哀れな盲信者
この章のクライマックスが近づいてきましたので、出来るだけ早いうちに続きも投稿しようと思います。
楽しんで頂ければ幸いです。
次に目を付けた村はミエイ村の更に北に位置するペルナ村。
村でありながら冒険者の泊まる宿、大商会の支部もあり、このクラスの村には似合わない様な比較的大き目の教会もある。
アルバート子爵家の領内でも作物を育てるのに比較的恵まれた場所であり、広大な麦畑を有している他、近くに流れる川から様々な恵みも手にする事が出来、その豊かな恵みの恩恵を受けて村人も三百人近く暮らしている。
畑の間を縫うように存在する街道をどの方向に逃げても、一日程度歩けば隣の村や町に辿り着ける為、襲われた村人が逃げ出す先も多い。
ひと昔前であれば、豊かな自然の恵みを求めてやってきた、危険な野生生物や魔物も周囲に存在していたが、十年以上前から衛兵の巡回が増えた事もあり、村人や農作物への被害は殆ど出ていない。
しかし、この村も今回の衛兵が待ち構えている拠点では無く、此処から二十キロ程離れたマラカ村で衛兵たちは罠を張って待っている。
ペルナ村に立ち寄る前に、マラカ村の付近の関所で衛兵に馬を止められたが、その衛兵が俺の顔を知っている奴だった為、比較的簡単な問答の後で無事に関所を通過する事が出来た。
「予定より少し遅れたな、だが、あまり馬を酷使する訳にはいかねえし」
馬は全力とは程遠い速度で走らせていた為、ゼロスが襲おうといた村からペルナ村まで二日もかかってしまった。
ペルナ村が襲われたという話は聞いていないが、このままでは襲撃に間に合うかどうかが微妙なタイミングになりそうだ。
「あれから二日、二つの村が襲われましたが、以前よりその数は減ってます」
「それこそ、リューク殿があの協力者を倒し、戦力を削いだ成果です」
できれば今回は、あいつがペルナ村に手を出す前に、引き連れている石の魔物を倒したい。
あいつが連れているのは蛇の様な髪を持つタイプが五体と、真珠のような顔を持つタイプが一体。
ゼロスが我が身かわいさに遠距離の攻撃能力を持つ石の魔物を多目に選んでいた為、残り二人の直接村を襲っている協力者への対応が楽になった。
「出来りゃ街道を移動している奴を見つけたかったんだが、どうやら、奴の足の方が速かったみたいだな」
「あ…村人が」
目の前に迫ったペルナ村から無数の村人が、我先にと逃げ出していた。
幼い我が子を抱え、夫に守られながら村を後にするその妻、農耕用の馬に荷台を括り付け、簡易の馬車を作って近所の人間を纏めて逃がしている男、逃げ出した家族とはぐれたのか、大きな声でその名を叫び続ける男……。
そして、村のあちこちで、我が身の危険も顧みず、逃げ易いように村人を誘導する者の姿も見えた。
その勇敢な者の背中に何処からか放たれた光が撃ち込まれ、村人を誘導していた男はそのままの姿で大理石の像へと姿を変えた。
「もう襲い始めてやがった。間に合わなかったか……」
出来ればこの状況になる前にあいつと接触したかった。
いまさら言っても詮無き事ではあるが。
「あの石の魔物、ローブを脱いで姿を見せてますよ」
「ローブを着ていると色々能力的に落ちるのでしょう。それにあの石の魔物の視界がどうなのかは分かりませんが、視界を狭めるフードはあらゆる面で邪魔な筈です」
「一…二……確認で来るのは真珠タイプが一に、蛇髪タイプが四、一体足りませんね」
「それと協力者もな、おそらくあそこだろうが……」
ニースとルルがそんな事を言っているが、おそらくあの石の魔物が姿を見せているのは、そんな理由ではないのだろう。
おそらく、こいつらは他の奴らと違い、普段は別の物を着させていた可能性がある。
というよりも、簡単に村に侵入した事を考えればそれしかないだろう。
「ルル、ネリー、ニース、石の魔物を頼んだ。一体だけいる真珠タイプを先に潰せ」
「了解しました。こんな剣を用意していただきありがとうございます」
ネリーとルルの剣は、石や鉄などで出来た魔物を専用に斬る為、魔法アカデミーで特殊な加工が施されている。
