーは自分を封印してしまった。上王はそう言っているんだろう。
二人の言葉に揺さぶられたまま、私はサファイア色の瞳を見つめ返した。
どうして自分がここにいるのか、分からなくなってくる。
「ララ、お前が封印を解かない限り、魔女は眠り続ける。
だがその事実とお前が無価値だという陛下の言い分は成立しない。」
「いいや、無価値だな。
リアフェスに何ももたらさないなら、いてもいなくても同じこと、つまり無価値。」
「強い魔力を無理強いする方がどうかしている。」
「それがお前の守り方か、腑抜けめが!私を欺こうとした代償は高くつくぞ。」
上王はハルに剣先を突きつけたまま、私にこう言った。
「ララ・ミドリカワ、自分が何者かも分からぬ愚か者よ。
お前の返答次第で、助かる者も助からなくなる。」
カチャリ…剣が鳴り、光を反射する。
「ハルに…見切りを付けられても仕方がない…そう思っています。
でも、少しでも可能性があるなら皆の力になりたい…同じくらいそう思っています。」
「それが死を意味すると分かって言ってるのか。」
聞きなれた声が、知らない人のものに感じられた。見上げると、突きつけられている剣先が何に狙いを定めているのか、彼は自分事ではないみたいにじっと私を見ている。近くて遠い、私の大切なもの、大切な人。あなたといられるなら、私は多くを望まないのに。
「ハルは、私を元の世界に帰したがってる。
さっさと元の世界に戻れって、本当は思ってる。
同じ消えるなら、一緒じゃない。」
「は…!どうしてそういう考えになる?!」
ハルが、声を荒らげた。
「だって、残ってもいいって一度も言わないもん。
怖い顔するじゃない。
だからこんな時に本音が出ちゃうんだよ。」
「本音?」
「オレとは関係ないって言ったでしょ。
今更ごまかされても、嘘は傷つくだけ。
私のこと足手纏いじゃないって、その背中の傷に誓って言える?私はそうは思わないよ…あなたに数えきれないほど助けられてきた。
それでも私は、無価値だと思われても言われても、できることがあるならなんだってしたいって思うんだよ、それじゃダメなの?」
「オレの役目はララを元の世界に戻すこと。
決して死に向かわせるためじゃない。」
「役目だって言うなら、私はそんなものに縛られてほしくない。
なんで、大嫌いなオルランドの言いつけを守り続けるの?」
「反吐を吐くほど嫌いだが、師として尊敬はしている。」
「なら、言い方を変える。」
私は、滲む涙を腕で拭った。
「私、フィアルーを呼び戻す。
自分のことだけを考えるなら、封印を解かない理由がない。
キャスは、私のせいであんな姿になったの。
あの子を無事に元の世界に戻すこと、それが私の役目。
そのためにできることなら何も惜しまない。」
「親友を元に戻す方法は他にもある。
魔女を呼び出して命を落としては、身もふたもない。」
「私だけ安全な場所にいろっていうの?ハルは誤魔化してる、いつものあなたは、目の前の困難に簡単に逃げる人じゃない。
なのに、陛下にあんな大口をたたいて、結局、私のことを信じていない。
そういうのが見え透いて、本当に歯がゆいよ。」
自分が相手を信頼していても、相手が信頼してくれるとは限らない。この落胆がどれほど大きかったか。報われない思いに唇をかみしめる。
「私は、そんなに頼りない?」
私は、どんな顔をしていたのだろう。驚いた彼は視線をそらした。
「いや、違う…。」
歪めた表情を隠すかのように、口元に手をやる。
基準は分からないけれど、都合が悪いことを遠ざける彼の幼稚な癖。弱々しい声は、その表れだと思った。
ガキンっ!
