見えない敵
新世界暦1年10月18日 ラストール近海 海上自衛隊 護衛艦「ひゅうが」FIC
「ええ・・・その、ですので訓練海域を変更していただけたらなぁ、と」
そうお願いしているラストール海軍第三艦隊の参謀はダラダラと嫌な汗をかきながら、同じ言葉を繰り返す。
「「「へー、そうなんだー」」」
それにどうでもよさげな返事を返す日英米を中心としたAPTO艦隊指揮官達。
その視線の先の複数枚の大型ディスプレイには、交戦中と思しき戦艦隊や、空母と戦艦を足したような艦影の大型艦などが映し出されていた。
その映像は英空母クイーンエリザベスから発進したF-35Bから送られてきているリアルタイム映像である。
ちなみに、APTO艦隊で固定翼機を運用できるのはQEだけなので、各国幹部をヘリで集合させて会合するのはひゅうがの仕事になっており、事実上艦隊旗艦となっている。
「あの、ところでその映像はなんでしょうか・・・」
ラストール海軍の若き参謀は、なんとなく予想がついているのだが、APTO艦隊幹部たちが眺めている映像について、念のため確認する。
「貴殿がいう訓練海域のライブ映像」
「ですよねー」
演習にかこつけて人民統制委員会との戦闘にAPTOを巻き込もうという第三艦隊の思惑がバレているということに参謀は気が遠くなりかける。
人民統制委員会との戦闘にAPTOを巻き込もうというのは、第三艦隊の独断だった。
本来なら第一艦隊が人民統制委員会の艦隊と交戦する前に訓練海域に設定したエリアに移動するはずだったのだが、APTO艦隊の到着が(王女の乗艦ということになっている)ラストールの巡洋戦艦の機関不調で遅れたため、ある意味自滅である。
そんな参謀を、海自幹部候補生学校への留学生扱いで同行していたアズガルド海軍の士官たちは、あーあやっちまったな、という顔で気の毒そうに眺めている。
ラストール本国は、実感として技術格差を感じることがこれまで無かったが故の痛恨のミスである。
「あれは我が国で用意した標的艦です!」
重い沈黙が支配したFIC内で、突如第一王女の声が響いた。
「ですので、あれに向けて存分に火力デモンストレーションしていただければよろしいかと!」
一瞬、何言ってんだこいつ、という空気になるが、すぐに参謀がとりあえずそれに乗っかる。
「そうです!わが国で用意した標的艦ですので、盛大にやっちゃってください」
「「「そっかー、標的艦なのかー」」」
HAHAHAHAHAとラストール、APTO双方笑っている横で、映像の中の戦艦隊と航空戦艦は砲撃戦を開始した。
「「「「って、んなもん通るわけねぇだるぉおお!?」」」」
「ひゃん!?」
ラストールとAPTO双方から怒鳴られて王女は変な悲鳴を上げたのだった。
新世界暦1年10月18日 ラストール近海 海上自衛隊 練習艦「しまかぜ」ソナー室
「なんだこれ?」
今日も今日とて対潜訓練中のしまかぜのソナーがそれに気づいたのはたまたまである。
日本出港後、しばらくしてから延々繰り返されている対潜訓練なので、もはやマンネリなのだが、すでに旧式と言っていいOQS-4のPPIスコープにこれまでなかった反応が映ったのである。
ちなみに、各国幹部を参集させるのに便利なひゅうがと、艦隊防空の中枢になっているまやに対して、練習艦のかしま、はたかぜ、しまかぜの3隻は、戦力としてはさして期待されていない(とはいえ、はたかぜ型2隻は腐っても艦隊防空艦なのだが)ので、毎日艦隊を離れて対潜訓練である。
「んんんん?」
気になったのでその方角をAスコープとBスコープでも慎重に確認する。
「CIC、ソナー、新たな水中目標探知、方位35、距離8000」
『ソナー、CIC、そっちに目標はいないぞ。間違いないのか?』
「CIC、ソナー、間違いありません。サイズと速度からして水中を微速前進中の通常動力潜水艦と判断します」
CICが俄かに騒がしくなる。
そんな喧噪とは関係なく、ソナー員は意識を集中する。
『ひゅうがからシーホーク発進』
意外と知られていないことだが、対潜部隊も24時間のスクランブル待機というのは行っているので、空自の戦闘機部隊並の迅速さでひゅうがからSH-60Kが離艦したのだった。
