15悪役令嬢、ヒロインに物申す
「今の発言は取り消していただけますか?」
力をこめた私の声はその場に響き渡った。
「取り消さないわ!本当のことだもの!」
「先程も申し上げましたけれど・・・あなたの常識を貴族社会の常識だと考えるのはおよしになって。わたくしたちはたしかに領民の方々からの税収が生活費の一部となっておりますが、それがすべてではございません。皆様事業をおこされたりしておりますし、そこで得た収入もさまざまな形で領民に還元しております。まるで貴族が搾取しかしていないとでも?あなたはもっと学ばれた方がよろしいですわ。」
貴族はただ贅沢な暮らしをしているわけではない。領地や領民を守るために警備兵を雇い、公園や病院などの公共の施設を運営し、道路や用水路などの整備も行う。領地を治めるということはどれほどの責任と資金が必要になると思っているのか。税収だけで経営を行うことはまず無理だ。だからこそ貴族は城に仕えることで報酬を得たり、事業をおこして利益を得ることで、私財を領地経営にまわしているのだ。だけど貴族は血がにじむほどの努力をしていることを領民には見せない。だって領民には自分たちのことだけを考えて暮らしてほしいから。自分たちの領主が贅沢な暮らしをしているならこの領は豊かなのだと、何かあっても大丈夫なのだと安心していてほしいから。
「あなたが先程の発言を取り消さないというのであれば、あなたのお父上であるクレア男爵も領民をないがしろにしているということですよ。それとも・・・あなた方以外の貴族がそうであるとおっしゃりたいのかしら?だとしたらわたくしたちはそれ相応の抗議を男爵家にしなければなりませんが。」
いくら知識がないからといって私たちを、私たちの先祖を侮辱していいことにはならない。彼女がいずれ皇太子妃になるのであればこういったことはしっかり理解してもらいたい。今ここで少しでも学んでもらえたらきっと彼女のためになる。私は彼女の為を思って言ったつもりだった。
だが、彼女はさらに大粒の涙をこぼした。
「ひどい!こんなに人が多いところであたしのことをいじめて楽しむなんて!」
ああ、彼女には私の言葉は届いていないようだ。
「あたしはただジオ様に挨拶がしたかっただけなのにどうしてそんなにあなたに嫌味を言われなくちゃならないの?」
嫌味か。私の言葉はすべて嫌味だったらしい。
彼女の評価をなんとか上げたいと思っていたが、私はたぶんどうやったってこの場では彼女と殿下にとっては悪役令嬢になる役目なのだろう。ならば、せめて私なりに正しいと思うことをしておきたい。
「・・・あなたからしてみればわたくしはあなたをいじめる嫌な女かもしれませんが、それでもあえて言わせていただきますわ。まず、貴族にも序列というものがあります。自分より目上の方へは自らお声をかけてはいけません。特に未婚の女性が一人で男性に声をかけるのははしたないですからおやめなさい。あと会場内を走って移動するなんて言語道断ですわ。レディとしての振る舞いを一から学んでいらして。そしてなにより先程から申し上げておりますが、こちらにいらっしゃるのは殿下です。男爵家のあなたが礼もせずに愛称で呼ぶなんてことが許されるお相手ではございませんわ。あなたも自身を貴族だとおっしゃるなら家名を背負ってここに立っていることをお忘れなく。あなたの評価はあなたの家の評価に直結するのですから。」
こらえていたことを全部言い切ると少し気分がすっきりした。今の彼女を肯定することは私の矜持が許さなかった。作戦は失敗したが、お兄様はきっと許してくれると思う。
とりあえず私は空気も悪くしてしまったしこの場から退場したほうがいいだろう。このあと殿下が彼女を慰めることでさらに二人は親密になるだろうし、ある意味私はいい仕事をしたかもしれない。そう思ったとき彼女が口を開いた。
「どうしてそんなにあたしのことを目の敵にするの・・・?きっとあたしがジオ様と仲良くなったのが気に入らないのね!ジオ様の婚約者だからって身勝手に振る舞うなんて間違ってるわ!そういう傲慢な態度は改めるべきよ!」
まだ言い返すか。そもそもどうして私は初対面の彼女にここまで言われなければならないのだろう。私、公爵令嬢なんですけど。五大名家の家柄なんですけど。あなたよりも上位貴族なんですけど。なぜこんなに強気で言い返せるのか疑問だ。私にいじめられたと泣き崩れてくれたほうがまだ可愛げがあると思うのだが。
言いたいことはまだいろいろあるがもういい。もう疲れた。私の役目は終了だ。私は十分頑張った。彼女のことは無視して立ち去ろう。
「申し訳ございません、殿下。わたくしはこのあたりで・・・。」
殿下に退場の許可をもらおうと向き直って私は固まった。
あの天使のような殿下がおそろしく冷たい表情をしていたからだ。
悪魔どころか魔王の形相である。
どうやら私は彼を怒らせてしまったらしい・・・。




