森の異変
毎日投稿という訳にはいきませんが出来るだけ更新していこうと思います。
国境を跨ぐ広大な森、これが正確にはどのくらいの広さがあるのか、正確には分かっていない。
エルフ側の森もそうだが、こちら側、イミル村の村人が立ち入る範囲も端から端までという訳では無く、基本的には採取した上で一日程度で帰れる場所を綺麗に管理しているだけだった。
夜になると日の光を嫌う夜行性の魔物の動きも活発になる、普段入る森の範囲でも十分に潤っていた村人達は、そこまで危険を冒す必要もなかった。
森を村人が利用しやすいように下草を刈り、枝を落とし、人が通れる位の道を作り、村人が迷わぬように目印をあちこちに配置していた。
目印は所々で暗号の様になっており、外から来た人間が森の奥へ迷い込むような仕掛けも施されていた。
極稀ではあるが、わざわざこんな僻地まで来て、この森の貴重な木の実などを持ち帰る人間がいるらしい。
「この辺りは治癒草の群生地でした。今はエルフに刈り取られ、もう殆ど残っていませんが」
森を案内してくれる事になったのは、村長の孫娘でセフィ。
麦の収穫期という事もあり、他に人手を割けないという理由だったので、仕方なく了承したが、ヒューイ達の護衛対象が増えただけの様な気がする。
いつも森の中で色々採取していたのだろう、セフィは軽快な足取りで森を突き進むが、森に不慣れな俺達は、たまに覗く木の根に足などを取られぬよう、後を付いて行くのがやっとだった。
一日で帰れる距離ときいていたが、これだけの速度で森を進めるならば、かなりの範囲で森の植物を入手する事が出来たに違いない。
僻地の村にしては村の状態が良いと思っていたが、森から得た金で牛や鳥などの家畜を飼い、労働力や食糧としていたのだろう。
でなければ、あれだけ広大な畑を、人力だけでどうにかしながら、森に人手を割く事など出来まい。
「エルフはどんな物を取っていくんだ?」
木の上に蜜ヶ豆の蔓は伸びていたが、この時期ならそこにぶら下っている筈の実は、一つも存在しなかった。
村人が収穫したのか、それともエルフに取られたのかは分からないが……。
「最初は川沿いに生えていた、その鋼蔓が狙われました。次第に石胡桃や治癒草など、手当たり次第といった感じで……」
鋼蔓はその名の通り、まるで鋼線の様に丈夫な蔓草だ。
叩いて繊維を解し、編み直せば非常に強靭な縄となる。
漁師が使う網や荷馬車の縄、その他にも利用価値は高く、イミル村の資金源のひとつともいえる。
「上流か下流の森なら、村人も見逃しただろうに」
「あの辺りは昼間でも魔物が出ますし、それに整備されてませんから」
森に人の手を入れる事は悪い事だけではない。
こうして人の手が入れば森の動物は人の手が及んでいない森の奥へ逃げ、それを餌としている魔物は其処から出て来る事が少なくなる。
動物にしても魔物に襲われるリスクは増すが、人が木の実などを採らない為に餌が豊富で、人と魔物の両方を相手にするよりはリスクが少なくて済む。
人間は動物に薬草などを食われずに済み、魔物も出現しなくなる為、それぞれにとっていい環境が構築される。
「分かっていないだけで、其処も荒しているかもしれん」
あまりそこを荒らされると、今度は魔物がこちら側まで姿を見せるようになる。
そうなるともう、穏便に話し合いという訳にはいかないだろうな。
「そうですね、今年は蔓芋も豊富だったので、食糧には困りませんが、収入が減ると村の維持も困難になりますから」
ロドウィック子爵領内では、ルフ家が管理している地区であっても税率は高い。
麦の収穫量に対する税率は実に八割以上で、来年度に使う種籾などを確保すれば殆ど手元には残らない。
米に関しては若干税率が緩いが、育てる手間から考えれば、その労力に見合うとは思えない。
その為、多くの村は畑で育てた芋類や、山野に自生する様々な植物を食糧とし、飢えを凌いでいる状況だ。
村で作れる畑に麦以外の植物を植える事は禁じられているが、あまり大規模にしない限りは見逃されている。
