5年半の休暇①
十一月。
夏が永遠に終わらないのではないかと錯覚させるような残暑が過ぎ去り、急に寒くなった夜道を歩くのは、男鹿優作。
スマホ片手に通話をしながら、誰もいない夜の道を大股で歩いていた。
「だから、なんで俺からの連絡無視すんだよ」
『だって最近のアンタ、すごく暗いんだもん。はぁ……話してると気が滅入るっていうか』
「んだと? こういうとき彼女なら慰めるもんだろ」
『はぁ……ねぇ。今のアンタ、すっごくダサいよ? もっと格好いい男だと思ってたんだけどな~ガッカリ』
「あっ、おい。話はまだ終わって……切りやがった……」
思わずスマホを投げ捨てそうになって、耐える。
通話相手は夏ごろから付き合っていた、サッカー部のマネージャーだ。
付き合う前のあの猫撫で声がもはや懐かしい。
「電話の向こうから男の声がしやがった……くそ。まぁいいや。もともとミーハーなヤツだったし」
苛立ちを隠しもせず、家についた優作はドアを乱暴に閉める。すると、母親から厳しい声が飛んできた。
「もう。遅くなるなら電話しなさいよ」
「うるせぇ。飯は?」
「はいはい。ほら、座って待ってな」
鞄を下ろすと、リビングに向かう。
すると、父親が座ってニュースを見ていた。
「……」「……」
終始無言。
(気まず。ってかこういう時、父親と何話せばいいのかわからないよな~)
なんて思いながらぼーっとニュースを眺めていると、優作が今一番見たくない顔がテレビに映る。
それはサッカーU20の練習風景を取材したような内容だった。
「……ッ」
部屋に戻ろうと、優作は立ち上がった。その背に、父の声が掛けられる。
「優作。進路はどうするつもりだ?」
父親はリモコンでテレビのチャンネルを変えながら、優作に問いかける。
「……。決まってねぇ」
「もう三年の十一月だぞ? お前、成績は悪くないんだ。今からでも勉強に本腰を入れて、少しでもいい大学に――」
「うるせぇ!!」
大声が家中に響く。キッチンにいた母親が怯えるのがわかった。
「そうやって大声で誤魔化すのは止めなさい。もう子供じゃないんだぞ」
「あーもう。俺の進路なんてどうだっていいだろっ……俺は……俺はさぁ」
「いつまでもふて腐れているんじゃない。お前のサッカー選手としての人生は終わったんだ」
「ちょっとお父さんっ……そんな言い方」
優作の母が慌ててキッチンからフォローに入る。だが面倒なもので、父親に真っ当に正論をぶつけられても、母親に優しくされても。
優作の心はどうしても反発してしまう。
「俺は……俺だって」
「いい加減に目を覚ませ。お前の夢は終わった。だが人生はゲームじゃない。お前の人生はそれでも続くんだ。いいか。来週までにちゃんと進路を決めなさい」
父親に返事はせず、優作は階段を登る。背中に父の「待て、まだ話は終わっていない」という声が聞こえたが、構わなかった。
バタンと自室の扉の閉じる音。この音が聞こえると、ようやく自分だけの世界が訪れる。
だが、優作の部屋は彼の心を映すように荒れていた。
ゴミが散らばっているとか、そういう荒れ方ではない。壁に貼られた有名選手のポスターは破かれ、全国制覇と書かれた紙は上から黒塗りにされている。
一目見て「この部屋の主は病んでいる」とわかる状態だった。
優作はベッドにバタンと倒れ込み、小さく呟く。
「わかってんだよ……次に進まなくちゃいけないことくらい。でも……俺の心はまだ、高校サッカー選手権に囚われてんだよ」
眠りたい……だが時間はまだ19時。高校生の優作が寝るにはまだ早い時間帯だった。
何もしないで寝転がっていると、階下の両親の心配そうな声が微かに聞こえて鬱陶しかった。
どこか誰もいない世界に行きたい。そんな、高校生なら誰もが考えるようなことを思っていた。
「でも、家を飛び出すってほど馬鹿にはなれないんだよな~」
両親の干渉を鬱陶しく思いつつも、どこか冷静な自分もいる。
父親の経済力に頼り、母親に身の回りの世話をされ。
その上で自分のやることにいちいち干渉してほしくないと、本気で思っている。
それは単に甘ったれているだけなのだが、高校生の優作はまだそれに気づけるほど大人ではなかった。
「そうだ、ゲームやればいいじゃん。確かまだ捨ててなかったよな?」
クローゼットを開き、奥に積んである段ボールの中を探る。
優作がまだ小学生だったころ、当時流行していたVRゲームの機材を買って貰ったことを思い出したのだ。
「フルダイブゲームなら、家にいたまま違う世界に行けるじゃん。冴えてるぜ俺」
埃だらけの筐体とヘッドセットを取り出し「これで合ってるんだっけ?」と不安になりつつ配線を終える。
装置を頭につけて、筐体の電源を入れた。
しばし、聞いていて不安になる「ジーッ」という音が鳴った後、なんとかゲームが起動した。前面の液晶に、以前購入したソフトの一覧が表示されている。
「確かひたすら人間をぶっ殺せるヤツあったよな。あれでストレス発散してやるぜ……ん? サービス終了のため起動不可!? そんなのあるのか……おいおいまさか他のも……」
記憶を頼りに面白かったゲームの起動を試みたが、軒並みサービスが終了しており遊べなかった。
「マジかよ……買い切りなのに運営が死ぬと遊べなくなるって……」
詐欺だ。そんなことを思いつつ、この際遊べればなんでもいいやと思っていると、まだサービスの終了していない、運営の生きているゲームが見つかった。
「ジェネシス・オメガ・オンライン……うわ、懐かしいなオイ」
ジェネシス・オメガ・オンライン、略してGOOはVRMMORPGである。
優作がハマっていた5年前の時点では国内上位10位には食い込むほどの人気作品だったが、続々と登場した後発のVRMMOに人気を奪われ、現在では全盛期の半分ほどの同接数でか細く続いている。
「うーん、VRMMOか。今は他人と話すつもりはないんだが……まぁ。適当にソロでモンスターぶっ殺してストレス解消したら、すぐにログアウトしてやろう。知り合いに会うこともないだろうし」
そう思い、ゲームを起動する。
『生体データスキャン中。エラー。登録身体データに差異有り。電子身体精神保護法により、身体情報を更新してください。ユアナンバーカードを挿入してください。……パスワードを……。健康保険データにアクセス。登録身体データを更新しました。アバターをアップデートします。ゲームをお楽しみください』
ちょっと長い準備が終わり、優作の意識は5年ぶりに電子の世界へと導かれる。
お久しぶりです。
タイトルの意味は、この作品の1話を投稿してからリアルで5年半以上が経過したからです。
え…?
(できれば週1…遅くとも隔週で更新します)




