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8-1.祝祭

 

 リアフェスは今、リュイスの月。

 つまりは十二月。


 山間にある小さな町イーリーは、連日の雪がようやく降り止んだ。

 イーリーベルを囲む落葉樹の枝には雪と氷が絡みつき、午後の陽光を受けて宝石のように煌めいている。


 そり立つ屋根は滅多なことでは雪が積もることはなく、銀世界に独特の色味を添えていた。


 ここ西の国コルマクの冬景色は、北の国ノウルドとはまた違う風情。


 今日は、ジュールの始まりの日。


 ---------


「わぉ!」


 魔法っていうのは、いつ見ても感動するのだと、その時に思った。


 私は、中庭から続く小さな通路から、イーリーベルの玄関前にある広場を見ていた。


 そこは、今朝私がガラにもなくはしゃぎまわり、スノーエンジェルを作りまくった場所だ。


 ハルは、家を背にして玄関前に立っていた。

 踏み荒らされた雪に向かって、命令を下すかのように右手を一振り。すると、雪は生き物のようにサラサラと音を立て、整えられた道が林まで伸びた。


 両脇の数センチ高い位置には、祠のような小さな枠が続いている。


 滑走路のように真っすぐな、白い雪道。

 寸分の歪みもうかがえない見事な直線は、潔いというかなんというか、すごくハルらしい。


「用意できたのか?」


 見とれていた私に、ハルが言った。


 今日は、一週間続く祝祭、ジュールの初日。

 ジュールとは、光の三姉妹を讃える伝統的な行事、らしい。

 私たちは今、その準備に追われている。


 イーリーでは町全体が大いに賑わっているけれど、近くに民家もないこの辺りは、相変わらずひっそりとしている。

 とはいえ、今朝の様子は普段と少し違った。


 シルキィは今夜の晩餐準備に没頭していて、私は朝食後、早々にキッチンから追い出された。

 家中に、いつもとは違う特別な料理の、とびきりいい匂いが漂っている。

 それをあちこちで嗅ぎながら、私は今日、ずっとハルの雑用に振り回されていた。


「うん、ここに二箱。

 あと一箱、持ってくる。」


 私はハルに告げると、急ぎザムの小屋に舞い戻った。

 庭師不在の、眠れる庭を駆け抜ける。


(早く、春にならないかな…。)


 季節は冬のさ中。まだ十二月。

 春の到来をこんなに待ち遠しく感じたのは、初めてかもしれない。

 綿帽子を被った木の切り株を横目に、私はザムを恋しく思った。


 小さな木の階段を登り、ドアのそばに移動させておいた最後の一箱を抱える。


「また来るね、キャス!」


 私は、部屋の角に佇むキャスに声をかけた。

 二重に重ねられたオーガンジーのカーテンの向こうに、石となった彼女の立ち姿がうっすらと見える。


 ここに来て以来、彼女との一方的なおしゃべりは私の大切な日課だ。

 日々のこと、驚いたこと、楽しかったこと、怖かったこと。

 この世界で見聞きした全てを、私は彼女と共有する。それは、私にとってごく自然なことであると同時に、すごく重要なことでもあった。


 不安になった時、諦めてしまいたくなった時、無言のキャスは勇気をくれる。

 そして彼女を絶対に元の姿に戻してみせるのだと、私は決意をあらたにする。

 思い返してみれば、私には、そうやって自分に向き合う作業が常に必要だった。


「これで、全部。」


 私は玄関前に戻ると、最後の一箱を抱えて言った。


 木箱の中には、ガラスで作られた小さな筒状の器が入っていて、更にその中に、こげ茶色の三角錐の形をした種が二つずつ入れてある。これは、踊り火の種。

 本来は、なんてことのない普通の花の種。だけど、形が重要なのだとか。


 私はザムの小屋で、この種を「二粒ずつ」というハルの指示通りに、ガラスの器に入れる作業をしていた。


「これを、道沿いに一つずつ並べてくれ。」


「あの祠みたいなところに?」


「ああ。

 オレは右側、ララは左。」


「わかった。」


(魔法でさっさと済ませればいいのに…。)


 と正直そんなことを心の中で呟きながら、言われた通りにする。


「魔法よりも手作業で行ったほうが、火の持ちがいいんだ。」


「へぇ、そう。」


 …えっ??