値段は普通の剣が百本は軽く買える額であり、今はゴールトンやリチャーズが黒霊王討伐用に買い占めた為に、買おうとしても入手自体が困難だ。
代金もきっちり支払われている為、主に冒険者に武器を売っていた小さな商会などは、その特需で数年分の稼ぎを出した事だろう。
この剣は以前ガーゴイル退治をネルソンに依頼した時に俺が予備の武器として用意していたのだが、ネルソンは剣で戦うよりも、槍とハンマーで確実に倒す事を選んだ。
ガーゴイルでない何かが擬態していた場合、ガーゴイル用の武器では状況が不利になる可能性がある。
その辺りの判断が、ネルソン達を腕利きの冒険者と呼んでいる所以でもある、
俺がトリーニを抜け出す前日まで倉庫で眠らせていたのだが、今回の依頼をした時点でこの手の武器は全てネリ―達に手渡してある。
石の魔物に対しては絶大な威力を誇るが、その反面、生物系の魔物にたいしては効果が低く、あの剣ではコボルですら斬り殺す事は出来ないだろう。
俺は人を避けるように馬を操り、何とか目的の場所まで辿り着いた。
おそらくそいつが隠れている、教会の前へと……。
馬を下りた俺はS型魔筒を構え、扉が閉ざされている教会の中へと足を踏み入れた。
気配を感じたのは入ってすぐ右、その逆方向に転がりながら、その気配を肉眼で捉え、蛇の様な髪を持つ石の魔物を確認してS型魔筒に魔石をリリースし、その石化の視線が放たれるより早く、放たれた【破壊の旋風】の魔法が石の魔物を粉々に打ち砕いた。
S型魔筒に装填されている魔法は魔弾では無く、【破壊の旋風】というかなり強力な魔法が込められている。
小さな無数の魔弾を強力な旋風と共に撃ち出す魔法だが、やはり射程距離が短く、確実に石の魔物クラスを殺すには十メートルくらいまでの距離が精々で、それ以上離れると撃ち出された小さな魔石がばらけて牽制程度の威力しか発揮しない。
これで手持ちのS型魔筒は残りひとつだけとなり、俺の持つ他の武器もA型がひとつ、一発ずつしか弾の無いD型魔筒が三つ、二発装填されたD型がひとつだけとなった。
装填されている魔石を確認し、ゼロスが持っていたD型魔筒を手にして俺は教会の中を見渡した。
裸のままで石の彫刻へと姿を変えたシスターが五人、それとまだ無事なシスターがひとり確認できた。
運よく無事だと考えたかったが、残念ながら事実は異なる事を、俺は理解していた。
「教会に残していた石の魔物はアレで最後だろう? 他のシスターは先に石に変えたみたいだな」
おそらくこいつは教会を石の魔物に襲わせて、他のシスターを石に変えた後、此処で村人が逃げ出すのを他の村を襲った時と同様に待っていたのだろう。
残っていた蛇の様な髪を持つ石の魔物は護衛の為、そして、万が一の時の口封じの手段として用意していたに違いない。
つまり、こいつはこうして姿を晒しておきながら、誰一人として目撃者から協力者と疑われず、村が壊滅したあと、次の目的地へと向かっていたのだろう。
「その恰好なら、お前が協力者だって誰も気が付きゃしないからな。シスターセシリア」
シスターティアの代わりにこいつを雇おうと孤児院を訪ねてみた時、ザカイ村が襲われた時期に前後してシスターセシリアの消息が途絶えていたという事を突き止めた。
殆どの者はゴールトンかリチャーズに召集されたと思っているようだが、それにしては少しばかり時期にズレが生じている。
逃げようとして他の人に倒され、怪我をしていた子供にそのシスターが治癒の魔法を使っていたり、その子供を転ばせた相手が運悪く石の魔物に襲われたなどと聞けば、それがシスターセシリアである事を確信した。
シスターセシリアはいわゆる性癖の守備範囲が広く、特に下……、年端もいかぬ少年を好む傾向があった。
身体を重ねて金を吸い上げる時と、自分の欲望を満たす為の相手は完全に分けており、孤児院の経営の裏にも、そういった事情が隠されていた。
欲望対象の相手が男である以上、そっちの経験を積むのはそこまで迷惑な話じゃないだろうと考え、孤児院に結構な額の寄付をしているのだが、あれは間違った判断だったのかもしれんな。
