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新たな事件の足音

 この話から別の事件になります。

 いつも読んで頂きましてありがとうございます。

 しばらくは世界観の説明描写が入りますがご容赦ください。


 クリスをうちの商会で預かる様になって一週間ほどが経った。


 最初の三日程は借りてきた猫のようにおとなしくしていたが、四日目になっても俺が手を出さなかった事もあり、猫を被るのをやめて以前に商会にいた時と同じ様な振る舞いをするようになった。


 いや、俺が許している範囲とはいえ、今まで以上に好き勝手し始め、食事を良くするために大型の冷蔵箱を購入して、毎日大量の氷を買い込んでやがる。


 それだけではなく、俺が今年アルバート子爵家に売り込んだばかりの氷削り器まで購入し、少しだけ高い食用の氷を買ってかき氷などを商会で売り出していた。


 元々は自分や商会員だけで食べていたみたいだが、売りに出せば商売になると気が付いたクリスが小型の冷蔵箱を購入し、それに食用の氷を詰めて広場で出店を始めたようだ。


 出店のかき氷に関しては十分に利益を出しているからいいが、あまりあの手の小遣い稼ぎを派手にやると、レナード子爵家やアルバート子爵家から新しい商品の催促をされかねないので程々にして欲しい。

 



 

 そんな些細な出来事は別として、ロドウィック子爵家で大きな動きがあった。


 どうやら先日の一件で領民からフェデーリに対する評価が急上昇し、この二週間の間、視察に出向いた村や街で熱烈な歓迎を受けたらしい。


 この事を受けて当主モンフォールもフェデーリに対する態度を改め、ロドウィック子爵家三男のフェデーリは分家筋のルフ家長女メアリと正式に婚約を交わした。


 それだけでは驚かなかったのだが、三男坊であるフェデーリを婿に出さずに、ルフ家長女メアリを嫁として迎えようとしている事が結構な衝撃だった。





 今回の一件で俺とパイプを繋いだ事も原因の一つだろう。


 三男には子爵家の継承権は無いが、フェデーリをそれなりの役職につかせ、俺やレナード子爵家やアルバート子爵家との調整役に仕立て上げる腹づもりかも知れない。


 その証拠に手元にフェデーリの名で、ロドウィック子爵家で行う宴の招待状が届いている。

 アルバート子爵家やレナード子爵家からこういった誘いが来ることはあったが、今までこういった形でロドウィック子爵家から招待状が来た事は無かった。





「本当に一人で行くの?」


「流石に断る訳にはいかんだろう。おとなしく留守番をしてろ」


 ロドウィック子爵家から誘いがあった宴に付いてくるつもりだったクリスに留守番を命じ、迎えに来た馬車に乗り込んだ。


 レナード子爵家からの誘いであればクリスを連れて行ってやっても良かったのだが、ロドウィック子爵家とは他の二家と比べて付き合いが浅い。


 それに裏事に手を染めている俺が言うのも何だが、お世辞にもロドウィック子爵家が管理する地区の治安は良くはない。





 元々城塞都市トリーニの治安状況は、若い時分の俺が動きやすい程度には悪かったのだ。


 今よりずっと盗賊ギルドは力を持っていたし、アルバート子爵家が俺を的にしようとしたように、殺しもそう珍しい事ではなかった。


 治安が良くなったのは冷蔵箱をはじめとする商品で多くの金貨を稼げるようになってからで、それまでは街をぐるりと取り囲む堅固な壁や立派な街道の維持費で税収を殆ど使い果たしていた。


 アルバート子爵家、レナード子爵家、ロドウィック子爵家が子爵家にしては広大な領地を与えてられるのも、これだけ広い領地からの税収が無ければ、都市の運営そのものが成り立たなかったからだ。