 タイミングが良すぎて、まるで心の声を聞かれたような気がした。


「ちょっとハル、今魔法使った?」


「苦々しい顔だな?」


 ハルは怪訝そうな私の顔を見て、ほんの少し眉根を寄せた。


「使うのはこれからだ。

 よく見ていろ。」


 彼はそう言うと、今度は林からイーリーベルに向かって短い呪文を唱えた。

 ハルが口唱なんて珍しい。それは短くて早口で、私は彼が何と言っているのかさっぱりわからなかった。

 そして次の瞬間、私のモヤモヤした気持ちは見事にどこかへ吹き飛んだ。


「わっお!可愛いっ!!」


 叫ばずには、いられない。

 雪の祠に一斉に明かりが灯り、器の中で小さな炎が揺れる。いや、踊っている。

 それはちょうど、火の玉みたいなずんぐりしたものが、こげ茶色の靴をはいて楽しそうにダンスしているみたいだった。


「ああ、だから、踊り火の種っていうのね!種の部分がまるで靴だわ。

 火の精霊がダンスしているみたい。」


 私はしゃがみ込み、踊る炎をまじまじと見つめた。

 焚火や暖炉でもそうだけど、炎というのはどれだけ眺めても眺め飽きない。


「火の精霊か。

 あいつらも、このくらい愛嬌があれば、な。」


「え?何?」


「いや、なんでもない。

 種は、その形状(三角錐)が一番踊りが上手いんだ。

 今夜は一晩中踊っているだろう。」


「っくしゅん。」


 思わず、くしゃみが出た。

 冷たいザムの小屋で、作業をしていたからかもしれない。


「冷えたか。

 だから暖かくして行けと言ったのに。」


「大丈夫よ。

 炎を見てるとくしゃみが出るの、知らない?」


 私は立ち上がり、ハルの方を振り向いた。


(ん?)


 彼の向こうにある空に、キラリと光るものがある。

 と、感じた次の瞬間だった。


 ヒュンッ トッ


 私とハルの間を何かが貫き、そのまま後ろの木に刺さる音がした。

 とてつもなく危険なものが顔の真横を飛んだってことは、身体が理解している。

 私は目を見開いたまま、硬直していた。


「安心しろ、ただの手紙だ。」


 ハルは私の横を抜け、何食わぬ顔で木に近づいた。


「てっ手紙っ?こんな物騒な手紙っ?しっ、襲撃されたのかと…。」


 襲われるような覚えはまるでないけれど、私は早まる心臓の音を押さえながら、ハルが手にしたそれを見た。


 金色の矢に仕込まれた、一通の手紙。

 彼がそれを抜き取ると、まばゆい金色の矢は灰のようにパラパラと消えた。


 そういえば前にも、同じようなことがあった。

 こんな風に、ハルと林の近くにいたときだ。

 ハルが手にしているのは、この前と同じ封筒。

 差出人は、同じ人物?


 あの時はどう振る舞えばいいのかわからなかったけれど、今日は聞ける気がする。


「なんで、弓矢?」


「さる御方からの勅使だ。」


 勅使?

 普通王様とかが使うヤツ?