シスターシンシアも昔、まだ餓鬼だった頃の俺を襲った事を考えれば、子作りの為に性交を推奨しているヴィオーラ教そのものに問題があるのかもしれない。
「リューさん。どうして……」
シスターセシリアは他の協力者や黒霊王と違い、石の魔物と自分を修道服に着替えさせ、襲われた村を回って祈りを捧げる献身的なシスターの集団として、街道を移動していたのだろう。
実際に災害時などには小さな村には教会からシスターが派遣される事もある。
それ以外の時にも、シスターセシリアの様に治癒の魔法を使える者は、他のシスターを引き連れて小さな教会を訪問する事もあった。
「石に変える筈の村人を極力逃がし、犠牲者の数を最小にしているのは、お前が昔、苦労したからだろう?」
協力者となっていても、人を石に変える事には積極的では無かったようで、襲われた村の犠牲者の数は他と比べてあまりにも少なかった。
また、怪しいローブの集団が近づいて来たという情報が無く、運よく石化を逃れたシスターが最後まで教会に残って女神ヴィオーラに祈りを捧げていたという目撃情報もあり、その情報が俺にシスターセシリアの存在を疑わせた切っ掛けでもある。
「ベ…別に逃がしてなんか……」
目の保養にしていたのか、何人もの幼い少年が蛇の様な髪を持つ石の魔物に襲われ、石の彫刻に変えられていた。
他の村と比べ、その被害は圧倒的に多く、こいつが襲った村で発生した孤児はその殆どが女の子だった。
こいつに襲われた村での住人の石化被害率は精々一割。
にも拘らず少年の石化率は五割以上、流石に趣味に走り過ぎだろうと思いはした。
少年は結構な割合で石像に変えられたが、それ以外には一切手を出さず、畑や家畜などをそのままにしているのもこいつが襲った村だけだった。
「悪女を演じていても、性根が優しいお前の事だ。あの黒霊王に協力を申し出てた時に、人殺しは止める様に頼んだのだろう。石化だけなら、元に戻す事が出来るからな」
「黒霊王は腐れ外道じゃないわ!! 何も知らないくせに!!」
驚いた事にこいつはその事に対して反論してきた。
「奴のしている事の目的が何であれ、奴が腐れ外道なのは間違いない」
盗人にも三分の理とはいうが、その理が何であれ、他人の命に手を付けた時点で筋を通す事は難しい。
俺も人の命を奪いはするが、そこらに住んでいる村や町の住人の命を、理由も無く奪った事は一度も無い。
俺が殺すのは敵対した者、掟を三度破った者、警告を無視する者、何食わぬ顔で利権を荒らす者、それに魔物だ。
人の苦しむ姿を見て愉しみ、簡単に人の命を奪い、笑いながら人の尊厳を踏み躙る様な奴が腐れ外道以外の何者だというんだ。
「それには理由が……」
「理由があっても、村や町を襲って、てめえ勝手に潰していい道理があるか!! それに襲った村で人を石に変えて、誰も殺してないから迷惑を掛けてねえつもりかも知れねえが、石に変えられて家族を失い、家や生活の術を奪われて寒空の下に放り出される者の辛さを、お前も骨身に浸みて分かってるだろうが」
「それは……」
幼い頃に魔物に襲われて両親を亡くし、ボロボロの恰好で街を彷徨っていたセシリア。
空腹の辛さも、頼れる者がいない心細さも、十分にその心に刻み込まれている筈だ。
皮肉にもこいつが生み出した孤児が、こいつの運営している孤児院で面倒を見られているのだから、俺の様に事情を知る者から見れば、壮大なマッチポンプとしか言いようがない。
その他にも、現在既に、黒霊王とその協力者が襲った村からの供給が止まった為、牛肉や一部の農作物などの食料品が高騰を始めている。
事態が長引けば、そこに付けこんで買い占めなどや不当な売り値のつり上げなど、あこぎな商売を始める奴が出るかもしれない。
「ゼロスは研究対象の実験に人が必要なら躊躇する事のねえ奴だ。黒霊王に喜んで協力するだろうが、お前はそうじゃねえだろう?」
「私は……。違うわ、自分の意志で黒霊王に強力を申し出たのよ」