 領地経営の資金に余裕が出来たアルバート子爵家やレナード子爵家は税金を下げて領民に負担を減らし、衛兵の数を増やして管理地区の治安改善に尽力した。


 その結果、税金が安く治安の良いアルバート子爵家やレナード子爵家が管理する地区に、ロドウィック子爵家の裕福な住人が流出して税収が減った。


 その代りにガラの悪いゴロツキやギルドで問題を起こした冒険者がロドウィック子爵家が管理する地区に流れ込んで、更に治安が悪化した。


 ゴロツキどもを取り締まる衛兵もアルバート子爵家やレナード子爵家が抱える衛兵より質が悪く、ゴロツキどもから賄賂を受け取って手なずけられている者も多い。


 まあ、あれだけ資金に差があれば、治める地区でこの位の格差は出てくるだろう……。





 流石にロドウィック子爵家の家紋が刻まれた馬車だ、各家が管理する地区を分ける関所で止められる事無く、貴族が管理する地区にあるフェデーリの私邸に着いた。


 まあ、取り締まりが厳しいのは、ロドウィック子爵家の管理地区からアルバート子爵家やレナード子爵家が管理する地区に移動する時だけだが。


 私邸の玄関に着くと、直ぐにフェデーリが出迎える為に姿を現した。


 立場が良くなったわりに召使の数は増えていない気がするが、何か理由があっての事だろう。


「この私邸で暮らすのもあと少しでしてね。メアリと無事に結婚となった暁には、屋敷に私と妻の部屋を用意して貰える事となりました」


 婚約したというのにルフ家長女メアリの姿が見えないのは、おそらく所領の方で嫁入りの準備をしているからだろう。





「おめでとうございます。このまま実績を重ねていけば正式に子爵家を継げるかもしれませんな」


「いえ、それは正式に辞退しておりますよ。今更私に領地経営など無理に決まってますからね」


 こいつ…、()()を打算無しで行うセンスは大したものだがな。


 このまま領民の人気を集め、十分な資金を得れば長男のヨーゼフや次男のウィンザーに次期当主が座を奪われると警戒され、最悪事故に見せかけて消される可能性もあった。


 それを先に放棄する事で身の安全が保証され、将来家督を継いだ者にとって、有用な駒になる事を宣言したようなものだ。


 そうすればこいつは俺と結託して利益を上げて喜ばれる事はあっても、増やした資産や権力を邪魔に思う者はいないだろう。


「そんな事より宴の方を楽しんでください。料理人には腕によりをかけた料理を用意させましたのでね」


「それは楽しみですな」





 宴席の料理は領内で獲れた新鮮な川魚や、アルバート子爵家の領内特産の牛肉を贅沢に使ったコース料理だった。


 酪農組合が出来た後とはいえ牛肉は非常に高価だ、以前のフェデーリの立場であれば、コレを頻繁に食べる事すらできなかっただろう。


 子爵家の直系であるこいつはまだ資金に余裕があった為、あんな石像を買う余裕すらあったが、分家筋の三男坊クラスになるとそんな贅沢は許されず、食事を切り詰めて塩パスタや塩スープといったメニューに手を出すかどうか、貴族としての矜持と財務状況を秤にかけて葛藤するというからな……。


 パンではなくライスが皿に乗ってきたのは、俺が米を好む事を知っているからだろう。


 あれだけ大量の米を買っているのだからそう考えられてもおかしくは無いが、品種改良させている米の内のひとつは食べる訳ではなく、別の目的で使わせて貰っているのだが……。





「リューさん、少し頼みたい事があるんですが」


 食事が終わってワインを味わっていた時、急にフェデーリが今までとは違い、あの石像を調べて欲しいと言ってきた時と同じトーンで話しかけてきた。


 ただ食事に誘って来ただけとは思っていなかったが、やはり何か取引が存在したようだ。


「……内容次第ですが、どんな事ですかな?」


「メアリの実家であるルフ家はハンカの街と近くにある幾つかの村を治めているんですが、その村の西側に広がる森にエルフが出没するようになりましてね。その森の調査と、出来ればエルフと交渉などをお願いしたいんですが」





 ハンカの街の少し西には隣国と国境を跨ぐ広大な森がある。


 千年ほど前になると言われているが、その広大な森の上流の谷が土砂崩れで封鎖されて天然のダムが出来たらしい。


 大雨が降ったある日、そのダムが決壊して森の中に大きな河を作り、分断された西側を元々森にすんでいたエルフが管理し、手薄になった東側を人間が攻め込んで領地としたそうだ。





「確かあの辺りには大きな河で分断された森がありますな。もう百年以上前に河の東側を人間が、西側をエルフが管理する事で話がついていた筈ですが」


 長い間小競り合いが続いていたのだが、河が出来る原因となった山の中にある魔獣の住むダンジョンを人間とエルフと協力して塞ぎ、態度を軟化させたエルフと人間で話し合って、百年前に正式に東側の森が人間に譲渡された。


 その後、友好の印として分断された森を繋ぐ大きな橋が建造されたという話だ。


 相手の森の恵みには手を付けない。


 それが双方に結ばれた唯一の条件だった。





「そ…その通りです。その条約を無視してエルフは森の植物を採取してるらしいんです。森で薬草などを摘んで生活している者が困っているんですが、ハンカの街にはそんな冒険者がいないらしく……」


