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8-2.星夜

 

 小ぶりの丸テーブルに、きれいな編み棒と積み上がった糸の束。


「そのミガツカズの糸で、布を()()

 ジュールの灰を保管するのに、必要だろ。」


 ハルが、少し機嫌悪そうに言った。


 ミガツカズというのは、糸の名前。


 ジュールの灰は、土に()き込めば理想的な収穫が得られるという、不思議な灰。

 草花は色良く健やかに、果実や野菜はみずみずしく。言ってみれば、万能の肥料。


 それなのに、灰を包む素材の名は縁起が悪い。

 実がつかず。

 灰色がかった生成り色の糸。


「ミガツカズの布を被せて、寝かせるんだよね。

 なんで糸?」


 どう見たって、糸じゃ包めない。


「あ、それでか。」


 リビエラが、パチンと指を鳴らした。


「ヘカテがさ、布の在庫がないってブツブツ言ってたんだ。

 これがあればハルなら何とかするだろうって、糸の束引っ張り出してさ。」


「え?これで布を作れってこと?」


 ご明察。

 言葉の代わりに、ハルが無言で両の掌を見せた。


「なんて無茶ぶり…。」


「そういう女だ。」


「確かに雑だよね、こういうところ。

 良く言えば豪快。

 昔からそうなんだ。」


 リビエラが申し訳なさそうに言った。


「で、編むの?布を。」


 私は、ハルが首を縦に振ることを期待しつつ、恐る恐るたずねた。


 ザムへの貢ぎ物は、結構手間暇がかかる。

 ログはジュール初日の日没に燃やし始め、七日目の日没まで火を絶やしてはならない、とか。

 出来上がった灰は、ミガツカズの布を被せて保管しなければならない、とか。

 手順通りにやらないと、せっかくの灰の効果が消えてしまう。


 失敗したらどうなるか?なんてのは、愚問だ。

 キャスの石化を解くには、ノームのお酒『ブリシュカ』が要る。それを手に入れるためにジュールの灰を作っているんだから、ミガツカズの布は絶対に絶対に必要。


「編んでくれるはずだ、シルキィが。」


 ヴァイオレットの瞳が私を見る。


「なるほど。」


 ハルの返答に頷いたのは、隣にいたリビエラだった。


 ---------


 ところが。家屋精霊にも個性がある。

 つまり、彼女は何にでもすぐに首を縦に振るお人よし…じゃぁない。というのがハルの見解。


「彼女はイーリーベルに憑りついた精霊であって、オレたちのために働いているわけじゃない。

 几帳面だが、自分の範疇から逸脱しない。」


「気が利いて完璧主義な一方、融通が利かないところも…ね。」と、リビエラが続けた。


「自分の役割に没頭すると、周囲に耳を傾けなくなるからな。

 こんな日に真正面から頼みごとをすれば、十中八九跳ね返される。」


 確かに、今日のシルキィはいつも以上に動き回っていた。

 今朝キッチンを追い出されて以来、まともに顔を見ていない。こんなことは、今まで一度もなかった。


「そこで、シルキィが編みたくなるような清潔で美しいかぎ針と糸の束を木箱に置いておく。

 あとはララが『大変だわ、早く布を編み上げなきゃ。』と独り言を言えば、翌日には仕上がる。」


「なにそれ、本当??」


「ああ。」


「イヤ…シルキィが聞いてくれなかったらどうするのって話なんだけど。」


「布が見つかるまでお前が全ての素材屋を訪ね歩くと言うなら、オレはそれでも構わないが。」


「うっ…それは…。」


 イヤだ。

 雪の中を彷徨い歩くのは、最後の手段にしたい。


 というわけで、私はハルの言うわざとらしい台詞を吐くはめになる。

 キャスをもとに戻すためなら、これくらい安いもの…なんだけれど。

 寒空の下で路頭に迷うより、ずっと楽なんだけれど。

 シルキィを罠にかけているみたいで、あまり気乗りしない。


「おや、夕食の支度ができたみたいだよ。」


 リビエラが、シルキィの気配に気づく。

 私たちは、キッチンダイニングに移動した。


 ---------


 素晴らしい料理には、美酒がつきもの。


 世間ではそう言われている。

 リビエラの飲みっぷりを見ていると、その言い回しは間違ってはいないと思えるから不思議。


 見眼麗しく品のいい顔立ちからは想像できないほど、リビエラの飲み方は豪快。加えてうわばみ級。

 今夜はワインのようなお酒のボトルを一人で三本も開け、四本目に手を伸ばしたところでハルに止められた。


「それくらいにしておけ。」


「えー!まだ飲めるよ。

