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事件の結末

 とりあえずこの話で第一話にクリスが持ってきた厄介事が完結します。

 次からは別の事件になります。


 少女達が石像から元に戻った日の夜、俺は自室にクリスを呼び出した。


 こいつを呼び出すのはこれで二度目だが、うちの商会のルールを知らない訳じゃあないだろう。


「失礼しま~す」


挿絵(By みてみん)


 いつもと変わらない明るい顔で挨拶をし、軽快な足取りで部屋に足を踏み入れた。

 俺に呼び出されてこんな態度が出来るのは、うちの商会ではこいつ位だろう。


「何で呼び出されたか分かっているよな?」


「あの妹さんの一件でしょ? 流石よね~」



 悪びれる様子も無く、そう口にするクリス。


 一度目の呼び出しは注意、二度目は警告、三度目の呼び出しは制裁というアーク商会の掟は知っているだろうが、あと一度ルールを破れば殺されるとは微塵も考えていないんだろう、この女は。



 こいつが交わしたという契約書が羊皮紙であった事でもわかるが、あの契約書は正式な物じゃない。


 そこいらの村娘が銀貨五枚も持っているかどうか、普通の感覚を持っていればわかりそうなもんだがな。



「念の為に確認したいんだが、あの妹から貰ったという依頼料の銀貨五枚。()()はお前が自腹を切った物だな?」



「……そうよ、だっていくら貴方でも銅貨五枚じゃ受けてくれないでしょ?」



 あの少女の妹は依頼料なんて持ち合わせていなかった。


 大体銀貨を五枚も持っていれば、あの少女の姉が薬代を工面する為にビリー商会に身体を売ろうとする筈も無く、薬と銀貨二枚分相当の食糧を持たされて村に帰った時、妹の方があそこまで嬉しそうにする訳も無い。


「うちは慈善事業じゃないんだ。依頼料が安い仕事を受ける時は俺に話を通せと言ってあるよな? それに結果として落とし所は悪くなかったが、状況だけ考えれば大赤字の上に、死人が出ててもおかしくは無かった」


 ガーゴイルとの戦闘の時もそうだが、ロドウィック子爵家との交渉を一つでも間違えていればフェデーリの奴はもちろん、みせしめにうちの商会の人間が何人か殺されていてもおかしくは無い。


「うちの商会の決まり事、言ってみろ」


「身内を危険に晒さない。利益の出ない仕事は引き受けない。限度を超えた要求はしない。不要に人は殺さない。好んで他人の縄張りを侵さない。食べ物に毒を混ぜない」


 大まかには覚えていたな。


「もうひとつ。二度目の呼び出しは警告、三度目は制裁。次は無いと思えよ」



「何でよ? 今回もちゃんと利益は出たでしょ?」


「前回も今回も俺が尻拭いしたからだ。毎回タダで仕事を受けて来られたらどうなるかぐらい分かるだろうが」


 最初の一回はアルバート子爵家の領内から来た酪農家の娘だった。


 放牧中に牛がコボルの群れに襲われ、アルバート子爵家が治める地区の冒険者ギルドに泣きついて来た。


 公的な冒険者ギルドが動いてコボルの群れは無事に退治されたが、殺された牛が生き返る訳でもなく、その娘が生活の術を失って路頭に迷っていた所にクリス(こいつ)が声をかけたらしい。


 最終的にアルバート子爵家直属の商会であるベルナデッタ商会がコボルなどの魔物の被害から牛や羊などを守る為に組織した大規模な酪農組合に加入させ、加入する為に必要だった新しい牛と当面の生活費は俺が工面した。