「ってことは、王様からの手紙?ハル、何やらかしたの?」


 私の脳裏に、何故か、ヘカテとリビエラが言い争っていたときのことが過った。


 ウーシュの生き残り…。ハルにまつわる風評。


 リビエラが発した、あの時の言葉。


「物騒なことを言うな。

 戻るぞ。」


 ハルは手紙を懐にしまうと、イーリーベルに向かって歩き始めた。


(やらかしたっていうのは言い過ぎたかな…。)


 無駄に嫌なことを思い出した自分に、反省する。


「おーい!」


 林の方から、中性的な、透き通るような伸びる声が響いた。

 この声は、今宵の客人。数週間ぶりの待ち人。


「リビエラ!」


 私は、林に向かって叫んだ。

 たくさんの荷物を抱え、白い息を吐くリビエラの姿が見える。


「ララ!ハル!僕を出迎えに来てくれたの?」


 悪戯っぽくうれしそうに笑う、美しい彼女がそこにいた。



 ---------



「あー、ダメだ。

 まずはコレがなきゃ。」


 玄関の扉が閉まるなり、リビエラは荷物を廊下に置いた。


「再会のホウヨウ。」


 両手を広げ、温かな琥珀色の瞳が私を見つめる。


「え?…うん。」


 あらためて正面から微笑まれると、少し恥ずかしい。

 リビエラの両腕が伸びて、引き寄せられる。

 いつもの香りと温もりに、私は優しく包まれた。


 僕は君の味方だ―。

 そう言葉にしてくれるリビエラは、私にとって寒空を一蹴する太陽のように暖かい。


「お帰り、リビエラ。

 待ってたよ。」


 私は心を込めて、そう言った。

 言葉には尽くせない感謝の気持ちは、少しでも伝わるだろうか。


「ただいま…。

 ハルに、いじめられなかった?もしそうなら、今日は僕がきっちりお灸をすえてやるよ。」


「大丈夫。

 何を考えているのかよくわからないところは、相変わらずだけどね。」


 私たちは顔を見合わせ、クスリと笑った。


「おい、何をコソコソと話してる?」


「おや、ハルが怒ってる。

 僕たちの仲を妬んでるな。」


 リビエラが、挑発するようにハルを見た。


「怒っていないし、妬んでもいない。

 酔っぱらうのは酒を飲んでからにしろ。」


 ハルが、脱いだコートを掛けながら言った。


「やった!飲んでもいいのかい?」


 リビエラが、途端に目を輝かせる。


「今日は特別だからな、少しだけだぞ。

 まずは、ジュールログの準備だ。

 日没まであまり時間がない。」


「わかってるって!今夜はたっぷり時間がある。

 手伝うよ。」


 リビエラはコートを掛けると、客間へ向かうハルに並んだ。

 二人の背中は、もはや兄と弟にしか見えない。

 けれど、なんと絵になる二人だろう。

 久しぶりの美しい並びに、私は目がチカチカした。


 ---------


 冬の日照時間は、短い。

 午後になると、あっという間に日が暮れる。


 木と雪に囲まれた小さな宝石のようなイーリーベルは、まるで世界の片隅に残された、最後の灯火のよう。玄関口から続く光の道に支えられて、ささやかな明かりを夜の闇に落としている。


