05悪役令嬢、作戦を開始する
私が殿下の婚約者となってもう十数年経つが、実は年に数度しかお会いしたことがない。
もともと解消前提の婚約者であったし、なにより殿下は幼いころから多忙でとてもじゃないが気軽にお会いできる機会がなかったのだ。同じ年齢で学友のお兄様の方がよっぽど親しいはずだ。
パーティーでエスコートをしていただくときも必要最低限の会話しかしないので私が殿下について知っていることといえば容姿くらいだろうか。そんな私が突然謁見を申し込んだところで許可がおりるのか甚だ疑問だったが、お兄様曰く、今の状況なら絶対に大丈夫だとのことだった。なぜそんなに自身があるのか謎だったが、結果的にはお兄様の予想通り私は翌日には殿下に時間をもらえることになった。
当然リンスレット公爵家の馬車で王城へ向かうつもりだったがなぜか王家の紋章入りの馬車が屋敷まで迎えに来た。どうやら殿下が手配してくださったらしい。非常に目立つしありがた迷惑だったが、さすがに断ることもできない。仕方ないので私はその馬車に乗り込んだ。その時のお兄様のお顔ときたら・・・虚無だった。
王城に着いてから案内されたのは美しい庭園の中にセッティングされたテーブルだった。
すでにティーセットの準備がされており、きっと驚くような金額の茶器に贅沢な茶葉やお菓子なのだろうなと思った。自宅であれば歓声をあげてこの素敵なティータイムを心の底から楽しんでいたことだろう。
恨めし気に目の前のティーセットを見ていると少し空気が揺らいだ気がした。ふと顔を上げるとまぶしいブロンドヘアが目に入った。ジオハルト・ソライエル・ムーンダスト殿下である。
私は席を立ち淑女の礼をとった。
「やあ、久しいね。愛しい婚約者殿。」
「ご無沙汰しております、殿下。本日は貴重なお時間をいただきまして誠にありがとうございます。」
「愛しい婚約者殿から会いたいと言われたら時間を作るのは当たり前だよ。さあ、座って。」
愛しい婚約者殿、というのは殿下のお決まりの言い方だ。別に気持ちがこもっているわけではない。周囲に仲が良いことをアピールするために昔から使っているいわば私のあだ名みたいなものだ。
「今日のドレスも似合っているね。君の美しさが際立っているよ。今度その髪に合う髪飾りでもプレゼントさせてもらおうかな。」
「いえ・・・けっこうです・・・。あの・・・。」
「ああ、そういえば母上もぜひ君に会いたいと言っていたよ。今日は急だったから予定が合わなくてね。なんでも君に似合いそうなジュエリーがあるから見てほしいらしくてね。次はいつ来れそうかな?」
「あの・・・殿下・・・。」
「それより、そのお菓子は食べてみた?君が来ると聞いて急遽用意したんだよ。君は甘いものが好きだろう?僕も疲れたときにはよく食べるんだけどね。城下でも最近人気のお菓子があるそうだからいつか行きたいとは思っているんだけど、最近少し忙しくて。」
殿下がどんどん話を進めていくので私は口をはさむ隙が全く無い。この方はこんなにしゃべる人だっただろうか。いつも天使のように微笑んで当たり障りのない挨拶をしているだけだったような。
このまま彼の空気に任せていたらいつまでたっても私の目的は果たせない。無礼を承知で私は思い切って殿下の話に割って入った。
「あの、殿下!ちょっとよろしいでしょうか!」
「なにかな、愛しい婚約者殿。」
私はぎゅっとこぶしを握った。大丈夫、頑張るのよ私。お兄様の話が本当なら、このままだと私は処刑されるかもしれない。お兄様もお父様もお母様もただでは済まないかもしれない。私が守るの。ここが私の人生の分岐点なのだから。
「殿下、何度かわたくしの父からも申し入れがあったかと思いますが・・・殿下もそろそろ本格的に妃候補を選ばなければならない時期です。ですので、そろそろわたくしとの婚約を解消していただきたいのですが。」
言った。ついに私は言った。緊張が少し和らぐ。何故か周囲の空気が重くなった気がしたが・・・多分思い過ごしだ。
「・・・君の方から婚約の解消はできないはずだけど?」
「はい。ですから殿下から婚約破棄していただきたくてこうしてお願いに参りました。」
殿下はにこりと微笑んだ。とろけるような表情にくらりとくる。この人は魅了の魔法でもつかっているのだろうか。
「残念だけど、僕は君を妃にするつもりだよ。だから婚約破棄はしてあげられないな、ごめんね。」
私が魅了の魔法でくらくらしている間にとんでもないことが宣言された。
お兄様、大変です。事態が悪化しました。




