六話 美少女怪盗を名乗る不審者現れた、どうする?
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ぱかり、と天窓を開け。
よいしょっ、と軽業師みたいな動きで窓をくぐり抜け。
くるんっ、と空中で一回転し。
「ふっはっは! ボク、さんじょぅべぁ!?」
どしーん、と着地に失敗して派手にすっ転んだ。
「…………訳が分からないよ」
思わず某畜生のようなことを口にしながら、衝撃的な登場をしてくださりやがった女の子を見る。
白に近い灰色の髪をショートカットにし、ところどころに蛍光ピンク――蛍光ピンク!? なんか、すごい色のメッシュが入っている。頭の上には、ぴょこんとアホ毛が二本。長いのと短いのが跳ねていた。
顔立ちはまぁ、そこそこというか、かなりというか、もの凄くというか。『美少女?』って聞かれたらシンキングタイム皆無で『美少女!!』って返せるくらいに整っている。
きらんっ、と輝く紫紺の瞳。やわっこそうなほっぺたには赤色のペイントで☆が書かれている。
身に着けているのは、フリフリブラウスに声を変えれそうな蝶ネクタイ。その上から燕尾服を羽織っている。
下はホットパンツ&縞々ストッキング&ガーターベルトという組み合わせ。黒のガーターベルトが乗った絶対領域が目に毒だった。
身長は、倒れててよく分からないけど、150㎝くらいかな? あんまり大きくはない。
「あてて……着地失敗ってまじー? 登場シーンでキメ台詞とキメポーズミスるとかエンターテイナー失格だナ! というわけで天使様、もっかいやっていいッ!?」
「…………ッ!?」
転んだ時にぶつけたのか、頭を痛そうに抑えながら起き上がった女の子は、テンション高めにくるくると口を回しながら、もの凄い勢いでベッドに腰かける俺へと距離――ちょっ、近い近い近い近いぃ!!
イヌイット式のキスが出来そうなレベルで近付くな!! だいぶ頭がおかしそうだけど美少女には間違いないフェイスがパーソナルスペースのラインを秒で踏み越えて超至近距離にぃいいい!?
何とか視線を逸らそうと、下に向け――って、あ……でかい……。二つのふくらみが、ふんにゃりぽよよんと揺れて――ってッ!! 下もダメだ!!
苦肉の策として目を閉じて女の子の肩を両手で押さえることに。初対面の女の子の身体に触れるリスクはあれど、この距離間のままでいられるよりかはよっぽどマシだ!!
「おおっとっと? なんだかキャロルちゃん歓迎されてないこともないこともない感じー? 招かれざる客扱いは心にくるナ! ちょっと心外だぞ?」
「…………」
いや、貴方は招かれざる客扱いというか、完璧に招かれざる客ですからね? こちとら招いた覚えはないんだよなぁ……。
さて、本当にこの子は誰なんだろう? NPC? それともプレイヤー? このトンチキ具合を鑑みるに……いや、分からんわ。どっちにしろ嫌だわ、こんなヤツ。
俺のコミュ障センサーが警鐘を鳴らしているんだ……!! こいつは天敵だと……!
距離感の詰め方、陽に振り切ったキャラクター性、つかみどころのない性格、こちらを置き去りにしつつ引きずり回す言動……! その全てがドクソ陰キャのクソ雑魚コミュ障メンタルをぼろっかすにしてしまうとッ!!!
ずりずりとベッドの上を這ってキャロルと名乗る女の子から離れる。気分は警戒心マックスの猫である。ふしゃー!!
そんな俺の反応を見た少女は、大げさなまでにがっくりと肩を落とし、両手で顔を覆う。
「うぅ!! なんかなんか、キャロルちゃん警戒されまくりー? 可愛い可愛い天使様に怖がられるとか、普通にショック! 世紀の大怪盗は天使の心を盗めなかったヨ!」
なんかまた変なこと言いだしたな……怪盗? 不審者の間違いでは?
とりあえず、白タキシードにハングライダー、シルクハットにトランプ銃を引っ提げてから出直してきて、どうぞ。
さて……こうしていても埒が明かない。こういう時は……。
「…………じーえむ、こー」
「おおっと! そうは問屋がおろし金ー! ポリスにテルはちょっと待ってくれないカ!? せめて、せめて名乗りだけは上げさせて欲しいのだが!? へるぷみー!」
「もごごごごっ」
くっ、最終奥義『もしもし、ポリスメン?』が一瞬で封じられた、だとう? というか、普通にベッドに乗ってくるな! 口を押えるな! 勢いあまって押し倒すんじゃねぇ!!
目の前でたわわな山脈が揺れてんだよ!? 頭ゆだって死んじゃう!?
