09悪役令嬢、母の思い出話を聞く
「今思えば・・・お母様とお父様ってよく結婚を許してもらえたわね。」
ドレスの調整がようやく終了し、お母様とお茶を飲みながらふと尋ねてみた。
お父様は代々政の中心にいて国の舵を取るリンスレット公爵家の嫡男で、お母様は国軍及び王族を守護する近衛騎士団の最高責任者を多く輩出するアヴァンス伯爵家の令嬢。両家はムーンダスト王国の五大名家に数えられており、『智のリンスレット、武のアヴァンス』と称されている。この国ではあらゆる意味で権力の強い五大名家の直系同士では婚姻関係を結ばないという暗黙の了解がある。権力が集中することでの他の貴族たちとの摩擦を避けるためだ。
今だにその暗黙の了解は継続しているはずなのだが、何故かお父様とお母様の結婚は認められた。結婚できているのだから王家は賛成していたのだろう(貴族の結婚は王家の了承が必要なので)と当然のように思っていて今まであまり深く考えたことがなかったが、たしかに不思議である。
「そうねぇ・・・。愛の力で、と言えたらいいのだけど。実際はいろいろと根回しや小細工に奔走したしたわね。」
「根回しと小細工・・・?」
「有力貴族の方々にわたくしたちが結婚してもけして他の貴族に不利益にはならないと説得して回ったり、金策に苦労していらっしゃるようなら少し手を貸して差し上げたり・・・まあいろいろよ。でも一番大きかったのは当時の陛下・・・サリウス陛下が味方になってくださったからね。」
サリウス陛下、つまり現陛下のお父上は10年以上前に崩御されている。ずいぶん長く体を患っておられたそうで療養のためにも王位を早くに退かれた。私はお会いしたことはないけれどとても優秀な方だったと聞く。
「もともとわたしのお父様はサリウス陛下がまだ王位に就く前から近衛騎士をしていたし、リッキーのお父様も側近としていつも一緒だったからお二人ともサリウス陛下とは友人と呼べるような間柄だったそうよ。だから個人的には友人同士の子が結婚することは祝福したいとおっしゃってくださったの。だけど、友人の子だからとういう理由だけでは王として認めることはできないからということである条件を出されたの。」
「条件?それはどんな内容なの?」
「・・・それはわたしたちとサリウス陛下の中だけでの密約だから教えてあげられないわ。だけど、本当に大変だったしつらいことも悲しいこともたくさんあったわ・・・。」
お母様は昔を思い出すように遠くに目をやった。いつも朗らかに笑っていらっしゃるお母様の表情がかげるほどなのでよっぽど困難だったのだろう。
「・・・時間はかかったけれど、わたしとリッキーは無事に条件を満たすことができて結婚も認められたの。でもあの方・・・現陛下であるフロイド陛下はそれが気に入らなかったのでしょうね。結局最後までわたしたちの結婚に誰よりも反対していたもの。」
「そもそもどうして陛下・・・フロイド陛下は反対されていたの?やはり他の貴族との摩擦を心配しておられたからかしら?」
「違うわよ。あの方がそんな殊勝なこと考えているはずないわ。単純にあの方はリッキーにべったりだったからわたしに取られるのが嫌だったのよ!わたしと出会ってからリッキーの中の一番がわたしになってしまったから嫉妬よ、嫉妬!昔からそうなのよ、あの方は!お気に入りのものが誰かに取られるのが我慢ならないのよ。本当に子どもみたい!」
プリプリと怒り出すお母様の様子から察するに、お母様と陛下の間には昔からお父様をめぐっての確執がありそうだった。間にはさまれていたお父様はきっと苦労したことだろう。
私が過去のお父様に心の中で手を合わせているとお母様がふと首を傾げた。
「でも・・・不思議なのよね。あの方がイヴの婚約をなぜ破棄してくださらないのが。」
「どういうこと?」
「あの方は性格に難があるけれど、先見の明に長けているとは思うわ。リンスレット公爵家とアヴァンス伯爵家はわたしたちの結婚を認めてもらった恩があるから絶対に王家に背くことはないわ。だから今さら縁戚関係を結ぶ必要はないとわかっているでしょうに。それならべつの家系と縁をつなげた方がよっぽど有益よ。それにいずれ解消するという条件を出してきたのもあちらの方だし。」
たしかにそうである。私と殿下が本当に結婚するとなると今まで黙った貴族たちは猛反発することだろう。それでも強行して得られる利とはなんなのだろう。
あるいは理由など無いのか。
お兄様の前世の話を私は手放しで信じたわけではなかったけれど、もしもすべて本当だとしたら。
もしも私が物語の主人公たちの障害となるべく存在しているのだとしたら。
もしも私の役目が殿下と結婚して処刑されることだったとしたら。
そこにあるのは陛下の意思などではなく、神の力というものなのかもしれない。
物語が物語の通りになるために・・・・。