衛兵に地方の村出身の者も多く、村人の窮状を良く知っているからではあるが……。
「蔓芋?」
「これです、蔓に生る芋ですので蔓芋。いくつか種類がありますが、これは美味しい方ですね」
地面から延びた蔓の途中に、小さなジャガイモの様な物が無数に生っていた。
正確にはむかごとか言ったか、生まれ変わる前の日本にも、同じ様な物が存在した気はする。
「それに、森にはカラカラ鳥もいますから、うまく捕まえれば村で増やせますし」
「あの鶏モドキか。もう少し卵が美味けりゃいいんだがな」
「卵、美味しいですよ。森で取れる軒茸や雛草を食べさせないと、ちょっと癖がありますけどね」
カラカラ鳥は卵は良く生むのだが、常食するには味に癖がありすぎる。
トリーニでは珍味として知られるカラカラ鳥の卵だが、餌次第と言った訳か。
鶏に近い種類の鳥が存在する為、カラカラ鳥はトリーニ周辺では殆ど飼育もされず、肉すら出回ってないからな……。
「この辺りには虎牙蔓や女神鈴は生えていないのか?」
「アレはエルフ側の森にしかないって話ですね。下流か上流の森の奥の方には生えてるのかもしれませんが」
虎牙蔓や女神鈴は、トリーニの教会でかなり高額とされている植物のひとつだ。
虎牙蔓にはその名の通り虎の牙の様な棘が生え、その棘から取れる成分には、傷の治りを早める効果がある。
女神鈴の種は反魂の秘薬の材料とされ、教会で貯めた奇跡の力と合わせれば、死者を甦らせるとまで言われている。
この件を引き受けた目的は、この女神鈴の種と言ってもいいだろう。
何せこの女神鈴の種、大きさは直径五ミリ大だが、それ一粒で銀貨十枚と同じ価値で取引されている。
生息地が限られている為、大量には出回っていないが、その名の通り、種は鈴生りに生る為、群生地を確保すれば、金貨を生み出す畑を持っているようなものだ。
滅多に市場に出回らない為、一般にはこの種が此処まで高価である事は知られていない。
教会に伝手があるか、または過去に教会の奇跡のお世話にでもなっていなければ、この種の存在を知る事も無いしな。
「虎牙蔓や女神鈴なんてどうするんです?」
「しらないのかい? 虎牙蔓の種は茶の材料なんだ」
護衛に徹底していたが、あまりに暇なため、ヒューイが珍しく口を挟んできた。
ヒューイの言う通り、一般的ではないが、虎牙蔓の種を焙煎すれば、珈琲に近い豆が出来る。
珈琲自体がここ数年でようやく飲まれるようになった事もあり、まだ試行錯誤中ではあるが、一部の貴族では甘いケーキなどを食べる時に飲む事も増えてきた。
「お茶って……、物凄く苦いですよ?」
「飲んだ事があるのか? あれを好きな奴も居るのさ」
セフィは信じられないといった顔をしていた。
「私はちょっと遠慮したいかな。お爺様が売れるかもしれないって一回試してたけど、結局やめた位だから」
「焙煎に使う薪代の方が高いだろうに……」
「うん、問題は其処だったから」
薪は高い。
普段火を使う際は落した枝や、道を作る際に間引いた木を使えばいいが、安定した火力を保とうとすれば薪を使った方が良い。
木を伐り倒し、使いやすい大きさに加工する手間がある為に薪は高く、トリーニの街でも薪の束は結構な値段で売られていたりもする。
こうしてみればこの森は本当に宝物庫の様な物だ。
これを求めて冒険者がダンジョンに潜る心情が、ほんの少し理解できたような気がした。
川沿いに近づいた時、木陰に潜み此方の様子を窺っている人影に、俺は気が付いた。
ヒューイ達はまだ気が付いていない、日々命のやり取りをしていた俺の方が、こういった視線には敏感だから仕方ないか。
「……止まれ、そこにいるのは誰だ?」
「リュークさん?」
「…………」
潜んでいた何者かは息を殺し、こちらが気のせいだったと勘違いするのを待っていた。
しかし、一度見つけた気配を見失う程、俺は耄碌したつもりはない。
「今更気配を殺しても無駄だ、こちらの様子が気になるなら姿を見せろ。お前がおかしな真似をしないなら、俺達も手出しはしない」
僅かであったが気配が動いた。