 二か月後にクリスから借金が全額返金されたと利子込みで十五枚の金貨を渡されたが、それをこいつが出した事は疑いようも無かった。



 そんな短期間で金貨を十五枚も稼げるなら初めから誰かから金を借り、生活を立て直すに決まってるだろうが……。



「ちゃんと貸してた金貨は回収できたからいいでしょ?」



「お前の財布から出てたら意味は無いって言ってるんだよクリス。それとも、アルバート子爵家の三女クリスティーナと呼んだ方が良いか?」



「……知ってたの?」



「お前の実家には殺されかけた事があるし、それが縁になって今じゃ他の貴族以上の付き合いになってるからな」





 あれはまだ俺が若かった頃、レナード子爵家に和紙の技術を売り渡したことに端を発する事件だ。


 転生前の知識を持っていても、それを生かせなければ意味は無い。


 持っていた知識を総動員し、何かを開発しようにも元手は殆ど無く、また技術的な問題やこの世界で何が売れるか分からない事もあり、実現できる商品にもかなり制限があった。


 そこで俺が目を付けたのが紙だ、あの時は紙といえば主に羊皮紙が使われており、交易で入手されていた紙はまだかなり高価だった。


 俺は城塞都市トリーニを抜け出して条件のいい山に近い村で家を借り、和紙の材料として色々な木の皮や粘剤の材料として植物の根などをためし、試行錯誤を繰り返した結果どうにか商品として扱える品質の紙と、それを作る為の技術を確立した。



 その試作品を手に、当時レナード子爵家の五男坊が運営していたジャック商会に乗り込み、商品の説明をしてレナード子爵家当主レナード・リチャーズと話を付けた。



 名前も聞いた事も無く、まだ商会も立ち上げていなかった俺の話にリチャーズは半信半疑であったが、俺が村に用意していた紙漉き場で実践してみると、余程に信じられなかったのか目を見開いて驚いていた。



 最終的に村に借りていた小屋ごと紙漉きの技術と権利をレナード子爵家に売り渡し、その見返りとして売り上げの五パーセントほどを手数料として貰う形になった。


 リチャーズは領内の村の幾つかで紙漉き小屋を増設し、大量に紙の生産を始めた為、ゆっくりとではあるが羊皮紙に変わり和紙が使われるようになっていった。


 売り渡した和紙の製法によって、領地である山に生えていた邪魔な雑木が高価な紙に姿を変えた為、才能を買われてリチャーズに気に入られた俺は懐が暖かくなったこともあり、随分といい気になっていた。


 反面、当時広大な牧草地で羊を飼い、羊皮紙などを販売していたアルバート子爵家が羊皮紙の売り上げが落ちた事に激怒し、盗賊ギルドに依頼して殺し屋を差し向けようとしてきた。


 この時はその情報を事前に入手したレナード子爵家が仲介に入り、次に商品化しようとしていた生もの等を保管する為の冷蔵箱とそれを使う為の規格を統一した製氷システムの技術と利権をアルバート子爵家に売り渡す事で和解した。


 その後、冷蔵箱は城塞都市トリーニだけに留まらず、王都オネストや行商人の手によって他の国にまで販売され、アルバート子爵家も冷蔵箱と規格が統一された製氷システムの特許で莫大な利益を上げた。


 それは羊皮紙などの利益など比べ物にならず、積み上げられていく金貨の山を目にしたアルバート子爵家当主のアルバート・ゴールトンがリチャーズと同じ様に俺を気に入るまで、たいして時間は必要なかった。



 また、冷蔵箱の登場により食事なども改善され、様々な料理が姿を現したが、その中には俺が大まかな作り方を説明して実現した物も多い。



 そのほかにも金回りが良くなったことで生活に余裕が出来、娯楽に餓えた貴族や大商会の人間向けに牛骨を加工した麻雀牌をルールと共に紹介し、その売り上げで更にアルバート子爵家は多くの利益を上げた。


 酪農組合が出来た裏に、牛骨の安定供給という事もあるのだが、その事までこいつは知らないだろう。



「何度も屋敷に呼ばれ、飯を食わせて貰ってるんだ。家族の顔くらい知らない訳ないだろう?」


「そうよね……」



「十年前だったか? 冷蔵箱用に用意されていた氷を利用し、アイスクリームの作り方をお前の家の料理人に教えたのは。あの時、こんなに小っちゃかったお前が嬉しそうな顔でアイスを頬張っていた事も忘れちゃいないさ」


「憶えて…くれてたの?」


「能面みたいに感情を押さえられた二人の姉と違い、お前だけは美味しそうに食べていたからな」


 貴族の娘としてよく教育されていた二人の姉はまるで人形の様で、どんなに美味い料理を用意してもにこりともしなかった。



 あの当時からヤンチャ娘としてゴールトンの手を焼かせていたこいつは、貴族の娘であるにもかかわらず自由奔放そのもので、俺という客人を一応でも招いた食事会で、好き勝手に振る舞っていた。



