第53話 魔法の杖(2)
レタリーの繰り出す魔法を目の当たりにして、驚きの表情を隠せないシエル達。
そんな彼女達の様子を横目に見ながら、アルテアはクスリと笑う。
「驚いたかい? 私がマルヌス君の一回戦を見た時も同じことを思ったよ」
――『複数属性魔法の同時使用』。
そんなことができる人は、そうはいない。
だからこそ、それがマルヌスの強さの一端である、と。
ガントからマルヌスの強さの秘密を問われた時、魔法を専門に扱う、いち魔法使いの見解として、シエルは確かにそう言った。
このことは、この学園に通う魔法科の生徒であれば、皆わかることなのだ。
だからこそ、マルヌスが編入初日に『得意な属性』を聞かれた時に見せた、魔法の五つ同時発動も、クラス中の生徒達を驚かせた。
(残念ながら、その直後の実習でマルヌスが中級魔法の生成に見事に失敗してしまったため、その離れ業の印象も薄れてしまっていたのだが。)
しかしその実、この学園内には、そんな離れ業を実現できる者がもう一人いたのである。
そしてその事実に驚いたのは、シエル達だけではなかった。
レタリーをよく知る生徒会の面々も、同様の感想を抱いていたのだ。
まさかこの学園内で、レタリーの他にも『複数属性魔法の同時使用』ができる者がいるとは、と。
マルヌスの実力を高く買っていたアルテアも、これには驚いた。
アルテアは今大会、マルヌスが初戦で『不屈のガント・ハグバール』と当たるとは全く予想していなかった。
ガントとは幼馴染であるアルテアは、彼の強さをよくわかっていた。
しかしその試合の決定打となったのが、マルヌスの『防御障壁と氷の弾丸の同時発動』という荒技。
常人では成し得ないような技を目の当たりにして、マルヌスの勝利はある種必然だったのかもしれないとまで思ってしまったのが、アルテアの本音であった。
――アルテアが天才と認め、生徒会に勧誘したレタリー。
――そんな彼女と同等の才能を秘める男、マルヌス。
二人の天才達の戦いに、誰よりも気持ちを昂らせていたのは、何を隠そう生徒会長――アルテアだったのである。
一箇所に留まり続ければ、また地面を液体化されて足を取られてしまう。
マルヌスは先読みされないような軌道で走りながら、レタリーに向けて氷弾を連射する。
対してレタリーは無表情のまま手にした本に羽ペンを走らせる。
するとすぐさま防御障壁が展開され、マルヌスの氷弾は弾かれる。
(やっぱり、さっきシエルから聞いたように、あの本に秘密がありそうだな……)
先程、一回戦のレタリーの戦いを見ていたシエルから聞いた通り、レタリーが魔法を使う際にはあの本に何かを書き込んでいる。
足を止めることなく駆け続けるマルヌスは、冷静にレタリーの握る本を見つめていた。
「……あの本、怪しいわね」
「本だけじゃない。あのペンも。
……インクも無いのに書いてる?」
口元に手を宛てがって呟く委員長。
そんな委員長を真似て、それっぽく呟くレビィ。
「二人ともいいところに目をつけたね。
その通り。秘密はあの本と羽ペンだよ」
アルテアの言葉に、レビィは満足そうに笑う。
「……褒められちゃった……!」
一方で委員長は、アルテアが姿を見せて以降浮かべていた怪訝な顔を崩すことなく口を開く。
「そうやって他人の秘密を勝手に漏らすのは、あまり良くないと思いますが?」
「そうだね。すまない。後でレタリーにも謝っておこう。
ただ、彼女のあれは秘密の道具でもなんでも無い。
あれが彼女の――杖なんだ」
――魔法使いが魔法を使う時、多くは自らの手や、木製の杖を用いて魔法の形成を行う。
身近な例でいうと、実は委員長こそ、魔力を円滑にコントロールするために、10cmほどの短い木製の杖を使っている。
さて、道具としての魔法形成媒体は何も、木製の杖に限られているわけでは無い。
レタリーの場合は、それがあの本と羽ペンなのである。
レタリーの羽ペン。
それがレタリーの魔力を吸い、インクとして滲み出す。
そしてレタリーの持つ本。
木製の魔法の杖を作る際に使用されるカシの木を原料にしているものの、どこにでもあるようなありふれたノート。
しかし、そこに先の羽ペンで詠唱を書き込むことで、レタリーの魔法は発動する。
「――なるほど。つまりあの本とペンは彼女の『杖』。
でも、それ以外に特別な秘密はなさそうね」
杖自体に使用者の強さを大きく底上げするような要素があるとは思えない。
自らも杖を使う者として、委員長はそう呟いた。
しかし、そんな彼女の言葉を聞いていた何者かの声が、不意に後方から発せられた。
「……それが、あるんだよ」
見ると、一人の大人しそうな男子生徒が、観客席の通路側に座るアルテアのそばに立っていた。
「やあ。目が覚めたんだね」
「うん、なんとか。まだ首は痛いけどね」
アルテアの言葉に、苦笑しながら首の付け根をさする男子生徒。
魔法科三年、生徒会会計係――『キュレル・アッカート』。
彼は一回戦の第八試合で、運悪く初戦からアルテアと対戦。
アルテアの得意技――クレイドールに首の付け根を手刀で小突かれたことにより気絶。
そのまま敗退となったのである。
彼は容姿だけを見れば決して強そうには見えない。
そんな彼がなぜ、この大会に出場していたのか。
その理由を端的に言えば、『アルテアに勧められたから』である。
元々実直な彼は、基礎練習の反復が好きだった。
その地道な研鑽はやがて、派手さは無いものの確かな実力となって表れた。
ちょうどその頃、アルテアに声をかけられる。
そのまま、あれよあれよと生徒会に所属。
ついには、アルテアに勧められるがままに、ポポロミート杯への出場まで決めた。
――彼は流されやすい性格でもあった。
それにしても、一体、あの杖が、彼女の強さの秘密にどれほどの関わりがあるというのだろうか?
そう疑問に思うとともに――。
(なんか……どんどん増えてくわね)
先程のアルテアといい、当たり前のように会話に入ってきたキュレルといい……。
この状況に少しだけ動揺する委員長だった。