相手はエルフに違い無い、条約を無視して森の恵みに手を付けているという負い目もある、なかなか姿を現しにくいのだろう。
「……本当に、……なにもしない?」
「ん?」
聞こえてきたのは女…、おそらく幼子と思われる声だった。
「あの……、ごめんなさい」
目の前に現れたのは身長百二十センチほどしかない、どう見ても子供としか思えないエルフだった。
ヒューイをはじめとする護衛も一気に緊張感がほどけ、腰の剣に伸ばしていた手で、バツが悪そうに頭を掻いていた。
「これが…エルフ?」
「子供ですけどね……」
案内役であるセフィも戸惑っていた。
俺としてもこんな子供に交渉事が務まるとは思ってはいない。
「子供じゃないもん……」
潜んでいたのはエルフの少女で名前はリスティーナ、見た目は完全に子供だが、これでもこいつに言わせると齢百歳を超える大人なのだそうだ。
で、その大人なエルフの少女は今、俺がいつも懐に忍ばせている飴玉を頬張り、案内役であったセフィと楽しそうに談笑を繰り広げていた。
「これ美味しいね、野苺の実よりずっと甘くておいしい」
「うん、私もこんな甘くておいしい物、初めて食べたよ」
子供が泣いた時の手段として割と有効なこの飴、非常時のカロリー補給用としても重宝するが、こんな村で手に入る程広く売られている訳じゃないからな。
それにしてもこの二人の会話を聞いていると、どちらが大人でどちらが子供なのか、全然区別がつかないんだが。
「リュークさん。どうしますか?」
「仮にだが、交渉する相手がこの子だとして、どうにかなると思うか?」
「無理……ですよね?」
俺が小声でヒューイ達と今後の事を話し合っている間も、セフィ達は目の前の切り株に乗せた飴玉を、美味しそうに食べ続けていた。
ヒューイにしても交渉が纏まらなければ仕事が終わらず、何日も此処で無駄に時間だけ消費する事になる。
俺から支払われた依頼料は高いが、此処ではその金を使おうにも、碌に商品を売っている店すら存在しないからな。
「リスティーナ、もし今回の一件がお前だけの仕業であれば、もう二度と森の恵みに手を付けないという事を誓えば悪いようにはしない」
その確率はかなり低い、何せ取られているという森の植物の数や量は、こいつひとりが掻き集めてどうにかなるレベルじゃないしな。
「だが、もし何か困った上でこんな真似をしているのなら、それを話してくれないか?」
リスティーナは迷っていた。
おそらく、俺達が信用に足りるかどうか、一生懸命考えているのだろう。
とはいえ、こいつには俺達に話すしか選択肢など無い、自力でどうこうなるならば、そもそも初めから迷いはすまい。
口の中の飴玉を飲み込み、小さな声で「話を…、聞いてくれるの?」と呟いた。
「ああ、言葉が通じるならまず話し合うべきだ」
同じ人でありながら、言葉が通じても、話が通じない輩も多いがな。
「森の恵みを、勝手に取ったのに?」
「事情がある事位は理解している」
おそらく其処が負い目なのだろう。
それに、人間側に言える事情であれば、とっくにエルフの方から話し合いを持ちかけて来ているだろうからな。
「助けて……、くれたりする?」
「内容次第だが、可能な限り力を貸してもいい」
断言する訳にはいかないが、此処で断れば話し合いも終わり、依頼も果たせない。
「他の皆に、会ってくれない?」
皆と来たか……、やはりこいつだけでは無かったみたいだな。
「分かった。しかし、その前に場所を聞いていいか? あまり遠ければセフィは村に戻って欲しいんだが」
まだ日没の時間には十分あると言えるが、もしその場所が向こう側の森であれば、其処で一晩過ごさなければならない可能性もある。
俺達はともかく、セフィを巻き込む訳にはいかないだろう。
「この先に少し行った場所だよ」
「こっち側か……」
リスティーナが指差したのは人間側の下流の森だ。
つまりエルフたちは以前からこちら側の森に潜んでいた事になる。
それがいつからなのかは分からないが、エルフたちがそうせざるを得なかった程の事情か……。
読んで頂きましてありがとうございます。