 当時のこいつは五歳、まあ、あれ位の方が可愛げがあってよかったんだが……。



「いいか、この仕事は遊びじゃないんだ、慈善事業がしたいならゴールトンに頼め。ベルナデッタ商会ならこんな事をしても懐は痛まないだろう?」



「お父様にはふざけるなと言われたわ。公的な冒険者ギルドを設置してあるだけで十分だとも……」



 実際にはもう少し違う言い方をされたんだろうが、俺がゴールトンの立場であっても同じ事を言っただろう。



「当然だな。貴族の資産や税金にも限りがある。アルバート子爵家やレナード子爵家に管理されている地区は、まだ恵まれてる方だ」





 徳川家の葵の紋の様に百二十度ずつ扇の様な形で区切られ、三人の貴族が支配する城塞都市トリーニだが、それぞれの貴族はその方面に領土を持ち、其処にも息のかかった分家筋が町や村を治め、税収や特産品の交易で利益を出している。



 俺が記憶を取り戻した当初、元々の勢力的には1:1:1と拮抗した力関係であったが、南西側に領地を持つロドウィック子爵家だけが、肥沃で広大な穀倉地帯を有していた為、若干安定した領地経営を行っていた。


 当時アルバート子爵家の財源を支えていたのは羊皮紙や毛織物、それと城塞都市トリーニと王都オネストを繋ぐ交易路の関税だった。


 レナード子爵家は唯一領内に海を持っていた為、そこから得られる塩、と言っても当時はかなり効率の悪い方法で作っていたのだがその塩と、運河の通航料、外国との交易による利益でロドウィック子爵家の次に安定した領地経営を行っていた。





 現在は俺が昔の記憶を辿って作り出した様々な商品をアルバート子爵家やレナード子爵家に売り渡した為、状況に劇的な変化が生じている。


 その結果、現在は全体を10とした場合、アルバート子爵家が5、レナード子爵家が4.4、ロドウィック子爵家が0.6という力関係になっている。


 ロドウィック子爵家の領地は肥沃で広大な穀倉地帯を持っていたが故にほかに商品になるような特産品が無く、アルバート子爵家やレナード子爵家に大きく水をあけられる結果となった。


 とはいえ、ロドウィック子爵家が弱体化した訳ではなく、ロドウィック子爵家も元の状態から比べれば2割ほど収入が増えてこの結果である。


 これには訳があり、ロドウィック子爵家が持つ穀倉地帯では米が栽培されているのだが、これは百年ほど前の国王が毒麦の対策としてロドウィック子爵家に米の栽培を強制したことから始まる。



 この国の主食は麦であり、米は基本的に一年備蓄された後、前の年の古米が大量に市場に流される。



 きめ細かい米粉を作る技術などこの国には無く、米自体がそこまで好んで食べられることが無い為、大量の米が捨て値同然で売りに出され、それでも売れず、余って食べられなかった米は家畜の肥料として処理される。


 俺が申し出て八年ほど前から米の品種改良の手助けをし、七年ほど前から持て余していた米を全量、うちの商会で買い上げるようにした為、ロドウィック子爵家も資金的にかなり余裕が出来たと聞いている。





 そんな事もあり、現在では財政の余裕の出来たアルバート子爵家やレナード子爵家は交易路の関税や運河の通行料を可能な限り撤廃し、税金もかなり安くなっている。



 冒険者ギルドの対応も領内で起こった事であれば、簡単に公的な冒険者ギルドで引き受けるし、衛兵などによる魔物の討伐隊も月に四度という頻度で行っている。



 これに対しロドウィック子爵家で行っている衛兵による領内の魔物討伐は1~2か月に一度程度で、この差がビリー商会やその馬車を襲った魔物の出現をゆるし、今回の事件に繋がったといえる。





「それにゴールトンも気にしているだろうが、レナード子爵家の領内でアルバート子爵家の三女であるお前が好き勝手にウロウロしたら、色々面倒事が出てくるだろう」


「そ…それはそうだけど……」


「いいか、慈善事業がしたかったなら今回までの事で満足しろ。気が済んだなら明日馬車を用意するから、それに乗って屋敷に帰るんだな」



 クリスは何も言わず、来た時とはまるで違う神妙な面持ちで部屋を後にした。


 これで後、残されているのはあのガーゴイルをフェデーリに売りつけたクレオ商会と、少女達を襲って石に変えた化け物の行方だが、これに関しては領内の問題としてロドウィック子爵家に任せる他ないだろう。



