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自己再生なんて、ぜんぜんギフトじゃない!  作者: 氷見野仁
第2章 『ドライアドの秘密』
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第49話 詛呪と自己再生

「……まさか」


 ジェイドは、今目の前で起きている出来事に戦慄し、足を、振るう腕を止めてしまう。


「その若さで、そこまでとは……!」


 ジェイドは賞賛する。彼は、知っていた。目の前で起きている現象がなんなのか。知っていた。知っているからこそ、戦慄し、賞賛の念を持つ。ジェイドの知っている【自己再生】を持っている人間が、その境地にたどり着くまでかかった年月、30余年。


 それを、まだ10代のうちに習得している。これを、賞賛せずにいられようか。そして、今まで余裕を持って(なぶ)っていた時とは違い、スッ、とスイッチを入れる。ここからは本気で行かねば、負ける。


 この技は、力は、異常は、それほどのものだと、知っている。体が、理解している。かつて、自身が若気の至りからその『彼』に挑んだ時の『結果』は、腹部に色濃く残り、生涯に渡る戒めとなっている。


「あなたは、この力を、知っているようだ」


「ええ、知っていますとも。忘れるわけがない……!」


「なら、ますます死ねなくなりました。自分とはなにか、この【自己再生】とはなんなのか。知らずに死んでやることはできない」


「同じ能力でも練度は違う! 本気で行く! 私も負けるわけにはいかない!」


 ジェイドの剣と、クロン()が、激突する。


 ジェイドの詛呪(カース)は発動している。文字通り、彼の能力は呪いのようなものだ。悪魔との契約。そう表現するにふさわしい。自身の剣から繰り出される技でつけた傷を増幅し、そこを中心に相手の体組織を破壊する。それが、【抗天刀拿(こうてんとだ)】だ。そして、悪魔との契約と言われる所以はそのデメリットにあった。


 クロンの振るう腕とジェイドの剣戟が、森の中心で交差する。ビリビリと、空気を震わせる。ジェイドの能力で腕が吹き飛ぶ。腹が裂ける。首に穴が開く。しかし、能力が発動し、常人なら致命傷になる傷を受けながら、クロンの【細胞崩壊】で発生しているエネルギーが、その傷を瞬時に修復する。今の崩壊率は10%。前回と同じだ。これ以上は、自分でもわからないがなにかが危ないと、脳が拒否する。


 クロンの振るう腕が、足が、異常な速力がジェイドを襲う。ジェイド自身も能力で対抗し、剣で受け、着実に傷を作り、傷口を爆ぜさせる。それを、クロンはまったく気にしていない。


 自身が苦手とした相手だ。『彼』との一戦もそうだ。正面から叩き潰された経験は、生まれて初めてだった。能力同士のぶつかり合いは、相性がすべて。相性が最悪なら、勝ち目が極端に低くなる。


 ジェイドにとって、【自己再生】はやりずらい相手であった。『彼』と同様に回復力が【抗天刀拿(こうてんとだ)】で発生させた傷を広げる速度を上回っていることをまざまざと見せつけられたジェイドは、時間稼ぎへと移る。


 今の彼にできることは、その1点のみ。【細胞崩壊】状態は時間制限がある。その間を凌ぐ。大きい傷をつけ、回復させることでその内包エネルギーを消費させる。その1点のみ。クロンとジェイドは、自身の『武器』を振るう。


(リーチの関係なのか、攻撃が私に届かないのは行幸です。あの威力の攻撃を一発でももらうのは、まずい!)


 そう、ジェイドが考えている通り、先ほどからクロンの攻撃は一切ジェイドに届いていなかった。振るう腕が、足が、剣戟と交わり、爆ぜ、回復し、また交わり、爆ぜる。その状態が続く。時間が過ぎる。


(いける!)


