潜水艦は忍耐
新世界暦1年10月18日 ラストール近海 人民統制員会 潜水艦26号
「前方艦隊、艦船多数、聴いたことのない機関音の艦が多数います」
艦の針路方向にいる艦隊に集中的に聴音を行っている聴音手が報告する。
「聴いたことのない機関?」
「スクリュー音もこれまで聞いたことのある艦船より小さいです」
聴音手は怪訝な表情で報告する。
彼らのいた世界で船の機関と言えば、大型船は基本的に蒸気タービンである。
大型のディーゼル機関はまだまだ普及には程遠く、潜水艦で採用されていることを除けば船舶での使用実績もまだまだ少なかった。
あとは蒸気ピストンエンジンもあるが、こちらはよほどの旧式か建造費削減(燃費や出力は劣るので運航経費は上がってどっちもどっち)のために使われる程度である。
対して、彼らには知る由もないが、APTO艦隊の機関はディーゼルかガスタービンである。しかも、その動力を直接プロペラに伝えない、電気推進艦船まで少数とはいえ混ざっている。
統合電気推進の空母QEと45型駆逐艦、CODLOG推進の26型フリゲート、CODLAG推進の23型フリゲート、そしてCOGLAG推進のまや型護衛艦。
電気推進だけでこれだけいるのである。
このほかにCODAD、CODOG、COGAGと多彩な推進機を取り揃えているごった煮艦隊である。
「聞きなれたラストールの推進機音もいますね」
注意深く聴音機を操作していた聴音手が告げる。
「ならば攻撃を!」
「本当にラストールの艦隊なのかの確認が先でしょう」
聴音手がラストールの推進機音、と言ってるのは、半ば勘のようなものに近い。
音紋を自動でデータベースと照合してくれるような便利な機能は、当然この艦にはないので、聴音手の記憶と経験だけが照合の全てである。
それだけで攻撃を主張する革命管理委員にげんなりしながら、艦委員長は指示を出す。
「潜望鏡深度」
「現在深度50、潜望鏡深度まで浮上します」
艦長の指示を副長が復唱して実行する。
ここだけなら普通の潜水艦なのだが、そこに革命管理委員の影がチラつくのがこの国の悪いところである。と思っているのは、もはや少なくなった革命前から軍にいて生き残った人間だけだ、というのがこの国の病巣だが。
「潜望鏡深度に固定」
「潜望鏡上げ」
艦長は潜望鏡をのぞき込み、針路前方を確認する。
「ラストールの第三艦隊がいるな」
「ならば!」
「だが見たことのない艦隊もいる」
ラストールと聞くととにかく攻撃しろという革命管理委員だが、そもそもラストール以外の国との交戦は許可されていない。
「ラストールの艦だけ攻撃すればいいでしょう!」
「一緒にいるということは同盟関係か、そうでなくとも親善訪問中なのでしょう。そんなところに攻撃を加えたらどっちを攻撃したのかなんてわかりませんよ」
革命後に人民統制委員会を訪問した外国艦など存在しないので、艦委員長はラストールを少し羨ましいと思った。
それはさておき、そもそも誘導魚雷なんてないうえに、どこかの馬鹿どもがいろいろと破棄してくれたせいで、雷撃に必要なデータがいろいろと不足しているのである。
「な」
革命管理委員にうんざりしながら、艦長が周囲を確認するため、ぐるりと潜望鏡を回転させるために動き、自艦後方を見て固まってしまった。
聴音の死角となる自艦針路後方に、ぴたりと2隻の軍艦がつけていたのである。
つまり、とっくに探知されて追尾されていたのに、それに気づけなかったということで、潜水艦にとってはいわば「この間抜け」と言われているに等しい屈辱である。
「急速潜航、機関全速!深度100!」
「急速潜航、機関全速!深度100!」
艦内に短い警報がなり、艦後方にいた乗員が最低限の機関要員を残して、一斉に艦首の魚雷発射管室に向けて走り出す。
「なにごとですか!?」
乗員の中で1人だけ、事態に対応できず、革命管理委員は右往左往している。
艦委員長はあえてそれを無視し、次々に指示を出す。