まあ嘘だろうな。
セシリアは気が付いてないだろうが、何故かこいつは嘘をつく時、視線がほんの少し左下に流れる癖がある。
初めは意識的にしているんだと思ったが、何度か目撃した時、あれは無意識の癖だと理解した。
おそらく、幼い頃まだ生きていた両親に注意された時、身体に染みついた癖なのだろう。
「ゼロスは黒霊王の行方や、お前を含む協力者の名を吐かなかった為に俺が処理した。お前は話してくれるよな?」
セシリアは一瞬目を見開き、「処理……、殺したの? ううん、貴方なら躊躇する事無く殺すでしょうね」と言って怪しく微笑んだ。
額から一筋の汗が流れ落ちた。
自分もそうなる可能性があると、考えた結果だろう。
「俺の性格をよく分かっていて結構な事だ。この手にした武器、ゼロスから聞いているか?」
小さな金属片をセシリアに見せた。
どうせゼロスの奴は、我が物顔でコレを見せびらかし、散々自慢した事だろう。
「D型魔筒だったかしら? 魔弾を撃ち出す魔道具よね……」
「この距離なら即死はしねえが、的を外す事はねえぞ。コレを使わないで済むと、俺としても助かるんだが」
これは本心でもある、あの黒霊王を始末する前に、これ以上武器が減るのは困る。
ラーガにはS型魔筒の生産を頼んであるが、今トリーニに戻る訳にもいかず、また、追加分のS型魔筒が完成するまでには、まだ結構な時間が必要だ。
「撃てばいいでしょ? 黒霊王への脅威がひとつでも減るなら本望だわ」
「孤児院はどうする? お前が死ねば、あの孤児達は二度も親を亡くす事になる。可哀想だとは思わないのか?」
「…………」
口には出さないが、迷っているのだろう。
あの孤児たちはセシリアの子供同然であり、両親を失ったセシリアにとっては家族同然の存在だ。
「知っている事を全て話せば、お前が黒霊王に協力していた事は黙っていてやる。どうせ姿を見られるヘマなんてしてないんだろう?」
「………」
瞳に涙を浮かべ、それでも黒霊王の情報を話そうとはしなかった。
このまま黙っていれば、俺がどう出るか位予想しているだろうに。
「死ねばすべて終わりだ、あの孤児達を悲しませるな」
「此処まで仕出かして、あの子達の前に顔を出せる訳ないじゃない。もう死ぬしかないのよ……」
死ぬしかない……か。
此処で俺が見逃しても、協力者だと誰かの口から知られれば、あの孤児院も無事では済まないだろうからな。
取り壊し、もしそのまま放置されても、セシリアから金が入って来なければやがて枯死する他無いだろう。
「同じ死ぬなら、せめて黒霊王の情報を話して逝け。そうすれば、あの孤児院は俺が引き継いでやる」
「卑怯なのね……、でももういいの。殺すならさっさと殺しなさいよ」
……自暴自棄という訳では無いな。
視線は泳いでいるし、何より、あの女が涙を流しながら嘘をついているんだ。
黒霊王から何を吹き込まれたかしらんが、こいつがこうなるだけの何かを聞き出したんだろうな。
「そうか、何か言い残す事は無いのか?」
「孤児達に、ごめんねって伝えて貰える?」
「分かった。じゃあな」
D型魔筒から放たれた魔弾はセシリアの右脇腹を撃ち抜き、狙い通りに肝臓辺りを傷付けた様で、そこから夥しい量の血が溢れだした。
距離があった上にゼロスの持っていたD型魔筒だった為に、傷口はそこまで大きくないが、致命傷なのは間違いない。
「顔はやめておいた、棺に入れられたお前を見た孤児共に悪いからな」
「……っ、ダメね……、ち…ゆの……魔………」
治癒の魔法を使おうとしたのか、そこまで言ってセシリアは意識を失った。
このまま放置しておけば、僅かな時間で出血死するだろう。
「ここから先は賭けだが、この場所が教会だった事に感謝するんだな」
こいつの為に魔石は極力使わねえ。
サンクトゥアーリウム・ヴィオーラ教会に比べれば豆粒の様なこの教会に、いったいどれだけの奇跡が貯められているかは知らん。
しかし、こいつに生き運があれば、助かる事だろう。
「万物の精霊、慈愛の心、傷付、倒れ、臥す子羊に、今一度の祝福を……」