叩きつける金属音に、ハッとなる。
「話はまとまったな?」
壁面に思い切り蹴りを入れた暗黙の圧に、背筋が凍りそうになった。
「は、はいっ!呼びます、えっと…深き眠りの…な、なんだっけ…。」
「古の御霊。
オレが読む、続けて。」
彼は視線も合わせずそう言うと、私の右腕を取った。
「うん…。」
ハルの手の温もりを感じながら、詠唱する。
私の声に、バングルに刻まれた文様が反応した。
さっきと同じように、蒼く発光する。そして今度は、連なりながらはがれていく。長く伸びた帯状の文字は螺旋になり、微かな風を起こしつつ生き物のように大きくうねって私を取り巻き、最後に動きが止まると、気泡の塊が弾けるように音もたてずに消えたのだった。
風に浮いた私の髪が、ふわりと肩に落ちる。
言い知れぬ力が身体中に漲り、彼女が戻って来たのだと感じた。
-------
(フィアルー…?)
恐る恐る、心の中で呼びかけてみる。
『ここにいる』
(よかった…。なんで封印なんかしたの?お願いだから、自分勝手に眠ったり消えたりしないで。)
『こちらにも事情があったのだ。
いちいち確認を取っていては後手に回る。
なんと、ほぅ…これが現代の上王か。』
「確かに、この姿は目立つ。」
仁王立ちの上王は高揚した表情で私を見つめていて、ため息を吐くように呟いた。
背中まで伸びた長い髪。変色した髪色は無垢のメープル材のように透き通る金。見慣れた栗色は、一筋もない。そして、泉のごとくあふれる強い力。
彼女は、私が纏う魔女の力を全身全霊で感じ取っている。
「これが魔女を取り込んだお前の真の姿ならば、私は、納得しなければなるまい。」
彼女は作品を鑑賞するように私を眺め、満足そうだった。
「ありがとうございます。
…陛下、フィアルー…智略の魔女が、陛下にお会いできて光栄だと申しています。
陛下の御代に末永い繫栄と祝福が…訪れん、ことをお祈り申し上げる…と。
だめっ!!」
それは、自分の身体を全く制御することができない一瞬のことだった。
上王に向かって魔法が放たれ、彼女は瞬く間に大きなクリスタルの中に閉じ込められた。
「どういうことっ?」
私は発狂者のように頭を抱えた。混乱してしまって、フィアルーと心の中で対話できない。
「落ち着け、ララ!」
「ハル!フィアルーがっ!…ちょっ、何言ってるのか分からない、やめてっ!」
振り上げた左手を抑え込もうと、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
その拍子に魔女の魔法はクリスタルの塊を捕え、その中にいる上王もろとも私たちの目の前から消し去ったのだった。
灰色の通路に、台風一過のごとく戻る静寂。
「もう…何なの…。」
座り込んだまま、暫しの放心状態。強張った筋肉が弛緩して、頭がふらふらする。
「今の魔法は、見たことがある。
立てるか?」
「ん…。」
ハルが手を差し伸べてくれたその時だった。
ドクンッ
黒い血管に覆われた心臓が、音を立てて脈打つ。
そんな映像が脳裏をよぎり、自分の伸ばした手がビクリと跳ねて痙攣した。
「どうした?」
「いま、ドクンって…。」
私は彼を見た。気配を感じ取ったのは、私だけだろうか?これまでとは全く違う緊張に襲われる。
ドクンッ
全身に悪寒が走る。
そしてハルの表情は、私と同じものを察知したようだった。
「奥だ、霊廟の。」
「うん…。
やっと気づいたのか、だって。」
「魔女がそう言っているのか。」
「そう…うん…私がフィアルーの封印を解いたから、向こうも反応したって。
陛下は一番に狙われる。
だから、安全な場所…ミースの王城に移動させた…。」
「寝起き早々これか。
相変わらず強引だな。」
「私もそう言った、説明くらいしてほしいよ。
危機管理が甘いって怒られたけどね。
魔術師の覚醒は、、もう…止めることはできない…って。」
「それが魔女の目覚めの代償だ。」
「知ってたの?」
「ああ。」
ハルの短い返事に、私は閉口した。多くを語らない彼を追求するとか責めるとか以前に、いったいこの人は何をどこまで知っているんだろうかと慄く。まるでこうなることが、全て彼の思惑だったかのように思えてくるから恐ろしい。