「主舵、針路140、聴音は全周、特に艦方位130から210を重点的に捜索!」
ソナーには後方につけられていた艦の捜索を命じる。
「深度100」
「艦水平、モーター停止。無音航行」
すでに見つかっているので逃げ切るには無音航行で探知圏外にでるか、運よく変温層にでも潜り込むしかないので、このまま長時間の根比べである。
「一体なんなんですか!」
「「「シーッ!」」」
状況が理解できずに怒鳴った革命管理委員を、発令所にいた乗員が一斉に静かにするよう静かに叫ぶ。
「艦方位130に推進機音。今まで気づかなかったなんて・・・」
聴音手が死角にいたとはいえ、入られる前に全く気付けなかったことにショックを受けていた。
対潜訓練中でマスカーを作動させて微速航行中だったガスタービン艦なので、性能の低い人民統制委員会のソナーでは気づけなくても仕方ないのだが。
「推進機音、大きくなる」
つまり接近してきたということである。
「機関室、バッテリーの残量は」
『数字の上では4割ってところですが、実際には2割くらいじゃないですかね』
伝声管独特の甲高い聞き取りにくい声が、無音航行中で抑えた声のせいでますます聞き取り辛い。
「長くはもたんな」
どのみち艦内の換気も必要である。
潜航していられる時間は限られている。潜水艦、なんて大層に名乗ってはいるが、せいぜい可潜艦というのが実態で、基本は水上航行である。
「なぜ浮上して攻撃しないのですか!」
「すでに見つかっているのに攻撃準備なんてすれば即座に撃沈されますよ」
そもそもラストール以外に攻撃するのはいろんな意味でまずいだろ、と艦委員長は思うのだが、革命管理委員には関係ないようである。
「ならどうするのです」
「それを今考えて」
その時、カーンともコーンともポーンとも聞こえる音が連続して響き渡った。
音は何度も響き、一端止んだ。
「な、なんですか、今の音は」
「・・・」
あまりにも不気味な音だった。
その音自体に意味など無いはずなのに、まるで死の宣告であるかのように感じられた。
「アクティブソナー」
艦委員長はぽつりと呟く。
つまり、音を出さずに海流に乗って流されていればそのうち敵の探知圏を出られる、なんていう甘い話は通用しないということである。
「なんですかそれは!?」
「特定の音を出して、その反射音で水中の目標を探知するソナーですよ」
艦委員長がその存在を知っていたのは、革命前にその研究をしていた技官が士官学校で同期だったからである。
もっとも、革命後にその技官は粛清されたので研究も破棄されてしまったが。
「そんな話、聞いたこともありませんよ!?」
「でしょうね」
そもそもまだ基礎研究の段階だと最後に会った時には言っていたので、知っている艦委員長のほうが特殊なのだが。
「さて、潜航していても位置がバレてる。どうしたものか」
「これではおちおち休むこともできませんよ」
不定期にアクティブソナーが大音響で響くせいで、艦内は緊張を強いられていた。
「相手の様子は?」
「真上から動く様子がありません」
聴音手がうんざりしたように言う。
攻撃してこないということは、ラストールではない、ということだろう。
「・・・浮上してみるか?」
「冗談でしょう!?」
艦委員長の言葉に、副委員長以下発令所にいた乗員は驚愕する。
1人、革命統制委員だけが、ようやく攻撃する気になったか、と納得しているが、艦委員長は心の中でこのバカぶん殴りたい、と考えていた。
「現状で攻撃されてないんだ、交戦中でない相手に攻撃してくるような野蛮人じゃないってことだ。浮上しても攻撃されないさ」
うちみたいなイカレタ国でなければ、という言葉を艦委員長は飲み込んだ。
ラストールの存在が気がかりだが、他国の艦船のそばにいれば攻撃されることはないだろうという読みもあった。
まぁ、場合によっては拿捕されるかもしれないが、そうなったら亡命してやろう、と艦委員長は密かに思ったのだった。
長いわりに話が全く進んでねぇ!
次も1週間で




