第38話 森の調査(5)
「カカカカッ!」
まるで何か喋るように顎を動かすスケルトン。
しかしそこから発せられる音の中には、およそ『声』と呼べるようなものは含まれておらず、ただただ骨を打ち付ける音が響くのみ。
只でさえ表情の無い頭蓋骨。それが無機質な音を奏でて動いている。
そのことがより一層、不気味さを醸し出しているように思う。
筋肉もないのに骨だけでどうやって動いているのか――そんな事を魔物に問うても仕方がない。
そして、そんな事を考えている間も与えてくれそうにない。
手にした剣を大雑把に振り上げてこちらに向かってくるスケルトン。その無防備な腹部を、私は剣で横一閃する。
振り抜くと同時に、スケルトンの上半身と下半身が分離し、別々に崩れ落ちる。
――スケルトン。
最初にその姿を見た時、どうしても不死の存在を連想せざるを得なかったけど、そんな心配は杞憂だったようね。
私の切り伏せたスケルトンは、地面に崩れたまま。
再び動き出す素振りは見受けられない。
「カカカカッ!」
「ココココッ!」
その光景を見ていた何体かのスケルトン達は、まるで会話でもするかのように一斉に顎を震わせ始めた。
かと思った次の瞬間、複数のスケルトンが同時に切りかかってきた。
連携のつもりかしら?
確かに、単体で来られるよりは厄介だけど――私なら捌ききれる!
敵の攻撃は正面から受けるのではなく、その力の向きをずらすようにして受け流す。
そして私自身は、剣を振り抜く勢いに逆らわずに体を回転させ、そのまま次の攻撃に繋げる。
――全ては一つの流れの中で。
動きは加速していき、やがて高速の連撃となる。
非力な私には、剣聖と呼ばれるお父様のように、力でねじ伏せるような剣技は扱えない。
私はお父様にはなれない。でも。
お父様とは違う道で――お父様を超えるッ!!
襲ってきたスケルトン達を切り伏せた私はふと、マルヌの方に視線を向けた。
もし彼がピンチだったら、助けに向かわねば。
――え? いない……?
まさか、やられて……。
「いや、お見事! 流石だなッ!」
……なに? このお気楽な声は……。
私の足元に隠れるようにして、この場に不釣り合いな程に朗らかな笑顔を浮かべるマルヌ。
そんな彼に対して沸々と込み上げてくる怒りを辛うじて押さえ込み、一応訊ねてみることにする。
「……あなた、何してるの……?」
「え。だって『やれるか?』って聞いたら、やるって言ったから……」
「ッ……!? そういう意味じゃないでしょ!」
思いがけない答えに、抑えていた怒りがどこかにいってしまった。
それと同時に、なんだか拍子抜けした。
だからこそ気が緩んでしまったのかもしれない。
……そんな余裕なんて無かったはずなのに。
マルヌの方を向いていた私の背後から飛びかかってくるスケルトンの気配。
それに気付くのにワンテンポ遅れてしまったのだ。
「しまっ――」
油断した。
即座に振り返ろうとするものの、もう間に合わない。
そんな焦りと諦めが入り混じった私の顔の横を、一筋の風が通過した。
直後、耳に届いた「バスンッ!」という鈍い音。
少し遅れて、ガララッと乾いた音を立てて崩れ去るスケルトン。
「――た……?」
マルヌの放った魔法で、額を撃ち抜かれたスケルトン。
とは言ったものの余りに一瞬の事だったので、それを理解したのは後の彼の戦いを見てからなのだけれど。
「――そういう意味じゃなかったのね。りょーかい!」
ニヤリと笑うマルヌ。
それは先程までの朗らかな笑みとは違っていて、どこか自信に満ちたような笑みだった。
そのままゆっくりとスケルトンの群れに向かって手をかざすマルヌ。
彼の手元の空気が冷たくなっているのだろうか。
パキパキと音を立てながら、氷の結晶が形成されていく。
これは――十位会談の時に見たのと同じだ。
そう思った刹那、複数の氷の弾丸がスケルトンの群れに向かって発射された。
そしてそのどれもがスケルトン達の額を正確に貫いた。
