暗躍する腐れ外道
この話から本格的に黒霊王との対決に向かって動き出します。
楽しんで頂ければ幸いです。
クリスと正式に婚約し、チェーザレに黒霊王の暗殺を依頼して三日が経った。
この三日、殺しを生業とする盗賊ギルドはおろか、他の誰一人として黒霊王の首を取った者はおらず、それどころかアルバート子爵家の領内にある二つの村と町がひとつ、例の石の魔物によってそこに住む住人の殆どが石に変えられた。
この襲撃で前回同様に死者は一人も出ていないが、石に変えられた村や町に住んでいた人の数は、少なくとも千人以上と聞いている。
ここまでくれば、教会の奇跡に頼って住人の石化を解くといった方法は諦め、いま、方々に手を回して集めている失われた魔法に関する古文書に希望を見い出した方が良いのかもしれない。
この襲撃のうち、二つの村への襲撃は同時に行われたという話で、その一点をもってしても、黒霊王と同じ様にあの石の魔物を操る協力者がいるのは間違い無い。
僅かな生き残りの話を聞くと、ローブを纏った怪しい人物の目撃証言はあるが、それが黒霊王本人だという確証は無かった。
大体、冒険者であればローブ姿など珍しくも無い。
この一点だけならば協力者が冒険者である可能性もあるが、ローブなどアルバート子爵家の領内やレナード子爵家の領内であれば、少し大きな村でさえ買える代物だ。
安易に冒険者と断定し、可能性を狭めても協力者の情報には辿り付けないが、協力者の特定も急務だった。
今回襲われた村のひとつにミエイ村があり、誰からかは知らないが、クリスが石像に変えられたリアン達の話を聞いたらしい。
トリーニに運び込まれていた石の像へ姿を変えられたリアンと無言の再会をし、和紙に書かれた依頼書を握りしめて俺の執務室にクリスの奴が飛び込んできたのはついさっきの話だ。
「どうして? なんでこの依頼を受けてくれないの?」
机に叩きつけられたのは、依頼内容が書かれた和紙、つまりアーク商会の正式な依頼書だ。
書かれている字も綺麗で、黒霊王の討伐依頼と、石像に変えられた村人の救出までご丁寧に書いてある。
ちなみに依頼料は書かれていないし、依頼の期限なども設けられていない。
この依頼書に書かれている内容では、正式な依頼でも引き受ける訳にはいかない。
何せこの内容では、死ぬまでこの依頼から離れられない上に、タダ働きなんて事もありうるからだ。
「さっきも話しただろう。俺にはその依頼を受ける資格がねえんだ。アルバート子爵家の領内の事件に俺が勝手に首を突っ込む訳にゃいかねえし、ゴールトンの奴にも釘を刺されてる」
「わたしはアルバート子爵家の三女よ!! わたしの依頼なら問題無いんでしょ?」
「おまえはもう俺の婚約者で、アルバート子爵家の三女とは言い難いんだよクリス。あのリアンって娘にゃ悪いがな」
石像に変えられた村人のうち、何割かは既にトリーニに運び込まれたと聞いている。
事件が解決した時、即座に石化解除の儀式に入る為だが、その運び込まれた石像の中のひとつに、あのリアンって娘がいたった話だ。
クリスの性格だ、石像に変えられたリアンって娘の姿を見て、いてもたっても居られなくなったのだろう。
クリスは目の前の契約書に視線を落とし、「何よ、御父様も御父様なら、リュークさんもリュークさんだわ」と呟いていた。
俺としても、あの黒霊王という腐れ外道はこの手で始末したい所だが、武器が今手持ちにあるA型、D型、S型の魔筒だけじゃ心許無い。
かといって冒険者を雇って討伐に出向けば、ゴールトンとの約束を反故にする事になる上に、そもそも、今のトリーニに雇える腕利きの冒険者など一人もいない。
腕利きはおろか、駆け出しの冒険者まで残らずゴールトンとリチャーズに召集され、ダンジョンにまで使者を出して、探索中の冒険者まで強引に引き揚げさせたって話だ。
集められた冒険者はトリーニの防衛、黒霊王の探索など、ありとあらゆる任務が命じられ、能力に応じた仕事を割り当てられていた。
