村までの道
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カーマインに依頼を出した三日後、俺達は駿馬の引く馬車に乗り、目的地である国境を跨いだ森の近くの村、イミル村のすぐ傍まで辿り着いていた。
フェデーリに手配した通行手形が一日遅れで届いた事以外は順調で、此処まで碌な襲撃なども受けず、何事も無く進んでいた。
「あの、リュークさん、出発の時から尋ねたかったんですが……」
「どうしたヒューイ」
「あの武器の山なんですが、エルフと戦争でもするのかなと思いまして」
「此処までは何も無かったが、あれは襲撃に備えた武器だ」
武器の山とは、四人で乗るには大き目の馬車の後方に積み込んだ、ハンマーや槍、それに弓やクロスボウなどの事だろう。
万が一、あの石の魔物が襲ってきた時、出来るだけ距離を取って戦いたかった為、槍だけでなく弓やクロスボウまで積み込んでいた。
しかもクロスボウはジンブの国に出没する、牙熊用の強力な物を用意している。
「此処までは何もありませんでしたから、つい」
「襲撃が無いなら無いで結構な事だ、最悪の事態に備える、無駄になる事も多いが、長生きする秘訣だ」
大丈夫だろうと高を括って軽装で出かけ、襲撃にあった時に武器が無いでは話にはなるまい。
あの時、武器があればと嘆く位なら、最初から無駄となっても用意しておいた方が良い。
「ただの護衛に冒険者三人っていうのも異例ですけどね」
「そうですよ、それに依頼料も……」
確かに依頼料は破格だろう。
普通の護衛なら冒険者はひとり、依頼料も精々銀貨三十枚が良い所だ。
「俺が戦えりゃ此処まで必要ないかも知れないが、もう若くないからな」
「リュークさんって、確かまだ四十……」
魔法使いの連中なら、半数以上は確実に引退してる歳だ。
「昔とは違う、もう魔物相手に切った張ったは無理さ」
和紙を試作していた頃、村の連中と協力して魔物の群れを何度か相手した事はある。
あの時は罠を仕掛け、魔物の足止めをしてから簡素な弓で数を減らし、それでも向かって来た時は村人全員で槍を投げて撃退した。
槍と言っても和紙試作用に集めてきた雑木の中から真っ直ぐな木を選び、拾い集めた石で穂先を作った簡易な槍だったが……。
「此処まで順調だった、しかし、まだ俺達は森に入ってすらない。これが無駄になるかどうか……」
「そうですね。少し油断してました」
まあ、できれば無駄になって欲しい物だ。
このまま問題無く進めば今日中にイミル村に着く、そう思っていた時に別の村に向かう魔物の群れが目に付いた。
十分に距離はあるから、あれがこちらを襲ってくる事は無いだろう。
「魔物の群れですね」
「ああ、コボルが十二匹だ」
現在地から考えれば、魔物の群れが向かっているのは、イミル村から少し離れた場所にあるマドラ村だろう。
和紙を作っていた村でも度々姿を現したが、奴らの目的は食糧だ。
村で飼っている農耕用の牛か、鶏などが目当てなのだろう。
こうした魔物の群れを発見した時、別に冒険者には討伐の義務はない。
そんな事をしていれば、ロドウィック子爵領にいる場合、いつまでたっても目的地に辿り着けないからだ。
今まで街道を走っている間に、一度も出会わなかったのが不思議な位だ。
「リュークさん……」
「どうした、ヒューイ」
おそらくこいつらは、あのコボルの群れを退治したいのだろう。
しかし、あの魔物の群れの撃退は依頼された訳ではない。
今は護衛任務中である事を考えれば、俺の身を守る事が最優先で、わざわざ魔物に戦いを挑んで俺を危険に晒す訳にはいかない。
「其処のクロスボウ、まだ試射を済ませてなかったな。丁度いい的が見つかったみたいだが……」
「リュークさん…、ありがとうございます。ハインド、スリック、準備を頼む」
「任せてくれ」
慣れた手つきでクロスボウの弦を引き、熊撃ちと呼ばれている対牙熊用の特殊な矢をセットした。
用意してきたクロスボウの数は十。