新世界暦1年10月18日 ラストール近海 APTO艦隊近傍海域 海上自衛隊 SH-60K
「ソノブイ使っていいんですかね?」
「ダメじゃないか?広域哨戒するわけじゃないし」
しまかぜからの水中目標探知の報告を受け、確認のために発進したSH-60Kの機内では、そんな悲しい会話が行われていたが、固定翼機のほうはパッシブソノブイであれば割と頻繁に使用許可が出る。
ただ、回転翼機のSH-60の場合、吊り下げソナーがあるので、広域哨戒の必要が無いならまず使用許可はでない。
使い捨て機材とはいえ、1本10万円以上するのだから、固定翼機に優先的に使わせて、ヘリは吊り下げソナーで、というのは理には適っている。
「とはいえ、水中目標が地球の潜水艦じゃない可能性が高いわけだろ」
「第二次大戦レベルの技術力の世界、という情報を加味すると、浮上してきたら対空機銃で撃たれますよね」
「どっかの不審船より重武装だろうしな」
やだなぁ、という空気が機内を支配する。
「とりあえず、そろそろ一度下ろしてみるか」
センサーマンのその言葉で、機体は速度を落としてホバリングに移り、ゆっくりと吊り下げソナーのケーブルを伸ばし始めたのだった。
新世界暦1年10月18日 人民統制員会 潜水艦26号
無事にラストール艦隊への雷撃を成功させた潜水艦26号は、潜水したまま海流に乗って微速前進で戦闘海域を離脱していた。
この潜水艦は潜水中の武装は艦首に装備した6門の魚雷発射管がすべてで、魚雷の装填には何かと時間がかかるので、敵の爆雷だけでなく、味方の砲弾の降ってくる海域にそのままとどまるのはよろしく無い、という判断であった。
艦にとっても、乗員にとっても幸運だったのは、何かと口煩い革命管理委員が突撃脳では無かったことであった。
浮上して主砲で戦え、なんてほざく革命管理委員もいる始末なので、かなりの幸運であったと言える。
ちなみに、浮上している潜水艦など、下手したら武装商船にも負ける脆弱な存在である。
なんせ、1発でも被弾したら潜水不能になる恐れがあるのだから、敵からすれば潜水艦にとにかく当てれば勝ちなのである。
武装商船相手でそれなのだから、戦闘艦の前に浮上するなど、むしろ敵から見れば「Please Kill me!」と叫びながら突っ込んでいくようなものなので、むしろ警戒されるかもしれないが。
「艦委員長、戦闘海域には戻れそうなのか」
「どうでしょう、思ったより海流の流れが速いようです。ここまで離脱するには好都合でしたが、再接近するとなると、スクリューの回転をあげる必要があります。そうなると潜航していても見つかるでしょうし、何よりバッテリーが持ちません。浮上すれば言わずもがなですな」
「そうか・・・」
管理委員はくやしそうだが、無理やり戦闘海域に戻す気も無さそうとわかり、艦長と副長はそっと息を吐く。
ちなみに、人民統制委員会にディーゼル潜水艦用のシュノーケルなんていう便利なものは存在しないので、バッテリーがなくなれば浮上航行するしかない。
「艦長、艦前方、距離不明ですが、多数の推進機音を聴知。大艦隊です」
聴音手の報告に、発令所は緊張に包まれる。
「ラストールの別動隊か?」
「不明ですが、多軸推進の船舶が多数、同一方向に航行しているようなので艦隊であると判断します」
基本的に水上艦が潜航中の潜水艦の聴音から逃れるのは困難である。
大抵の外洋航行船舶は10ノット以上で走っているし、なにより水上船舶の性質上、どうやっても航行に伴って発生させる造波騒音は消せないからである。
潜水艦捜索中で速力を落としている駆逐艦などは探知を免れる可能性もあるが、水上艦の聴音は「自艦が出す騒音」との闘いもあるので、やはり潜水艦優位である。
それゆえにその不利を覆す曳航ソナーや、航空機による対潜作戦が重要視されるのだが。
「また運が向いてきたかな?」
「艦委員長、魚雷の装填は完了しています」
「このまま微速前進。艦隊の所属を確認する」
ほぼ無音航行状態の自艦が探知されているなどとは夢にも思わず、潜水艦26号は新たな獲物を求めて前進を開始したのであった。
次も1週間で




