第73話 レビィと行く(5)
いかんいかん。つい、あの時のことを思い出してニヤけてしまった。
俺は鼻先をさすりながら、自分を戒めた。
しかし、あの場にレビィはいなかったはずだが――多分シエルが何か言ったな。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
レビィの前には、美味しそうなデミオムライスの皿が置かれた。
大きな丸い平皿に、卵で覆われた立派な黄色い山。
卵で隠されていて見えないが、その山の中身はもちろんボリューム満点のチキンライスだろう。
そして山の上から、ふんだんにデミグラスソースがかけられている。平皿から溢れてしまうのではないかと心配になる程だ。
最後に彩りとして、山頂にパセリが添えられている。
対して俺の前には、大きな肉がゴロゴロと入った、どす黒いカレーライスが置かれた。
「……すごっ」
俺のカレーを見るなり、レビィは小さく感嘆の声を漏らした。
そうだろう、そうだろう? すごいだろう?
この泥のような煮汁が出た黒いカレーがいいんだよ。マッドタートルだけにな。
――おや、なんでそんなに引き攣っているんだい? まあいいか。
「食べようぜ?」
「……うん。いただきます」
「いただきまーす!」
***
「――え、もしかして……?」
「……うん。……もう……お腹いっぱい……」
食べ始めてからしばらくして。
俺の問いかけに対して、苦しそうに青ざめた顔をしているレビィは、普段から覇気のない声色をさらに弱々しくして呟く。
見れば、彼女の頼んだデミオムライスはまだ三分の一ほど残っていた。
そういえば、彼女は普段から少食だったな。
学園の食堂でうどんを食べる時にも一人前ではなく、ミニうどんだったっけ。
「……ん」
レビィはおもむろに自分が使っていたスプーンを俺に突き出した。
「え?」
「……んッ!」
戸惑う俺に対して、再度スプーンをこちらに向けてくる。
――まさか、俺に『食え』と言っているのだろうか?
そう察した俺の表情を見るなり、無言で頷くレビィ。
ううむ。俺もそこまで、胃袋の空きに余裕はないのだが……。
とはいえ、食事を残すというのもなんだか気が引ける。
というか、レビィのこの素振り――まるで連れが残りを食べてくれるのが当たり前、とでも言わんばかりに力強くスプーン突き出してくるこの感じ。
多分、いつものことなのだろう。
そして普段、この残飯処理を担当しているのは……。
「うーん、おいしっ!」
レビィからスプーンを受け取り、嬉しそうに口に運ぶシエルの姿が容易に想像できるな。
俺は苦笑しながらも、レビィのスプーンを受け取ろうとする――が。
ここで俺に電撃が走る。
もちろん、レビィの秘技『えれくとりっく・さんだー・ぼると』ではない。
彼女が手にしているこのスプーンは、ただのスプーンではない。
先程までレビィが口をつけていたスプーンなのだ。
……いいのだろうか?
いやいやいや、スプーンならさっき俺も使ったじゃないか!
なんたって俺はカレーを食べたんだから。
別にレビィが使っていた物を受け取らなくてもいいんだ。
俺は自分の手元に目を向けた。
しかしここで二度目の電撃が走る。
同時に、先程の会話が脳裏を駆け巡った。
「お済みのお皿、お下げしますね」
「あ。あざまーす」
――ぬわぁぁ! さっき下げられたんだったぁぁぁ!
「……どうしたの……?」
俺の苦悩など知りもしないレビィは、不思議そうに首を傾げている。
そんな彼女のまっすぐな瞳から逃れるように、思わず窓の外に目を向けてしまった。
――というか、気にしてるの俺だけっぽいな。
少しだけ冷静さを取り戻した俺だったが、不意に窓の外を歩く人に気を取られた。
なぜなら、その人物に見覚えがあったから。
あの人。さっき見た舞台のサーロン役だった人だ。
その後ろに続いて歩いているのは、前9位のサクリー役だった男。
二人とも、俺役だったあのイケメンほどではないものの、すらっとしていて高身長。
さらに整った顔立ちをしているため、割と目を引く。
そんな風貌だからこそ、ふと窓の外を見ただけで気づけたのだが。
流石は人気舞台に出演している俳優さん、と言ったところか。
本当に今日の舞台俳優はどいつもこいつも、高スペックを搭載しやがって。
思わずため息が漏れそうだったが、そんな俺のどうでもいい嫉妬心は、次に見た光景によって跡形もなく吹き飛ぶこととなる。
サーロン役の男は、手にしている玉をポーンと放ってはキャッチしてを繰り返しながら歩いていた。
側から見れば、そんななんでもない光景。しかし、俺にとっては驚くべき光景だった。
なぜなら、彼の持つその玉にも見覚えがあったからだ。
あれは――
――この間リブと森の調査に行った際にも見た、禍々しい橙色の玉ッ!?
リブ曰く、おそらくあの時の無数のスケルトン達や、その前日に突如現れたグリーンドラゴンは、あの橙色の玉により出現したのではないかとのことだった。
俺は、そんな彼女の根拠のない憶測に対して、あの場ではなんとも言わなかった。
しかし、あながち間違ってもいない気がしていた。
そんな怪しさ満点の危険因子を、あろうことかこんな街中で目の当たりにすることになろうとは。
俺は慌ててレビィのスプーンを受け取り、カカカッとオムライスを口の中に掻き込む。
そうして、まだ口の中に残ったままのそれを飲み込む前に、金を机の上に置いて勢いよく立ち上がった。
「ごめんレビィ! 急用を思い出した! これで払っといて!」
「……え? ちょっと……」
「ごめんな! 今日は楽しかった! また誘って!
帰り、気をつけて!」
矢継ぎ早に伝えたいことだけを伝えた俺は、急いで店を出ると、サーロン役だった男が歩いて行った後を追うように駆け出した。
この時のことを後で振り返れば……ううむ。レビィには非常に悪いことをしたと思う。
***
マルヌスが去った後、一人残されたレビィは何が起こったのかもわからず、ボーと呆けながらも、空になったオムライスの皿に視線を移した。
急いで掻き込んだからだろうか。皿の上にはまだ少しだけ、チキンライスの米粒が残っていた。
これだけなら大した量ではない。どうせなら綺麗に食べ切ろう。
そう思ったレビィは、スプーンの先で丁寧に米粒を掬い取ると、小さな口に運び入れた。
スプーンから口を離した時、レビィは何かに気づき「あ……」と小さな声を漏らした。
先程、自分がスプーンを差し出した時に、なぜマルヌスが戸惑っていたのか――それがわかったレビィは、手にしたスプーンを見つめ、少しだけ顔を赤らめた。