連射が利かない事を考慮し、いざという時の為に、出来るだけ多くの数を用意していた。
「これで十、御者さん、村の近くで止めてください」
「分かった。しくじるなよ」
村の前に馬車を止めた時、コボルとの距離は百メートルほどになっていた。
この距離なら矢は届きはするが、コボルを確実に倒すには、せめて五十メートルまでひきつけなければいけないだろう。
「リュークさん……」
「射手は多い方が良いだろう」
昔取った杵柄だ、俺もクロスボウを構え、向かってくるコボルに照準を合わせた。
過去に何度も戦った事があるが、奴らは真正面から一斉に襲いかかり、手にした丈夫な棒切れで殴りかかって来る。
半人半犬であるが故に奴らは犬ほど機動力が無く、高速で左右に動いて攪乱させるだけの脚力は持ち合わせていない。
この辺りでクロスボウなど使う者はいないのだろう、コボルは警戒して少し速度を落としたようだが、撃ってくださいと言っているようなものだ。
「其処だ!!」
風で少しぶれる事を計算に入れ、狙う場所は胴体。
熊撃ち様の特注の矢は僅かに吹いていた風にほとんど影響を受けず、狙い通りコボルの胸部のど真ん中を撃ち抜いた。
「やりますね……、撃て!!」
「了解」
ヒューイが合図し、ハインドとスリットが手にしたクロスボウの引き金を引いた。
放たれた三本の矢が、三体のコボルを貫き、これでコボルの数は八匹まで減った。
「まだ逃げ出さないか」
「出来れば一匹残らず仕留めたい所ですけどね」
コボルなどの魔物もバカではない。
勝てないと悟れば倒れている仲間など無視し、襲撃を諦めて逃げ出す事も多い。
奴らが欲しているのは楽に入手できる食糧であり、それを守る強大な敵ではないからだ。
「足は止まっている。迷っているんだろう」
「あと二~三匹は減らせそうですね」
コボルにしてみれば、予想外の状況なのだろう。
おそらく今までも何度かこの村を襲い、碌に抵抗らしい抵抗をされてこなかったに違いない。
だから未だに逃げ出すか、それともこのまま襲撃するかを迷っている。
荷台の中から矢を番えたクロスボウを取り出し、再びコボルに向かって矢を放った。
更に四匹失った時点でコボルは逃走を始め、ハインドが放った矢が逃げるコボルの背中に命中し、合計九匹のコボルを仕留める事が出来た。
「あれだけ減らせば、しばらく襲ってこないだろう」
生半可知恵があるコボルは一度痛い目を見ると、その村に姿を見せる事は殆ど無い。
他に襲う場所がなければ別だが、僅かに三匹しか残っていなければ、おとなしく山で木の実などを餌にする事だろう。
三人ほどの若い男に守られた、年老いた男が近づいてきた。
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
おそらく声を掛けてきたのは、マドラ村の村長だ。
しかし、身なりは村長にしてはみすぼらしいが、この辺りでは仕方ないだろう。
本来なら、こいつらが戦えばいいのだが、戦いたくても武器が無ければ被害が増えるだけだ。
男手が少ない村などでは、わざとコボルが来た時に適度な獲物を奪わせて、被害を最小限に抑えたりする所まである。
コボルが味を占めて、度々襲われる危険性はあるが、村人の命には変えられないからな。
「奴らは良く襲ってくるのか?」
「春先とこの時期に……」
コボルの繁殖期なのか、以前和紙を作っていた村でも襲って来たのは、大体その時期だった。
「何処も同じか、冒険者ギルドに依頼は?」
「何度もお願いはしているんですが……」
此処はロドウィック子爵領でも端の方だ。
冒険者が来る事など無いし、トリーニに近いバナバ村周辺も碌に巡回していない衛兵が、こんな僻地まで来る筈も無いか……。
「ヒューイ、其処の槍三本と、弓を三つ、それと矢を三十本ほど持って来てくれ」
「分かりました。ハインド、スリット、手伝ってくれ」
言葉の意味を理解したヒューイは、馬車に積んであった槍を直ぐに取りに戻った。
「クロスボウはあれでも故障が多いからな、こっちの方が役に立つだろう。足りなければ矢は自作してくれ、弓なら狩猟にもコボルが来た時にも使える」