 一応ガーゴイルは魔法アカデミーの関係者に詳しい内容を伏せたまま調べさせている。


 これ以上俺と関わる事が無ければ分析結果などを聞くだけ聞いて、このまま放置しても問題は無いだろう……。





 クリスと一緒に商会に入って来た従者の女を馬車でアルバート子爵家に送り届けて一週間ほどが経った。


 昨日、アルバート子爵家からクリスが迷惑をかけた一件の償いとして宴に呼ばれ、食事の後で久しぶりに麻雀の勝負を持ちかけられた。



 ゴールトンも麻雀にハマっているのだが、立場が立場である為に相手を探す時に苦労しており、半年ぶりに真剣勝負が出来ると喜んでいた。


 レートは点金、これは千点で金貨一枚という賭け金で、役満祝儀なども考えれば先日得た金貨百枚を一時間くらいで稼ぐことも可能だった。



 本気になればゴールトンは俺の敵ではなく、平で打つのはもちろん、それなりに手加減する必要があったのだがこの日はなぜか様子が違った。


 俺が手加減していてもゴールトンはみえみえの筋に打ち込んで来たり、俺のリーチ直後にドラを平気で切ったりもした。


 挙句、負け金を明日届けると言い残して席を立ったのだが、その様子はあからさまに怪しかった。





 そして今朝、俺の嫌な予感は的中した。


「一週間ぶりね。これ、お父様から」


 馬車には昨日の負け分だと思う金貨と様々な商品が積まれており、そしてこの大量の金貨の届け人にあろうことかクリスを寄越しやがった。


「久しぶりだな、金貨は運ばせるからそのままお前は馬車で待ってな」


「えっと……、()()もお父様から……」


「手紙? 受け取り証明か?」


 届け人がいるからこんな物は必要ないだろうと思っていたのだが、手紙の中には小さな紙切れが一枚入っているだけだった。


「……(クリス)は任せた、リチャーズの奴にも手紙を出しておいた。だと…?! あの狸おやじ!!」


 俺と付き合いが長くなった頃、ゴールトンは何度も分家筋の娘を紹介したりして俺を囲い込もうとしていた。


 元々商会の場所がレナード子爵家の領内であった為、そのまま放置すればいずれレナード子爵家に婿入りでもさせられると思っていたのだろう。


 二十代の頃はそれこそ毎月宴に呼ばれ、そこで分家筋の長女や次女を紹介されたものだ。


 三十歳半ばの頃から諦めたのか、そういった話を持ってこなくなったと思っていたが、クリス(こいつ)が結婚出来る歳になるのを待ってやがったのか!!





 結婚する為の年齢が法律で別に決まっている訳ではないが、この国の貴族は男は十六歳、女は十五歳で大体結婚する。


 二十を超えたらよほどの事でもない限り結婚し、二十五を超えたらまず相手が見つからない。


 フェデーリが二十六歳で独身である理由、この一点だけでもロドウィック子爵家において奴の立場がどんなものであったか想像に難くない。


 先日の一件があった為、どうやらロドウィック子爵家でフェデーリの嫁探しに奔走し始めたとも聞いている。





「この手紙の話は聞いていたのか?」


「……お父様は、貴方なら私を任せられるって……」


「買い被りも良い所だ」


 このままクリス(こいつ)を突き返してもいいが、娘を差し出したゴールトンの顔に泥を塗る事になり、アルバート子爵家との関係が悪くなるのは目に見えている。


 まあ、ゴールトンが直接リチャーズに話を通してくれているなら、クリス(こいつ)を暫く此処で預かっても問題は無いだろう。


「とりあえずここには置いてやる。余計な仕事は受けて来るな、何かあれば俺に相談しろ」


「は~い。それじゃあ荷物を運び込むわね……」


 馬車には昨日の負け分の金貨が詰められた木箱の他、クリス(こいつ)の私物が積み込まれていた。





 これからいろんな意味で忙しくなり、退屈だけはせずに済みそうだ……。





 読んで頂きましてありがとうございます。

 次からは別の事件になりますが、楽しんで頂ければ幸いです。

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