17.婚約者の憂鬱
今年の年賀状お礼用SSだったものです。
時間軸としてはエデルねえさまの結婚式後。
「あの……クレスト様?」
昼間の結婚式の後に催された祝賀パーティは、それはそれは見事なもので、列席者の身に纏ったきらびやかな衣装や、見知らぬ料理の数々に、終始圧倒されてしまって、ちょっぴりだるい。気疲れもあるのだろうが、お祭りの後の気怠い感じに近い。
この日のために準備された夜会服を脱ぎたいのだけれど、私の背中からかぶさるように抱きついている人がいて、それもできなかった。
……せめて座りたいと思うのだけれど、素直に言ってしまってよいものか迷う。
「クレスト様? できれば着替えをしたいのですけど」
肩から胸の方へ回された腕をポンポンと叩くと、何やらもごもごと言っている。クレスト様もお疲れなのかな……と思って耳をすませた私は、すぐに後悔した。
どうやら、私がエデルねえさまの妹として少なくない注目を集めてしまったことに呪詛を吐いているようだ。私のことを凝視していたとおぼしき男性の名前が次々に呟かれている。正直怖い。
クレスト様がずっと隣にいたおかげで、私はむしろ令嬢方の視線に刺されまくっていたのだけど、そちらはスルーされているらしい。
とにかく、このままではクレスト様がまた突飛な行動に出かねないので、私としては何とか浮上してもらわないと困るのだ。ここは頑張ってみるしかない。
「クレスト様、この体勢だと、クレスト様が見られません。着替える前にクレスト様の素敵な格好を見せてもらってもいいですか?」
このセリフは効果覿面だったようで、私の身体がくるりと半回転した。目の前には至近距離にいまだ慣れない美貌。無表情ながらに少しだけ喜色が溢れている気もする。
ちなみに、クレスト様の夜会服は今回初めて見た。光沢のある黒地のジャケットに濃い紫のガラスボタン。最初に見たときは羞恥で思わずしゃがみこんでしまったけれど、もともと髪も肌も明るい色だから、落ち着きがあって似合っている。私が黒髪だとか紫暗の瞳だとかはこの際どっかに置いておく。
「いつも騎士団の格好なので、新鮮です」
「そうか。マリー、君もいつも以上に愛らしい。このまま閉じ込めておきたい」
「ダメですよ。ちょっとコルセットが苦しくなってきたので、着替えさせてください」
苦しい、という言葉に反応したのか、クレスト様の眉が動く。こういう所は分かってくれるんだけど、と思いながら、私の頬を撫でたクレスト様の手を取って、その指先に軽く口づけた。
「それじゃ、クレスト様、また後で」
このドレスを脱ぐべく、私はそそくさと彼の元を離れた。
「マリー……君は、本当に」
困ったような声が背中に投げられた気もしたけれど、聞かなかったことにして。