しかし、この期に及んでもアーク商会に所属する冒険者は誰一人召集されなかった。
もしうちの冒険者に声を掛ける事があれば、それを理由に俺が手出ししてくる事を、ゴールトンとリチャーズが予測しているからだ。
リチャーズは俺が手出ししても文句は言わないだろうが、俺がクリスと婚約した事を気にかけているのだろう。
「領内の問題に他人が勝手に手出しすりゃ、ゴールトンの奴の顔に泥を塗る事になる。愈々となりゃ、奴も形振り構わず俺に協力を求めるだろうが、今はまだその時じゃねえ」
「リアンやその家族、ううん、多くの人があんな姿に変えられて、その上、家も牛も全て焼かれて失って、酷いとは思わないの?!」
ミエイ村の生き残りもいたが、家や家畜、それに畑の作物を失い、全員が路頭に迷っていた。
生き残りのうち、自分で生活する能力がある者に関しては幾何かの金を渡し、トリーニの空き家を借り住いにし、そこで避難生活を送らせている。
また、運よく石化を撒逃れたのが幼い子供だけというケースもあり、その子供達は一時的な措置としてトリーニの孤児院に預けられている。
その孤児院を運営しているのはあのシスターセシリアで、腹を空かせた大勢の子供の為、あえて身体を使って男から金を吸い上げる悪女を演じており、その事を突き止めた俺は、シスターセシリアの孤児院に定期的に食料などを届けたりもしている。
話を聞けばシスターセシリアも幼い頃に魔物に襲われて両親を亡くし、ボロボロの恰好で街を彷徨っていた時にサンクトゥアーリウム・ヴィオーラ教会のシスターに助けられ、そのまま教会で勉強をし、冒険者をしながらも普段は治癒の術が使えるシスターとして教会の治癒院で働いているそうだ。
孤児院は区画整理の時に出来た空き家が多く、所々痛んでいる家は孤児たちやそこで働く人の手で何とか人が住める形に直されていた。
「酷いとは思うし、許せねえと思うさ。でもな、それだけじゃ動けねえのが大人なんだ」
「何よ!! リュークさんなら、きっとリアン達を助けてくれると思ったのに」
「打てる手は全部打ってる。今はこれ以上は無理だ」
ボンゼの依頼だけでなく今回は盗賊ギルドのアサシンまで使ってるんだ、これで仕留められなければ、他に手段なんて無い。
それに今の俺には奴の首を取る為の切り札も無い、俺が出向いて行っても、最悪、今黒霊王やその協力者を狩ろうとしている奴らの足手纏いになるだけだ。
「リアンは……、あんなに悲しそうな顔で石に変えられて、暗くて冷たい倉庫の隅で、まるで置物のように扱われていたのよ。あんなの……、酷過ぎる……」
頬を伝った涙が依頼書の上に落ち、書かれた文字を滲ませていた。
クリスに泣かれるのは辛いが、今の俺にはハンカチを差し出す位しかしてやれることはねえ。
「時間はかかるだろうが、石からは元に戻れるさ。失った家畜や家財も保障されている。あの黒霊王が我が物顔でのさばってるのは我慢ならねえが、俺に出来るのはあいつの首が届くのを待つ事だけだ」
クリスはハンカチでそっと涙を拭いながら、「首が……届く?」と聞き返してきた。
俺のもとに首が届くかどうかは賭けだがな。
ブライを除けばゴールトンが一番欲しているだろうから、奴が手に入れる可能性が一番高い。
「今は奴の首の争奪戦の最中さ。いったいどれ位の人間が奴を狙っているのか想像も出来ん」
ボンゼに依頼したブライ達、冒険者を始め衛兵など領内に持てる限りの戦力を投入して奴を探しているゴールトン、領地の境に網を張っているリチャーズ、俺の依頼で動いている盗賊ギルドのチェーザレ、わかっているだけでこれだけの勢力が奴の首を狙っている訳だ。
まともな奴なら三日と掛からず、首が胴から離れているだろう。
「リュークさんも、何かしてるの?」
「少しばかりな。あの黒霊王に故郷と家族を奪われたジンブ国出身の冒険者、その手助けをした位か」
クリスに話せるのは精々このレベルだ。
盗賊ギルドだの、暗殺だの、そんな血なまぐさい話は、こいつに話すにゃまだ早すぎる。
