第60話 いままでの思い
「はあ……はあ……」
盾を引きずりながら、甲板を一歩一歩進むカウルであったが、すでに疲労が溜まっていた。
だいぶ長い距離を移動したような気がするが、まだ第二主砲塔を右舷側に回り込んだだけだ。
しかし、右舷に出たカウルには、盾の陰から見える視界は開けたものとなり、自分の左右に甲板がまっすぐ伸びているのが見えた。
カウルの左側の先の方──第一主砲塔から艦首にかけては、別の隊の兵士たち──第一分隊が戦闘をしている。
反対方向の行く先には、第二分隊の持ち場である掩体と機銃の銃座が見えている。
このまま、艦橋横を過ぎれば、彼らのもとにたどり着ける。
(大丈夫──このまま……)
疲れはするけれど、このまま着実に進んでいけば第二分隊のところまでたどり着ける。カウルが自分に言い聞かせたそのときだった。
カンッ!
鋭い音がしたと同時に、強い衝撃が盾を打った。
──撃たれた!!
ぎゅんと体が縮み上がるような緊張が走る。
(……落ち着け!)
流れ弾が当たっただけだと、カウルは自分を落ち着かせる。
しかし──
カンッ!カンッ!
「ちょっ……うそっ!」
またもや、しかも連続で弾が飛んできた。
動揺するカウル。
敵から見やすい位置にでも出たのだろうか?敵の銃弾が命中する頻度が急に大きくなった。
(焦るな──)
カウルは歩みを一旦止める。
ここで慌てて体勢を崩したり、盾から体をはみ出したりしたら敵に撃たれてしまう。
敵の目に付いたのかもしれない。遠く離れた敵から自分がどういう風に見えているかはわからないが、カウルはじっとして、敵の攻撃をやり過ごそうとした。
しかし──
カン!カン!カン!!!
「いっ!!」
盾に連射の衝撃が走り、けたたましい音が鳴る。
(──集中狙いかよ!!)
狙われていると感じ取ったカウルは、盾に腕や肩を押し付けて盾を支える。
カンッ!カンカンッ!カンカンカン!!
さらに銃撃は増えた。
小銃弾が着弾する衝撃は大きかった。誰かが盾のすぐ表で連続で殴っているかのようだ。
カンカンカンカンッ!!
さらなる銃撃。衝撃に押されて、盾が弾かれてしまいそうになる。
「──っ!」
夢中で盾を支えていたカウルであったが、盾の裏側に小さな突起ができたことに気が付いた。
──は!?へこみ!?
銃撃が盾をへこませたのだ。
盾にはすでにシーナが『心』を込めてくれていたが、敵の銃弾の威力が盾の防御力を上回っているのだ。
突き破られる──危機感がカウルの心臓をどくんと打った。
(誰かっ!!)
盾の陰に隠れたまま、カウルは小さな動きで首を左右に動かした。
第一分隊のほうも、第二分隊のほうも目の前の戦闘にみな集中していて、自分に気がついている人はいない。
カンカンカンカンカンッ!!
盾にさらなる連射が浴びせられる。
平らだった盾の裏側は、いまや無数のへこみが散見する。
──このままでは、やられてしまう……
進むことも退くこともできず、助けも来ない。
状況が、カウルの心の許容範囲を越えた。
「───────あーっ!!!」
突然、カウルの口から、人生で一番の大声がでた。
もう、やっていられなかった。
「あーーー!!何でだーーっ!!!」
カン!カンカンカン!!
銃撃の音が聞こえなくなるぐらいの大声で、カウルの口から叫びがほとばしる。
一度胸からこぼれ出たカウルの本当の気持ちは、箍が外れて一気に吹き出した。
自分でも思っていなかった、脈絡のない感情の発露だった。
「あ"っーー!!!」
カウルの叫びは止まらない。
いままで全部のことが吹き出してきた。
戦争に徴兵され、この艦に乗り、シーナに怒られ、誰も何も助けてくれないまま、この時まで来た。
ずっとこらえてきた苦しみ、悲しさ。なんでこんな目に合わなければならないんだという憤り。
辛い、ほんとうに辛い日々の思いが、胸一杯にこみあげて止まらない。
「あーーー!!!」
必死に支える盾の陰で、カウルは身を屈めた体勢のまま叫ぶ。
背中には重い装備を背負い、窮屈に曲げられた体の所々に痛みが走る。俯いた体勢のまま絶叫するカウルの視界には甲板しか映らない。
こんなに大声で叫んでも、どうせ誰も聞いてない。それならもうどうでもいい、そんな気持ちでカウルはいままで溜まってきたストレスをぶちまけた。
「あ"ーっ!!!」
喉がじりじり焼けるのをそのままに、カウルはさらに大きく叫んだ。
「はーーっ、はーーっ」
息をつくカウル。
思いっきり、叫びに叫んだ。
──カンッ!カンッ!!
敵の銃弾は変わらず撃ちかけられ、盾をへこましている。
助けは、やはり来ていない。
「…………」
心の底まで叫んだからか、打って変わったように頭が冷静になった。
自然と、呼吸は落ち着いている。
──そうかよ。
カウルは握った自分の手のひらに意識を集中させる。
『鼓動』──カウルの手に『心』の粒子が集まり、光を纏う。
助けがこないなら、自分で──何かが吹っ切れたか、開き直ったようなすっきりした気持ちにカウルはなっていた。
カウルは自分の手から『心』を放出し、盾に込めた。
──これだけは、これだけは自分にもできることだ。
カウルは集中して、思いっきりたっぷりと盾に『心』を注入する。
他人が『心』を込めたものに自分の『心』を込めたらどうなるのかというのは知らなかったが、カウルは気にしなかった。
──アイツに仕込まれたんだ。
脳裏にシーナの顔が浮かぶ。いつも見る、不機嫌そうな険悪な表情だ。
彼に鍛えられたこの技能だけは、きっと通用する確かなもののはずだ。
散々ボロクソ言われたけれど、なんだかんだシーナは自分の心が込められた弾薬を使っていた。
そしてそれは、実戦で敵の砲弾を打ち落としもした。
シーナにしてやられた、踏んだり蹴ったりの日々が、妙な自信となってカウルの体に力が湧いてきた。
「──ふっ!!!」
カウルはさらに、精一杯の『心』を盾に込める。その手が今までになかったぐらい眩く光った。
カウルの心を吸い込んだ盾は、内側から光を放っているかのように、美しい光の膜を纏った。
カンッ!カンッ!
敵から放たれている銃弾は当たっているものの、盾はこれ以上へこんだりせず、健在だった。
──行くぞ。
カウルは決意する。
(動けぇっ!!)
カウルが盾に対して横にずらすように力をかける。
ズズズズズッ──盾は甲板の上を連続的に滑りだした。
さっきまでの一歩一歩止まっては動きを繰り返していたが、今度は盾がカウルの歩みに合わせて滞りなく滑っていく。先程までの進み具合とは格段に違って速い。
──カウルが自覚していないうちに発動した『思念動力』は、盾を先ほどまでよりずっと力強く動かしていた。
──殺れるものならやってみろ……!
盾に隠れて見えはしないが、カウルは鋭く尖った眼で、再び第二分隊のところに向かって進みだした。