多少慣れが必要だが、弓なら色々使い道がある。
槍は剣で戦うよりはマシだし、材料を見繕って似た構造で槍を増やせばいい。
「いいのですか? ありがとうございます」
「助けが来ないなら、自衛する他無いだろう」
全ての村を助ける訳じゃないが、関わった以上、この先の事も少しは助けてやりたいしな。
それに、誰かがこの辺りのコボルを倒せば、近くに存在する他の村が襲われる可能性も減る。
「本当にそれだけでいいのですか?」
「ああ、この干し肉だけで十分だ」
代価として貰ったのは、一キロほどのシカの干し肉だ。
これ位なら一度狩りにいけば、今から冬になるまでに、十分補充が出来る。
多少時間をロスしたが、今日中にイミル村には着くだろう。
予定通りとは言い難いが、何とか日没前にイミル村に着いた。
僻地の村という事もあり宿屋は存在しなかったが、空き家を掃除し、宿として用意してくれていた。
アルバート子爵領やレナード子爵領の村では、余程の寒村でもない限り、小さくても宿屋くらいあるんだが……。
「ようこそ御出で下さいました。助かります」
イミル村の村長、ジゴバが出迎え、村長宅で遅い夕食を馳走になりながら話を聞いた。
先ほどのマドラ村に比べれば随分と身なりもいいが、これは例の森からの恵みがあっての事だ。
「この村はあの森で手に入る木の実や薬草も、貴重な収入源ですから」
「一部はトリーニでも見かける。石胡桃はこの辺りのが一番美味いからな」
石胡桃は他でも採取されるが、この森の川沿いで取れる実が最高級とされ、しばし他の産地の石胡桃が、産地を偽って売られている。
元々収穫量が少なく、高い時では石胡桃ひとつが銅貨五十枚程で売り買いされている。
普通の胡桃は籠に百個ほど乗せた状態で、精々銅貨三~四枚にしかならない。
「石胡桃もそうですが、様々な薬草は村で病人や怪我人が出た時の為の、貴重な薬なのです」
「この辺りだと教会も無いのか? ハンカには結構大きな教会がある筈だが」
教会は奇跡の力を使った治療の他に、薬草などに詳しい人間を多く育成し、漢方医の様な事もしている。
当然、その行為も奇跡的な宣伝がされており、治療を受けるには幾ばくかの寄付が必要となる。
教会の方針は儲け一辺倒では無い為、毎日欠かさず熱心に祈りを捧げていると、無料で診て貰えたり、本当の奇跡の術で治癒して貰える事もある。
「昔はこの村にも小さな教会がありましたが、神父様が七年程前に亡くなられまして……」
「他の村から来たりもしないのか?」
「周りの村も大体同じ状況でして、今は大きな街にしか教会はありません」
教会と言っても普通の民家に、この世界の女神であるヴィオーラ像を飾っただけの簡素な物であるが、其処で祈りを捧げていると、どうやら奇跡の力が少しずつ溜まるらしい。
だから厳密に言えば神父が居なくても、女神ヴィオーラの像さえあれば教会の真似事は出来るのだが……。
「エルフの一件はまさに死活問題だった訳か」
「怪我に怯えながら畑仕事なんてできませんからね」
問題は幾つもある。
こんな状況の村に住んでいる、相手の森の恵みに手を付ければ、小競り合いが起こり、最悪戦争の火種にもなる。
エルフの方でもその程度の事は理解できてるだろう。
理解した上で、そこまでしなければならない事態が、エルフ側の森で起きてると考えるべきだろうな。
「とりあえず明日、森へ入ってエルフと接触する。その先は相手次第だ」
「話し合いで済めばいいんですけどね」
「そうだな、可能性は低そうだが」
話し合いで済む程度ならエルフの方から既に接触があり、村人に説明位してくるだろう。
それすらせず、形振り構わぬ状態で、相手の森に手を出さざるを得ない状況。
エルフ共の間で性質の悪い疫病でも流行ったのか、それとも、相手の森に何か異変が生じたに違いないが、さて、面倒な事態にならなければいいがな。
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