第2話
「そうか。今は涼明殿のところで、世話になっているのか」
京の市場に出かけるようになって、久子と微子は偶然、出会った。
微子女王は、久子を自宅に招いてくれた。
今は京の町中の一角で、ひっそりと暮らしているようだ。
微子女王は、先代の醍醐天皇の第四皇子であった重明親王の娘で、忠平の孫でもある。
皇太子だった保明親王は若くして亡くなり、その子、慶頼王も五歳にして亡くなり、朱雀天皇がその後、執念と言うべき太后の出産でお生まれになった。そして、長子として、醍醐天皇が崩御後、8歳にして天皇になった。
醍醐天皇の後継者である二人の早い死に、時平の早い死とも合わせて、追放した菅公の呪いと言われた。
微子女王は朱雀天皇の御世で、八歳で斎王になり、十歳で伊勢へ群行した。
以来、伊勢神宮で日々、斎王の勤めを果たしたが、母の死をきっかけに、帰還した。次の斎王はまた微子らの姉妹の中からということになるだろうが、今はまだ選定中だ。
「例のお礼をしたいと思っていたのだが、見ての通り、質素な暮らしをしていて、何でも申せとは言えぬが、何か、望みのものはないか?」
「もったいのうございます。あれはいわば、私のためにもしたことで、お礼はとくにいりません」
ぐるっと見ても、質素な暮らしで、何かをもらえる雰囲気ではなかった。
いや、元斎王だからこそ、王室の姫君らしくない、尼僧院のような質素な暮らしをしているのだろう。
(微子様はお父上が中務卿で、朝廷でも重要な立場。望めばいくらでも、好きな暮らしを出来るだろうに)
「お前のような者ばかりならいいが」
微子はけだるげに脇息にもたれ、物憂げだ。
ぐるりと部屋を見て、片隅に常の着物とは違う派手な衣装があるのに気づいた。
「実は、皇太后から、猛烈なお誘いを受けているの。後宮で話し相手をしてくれだの、曲水の会をしようだの、断っても断っても、しつこく、ついには大きな宴会を開くとまで、文の招待状が来たの。おそらく帝へ入内させる気でしょう」
帝の后になるなんて凄ことなのだが、微子の顔は曇り、困っている。
「微子様を見込んで、ですよ。皇太后が入内させようと考えているらしいのです。斎王を勤めた微子様ですからね。入内した例など、ほぼありません。おそらく、誰がとは申しませんが、皇太后ですもの。自分の息子、朱雀天皇に見させて、気に入ったら、とお考えなのでしょう。まったく腹の立つこと」
微子の若手の女房がしゃしゃり出て来た。以前と同じだ。
「微子様を品定めする気なのです。ですので、こちらが品定めしてやるのですと、微子様にお教えしているのです」
そばから、例の微子を何としても守るお役目命の乳母の女も出て来た。こちらも相変わらずのようだ。
「品定めなど、する気はないが、私も元斎王を勤めた身で、軽々しい振る舞いは出来ぬと思っており、この度は、皇太后の気が収まるために会いに行って、断ろうと思っている。そのための衣装なのだ」
「そこでは他の貴族の屋敷の娘も呼ばれているそうです。多く見定めて、最終的に判断する気なのでしょうが、それも腹が立つ」
「年松が目立つように、派手な衣装が良いということで、揃えさせたが、私は最近の都の流行は分からぬので、あれであっているかどうか。が、あれが一番、目立って流行で派手、だそうで」
「ま、微子様は奥ゆかしい。それだから、後宮の女たちに舐められるのです。今の後宮は閑古鳥。ろくな后もいやしません。例の皇太后が、御祈祷だ、呪いだ、怨霊だ、やれ祈祷師を呼べ、典薬医を呼べ、呪詛師を呼べ、お祓いだと、後宮の隅々まで掃き清め、女たちを追い出し、お祓い、念仏を捧げているそうです。だから、帝も後宮へ頻繁に御渡りになられてないと。何のための後宮でしょう」
「行って、礼儀知らずの女王として、嫌な態度で振舞えば?と言ったのです。ですが」
横から、若いほうの女房が口をさしはさんで来た。
「これ、鶴川。まがりなりにも太后様相手に失礼ができますか。微子様は元斎王、それに、父は中務卿。朝廷に努める王卿です。内裏で失礼があってはいけません」
「て、年松様に言われてまして、仕方なく、楚々とした衣装を用意したところです」
(楚々?)
どうお世辞で取り繕っても、派手過ぎだ。おそらく嫌われるように、わざとだろう。しかし、あまりに悪趣味過ぎて、元斎王の微子様に着せるには、忍びないほどだ。
年若い女房のほうが、てへ、と苦笑いする。生死の境を共にしたので、久子ももう親近感を持たれている。一方は帥輔の女狂いに乗っかかり出し、一方は微子大事の忠義過ぎだが、どちらも微子様にかける忠義は本物だ。久子も胸にある涼影の忠義と同じものを感じる。
「微子様、着物を作らせてもらえませんか。私、着物作りも出来るのです。また、屋敷の調度品も、揃えさせてもらえませんか」
「え・・・しかし、私はこう見えて、元斎王。言えば何でも叶えられる。何も求めずとも良いのか」
「はい、私は商売をしていますので、儲けるほうが良いのです」
「なら、宴会に、お前もついて来ぬか。私らは帰京したばかりで、不慣れな者ばかりでな。私らはウラシマ太郎なのだ。父が派遣してくれた侍女や女房らもいるが、知らない者たちばかりだ。私らだけでは、心もとない」
「え・・・?」
「内裏で、太后様に会って、お断りするのは、大きな仕事。信頼できる者がそばにいて欲しいのだ。もちろん、年松も鶴川もいるが、あの妖魔の闇を切り抜けたお前がいてくれたら、何より心強い。涼影殿は、私の叔父。だから、お前は誰より信頼も出来る。涼影殿には頼んでおくから、私が無事に、後宮を出るまで、私についていてくれぬか?」
(またとない良い機会)
最初は戸惑ったが、父の冤罪事件の関係者を調べるために、一度、内裏に入って様子を探りたいと思っていた。渡りに船だ。ただ、若様の仕事を手伝うことがしにくくなる。
それでも千載一遇の機会だ。今しかない。それも。
「私もそれなら、多少、中でいろいろ調べさせてもらいたいことがあります」
「父君の冤罪事件のことでか」
「はい。裏金の集まるのは宮中ですし、事件を調べるのに、やはり、朝廷の裏がのほうも調べたいと思っていまして。京の町で聞いた噂程度の話しか知りません、ですので、この機会に一度内裏の中を見たいのです」
「なるほど、敵を知るにはまず、敵陣へ、というわけだな」
久子が頼むと、微子は心良く承諾してくれた。