ジタバタと藻掻き、なんとか口を覆う手をはずし、ジトリと上にある美少女不審者の顔を睨む。
「ぷはっ…………助けて欲しいのは、俺の方だが?」
「な、ななっ!? なんとびっくり、天使様は俺っ娘だった!? 無表情クール系美少女で俺っ娘ってキャラクターモリモリだナ!? この欲張りさんめぇ!」
「…………俺っ娘言うな。俺は、男だ」
「………………はっ!? な、な、なんだってぇええええええええ!!? こ、こんな可愛い子が女の子なハズないっ! がリアルになってしまっただとぅ!? いやしかし? この世界がヴァーチャルでありましてー? ヴァーチャル世界でリアル……リアルなヴァーチャル…………おおん? なんだかこんがらがってきたナ!?」
「…………なんだこいつ」
「世紀の大怪盗にして、何処にでもいるただの超絶美少女、キャロルちゃんだゾ? サイン欲しい?」
「…………いらん」
ニパッ、と微笑みウインクと横ピースを決めるキャロルに否定を返す。
オーバーリアクションとおふざけが止まらない世紀の大怪盗(笑)。ジト目の湿度が加速指数的に上がっていくぜぇ……。
胡乱げな、とかいうレベルを通り越してもはや完全に不審者を見る瞳で彼女を見つめていると、キャロルは明るさ百%の笑みを、真面目で真剣な表情に変えた。
「…………?」
「――――どう、気は晴れた?」
「…………ッ!?」
それは……まさか……。
熱帯からツンドラ地帯レベルの温度差の変化に眉を潜めていたい俺に、キャロルはやけに優しい声音で聞いてきた。
まるで、俺の心を見透かしているかのような言葉に、絶句する。
何も言えず、ただただ驚きの表情を浮かべる俺に、キャロルはそっと手を伸ばす。
反応できない俺の頬をそっと撫で上げ、両瞼を優しく閉じると、そのまま柔らかな掌を俺の両目を覆うように置いた。
「なんか、元気がない顔してたから。こりゃ、世界に笑顔をばら撒くエンターテイナーとしては見過ごせないなーって思ってナ? どうどう? ちょっとは元気でたー?」
「…………いや、どっちかと言えば、疲れた」
「お? お? それはあれかー? キャロルちゃんが疲れるヤツってことかー? 心・外!」
「…………お前、周りの人に良く『ウザい』って言われないか?」
「不思議と良く言われるナ。まったく、失礼ナ! プンプン!」
おどけたような、ふざけたような――それでいて、柔らかく温かい声音が、耳朶を打つ。
変なやつで、みょうちきりんで、頭のネジが数本外れてて、言動がこの上なくウザい。
けれど、その独特のスタイルとやけにぐいぐい来る積極的な距離の取り方は、何時の間にか筋金入りのコミュ障である俺が、普通に言葉を返すことが出来るくらいに、こちらの心をしっちゃかめっちゃかにしてくれた。
警戒するのも馬鹿らしい、という気分にさせられ、いつの間にか彼女に対する懐疑心を無くしてしまっている自分に気付き、少し愕然とした。
こうして視界を封じられているのも、『人と対面している』という意識が薄れ、コミュ障の発生を抑える要因になっていた。
もしかすると、これもキャロルの狙いなのか? ……だとしたら、俺が翻弄されるのも仕方ないか。そんなコミュ力つよつよに、俺のようなコミュ障の極みがかなうはずがない。
こいつが誰なのか、どうしてこんなところにいるのか。
分からないことばかりだが――アリーゼさんの本性知って、ゲームを止めようかと落ち込んでいた思考が綺麗さっぱり吹っ飛ばされてしまったことだけは、確かだった。
そんなことを考えていると、ゴソゴソギシギシとベッドの上を移動する音が聞こえ――ひょい、と持ち上げられた俺の頭が、マットレスとは違った柔らかさと暖かさを持つ何かに乗せられた。
こ、これは……? いや、まさか……でも、それ以外に……。
「…………何をしている?」
「え? 膝まくらかナ? 知らない、膝まくら?」
「…………それは知ってる。だが、何故?」
「自己紹介をしたいかラ! まだボク、天使様の名前を聞いてないからネ!」
自己紹介するだけなら、膝枕をする必要はないのでは? 俺は訝しんだ。
だがまぁ、コイツの行動にいちいち理由を求めるのも馬鹿らしい。出会って数分だがそれは何となく理解できた。
両目を覆うキャロルの手をどかし、閉じていた瞳を開ける。そうすれば、キャロルの顔が……ああ、ふたつのやわっこさそうな塊で半分くらい隠れてるけど、見えた。
チャシャ猫みたいに微笑む彼女を見つめながら、俺は口を開く。
「…………アインス・トゥルーカーム。よろしく」
「レディース&ジェントルメン! 世界に笑顔を! 観客のハートはボクのモノ! 最高のエンターテイナーにして世紀の美少女大怪盗、キャロル・リインディアだヨ!! ヨロシクネ! アイちゃんっ」
二本そろえた指をピンッ、と額に当て、パチンッとウインクするキャロル。
阿保っぽくあざとい仕草に、俺の口元は自然と笑みを形どっていた。
読んでくれてありがとうございます!!
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