第82話 空と陸の覇者(3)
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ドスドスと重量感のある足音と共に、俺に向かって一心不乱に駆けてくるワイバーン。
ワイバーンが潰した劇場は比較的開けたところにあったのが幸いして、今のところ周りの建物に被害はない。
できればこのまま、奴を仕留めたいところだ。
冷静な俺の思考とは裏腹に、その巨体が近づいてくるにつれて俺の緊張感は高まっていった。
さっき俺に注意を向けさせた氷弾は、奴には通用しなかった。放つ前からその結果は予想できていたのだが……。
――さて、どうしようか。
向かってくるワイバーンの顔目掛けて、苦し紛れに再び氷の弾丸を放つ。
しかし、ワイバーンは目を細めながらも、特にどうするでもなくそのまま突進してくる。
生物として大事な部分である頭。
それを守る外皮が弱いなんて事はあり得ない。
俺の放った氷弾は、ワイバーンの顔の周りの外殻にいとも容易く弾かれてしまった。
その光景に、俺の冷や汗は増すばかりだった。
――俺は小型から中型の魔物の集団を一気に殲滅するのが得意だ。
だが、大型の魔物を相手にした途端にこれである。
初級魔法しか使えない弊害がもろに出ている。
やはり俺が突き詰めてきた戦闘スタイルじゃあ……。
――だめだ! 弱気になるなッ!
いくら後悔したからと言って、この場が好転するわけじゃない。
今はこの間のグリーンドラゴンの時のように、パワーのあるガントがいるわけじゃない。
ましてや、12年前のように、魔王討伐部隊の皆がいるわけでもない。
俺がやるしかないんだッ!
俺は突進してくるワイバーンから目線を切る事なく、ぎりぎりのところで脇に飛んで躱す。
そして即座に風の初級魔法をワイバーンに向けて放つ。
同時にその反動で自らの体を後方へ吹っ飛ばす。
これで再び、奴との距離を取る。
視界から俺が消えたことと、頬に感じる微弱な風魔法によって、ワイバーンはすぐに、俺が突進を回避した事に気づいた。
するとその場で動きを止め、その巨体をぐるんと旋回させて、再び俺に向かってくる。
――そうだ。それでいい。
あのまま無闇に突進を続けたら、いずれその先の建物に突っ込むだろ?
そんなことを許してしまったら、街への被害は計り知れない。
だからこそ、常に俺を追い続けろ!
しかし俺には、いつまでもこんな鬼ごっこができるほどの体力は無い。
ましてや相手は巨大なワイバーン。スタミナ勝負なんて出来るはずもない。
体のサイズの差が、そのまま内臓する体力タンクの差を物語っている。
ともすれば、一刻も早く、この状況を打開しなければ。
威力の無い、初級魔法しか使えない俺が狙うべき場所。
それは――
――目だ。
奴の目を正確に狙う。
そしてあわよくば、そこから奴の脳天にまでめり込ませ奴を仕留める。
さっきは空中から複数のゴブリンを正確に貫いた。
だからこそ――出来るはずだ。
俺は自らにそう言い聞かせ、腕を構えた。
「……いけえええ!」
気合を込めた一撃を放つと同時に、叫ばずにはいられなかった。
なぜだ?
もしかして、ビビってるのか?
――思えば、昔からそうだったかもしれない。
大型の幻獣種を前にすると、なぜか俺はいつも――。
俺の放った一発の氷弾は、狙い通りの軌道を沿って、ワイバーンの目に真っ直ぐ飛んでいく。
――バチュンッ!!
固形のものが砕けるような、それでいて液体が弾け飛ぶような、何とも言えない音がした。
「ギャォォォォッ!!」
突如響き渡るワイバーンの悲痛な叫び。
けたたましいその声は、ワイバーンの力強さと、その中に僅かにチラつく苦しげな声とが合わさって、絶妙な不協和音となって俺の耳に届く。
耳をつんざく、とはまさにこの事だ。
不快な音に、思わず耳を塞ぐ。
……。
そして、訪れる沈黙。
……やったか……?
「グオオオオオッ!!」
祈るような俺の思いも虚しく、ワイバーンは再び大きく叫ぶ。
それは、先程の苦しみ混じりの声などではなかった。
例えるならば――純度100%の怒り。
俺の氷弾は間違いなく、ワイバーンの右目を潰した。
しかしどうやら、それだけだったようだ。
脳天まで貫く事は叶わなかった。
俺は湧き上がる悔しさで唇を強く噛んだ。
そんな俺の感情など汲み取るはずもなく、怒り狂ったワイバーンはバッと翼を広げる。
――こいつ、飛ぶ気か!?
最初は、逃げるのかと思った。
それならそれで問題ない。撃退できたのならば、ひとまずは危機を乗り切れたと言える。
だが、目の前の奴の怒りは、とてもじゃないが収まる気配がない。
それこそ、自分の目を潰した俺を惨たらしく引き裂かないと気が済まないとでも言わんばかりの形相である。
おそらくこいつは飛べない俺に対して、空から攻撃を仕掛けてくる気だ。
ただでさえ空を飛べるグリーンドラゴンが、空でワイバーンと出くわしたら逃げ出すと言うくらいだ。
地を歩くのと同じように器用に空を飛び回るワイバーンに上空から襲われたら、人間などひとたまりもないだろう。
焦る俺を嘲笑うかのように勢いよく翼を羽ばたかせ、地を蹴るワイバーン。
――どうする!?
そう思った次の瞬間だった。
俺の後ろから一つの人影が飛び出し、ワイバーンに向かっていった。
その人影は素早くワイバーンの元まで駆け寄る。
そして颯爽と地を蹴り、すでに宙に浮かぶワイバーンの頭の横まで飛び上がると、勢いよく足を振り抜いた。
――バキィィィッ!!
鋭い音が響き渡る。
なんと、その人影に蹴飛ばされたワイバーンの頭は、まるで強烈なビンタを食らった時のように、ぐわんと横に吹っ飛ばされた。
無理やり湾曲させられた長い首。
これにより体制を崩したワイバーンは、ドスンと大きな音を立てて地に落ちた。
舞い上がる砂埃。思わず腕で顔を覆う。
その先に立つは、先程の人影。
――砂埃が収まっていく中で、俺は人影の正体を知る。
その正体に俺は驚きが隠せなかった。
「……これ。どういう状況……?」
ワイバーンを蹴り飛ばした人影の正体はなんと、俺が今日という日を共にしていた美少女――レビィだった。