被弾したスケルトン達は、まるで人形のように脱力した手足を靡かせながら後方に吹っ飛び、力無く崩れた。
「カカカッ!」
「カカッ!」
そんなマルヌを脅威に感じたのだろうか。
スケルトン達は一斉にマルヌに向かって駆けてきた。
中には手に持った剣を投げつけてくる者までいる。
一方でマルヌは、その場から一歩も動く事なくそれらを迎え撃つ。
迫り来るスケルトン達に向かって氷の弾丸を放ち続ける。
たまに飛んでくる剣も氷の弾丸で弾き落とす。
流石に的が動くようになり、なおかつ飛んでくる剣を狙うほうが優先度が高いからか、スケルトン自体への命中精度は下がった様子。
しかしそれでも、額を一撃で貫けなくなった程度。
腕に被弾した者はその手に持つ剣を落とし、足に被弾した者はその場に崩れ落ち、次弾でとどめを刺された。
――そうまでしても、やはり数の暴力は強力で。
迫り来るスケルトン達とマルヌとの距離は縮まっていく。
じりじりとスケルトン達が迫り来る。
そんな状況になりながらも、マルヌはその場から下がろうとはしなかった。
いくら距離が縮まろうとも氷の弾丸を生成しては撃ち出す。それを繰り返す。
私自身、目の前に立ちはだかるスケルトン達を切り伏せながらも、マルヌの様子は目の端で追っていたのだが、思わずこちらが焦ってしまうほど、マルヌの戦い方は魔術師として考え難いものだった。
あの距離――魔術師の間合いじゃない。
魔法を形成し、狙いを定めて、放つ。その工程が間に合う距離じゃない。
近すぎるのだ。
流石に『魔弾の射手』と呼ばれるだけのことはある。
というかこの強さは最早、異常だ。
……もしかしたら私よりも。
いや、お父様よりも。
ふとよぎったそんな考え。思わず体をぶるっと震わせてしまったが、その先を考えないように頭を振って前に向き直る。
今はそんな事、どうでもいい。
そうだ。今はただ――目の前の敵を切り伏せるのみ!
***
リブの華麗な剣技と、マルヌの魔法を前にして、次々とその身を地面に横たえるスケルトン達。
――そうして、リブの眼前に立っているスケルトンがいなくなった頃。
ついに、マルヌとマルヌを狙うスケルトンとの間の距離は目と鼻の先になっていた。
マルヌの魔法によって数を減らしながらも、少しずつマルヌとの距離を詰めていたスケルトン達は、ようやくその手が届くまでマルヌに接近できたのだ。
しかし、そこまで辿り着けたスケルトンはわずか『一体』。
――つまり、リブやマルヌを囲んでいたスケルトンは残り一体、という状況にまで来ていたのである。
やがて最後の一体は剣を振り上げながら地を蹴り、マルヌに飛びかかる。
一気に距離を詰めてマルヌを切りつけるつもりなのだろう。
しかし、依然マルヌは退かない。怯まない。
その手の先は冷静に最後のスケルトンを捉えていた。
「最後の一匹……あっ!」
マルヌがそのスケルトンに向けて魔法を撃ち出そうというまさにその瞬間。
高く跳躍したリブが横から飛び出し、空中で回転しながら剣を振るう。
その剣先は、マルヌが狙っていた最後の標的の首を落とした。
リブは決して、マルヌの標的を横取りするつもりだったわけではない。
ただ単に、スケルトン達を攻撃していた流れで次の標的が目に入り、反射的にそちらに跳んでしまっただけ。
一方で、その光景に驚きの声を上げたマルヌ。
リブは、意図せずとも結果的に標的を横取りしてしまったことに対して、僅かばかりの申し訳なさを感じた。
しかし、マルヌの呆けた顔を見るなり気が変わったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「悪いわね。いただいたわ」
「……このやろ……ッ!」
そんなリブの様子に、悔しさ混じりの笑みを浮かべながら呟くマルヌ。
「なんだこいつら……バケモンか!?」
そんな二人を前にして、密猟者の男は思わず後退りするが、リブは勿論のことマルヌに至っても、そんな彼を逃がす気は毛頭ないのであった。