以前と比べて裏事に手を染めてない今の俺がこのレベルだ。
俺が自分の事を汚れっていった意味、本当の意味ではこいつは分かっていないだろう。
「そんな人もいるんだ……、手助けって?」
「仲間を雇う資金と、奴の首を取るまでの生活費なんかを出しただけだ。もうひと月近くなるが、未だに首を取れちゃいないがな」
ブライの動きは後手後手になっている気はする。
あまりに遅い動きを考えれば、奴も協力者として疑わしくはあるが、その動きの遅さを考慮にいれても奴が協力者という可能性はまずない。
あれ程どす黒い恨みの念を全身から滲み出している奴が、あの黒霊王に協力する訳はない。
ボンゼの奴も違うだろう。
奴が協力したとしても、ゴールトンやリチャーズの追っ手から黒霊王を逃がす手段は無い筈だ。
これ以上犠牲者を出さない為には、一刻も早く協力者を炙り出さなけりゃならねえ。
「そんなに前から……、ごめんなさい、わたし……」
「謝る必要はないさ。もし仮に奴がこのトリーニやレナード子爵家の領内に手出ししてきたら、その時は大手を振って奴の首を取りに行く」
「それまでに、その黒霊王って人が捕まればいいわね」
「人……、それに捕まえる…か………」
これだけの事を仕出かした奴を人扱いとは、やはりクリスにゃ裏事は向いてねえな。
貴族の娘でありながら此処まで純粋な性格に育て上げるとは、ゴールトンも父親としちゃ、こいつが裏事に向いて無い事にかなり早い段階で気が付いていたんだろう。
「まあいいさ、クリス、その契約書は置いていけ。俺が処理しておこう」
「え……、あ…ありがとう」
クリスの奴、俺が処分では無く、処理といった意味に気が付いてねえな。
「なに、契約書なんかはちゃんと処理しとかねえとな」
契約書ってモノは、サインが残ってたら何されるか分からないって事、こいつは理解するべきだな。
こういった時は確実に破って捨てさせるか、念の為に火にかけて燃やさせるに限る。
「あ…お礼に夕ご飯は私が作るね、何が良い?」
最近はミュートに変わってクリスが俺の夕食を用意する事が増えた。
小さい時から俺が宴会の度にいろんな料理をシェフに作らせていた為、その味を覚えていたのか、俺好みの味付けをしてくれるので重宝はしている。
「何でもいいが、そうだな。久しぶりに鶏を使った料理を頼む」
「鶏……鶏ね、分かったわ」
嬉しそうに部屋を飛び出し、階段を下りるクリス。
信頼してくれているのは嬉しいが、残された契約書を俺がどうするか、考えても無いようだな。
残された依頼書には黒霊王の討伐依頼と、石像に変えられた村人の救出以外は殆ど何も書かれておらず、契約金も期間も契約日すら空白のまま。
ゴールトンと婚約や黒霊王討伐の件で話したのは五日前、それ以前に契約してりゃ文句はねえだろう。
石像に変えられた村人の救出と書かれているが、それがザカイ村の住人か、ミエイ村の住人かは書かれちゃいねえ。
トリーニ周辺で好き勝手やらかしてる黒霊王とその協力者には、とっくの昔に俺も怒りではらわたが煮えくり返ってるのさ。
「最悪婚約解消となるが、あんな黒霊王がのうのうと生きてる事が、もう我慢できないんでな」
冒険者は最悪現地で雇えばいい。
なに、俺は単に黒霊王に襲われた村の被害状況の確認に行くだけだ。
そこで偶然、あの黒霊王を見つければ、交戦しても文句を言われる筋合いはねえからな。
「最大の問題は、あの石の魔物の数か。例の勇者が見つかれば最高なんだが……」
腕利きを全て押さえられている以上、現地でも冒険者はそこまで期待でいない。
偶然出会った冒険者に金貨を握らせ、協力させる事も可能だが、黒霊王やその協力者の居場所が掴めなけりゃ、それも難しい。
A型魔筒ひとつに、D型魔筒三つとS型魔筒がひとつ……。
これが俺が持つ攻撃手段の全てだ。
慎重に行かなけりゃいけねえな……。
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