 ---------



「それでね、ラグレールは仮面を外して、本当の姿を見せてくれたの。」


「へぇ。」


 暖炉の中で、赤々と燃えるジュールログ。

 私たちは、そのすぐ傍に座っている。


 私は、夢中になってオルランド王国での顛末をリビエラに話していた。

 空飛ぶ馬車や馬、猫族のアリィ、それから黄金葡萄の崖。

 ウルザン国王の正体と、ハルが出現させた巨大な木の話。


「猫族のラグレールは、どんな姿だったの?」


 揺れる炎が、リビエラの輪郭に美しい陰影をつける。

 オレンジの明かりを取り込んだ艶やかな瞳は、じっと私をとらえていた。

 こんなにゆったりとした時間の中でリビエラと過ごすのは、いつぶりだろう。


「うーん…人間の姿より少し野性味を増した、二足歩行のトラ猫、かな。」


 説明しながら、自分でもよくわからない描写。


「猫っぽい人間じゃなくて、猫が二足歩行してるってこと?」


「えっと…、肌は猫の毛並みがうっすら残っていて、白地に、グレーの縞模様。

 チャコール色の髪の毛は人間と同じで、頭に猫耳が生えてた。

 尻尾は、長くて細め。

 顔の作りはアリィよりも人間っぽかったけど、両頬にちゃんと猫の髭もあって。」


 私は、貧弱な語彙力でもって、できる限り説明した。

 ラグレールの容姿は漠然と記憶に残っているけれど、詳細となるとちょっと危うい。


「興味深いな。

 人間以外の種族に遭遇できるのは、僕としてはうらやましいよ。

 上空で突き落とされたのは、驚いたけど。」


「うん、なかなかスリリングな展開だった。

 うらやましいって、リビエラはオルガンド王国に行ってみたいと思うの?」


「勿論だよ。

 オルガンド王国に限らず、リアフェスの殆どの人間は、外界と関わりなく生きている。

 行きたいと願ったとしても、簡単に叶う場所じゃないしね。」


「簡単に行き来できないの?難しいのは、妖精の領域だけだと思ってた。」


「どっちも簡単じゃないさ。

 妖精の領域はもちろんだけど、リアフェスと外界を繋ぐ境界は、明確には存在しない。

 迷い込むことはあるらしいけど、はっきりとした道筋があるわけじゃないんだ。

 だよね、ハル?」


 リビエラが、ハルに声をかける。

 彼はさっきから、少し離れた小さなテーブルで作業をしている。

 返事はないものの、リビエラは全く気にしていなかった。


「じゃあもしも、隣の家の庭に抜けるみたいに簡単に行き来できたとしら、それはスゴイこと?」


「すごいというより、あり得ないと思うけど…、どうしたの?まさか…。」


 リビエラの表情が、小さく反応した。


「そのマサカ。

 クレアモントホールの敷地とオルガンド城の敷地は、生け垣で繋がってたの。」


「本当?」


「うん、本当!

 私たち、そこから歩いて帰って来たんだから!」


「徒歩で?行きは空飛ぶ馬車だったのに?」


「そう、あんなに仰々しい出発だったのに!

 時雨曰く、公式なやり方はそうなんだって。

 今じゃほんの数秒で、お手軽にオルガンド王国に行けちゃうわ。」


「歩いて…。

 なるほど。」


 リビエラは顎に指を添え、考えるように呟いた。


「おい、遊びに行こうなどと軽々しく考えるなよ、リビエラ。」


 今まで黙っていたハルが、突然たしなめるような口調で割って入った。

 彼の視線は、手にした細い金属に向けられたまま。


「えー、どうしてさ。

 生け垣の向こうは外界なんだよ?こんなチャンス、見過ごせないって。」


「外界は、むやみに行くものじゃない。」


「でも、ウルザン国王はいつでも訪ねて来なさいって言ってたよ、ハル?」


 私は、リビエラに加勢した。

 国王は、別れ際に確かにそう言ったと記憶している。


「白猫の社交辞令を鵜呑みにするな。

 駄目なものはダメだ。」


「うっ。社交…辞令…。」


 色んな意味で、手厳しい一言。私は、何も言い返せなかった。


 前から感じていたことだけれど、ハルは嫌いな相手への態度がわかりやすい。

 リアフェスに戻って来る時、彼は曲がりなりにも一国の王に対して、かなりの塩対応だった。


 元々喜怒哀楽の「怒」しか見えない人だけれど、冷淡な態度があからさまになったのは、私と時雨が黄金葡萄の崖から戻った後だ。


「ちぇっ。

 ウィザード様は厳しいね、相変わらず。」


 リビエラは伸びをしながらそう言うと、あっさりと引き下がった。

 まるでそこに暗黙のルールがあるように、ハルが駄目と言えば、それはダメなのだ。きっと。


「あ、でもさ、クレアモントホールに行くのは構わないだろ?

 僕、時雨に会ってみたい。」


「時雨に?…そうだな…。」


 ハルが一瞬、作業の手を緩める。


「ところでさ、君が磨いているソレは、僕が持ってきたヤツだよね。

 一体何に使うの?」


 リビエラが、ハルの手元を見ながら尋ねた。


「これは、シルキィが使うかぎ針だ。」


 ハルはそう言って、両端に行くほど針のように細い銀色のかぎ針をテーブルに置いた。

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