第72話 レビィと行く(4)
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その後、俺とレビィは近くのカフェで昼食を取ることにした。
本当なら、同じくご飯屋さんを営むと言うシエルの実家にお邪魔してみたいところだが、ここからは少し遠いらしい。
こじんまりとしているが、綺麗に整えられた店内。
その窓際の席についた俺たちは、メニューを指差しながら、順々に口を開く。
「……私は、デミオムライス」
「俺はこのマッドタートルの煮込みカレーで!」
「かしこまりました」
オーダーを伝えた店員さんが去ると、なんとも言えない表情で俺を睨むレビィの姿があった。
「マルヌスってほんとに……物好き」
じとー、という目付きで俺を睨みつつそう漏らすレビィ。
すると続け様に、店の奥から何やら会話が聞こえてきた。
「店長! 出ましたよ、例のヤツ!」
「ふっ、だから言ったろ? わかる奴にはわかるってよ」
「俺にはさっぱりわかりませんがねぇ。
っていうかほとんど廃棄になるんですから、いい加減にしてくださいよ」
「馬鹿野郎! これだけは譲れねぇっていつも言ってるだろうが!」
先程オーダーを取ってくれた店員と、店長らしき人の会話だ。
ふーん。どうやらこのカレー、人気はないらしい。
それでもこれがメニューとして存続している理由は偏に、店長の意地とこだわりなのだろう。
……俺、多分この店好きだ。
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料理が運ばれてくるまでの間で、レビィはキョロキョロと周りを見回してから、少しだけ顔をほころばせた。
「……なんか久しぶりだね。落ち着くお昼ご飯」
「そうだなぁ」
しみじみとしながらそう返す。
思えば、ポポロミート杯終了後のここ一週間、学園の食堂ではいつも、注目を浴びていた気がする。
こちらを見ながらヒソヒソと内緒話をする生徒達を横目に取る昼食ってのは、なかなかキツイものがあった。
その点、この店内は空きすぎず、混みすぎず。
店内の雰囲気も悪くない。
適当に決めた割には、結構いい店を選べたように思う。
……いや、まあ。お昼時だということを考えれば、あまり繁盛していない店と言えるのかもしれないが。
周りの客はもちろん、俺たちのことなど知らない。
だから、変な注目を浴びる事もない。
強いて言えば、レビィにちらちらと目線が集まるくらいか。
まあ、それに関しては普段の帰り道なんかでも同様だから、俺はあまり気にならない。
それよりも、そんなレビィと同席している俺の事はどう思われているのだろうか。
――あまり考えたくはないな。
「……ごめんね。私のせいで」
不意にレビィが伏し目がちにそう漏らす。
……ううん。またか。これで何度目だろう。
もちろん、彼女の言う『ごめん』は、決して自分が目立ってごめんなどという意図のものではない。
それどころか彼女自身は、自分が周りの目を引く存在だという自覚すらないようだからな。
ポポロミート杯が終わってからのここ数日間、レビィやシエルは何度となく俺に謝ってきた。
原因はやはり、ポポロミート杯に出場した事で、俺が色々な意味で、好奇の眼差しに晒されるようになった事だ。
確かに、俺の出場の最後の決め手となったのは、『これ以上ディックに付き纏われないように』というレビィの算段であった。
それによって結果的に、俺の有らぬ悪評が広がったり、ここ最近の落ち着かない昼食という状況が起こった訳だが。
しかし、それは決してレビィのせいではない。
「いつも言ってるだろ? レビィのせいじゃないってさ」
「……うん。……ありがと」
「へへっ。言われるなら、そっちの方が嬉しいよ」
にっと笑うと、レビィもつられて微笑む。
あまり表に感情が出ないレビィだが、最近結構わかるようになってきた。
うん。やっぱり笑顔がいいよ。
「それに、俺もなんだかんだ楽しんだからさ。
出れてよかったって思ってるよ。
今も、嫌な事ばっかりじゃないしね」
俺は右手に視線を落としながら、数日前に握手を求められた時のことを思い出す。
すると、レビィは人差し指を俺の鼻先に近づけてきた。
なんだ? と疑問を浮かべた次の瞬間。
レビィの人差し指と俺の鼻先との間に、一筋の小さな紫電が走った。
パチッという小さな音と共に、鋭い衝撃が俺の鼻先を襲う。
「いてっ!?」
「……鼻の下。伸びてた」
レビィは不満そうに、少しだけむくれていた。




