第55話 魔法の杖(4)
(確かに……変だ)
レビィの指摘を受け、確かにその通りだと首を傾げる委員長。
「詠唱って、口に出しても結構長いよね?
それを文字で書くってなったら……無理だよ!」
想像する事さえ難しいとばかりに、おろおろと混乱するシエル。
そもそも詠唱とは、魔法を使う際の呪文である。
魔法使いを志す者ならば、誰もが一度は触れている。
しかし、熟練した術者にとっては、詠唱を唱えない方法――いわゆる無詠唱でも、魔法を発動させる事が可能である。
この学園に通う魔法科の生徒のほとんどは、無詠唱で魔法を発動する。
無詠唱のメリットはわかりやすい。
その方が発動速度が格段に速いのだ。
そしてなにより――
「一度覚えた魔法の詠唱なんて、もう覚えてないわ」
「……使わないもん。ダサいから」
そんな、いかにも若者らしい理由からも、敬遠されがちなのである。
兎にも角にも、そのような長くて、ダサくて、覚えづらいという三拍子が揃った詠唱を、咄嗟に書き込んで発動するなど、とてもじゃないが実践登用は出来ない技術である。
防御障壁を展開するために、一々ちんたらと『光よ――』なんて書き込んでいようものなら、たちまちマルヌスの氷弾で額を撃ち抜かれ、魔石を砕かれる事だろう。
そんな会話を聞きながら、意味深に笑うアルテアは、嬉しそうに口を開く。
「本当に君はいいところに気がつくね」
「……!? また、褒められちゃった……!」
レビィは頬を赤らめながらも、再び満足げに微笑んだ。
「いや、あんた。喜ぶのは後にしなさいよ。
まだ肝心な内容聞いてないわよ?」
委員長は呆れたようにそう言った。
「私がレタリーを天才だと思う理由は、何よりそこだよ。
彼女は、詠唱の簡略化に成功したんだ」
「……詠唱の――簡略化ッ!?」
シエル達三人は、驚きを隠せず、思わず目を見開いた。
もしそれが本当ならば、長い魔法史に革命を起こす世紀の大発見である。
「それ、先生方は!?」
「知っているよ。でも生憎、世に広まることはないだろうね」
「なんでですか!? これって……!
とにかく、大変なことですよッ!?」
咄嗟のことで脳内処理が追いついておらず、上手い言葉が出てこなかった委員長。
そんな状態でも、食って掛からずにはいられないとばかりに声を荒げた。
――無詠唱で魔法が使えるといっても、その後、詠唱に全く触れることがないかといえば、必ずしもそうではない。
なぜなら、無詠唱で発動できる魔法は、既に何度も使っていて、練る魔力の属性や分量、出力タイミング等の細かな調整を完璧に習得したものに限られるからである。
仮に新しい魔法を習得しようと思った場合は、やはり詠唱を覚えるところから入るのが一般的なのだ。
その時に、『古き良き(長い)詠唱』と『簡略化された詠唱』のどちらが良いかと言われれば、それは間違いなく後者である。
仮に後者の存在を知りつつも前者を選び、古い伝統を重んじている、と言えば聞こえはいいかもしれないが、それは魔法界の更なる発展を阻害する行為以外のなにものでもない。
「気持ちはわかるよ。でも、無理なんだ。
彼女が発見した簡略化された詠唱は……『記号』だからね」
「記号……ですか?」
シエルが不思議そうに呟く。アルテアはゆっくりと頷いた。
「記号は口に出せるものじゃない。書いて初めて生きるんだ。
かと言って、我々が書いても発動するものじゃない。
現に、長い詠唱を書いてみたところで、魔法は発動しないだろう?
――つまり、紙に詠唱を書き込むという工程で魔法を発動できる唯一の魔法使い、レタリーだけが恩恵を受けられる発見なんだ」
「そう……ですか」
委員長は力無くそう呟くとともに、再びレタリーの凄さに恐れ入った。
魔法が使えない状況から、自らに適した杖を見つけた。
杖を使っても、逐一長い詠唱を書き込まなければならないという致命的な弱点を抱えていた状況を、詠唱の簡略化という規格外の攻略法で乗り越えた。
彼女は、一体何度の逆境を乗り越えると言うのだろうか――。
――実のところ、レタリーは苦労こそしているものの、それを乗り越えるために血の滲むような努力をした、などの経験があるわけではなかった。
幼少期から周りに味方が少なかった彼女は、一人で過ごす時間が長かった。
本を読んだり、絵を描いて時間を潰す日々が続いた。
そんな中、ふと彼女は、自分で小説を書いてみたいと思い立つ。
思い立ったが吉日。
早速彼女は小説の執筆に取り掛かった――のだが。
その時に使用した羽ペンが、たまたま父の書斎から拝借したお高いペンで、不死鳥と呼ばれるフェニックスの羽を用いて作られた物だったこと。
さらに、杖を作る際に使われるカシの木を原料にして作られた紙に書いていたことで魔法が発現。
またその後、小説の挿絵を描いている時に、たまたま描いた図形が詠唱とみなされて魔法が発現。
しかし、レタリーは決して周りの者にその経緯を話そうとはしなかった。
ちなみにレタリー著の小説は、自室の机の『鍵のかかる引き出しの中』にしまわれている。
(会長だって、勝手にレタリーの秘密喋ってるじゃないか……)
人知れず、キュレルは不満そうに、じとーっとした目つきでアルテアの澄まし顔を見ていた。