呪文の詠唱を始めると、頭の中に展開用魔法陣が浮かび上がった。
二度もオリジナルを使ったからなのか、まるで答えが書かれているクロスワードパズルでも解くかの様に、何処にどれだけどんなタイミングで奇跡を注ぎ込めばいいのか、手に取るように分かった。
「人ひとりの傷を治すには過ぎた魔法だな……」
頭の中でレプリカ版の展開魔法陣が輝き、俺が力ある言葉を口にするのを待っていた。
どうやら女神ヴィオーラとやらは、この不器用な女に生きていて欲しいらしい。
「完全治癒」
小さな教会の床が光り輝き、そこから舞い上がった光の粒がセシリアの傷を塞ぎ、まるでそこに初めから傷など無かったかのように、完全に治した。
失っていた血液も光の粒により補われ、意識を失ったままのセシリアは、まるで子供の様な寝息を立てていた。
「孤児共に感謝するんだな。俺はあいつらから優しいシスターを取り上げたりしねえさ」
とりあえず俺は教会を後にし、外で石の魔物と戦っているネリ―達の姿を探した。
どうやら石の魔物は全て討伐し終わったようで、ネリ―達は村長と思われる男と話しをしていた。
「リュークさん。こちらはこの村の村長で、ドーガンさんです」
「おお、貴方がリュークさんですか。噂はかねがねお聞きしております。何でも、本物の勇者様だとか……」
まるで話に聞くドワーフの様に髭を蓄えた男が、そんな事を言いながら近づいてきた。
先日、サンクトゥアーリウム・ヴィオーラ教会で使った件にしては情報が早すぎる。
おそらく、イルミ村やエルフの森の話が人づてに伝わったのだろう。
「一体誰からそんな与太話を聞いた? 俺は勇者じゃない。この村を助けたのも、ほぼ私怨だ」
何故だか分からないが、初めて完全治癒を使い、夢にあの男が出てくるようになってから、俺は人の身でありながら人を襲い、石に変える奴が許せなくなってきていた。
今回の件もクリスが言い出さなくても、そのうち俺は一人でもトリーニを抜け出し、黒霊王やその協力者の退治に出向いていただろう。
「何でもエルフを魔物から助け、完全治癒で命まで救ったそうではありませんか」
「失われた魔法は相性の問題だ。それより、教会で協力者を倒し、人質にされていたシスターセシリアを助けた」
嘘は言っていない。
協力者を倒したが、傷を治して助けただけだ。
「とりあえず今日はこのままこの村に泊めて貰い、他の協力者や黒霊王の対策を練ろうと思う」
「碌なもてなしも出来ませんが、宿屋の一番いい部屋を用意させましょう」
ドーガンがまだ逃げ出していなかった村人を呼び集め、逃げていた村人の居そうな場所で村が助かった事を喧伝していた。
その動きは村の外まで広がり、日が落ちる前に逃げ出していた村人は殆ど村に戻り、家族を石に変えられた一部の物を除いて歓迎して貰えた。
家族を石に変えられた者たちには、時間はかかるが元に戻せると説明しておいたので、その人たちは話をする前より顔に精気が戻ったようにみえた。
村長が声を掛けて村の若い衆が集まり、宿屋の大広間を使ってささやかな宴会が開かれ、豪華な食事と酒で俺達をもてなしてくれた。
シスターセシリアはいまだに意識を取り戻さず、用意された別室のベッドの上で眠りにつき、村人に見守られていた。
セシリアが協力者である事は誰にも知られていない。
しかし意識を取り戻せば、おかしなことを口走る危険もある。
もし仮に宴会中でも、目を覚ましたら俺に声を掛けて貰える様に頼んでおいた。
ささやかな宴が終わり、部屋に戻った後でもシスターセシリアは目を覚まさなかった。
それまで見守っていた村人に変わり、俺は椅子を借りてベッドの近くに座って、セシリアが目を覚ますのを待っていた。
さて、目を覚ましたこいつがどんな顔をするのか、少しだけ楽しみではある……。
読んで頂きましてありがとうございます。
前回○○○○××××と記していたのは、シスターセシリアでした。
もうひとりの○○○○○○・××××××も今までに名前は出ています。
感想等もいただければ励みになります。