 っていうか、まだ飲みたい気分だ。

 今日は祝祭の日だよ、ハルも一杯くらいどう。」


「要らん。

 ほら、酒から手を離せ。」


 ハルはそう言うと、魔法でリビエラのお酒を取り上げた。

 彼女が握っていたボトルとグラスがスッと消え、キッチンに瞬間移動する。


 ガタリ


「どこ行くの?」


 私は、立ち上がるハルにたずねた。


「寝る。」


「ちぇっ、つまらない男だな。」


 リビエラはテーブルに顔をうつぶせ、つまらなさそうな顔つきでだらりとした。

 大好きな飼い主が出かけた後のワンちゃんは、きっとこんな感じ。


 ハルが廊下に消え、私とリビエラも、キッチンダイニングを後にする。


 フワフワした足取りで、鼻歌を唄いながら客間に向かうリビエラ。

 酔っぱらっていないようでいて、その後ろ姿はやっぱりちゃんと酔っぱらっている。


 ---------


「きれいだな…。」


 リビエラは大きなソファに座ると、煌々と揺れる暖炉の火を見て呟いた。


「そういえばララ、今日は何の祝祭日か知ってる?」


「ううん。

 何の日?」


「今日はね、リアフェスの歴史が始まった日なんだよ。

 昔々、僕たちの先祖は、三人の白く光る女性に導かれてこの土地にやって来た。

 ほら、マーケットのあちこちにあっただろう?」


「うん、光の三姉妹?」


 リュイスの月に入って以降、私はいろいろな所で三姉妹の姿を模した置物やランプなどが売られているのを見た。

 細い身体に長い髪。清廉な印象の女性たち。


「そうそれ。

 本当の姉妹かどうかはわからないけどね、そう呼ばれてる。

 彼女たちは、去り際にこう言ったんだ。


『光を灯し、繁栄しなさい。私たちは、(そら)の星と共にあなた方を見守ろう。』


 そして、空に消えた。

 だから僕たちはこの日、家の周りに光を灯す。

 僕たちの繁栄が、彼女たちに見えるようにね。」


「素敵な話ね。

 天使みたい。」


「天使?」


「私たちの世界で言う、神様の使い。

 人間を助けてくれる不思議な存在で、色々な名前の天使がいるのよ。」


「へぇ、天使か。

 三姉妹にも、名前があるよ。

 彼女たちの名は、ステラ。」


(ステラ…。)


 どこかで聞いたことがある名。


「それで、他の二人の名前は?」


「他の二人?名前はそれだけさ。

 彼女たちは、三人で一人。三人で一つの名。

 宿命(ほし)の守護者ステラ。」


「へぇ、三人で…って、ステラ?!…ええっ?」


「わっ、なに?」


「あ、う…えっと…、ちょっとびっくりして。」


「僕もだよ。

 酔いが一気にさめた。」


「ごめん…。」


「ははっ!何にびっくりしたの?気になるな。」


「前に一度聞いたことがあるの、その名前。

 それも、私がここに来る前の世界で。」


「ララがいた世界で?」


「うん、そう。

 偶然…かな?」


 宿命(ほし)の守護者ステラ。


 初めてその名前を耳にしたのは、『ホワイトステラ』というカフェの店主からだった。

 私たちが宿泊した古城の敷地にあった、お土産屋を兼ねた小さな喫茶店。


 店主の言葉に釣られて、私たちはあの晩、丘を上り、塚のトンネルを抜け、凍えるような冷気と眩しい光を見た。

 そしてキャスはゴルゴ―に石にされ、私はたった一人リアフェスに放り出された。


 あの晩、あの塚に行かなければ…ううん、そもそも私がキャスを古城に誘わなければ…。


 後悔の念が押し寄せ、とたんに私を取り込んで重く重く沈める。


「願い事か。

 こっち(リアフェス)には、そんな言い伝えはないな。」


 私の説明を聞いていたリビエラが言った。


「悲しい顔をしないで、ララ。」


 そう言って、私の顔を覗き込む。相変わらず、優しい人だ。


「僕が言えることじゃないけど、自分を責めるのは筋違いだよ。

 ステラの名前は、偶然という言葉では片付けられない一致だもの。」


「そう…かな。」


 私は、沈んでいく気持ちに抗えないでいた。

 名前の一致が偶然ではないとしても、この世界に来てしまったことを覆すことはできない。

 誰のどんな言葉にも、あの日の後悔が消えることは、きっとない。


「君がここに来たのは誰のせいでもなく、きっと理由がある。

 だってステラは、宿命の守護者なんだからね。」


「宿命?」


 私は、顔を上げた。


 宿命。それは、運命よりも重たい言葉。まるで逃げられない響き。

 つまり私がリアフェスに来ることは、避けられない運命だったということ?


