03悪役令嬢、事の重大さを知る
「えっと、とにかく・・・僕の前世の世界ではシミュレーションゲームというものがあって、これは分岐点で選択肢から自分で好きなものを選ぶことによって話の内容が変わっていく物語みたいなものなんだけど。その中で僕がやってたゲームが『ローズロマンティックスレッド』っていうやつで、その舞台がこの世界とまったく同じなんだ。」
「どういうことだ?わたしたちはそのゲームの中で生きているとでも言いたいのか?」
お父様が顔をしかめる。
「もちろん作り物の世界だと言うつもりはないよ。現にそのゲームはヒロインの令嬢が攻略対象と出会うところから始まるわけで、それ以前のことはほとんど出てこないから僕も知らないし。だけど、そのゲームの舞台はムーンダスト王国で、登場人物たちの名前も完全に一致してる。これをただの偶然と言うには無理があると思うんだ。」
「登場人物の・・・名前・・・?」
「そう、僕が焦っているのはそこなんだ。いヴ・・・。」
お兄様が私の方を見る。お父様ゆずりの優しいグリーンの瞳が哀しさをまとっている。
「イヴ・リンスレットはそのゲームの主要人物の一人だ。」
「まあ、もしかして主人公なの?イヴはこんなに愛らしいものね!」
手をパンっとたたいたお母様にお兄様は首を横に振った。
「いや、その逆だよ。イヴ・リンスレットはメイン攻略対象の婚約者で最大のライバルキャラ・・・とにかくヒロインの邪魔をするいわゆる悪役令嬢ってやつだ。」
「悪役令嬢・・・?」
間の抜けた声を出してしまう。令嬢というのは間違いない、私はまごうことなき公爵令嬢なので。ただ、悪役というのはなんだ。とくに悪事を働いたことなど無いが。
首をかしげる私に対して、お父様はとても冷静だった。いつも通り顎に手をやりながら問いかける。
「とりあえず、お前が転生者ということは信じられないがそこまで酷似した話があるというのなら一応その内容を聞こうじゃないか。エドワードは何に不安を感じているのか・・・。」
お兄様は少し安心したように小さく頷き、私たちにわかるように説明をしてくれた。
「ゲームの主旨としては何人かいる攻略対象と呼ばれる男性との交流を重ねて、好感度を上げて最終的には結ばれるっていうものなんだ。基本的には誰か一人だけと結ばれるんだけどうまくやれば逆ハーレム・・・・つまり全員と結ばれる結末にもっていくこともできる。分岐点でどの選択肢を選ぶかによって大きく運命が変わってくるんだ。こういうゲームを一般的には乙女ゲームって呼ぶんだけど、乙女ゲームの王道としてとにかく意地悪なライバルキャラが登場するんだ。」
「ちょっとごめんなさい、お兄様・・・。お兄様と乙女っていう単語が結びつかなくて、ほかのことが頭に入ってこないわ・・・。」
「同じく・・・。」
「エドが乙女・・・。」
「3人ともそこはさらっと聞き流してくれよ。僕だってかつての自分の秘密の趣味をこんな形でさらすことになるとは思ってなかったんだから。」
お兄様は恥ずかしそうにしながらも再び咳ばらいをして空気を切り替えた。
そして誰よりも理解が早かったのはお父様だ。さすがは宰相としてこの国を支えているだけはある。柔軟性も冷静さも備え持っている。
「・・・先ほどお前はその攻略対象とやらの婚約者がイヴだと言ったな?つまり現状の婚約者であるジオハルト殿下がその攻略対象というわけか?」
「うん。しかも殿下がメイン攻略対象・・・つまりヒロインと一番結ばれやすい相手なんだ。きっとヒロインは殿下と結ばれる。だからこのままイヴが殿下の婚約者だと、いずれイヴは不本意な形で婚約者の座を追われることになるし、それどころか場合によってはもっとひどいことになるかもしれない。」
「待って!私は殿下の婚約者でいたいわけじゃないわ!皇太子妃になりたいとも思ったことはないもの!殿下に愛する人ができたというならそれは素晴らしいことよ。婚約破棄してもらえるわけでしょう?何が問題なの?」
申し訳ないが、私はいずれ解消されるであろう婚約者に好意を寄せていたわけではないし、皇太子妃・未来の王妃なんて荷が重すぎるから絶対にお断りだ。殿下には私以外のだれかと結婚してもらえるなら大喜びで祝福する。
「問題なのはそのヒロインが殿下と出会うのがお前との結婚が決まったあとなんだよ。結婚式の日取りも決まった状態で開かれた王家主催のパーティーで運命の出会いをするんだ。」
「それは・・・まずいな・・・。」
お父様の顔が一気に険しくなる。
「そのパーティーというのが結納式を祝してのものだとしたら、そこから婚約を破棄することはもう無理だ。あとはもう結婚をしてから離縁するしか・・・。だが・・・たとえ殿下が心変わりをしたから離縁を、となったとしても外聞があるからな・・・表向きはイヴに何か問題があったようにされるに違いない・・・。」
「ちょっと待って頂戴!殿下に不義理を働いたとされたらイヴはどうなってしまうの?当然別のところへ嫁ぐわけにはいかないでしょう?」
「嫁ぎ先を心配する以前の問題だ・・・。どんな理由をつけられるかわからないがその内容によっては処刑される可能性だってある・・・。」
「イヴは何もしていないのに?そんなのってあんまりだわ!」
お母様がポロポロと涙をこぼし始める。私はそっとお母様の肩に手を添える。
最初はお兄様の冗談かと思ったけれど、なかなかに真実味のある話に私たちは何か冷たいものが這い上がってくるような感覚がしていた。




