10悪役令嬢、新たな作戦を立てる
「ただいま戻りました・・・。」
日も暮れかけてきた頃お兄様がようやく帰ってきた。
「あら、おかえりなさいエド。」
「お兄様、待ってたわ!実は殿下が・・・って、なんだかお兄様やつれてない?なにかあったの?」
「いや、精神的にはズダボロだけど肉体的には無傷だから大丈夫・・・。」
ぐったりとソファーに座り込んだお兄様にお水を渡す。なんだか10歳くらい老け込んだように見える。
「お兄様、実は殿下にお話してみたけどダメだったの。それどころか私を妃にするとかおっしゃられててもうどうしていいか・・・。」
「ああ、さっき殿下から聞いたよ・・・。」
「え、お兄様、殿下のところへ行かれてたの?」
「そう。急に呼び出されて。」
殿下の用事とはどうやらお兄様と会うことだったらしい。なんだかんだで殿下とお兄様は仲が良いのだ。殿下にお会いしていてなぜこんなにぐったりしているかはわからないが。
「正直、これで解決するとは思ってなかったからな。次の作戦に移ろう。」
「次の作戦・・・?」
「実はこれが大本命の作戦なわけなんだけど。一刻も早くうちでパーティーを開けないかな?大規模なものでなくていいけど、殿下を招待できるくらいのパーティーにしたい。」
私とお母様は首を傾げる。だが、すぐにお母様は首を横に振った。
「急に言われてもねぇ。イヴの誕生日パーティーを控えているのに、その前に開くなんて・・・準備ができないわ。」
パーティーというのは招待する方はもちろん招待される方にも準備の時間が必要だ。突然開くことはなかなか難しい。
「やっぱり難しいか・・・。でもただのお茶会じゃ殿下を呼べないしな・・・。」
「ちなみに・・・それはうちが開催していなくても殿下が出席されていればいいのかしら?」
「うーん、殿下は絶対に出席してもらいたいけど、他にも特別に出席してもらいたい人がいるから、招待客リストに融通が効かせられないならダメなんだ。」
誰を招待するかを決める権利はパーティーの主催者にある。他の家のパーティーの招待客リストに口を挟むことはかなり難しい。
だがお母様はにこりと笑ってみせた。
「どのみちお忙しい殿下が急なパーティーに出席できるとは思えないわ。だから最初から出席の予定が決まっているパーティーでいいじゃない。・・・10日後にちょうどいいものがあるでしょう?」
「あ、なるほど!帰還式典か!」
帰還式典とは国境警備を担っていた国軍の隊が帰還するので2年間の任期終了を労って行われる式典だ。そのあとには小規模なガーデンパーティーが催される。軍関係者と一部の貴族しか参加はしないが、一応王家主催のものなので殿下はいらっしゃるはずだ。
「でも帰還式典だと招待客リストはいじれないからダメなんじゃ・・・?」
「王家主催だけど軍の式典よ?招待客については基本的に王家ではなく、軍の方に決定権があるの。・・・さあ、ここで問題よ!現国軍総督閣下は誰でしょう?」
「「おじいさま!!」」
私とお兄様の声が揃った。
国軍の最高責任者である総督はブラッド・アヴァンス伯爵。お母様のお父様、つまり私たちのおじいさまだ。もう引退して領地で余生を過ごしたいのだと前々からこぼしているが、今現在のところまだそれは叶っていない。ちなみに伯爵家の仕事はもうほとんどお母様のお兄様が担っていらっしゃるそうなので、引退できないのは単純に軍の方々に引きとめられているからだろう。
「おじいさまに頼めば招待客増やせるかな?」
「1人や2人なら問題ないと思うわ。でもどなたを招待するつもり?王都にいらっしゃるならすぐにでも招待状を届けられるけど、領地にいらっしゃるなら間に合わないんじゃない?」
「それはたぶん大丈夫。・・・ゲームでは領地にいる場面はまったくなかったから、今も王都の屋敷で生活してるはず。」
「お兄様・・・もしかしてパーティーに招待したい方っていうのは・・・。」
お兄様が頷く。
「ローズマリー・クレア男爵令嬢。彼女は『ローズロマンティックスレッド』のヒロイン・・・主人公だよ。僕の作戦というのは、イヴが結婚させられる前に殿下とヒロインを出会わせてしまおうってわけ。そこでさっさと恋に落ちてもらって、婚約を破棄してもらおう。」
「なるほど・・・!」
「それは名案ね!さっそくわたしからお父様にかけあってみるわ!」
お母様はそう言うなり席を立った。おそらくおじいさまに手紙を書くのだろう。希望が見えてきて私は少しホッとしたけれど、まだ妙に心がざわついていた。
「お兄様・・・うまくいくわよね?なんだか私怖くなってしまって・・・。私が悪役令嬢として物語に組み込まれているならその運命から逃れられないようになっている気がして・・・。」
「僕はさぁ、前世の記憶が蘇ってから何度も何度も考えてたんだけど・・・イヴはどうして王家が婚約破棄してくれないと思う?」
「それがわからないから困っているんじゃない。もしかしたら理由なんてなくて、物語のためにそうなっているんじゃないかって思ってしまって・・・。」
私は目を伏せた。恐怖が忍び寄ってくる。
「僕はね、ちゃんと理由があると思ってる。王家がイヴを手放したくない理由。・・・大丈夫だよ、イヴ。絶対に僕がなんとかする。」
私がゆっくりとお兄様に視線を向けると、お兄様はしっかりと私を見てくれていた。その目はとても頼もしくて優しくて私は泣きそうになった。
ああ、お兄様はいつだって私を助けてくれるのだ。
ならば私は何があってもお兄様を信じよう。