ひぃぃ…。
悲鳴に似た、風の音がした。
「何か言った?」
「いや…。」
一度否定したものの、思い出したように上着の胸元を開くハル。
「これか。」
「ひぃぃっ。」
内ポケットを覗くと、そこには小さなおかっぱ頭が一つ。雷を怖がる子供のように背中を丸めて縮こまっている。
大きさを自在に変えることができる彼女には、うってつけの場所。
「時雨?!」
「はっ。はわわっ。旦那さまっ?!時雨にございます!」
彼女は顔を上げ、私を見つけるなり飛び上がった。
「もしかして、ずっとそこにいたの?」
「お、おりましたぁ。」
時雨は半泣きの顔をポケットの縁にのぞかせ、そこからよじ登ろうとする。
「旦那さまのもとに是非、は、はせ参じたく、ハル様にご無理を言いまして、連れて来て…うっ、いただいた次第でっ…ございます。」
「無理して出てこようとしなくていいから。」
「はわわっ、ですがこの禍々しい気配、必死にお頼みして正解でございました。
今こそ、クレアモントの主としてコレがお役に立つ時でございます。
私め、このお役目を果たさずには死んでも死に切れませんので。」
いや、あなたもう死んでるけどね…。
思わず心の中でツッコミを入れたけれど、健気な時雨が可愛くてそれは口にしない。
「だ、旦那さまっ、いまお持ちしますゆえ、この袖の中に…はわわっ、どこでございましょう?確かにここに…はわわっ。」
「いいよ、ゆっくり探して。」
「は、はいっ。」
彼女はそう言うと、意味不明な独り言とともにポケットの底に潜り込んだ。
つかの間の時雨との会話に、日常を取り戻したようで心が和む。最後に彼女と言葉を交わしたのは、いつだっただろう。ハルが怪我をした朝?
目まぐるしく展開した出来事のせいで、遠い昔のことのように感じる。
「人目につかないところで引き渡そうと思っていたんだが…すっかり忘れていたな。」
「仕方がないよ、人目につかない状況なんてなかったし。
想定外のことばかりだったものね。
行こう、のんびりしていられない。」
私は服についた埃を払うと、本当にごく自然に体を宙に浮かせた。
高さは、石畳の通路から20センチほど。
「待て。」
ハルが、私の手首を掴む。
「むやみに魔力を消費するな。」
「でも、急がなきゃ。」
「オレが箒に乗せる。」
彼はそう言うと、すかさず箒を取り出して私を乗せた。
(また、さっきと同じ体勢だわ…。)
「歩いても良かったのに…。」
「急ぐんだろ、こっちの方が早い。」
私のささやかな愚痴は、ハルに一蹴された。
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灰色の水面を滑るように、箒は私達を運ぶ。
水に覆われた威風堂々の霊廟は、外からの印象からは想像もつかないほど、内部通路は質素な作り。
艶のある粘土色の石は自然光を受けて陰影の波を作り、その先へと続く。
建物の中心から伝わる薄黒い気配と、そこへと続くこの単調な路が、黄泉の国へ繋がる黄泉比良坂のように思えてくる。
(だめだわ…こんな不吉なこと考えちゃいけない。)
「ねぇ、ハル。」
「なに。」
「ハルは何をどこまで知っているの。
あなたが知っていること、全部教えてほしい。」
「オレはララが何を知りたいのかわからない。
聞きたいことがあれば聞いてくれ。」
「じゃあ、、どうしてフィアルーの封印のこと、私が皆に相談していた時に教えてくれなかったの。
私がどれだけやきもきしていたか、分かる?」
「…あの時はまだ気づけなかった。」
「気づけなかった?じゃあ、いつ?」
「シルキィが雷を落とした後だ。」
「えっ?!まさかあの呪文、雷にあたって現れたの…?」
「斬新な解釈だな…。
地面に伏せたとき、バングルの文様が見えたんだ。
端まで見ようとしてララの手を強く握りすぎた、悪かったな。」
「…?…っ!あの時っ?!」
私はハルに手を握られたことを思い出して赤面した。あれは、震える私を慰めようとしてくれたわけじゃなかったのだ。
「笑わないで!」
「は?笑っていない。」
「あ、違っ、こっちの話!」
(フィアルー!!)