「彼女たちは、導く者。

 ステラの名が関わっているのなら、ララが異界から渡ってきたのには理由がある。

 そして友達が石にされたことにも、意味があるんだと思う。」


「意味?どんな?」


「そうだね、例えば君をリアフェスに留めるために、その出来事は必要だったのかもしれない。

 僕の勝手な想像だけど、考えられないことじゃないだろう?」


「うーん…話が壮大すぎない?ちょっとピンとこない…。」


 リアフェスに来たこと、そしてキャスのことは、私にとっては史上最悪に不運な出来事でしかない。

 意味があると言われたって、もろ手を挙げて受け入れられるものではなく…。

 だいたい、キャスを導くならまだしも、こんな私にどんな納得のいく理由がある?


「はは、壮大すぎるかな?でも僕は、ララに会えたことに感謝してるよ。

 もしも君の友だちが石にされていなかったら、もしも君がすぐに引き返していたら、君に会うことはなかった。

 今夜こうやって会話することも、絶対になかったんだ。」


 リビエラの瞳は、少し眩しそうに私を見つめていた。

 穏やかな表情の中に、不思議と遠くを見ているような哀しみが漂う。まるで、私の向こうにある別のものを見ているみたいに。


「リビエラ…。」


「ああ、やっぱり火のそばにいると酔いがまわって来る。

 もう寝ても良い?」


 リビエラは瞼を閉じ、ゆっくりと傾きながら大きなソファに身体を預けた。


「えっ?ここで寝るの?風邪ひいちゃうよ?」


「大丈夫、僕は、いつも…ここなんだ。」


「そんなっ。も、毛布!」


 私は立ち上がり、用意してあった毛布をそっとリビエラの身体にかけた。

 青みがかった翡翠色の髪が、乱れたまま彼女の綺麗な横顔を隠している。

 そっと手を伸ばし、リビエラの髪を優しく整える。


「ふふ…、そんな顔しないで。」


「えっ。」


 私は驚いて、思わず自分の顔に手をやった。

 呟やいたリビエラの目は、閉じている。これは寝言だ。


「マリ…エラ…。」


 私の知らない名前が、リビエラの唇からこぼれた。彼女は今、誰の夢を見ているんだろう。

 深い寝息を立てていたその寝顔は、あどけない子どものよう。


 パチパチと弾ける薪の音に、窓に打ちつける風の音が重なっていた。



 ---------



 時は同じ頃、ハルの部屋。


 窓際の椅子に腰掛け、ハルは一人精霊シルフの正体について考えを巡らせていた。

 オルガンド王国の国王、ヴァンチーヒャとの会話を回想する。


『さぁ、よく考えてみたまえよ!

 シルフの風は、クレアモントホールにある。

 あの精霊は、どうやって顕現したのだろうね!』


 威勢よく、挑発的に発せられた白猫の声。


 ララと自分が落下していたとき、突如現れた風の精霊シルフ。

 クレアモントホールに眠っているはずの彼女がなぜ現れることができたのか―。

 かの王のもったいぶった問いかけそのものに、彼は違和感を覚える。


 ハルは、クレアモントホールの例のブローチから、精霊の気配を感じたことがない。

 王の言葉と自分の感覚が、まるで一致しないのだ。

 あの精霊は、本当にブローチの中で眠っているのだろうか。彼は懐疑的だった。


 精霊には、澄んだ空気のような独特の気配がある。それは容易に消せるものではなく、クレアモントホール全体に漂う密やかな雰囲気とは別物だ。

 屋敷に眠る精霊シルフは、()()()()()()()。そんなことが可能なのだろうか。


『問題は、可能性の有無ではない。

 黒髪のけったいな人形から目を離すでないぞ、フォンウェール。』


 ヴァンチーヒャの意味深な言葉は、可能性を排除することを否定しているかのようだ。

 かといって、時雨とシルフを同一視するのは安直すぎる。


 時雨はスプリタス。スプリタスは、つまり人間のなれの果て。精霊とは、その根源が違う。


(何か見落としているのか…。)


 相変わらずその表情は見えないまま、ハルは思いを巡らせていた。


 考えてみれば、時雨は素性の知れない存在である。

 いつからあの屋敷に居るのか、そしてどこからやって来たのかもわからない。


 多くのスプリタスは、年月が過ぎるごとに本来の姿を失い風化していくというが、時雨にはその片鱗がみられない。


(目を離すな…か。意味深なことばかり言いやがって。)


 ハルは、深々と呼吸した。


 静かに更けゆく夜のとばりには、満天の星が煌めいていた。

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