第85話 唐突な招集(2)
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「昨日城下町に現れた魔物は、ゴブリン三十体。
ワイバーン一体。
後は、亡骸は確認できなかったものの、動く影――シャドーマンも一体出たそうだ。
いずれもこの付近には現れない幻獣種。
にもかかわらず、被害は少なくて済んだ。怪我人は何人か出たものの、死者に至ってはゼロ。
これは奇跡的な幸運だったと言えるだろう」
サーロンはそう言うと、俺に視線を送る。
「回収したゴブリンの亡骸はいずれも、急所を氷弾で撃ち抜かれていた。
また、シャドーマンも光弾一撃で跡形もなく霧散させたと言う報告を受けている。
――流石だな、マルヌ」
うーむ。
そんな風に言われると、さも俺が自信満々に自らの功績を報告したように聞こえるが、実際はそんなことはない。
そんな気恥ずかしさを覚えている矢先、クロチェティが「それぐらい当然だろうが」と冷たく言い放つ。
……なんとなく、あんたはそう言うと思った。
一方で、クロチェティの一言を好意的に受け止めたのか、サーロンは満足げに頷くと、再び口を開いた。
「その通り。マルヌならそれくらい当然だ。
しかし驚いたのはゴブリンよりもワイバーンの方だぞ。
なんでも、マルヌや街の人々の話のよれば、ワイバーンはマルヌの学友の少女によって倒されたらしい」
その言葉を聞くや否や、俺の周りに座るみんなの目の色が変わった。
「え!? ……リブさんではなくてですか?」
動揺しながらもそう訊ねる5位のメモリー。
それに対してリブは小さく首を横に振る。
「私じゃないです。
だいたい、この男とは学友と呼べるほど親しくないですから」
そうピシャリと言い放つ。
……え。そうなの?
この間のポポロミート杯での、あの熱い会話はどこへ行ってしまったというのだろうか。
少しの寂しさを胸に抱えながらも、俺はレビィのことを話した。
すると、クロチェティは手を叩きながら大袈裟に笑い始めた。
「カッカッカッ! こりゃ傑作!
まさかギルド登録もしていない、いち学生が!
今回の騒動を収めた立役者だったとはのう!
――こりゃあ下手すれば、そこの小僧なんかよりもずっと、十位会談に出席するにふさわしい実力者なんじゃないか!?」
「おい、クロチェティ! いくらなんでもお前――」
「黙れサーロン! ワシは冗談のつもりで言ってるんじゃないぞ!」
諌めようとしたサーロンの上から重ねるように、声を荒げたクロチェティ。
その声は、とても直前まで大笑いしていたとは思えないほどに真剣なものだった。
「――おい小僧。現場にはお前の方が先にいたはず。
ならば本来、お前が速やかに仕留めておかなければならないだろうが……!」
「ぐっ!」
俺は言葉を詰まらせた。
確かに、レビィが来てくれなかったらどうなっていたことか。
きっと被害はもっと酷いものになっていただろう。
「――お待ちください、クロチェティ卿」
不意に凛とした声が響く。
俺は声の方向に視線を向ける。
この声の主は――リブであった。
「確かにあなたの言うことは尤もです。
しかし一方で、彼は街に散らばったゴブリン達を仕留めています。
しかも聞いたところによれば、ゴブリン達の襲撃に気付いた街の人は数名程度だったとの事。
人々に気付かれることなく、速やかに、静かに、至る所に散開したゴブリン達を一挙に仕留めきる――そんな離れ業ができるのは、この場にいる私達を含めたとしても、彼にしかできない事かと思います。
結果としてこの事は、今回の被害が少なく済んだ事に大きく影響しているかと」
「……むう。それは確かにそうかもしれんな……」
リブの言葉を受け、クロチェティは低く唸る。
「しかし、ワシは先程の発言を撤回するつもりはない。
小僧! お前はギルドランキング10位を背負っておるのだ。
その事を、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」
「……うう」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。ううの音は出たが。
俺は改めて、助け舟を出してくれたリブの方を見やる。
そんな俺の視線など意に介することなく、彼女は目を瞑り、腕を組んでいた。
「……あー、おほん! では、話を戻すぞ?」
サーロンは気を取り直して、続きを語り始める。
「幻獣種が突如として街に現れた原因は、現場に落ちていたこの丸い石によるものだと考えられる。
――これはおそらく魔石の一種だ。
そうだろう、クロチェティ?」
そう言って、サーロンはおもむろに一つの石を取り出し、指で摘んで見せた。
「……昔、これに似た石を見た事がある。
確か……『召喚石』と聞いたかの」
「私も昔、文献で見た事があります。
遠くの地にいる魔物を呼び寄せる事ができる魔石だったかと」
クロチェティとメモリーの返答に、軽く頷くサーロン。
「先日、森で同様のものを見たリブちゃんとマルヌによると、この石は、初めは橙色の光を帯びていたらしい。
それが突如、強烈な光を発したかと思えば、直後に幻獣種の魔物に襲われたという。
今回の件の目撃者の話と一致する。
おそらく同様の事象だろう。
現れた魔物を退治した後は、橙色の光は消え失せ、このように灰色に燻んだただの石ころになるようだ」
「魔石に込められた魔力が切れるってことー?」
不意に聞き馴染みのない、気怠そうな女性の声が響いた。
その声の主は未だ名も知らぬ女性。
ギルドランキング10位以内で、俺がまだ認識できていない空席は7位と8位。
彼女はそのどちらかなのだろう。
視界の隅には映っていたのだが……。
彼女は会談の最中もずっと、自らの爪の手入れをしていた。
それこそ、会談の内容などに興味は無いと言わんばかりに。
今も相変わらず視線は手元に落としたままだったが、どうやら話はきちんと聞いていたらしい。
とはいえ、見た目は『純白の聖職者そのもの』の癖に、随分と自由な振る舞いとフランクな口調である。




