第30話 久々のギルド(2)
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「――あらよっと!」
ドスドスと駆けて来るイービルボアに対して、ハンターの男は、両手で握った大きなハンマーを盛大に振り抜いた。
それはイービルボアの額を直撃。
直後に、ドォン! という大きな音が響き渡る。
その衝撃は振動となり、大気を揺らして、少し離れたところで見ていた俺の腹の底にも低く伝わってきた。
「ブオオォォッ!!」
「いってぇッ!」
脳天をかち割られたイービルボアの悲鳴が響く。
同時に、反動で思わずハンマーから手を離す男の叫びも。
ハンマーが地に落ちた。続いて、イービルボアがその巨体を地に伏した。
「どうだい? 僕たちの連携にかかれば、あの凶暴なイービルボアもこの通り! ……ハァハァ……」
リーダーと思われる男が、肩で息をしながら、それでも相変わらずのキザったらしい声色を崩さずに、フフンと鼻を鳴らす。
彼らの戦法は至ってシンプルだった。
囮となる一人が引きつける。その囮を追って駆けてくる魔物を、その先で準備している仲間が攻撃する。それの繰り返し。
イービルボアは巨大な猪の魔物。
その特性は、目の前にチラつく標的に向かって、ただただ突進してくるというもの。
文字通りの猪突猛進だ。
イービルボア自体の知能は低く、単純な行動パターン。
だがそれでも、厳しい野生を生き抜くには十分なフィジカル。
単純なる力の化身だ。
しかしそんなイービルボアだからこそ、彼らの戦法は有効だったと言えるだろう。
攻撃する者は、すぐに身を隠せばイービルボアに襲われることはない。
しかもイービルボアの向かってくるパワーを利用して、少ない力で大ダメージを与えることも可能。
しかし、まさかあれだけ気取っていたリーダーの男が囮役だとは思わなかった。
彼は攻撃には一切参加せず、ひたすらに逃げ回っていた。
……いや、逆に一番危険で重要な役割と言えるか。
「お疲れっした」
俺はリーダーの男に労いの言葉をかける。
お世辞にもスマートとは言えないが、それでも結果は勝利だ。
ただしリーダー含め、勝利に浮かれるハンターの達と俺との間に温度差がある事には目を瞑ってほしい。
――そしてどうやら、そんな彼らと温度差があるのは俺だけじゃないようだ。
俺と共に強引に連れてこられた大剣の男。
彼は倒されたイービルボアの亡骸に駆け寄ると、脇目も振らずに、一人で解体作業を始めた。
「おーい、少年! どうしたんだそんなに慌てて」
「勝利の余韻にくらいひたろうや!」
「うるさーーい!!」
大剣の男はこちらに背を向けたまま一喝する。
「イービルボアが死んでから、刻一刻と時間は流れる! それと共に細胞が腐敗してゆく!
早く解体しないとダメだろうが!」
「だから何をそんなに慌ててるんだ!?」
その声色につられて語気を荒げるハンターの男。
対して大剣の男は、間髪入れずに叫び声を上げた。
「肉は鮮度が命だろうがぁぁッ!!」
肉ーーッ!?
――彼の言う通り、魔物は食える。
魔物とは、体内に魔力を秘めてはいるものの、基本的には一般的な動物と同じだ。
ちなみに、内蔵する魔力量には種族差もあるので、全ての魔物が必ずしも魔法が使えるとは限らない。
なので、魔物だからといって食べても害はない。
勿論、中には毒があるものもいるし、およそ自然界のものとは思えない形をした例外的な奴もいるにはいるが。
確かにイービルボアの肉は珍味として知られている。
俺も山に住んでいる時にはお世話になった。
このクエストは討伐依頼なので、魔物から取れる素材は受注者の好きにして良い。
彼の狙いは初めから肉だったのか……。
彼のあまりの気迫に押され、全員が口をつぐんだが、それも束の間。
ハンターの男達はわらわらと彼の元に向かってゆく。
「お前、何言ってんだ!?」
「だいたい、俺らが狩った獲物だろうが!」
「俺たちより先に取るんじゃねぇよ!」
「そうだそうだ!」
「だまれ! そもそも、無理矢理俺を巻き込んだのはそっちだろうが!
俺は端から一人で狩りにくるつもりだったんだ!」
「それを俺らが助けてやったんだろうが!」
「ありがたく思うところだろうが!」
「そうだそうだ!」
「頼んでない!」
「まあまあ、君たち、落ち着きたまえ!」
リーダーが嗜めようとするが、お互いに引く気は無いとばかりに睨み合う彼ら。
そんな様子を離れたところで見ている俺。
流石に皆、いい歳だ。話し合いで折り合いをつけるだろう。
そう考えれば、先程までの命のやり取りに比べ、平和な光景だ。
そんな事を考えていたのだが、不意に訪れた不穏な気配に、俺のその呑気な考えは吹き飛んだ。
ガサガサと騒がしく揺れる草木。
一斉に飛び立つ鳥達。
地面を揺るがす様々な足音。
何か、巨大な集団が近づいてくる――ッ!
先程までの言い争いをやめ、皆一斉に構える。
あの茂みから出てくるはずだ。
――来た!
ファットラット、ブルヘッドオオクワガタ、キラービー、野ウサギ。
ポイズンリザード、蛇、ホースディアー、フォレストシープ。
猿、鳥、ワイルドウルフ、イービルボア……。
無数の動物や魔物達が入り乱れて向かってくる。
しかしそれらは、俺らを無視して駆け抜けていく。
まるで、何かから逃げるように。
ドシンッ! ドシンッ!
続けて聞こえてくる、一際大きな足音。
「……う、嘘だろ……?」
手にした剣をカランと落とし、力なく呟くハンターの男。
俺らの前に現れたのは、幻獣種――グリーンドラゴンだった。