 城塞都市トリーニの周辺には太古の王国の遺跡やダンジョンがいくつか存在しているが、その多くはアルバート子爵家やレナード子爵家の領内に存在する。


 理由は簡潔で、元々肥沃で広大な穀倉地帯だったロドウィック子爵家の領内は畑が多く遺跡の数自体が少ない。


 そして出没する魔物の数と強さの割りに金にならない魔物が多く、冒険者はより安全で実入りの良い他の遺跡を探索する事が多い。





 今はレナード子爵家の領内に幾つもある遺跡の内、海底神殿と呼ばれる遺跡を探索する冒険者が多い。


 海底神殿では非常に稀ではあるが異常成長したアコヤガイ系の魔物が出現する事があり、その体内から最大でソフトボール程の大きさの真珠が取れる事がある。


 金貨にして数百枚という値が付く事もあるその真珠を求め、一年の大半を海底神殿で暮らす冒険者もいるという。


 食料は行商人から購入したり、陸に上がった時に釣った魚を干したりして補充しているそうだ。





 その次に多くの冒険者が挑戦し続けているのが、アルバート子爵家の領内にある氷晶の魔窟と呼ばれるダンジョンだ。


 氷晶の魔窟にも水晶で出来た牙をもつ虎の様な魔物や、特定の条件が揃った時に生成されるという氷水晶という結晶が見つかる時がある。


 これらも非常に高値で取引される為、アルバート子爵家の領内特産の毛織物で作られた防寒着に身を包み、城塞都市トリーニと氷晶の魔窟を年中往復している冒険者もいるという話だ。





 予算が無かった事から衛兵も頻回には討伐に出向かない上に、様々な要因が重なった事もあり、ロドウィック子爵家の領内には冒険者が少ない。


 また、いたとしても腕利きと呼ばれるネルソンクラスの冒険者を見つける事はまず無い。


 他の地域の冒険者ギルドで問題を起こしたゴロツキ紛いの者や、それこそ駆け出しの冒険者達を言葉巧みに石化能力を持つ魔物の巣に送り込む冒険者すらいる。





「トリーニの冒険者に頼もうにも、優秀な冒険者の多くはアルバート子爵家やレナード子爵家が管理する地区の冒険者ギルドに登録していた。そういう事ですか?」


「情けない事ですが、その通りです。エルフ達は公用語も使えますが、もし問題があった時にこの地区にいる冒険者では……」


 冒険者に任せてもいいが、エルフと交渉という事になれば、俺が出向いた方が良いかも知れないな。


 今まで足を運んだ事の無かった、ルフ家が管理する森を調べるにも丁度いい機会かもしれない。


 珍しい植物なんかは、現地の人間に聞くのが一番だからな。


「分かりました。何とかしてみますが、依頼料は掛かりますよ?」


「ええ、こんな事はリューさんにしか頼めませんから」


 アルバート子爵家やレナード子爵家の領内の冒険者ギルドにこいつが直接頼んでも問題は無いのだが、ようやく立場が良くなった直後にそんな形で動きたくは無いのだろう。


 なにせ、そんな事をすれば自分の領内にある冒険者ギルドの顔に泥を塗るだけではなく、自分の領内に優秀な冒険者がいないと公言するようなものだからだ。


 だからこそ、全ての貴族や冒険者ギルドなど様々な場所に顔が効く、俺の様な立場の人間が重宝されるわけだが……。





「前回同様に通行証と、今回は村までの通行手形もお願いします。急ぐなら高速馬車を使いますが」


 この世界の馬車には二頭立て四頭立てなどの頭数で違いが出るタイプと、駿馬と呼ばれる特殊な馬に引かせる高速馬車が存在する。


 ハンカの街を経由して村まで通常四日は掛かるが、駿馬を使った高速馬車であれば二日ほどで着く。


 俺もこの街を離れる時には利用しているが、馬に引かせる座席部分にも細工が施されており、高速で道を走っても激しく揺れない様になっている。


 でなければあんな速度で走られたら船酔いどころの騒ぎではないだろう。





「困っている村人の為です。出来るだけ早くお願いします」


 こいつがロドウィック子爵家の懐刀となり利益を上げて権力を持てば、性格から考えても管理地区の治安が良くなるだろう。


 領民が豊かになれば様々な商品が売れ、経済活動が活発になればなるほど俺が金を稼ぎ易くなる。


 今回の一件は先行投資という事で、快く引き受けてやろうじゃないか……。


「その依頼、確かに引き受けました」


 まずは冒険者や馬車の手配、それと情報収取だな。


 前回頼んだネルソン達は使えない。


 短期間であまり頻繁に頼んで金貨漬けにすると、腕利きの冒険者でも金に溺れて堕落する時があるからな……。





 読んで頂きましてありがとうございます。

 碌にヒロインが活躍しない作品ですが、楽しんで頂ければ幸いです。

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