『手を握られて勘違いか…くくっ。
いいではないか、好きな男に触れられてときめくのは悪いことではなかろう?』
(そうだとしても!なんかムカつく!)
『そういきり立つな、相手の言葉がすべてそのままとも限らん。』
(どういう意味よ?)
『そういう意味だ。』
(もう、禅問答みたいなことやめて…。)
『禅問答?なんだそれは。』
(…何でもない、、。)
「魔女と話しているのか。」
「あ、ううん…大したことは。」
「そうか…。
オレも、改めて話したいことがある。」
「うん。」
うん…?それって、誰と?
ハルの言い方がひっかかった。
魔女と改めて話がしたい。もしもそういう意味なのだとしたら、いままで彼がフィアルーと話す機会なんてあっただろうか…。
「ララ。」
「うん?」
「さっきオレが関係がないと言ったのは、ララに関わりたくないとか、そう言うことじゃない。
誤解が解けているといいんだが。」
「はは…うん…。」
話したいと言ったのはこのことか。
またぶり返すのは嫌だな。そんなことを考えながら適当に返事をした私の気持ちをよそに、ハルは続ける。
「オレは、この巡り会わせに感謝している。
初めのうちは面倒を押し付けられたと思うこともあったが…ララと過ごすうちに自分自身に向き合い、見ようとしてこなかった多くのものから気づきを得た。
ジジイはろくでなしだが、腐ってはいない。」
これを言い訳と呼ぶべきか懺悔と呼ぶべきか。意外なほど真っすぐな彼の告白を、私は少しの驚きとともに素直な気持ちで受け止めていた。私との日々を彼がどう思っていたのか、初めて聞いた気がする。
「だから、言いつけを守っているの?」
「言いつけ…か、まるで子供だな。」
そう言ったハルの声は、意外にもはにかんだような穏やかなもので、顔は見えないけれど、遠い昔を懐かしんでいるような雰囲気があった。
「ジジイの押しつけが有効だとしても、オレは自分の意志で動いている。
ララが悲しむ顔を見たいわけじゃない。
それに、魔女の強すぎる力がお前の身体に負担をかけるのは事実だ。」
紡がれる彼の言葉に、胸の中が温かく柔らかく変化していくのを感じる。言葉一つで私の世界をこんなにも乱高下させるなんて、本当に憎らしい。
「あの場で言ってくれたらよかったのに。」
「できるものか。
陛下の前でこんな話をするのは自殺行為だ。」
何を吹聴されるかわかっただものじゃない。と、ハルは不機嫌な声で言った。
確かに、それは否めない。あの人は吹聴するだけじゃなく、自分の都合のいいように吹聴する。絶対に。
「ふふっ、そうね。
話してくれて嬉しいよ、ハル、ありがとう。
私も、あなたに会えて良かった…。」
自分の心がぽかぽかしているせいか、私は体が熱くなっているように感じた。
それとも、ハルのそばにいることで緊張の糸が途切れたのかもしれない。自然と体の力が抜け、彼に身を預ける。
「オレのことを信じてほしい。
この先何が起ころうとも。」
「うん…大丈夫…。」
”少し休め。”
誰かが、そう言った気がした。