ジェイドが相手のエネルギー漏出が落ち着いてきたことを目ざとく理解する。


「ははは! そろそろ限界のようですね! では、駄目押しです!」


 両手に持った翡翠色に輝く短剣をクロス状に振り抜く。クロンの腕に、足に、そして胴体に狂いなく傷を入れるための振り下ろし。しかし、天使はクロンに微笑む。


 クロンは振り下ろされた剣を、蹴り抜く。


 パァン!! と、なにかが弾ける音が2つ、ジェイドとクロンの間から響く。


「バカ……な」


 彼の持っていた短剣が、粉々に破壊されていた。


 クロンは、なにもジェイドに攻撃できなかったわけではない。今この段階で、確実に勝てる手を打ったにすぎなかった。ジェイドに手傷を負わせようと動いた場合、その隙を目ざとく狙われる。無駄な傷を回復することによるエネルギーの漏出、時間制限の短縮は避けられない。だから、クロンは武器破壊を選んだ。確実に、勝つために。クロンの攻撃を、防ぐ手段をなくすために。


「すみません。手加減できるかはわかりません。死なないとは思いますが、先に謝っておきます」


 クロンの拳が、細胞崩壊でリミッターの外れた膂力で放たれる拳が、ジェイドの腹部、かつて別の【自己再生】持ちにつけられた傷へと吸い込まれ、ドゴォ、と音を立て吹き飛ぶ。バキバキバキと、枝を、幹を破壊しながら転がってゆく。


 クロンは少しやりすぎたかと思いながら、ジェイドへと近づいてゆく。死んではないだろう。そう考えながら、森の中を駆ける。


 しかし、その認識は覆される。ジェイドは、腹部に大穴を開け、血を吐き出していた。


「ガッ、グハッ」


「えっ…….」


 クロンは、声を失う。手加減はそこまでできなかったが、それでも一流の、ジェイドほどに強い人間の腹部に穴を穿つほどのパンチではない。しかし。


 クロンでもわかる。ジェイドは、もう助からない。


「そ、そんな……僕は……なんてことを」


「甘いことを……言わないでください。戦いに身を置く者、こうなる覚悟は、常にできています」


 ガハ、ゴホ、と、ジェイドは血痰を吐く。


「そんな、僕の祝福(ギフト)は、人を殺すためにあるわけじゃ……」


「……祝福(ギフト)? ははは、そういうことですか。何か変だと……思ったんですよ……そうか、詛呪(カース)とは別系統の、力……!」


「……詛呪(カース)?」


「そうです。詛呪(カース)。我々が行使する……、呪われた力。必ず、デメリット、が存在する。私の【抗天刀拿(こうてんとだ)】にも。この傷は、あなたの力ではない。私の力のデメリットのせいです、よ」


 クロンは、ジェイドがなにを言っているのかわからなかった、カース? デメリット? そんなことを言われても、頭が追いつかない。しかし、ジェイドは更にクロンを深い沼へと突き落とす。


「そして、クロン、あなたの【自己再生】は、祝福(ギフト)などという天からの、贈り物では、ない。詛呪(カース)、です」


「……そんなはずないです! 僕は、オリエストラの出身で、父親と母親も……!」


  クロンは自分で言いながら、母親のことをほとんどなにも知らないことに気づく。知ろうとしなかったわけではない。父親に聞いても、あまり教えてもらえなかったのだ。クロンは思う、自分は、一体なんなのだ? と。



「フフフ、これは、面白くなってきましたね。ガフ、このストーリーの結末が見れないのは、残念です。『彼』にも、よろしくお伝えください」


「待ってください! 死なないでください! 死ぬな! まだ、まだ聞きたいことが!」


「『彼』とは、必ず、出会うでしょう。我々組織と、あなた方の都市がなんらかの関わりを持っている限りは……。彼に、よろしくと、彼の……名は……」


「名は……?」


 クロンは、聞き返す。


 ジェイドは、もう。


「そん、な……」


 クロンは、絶望する。自身のことではない。人を殺めてしまったことに、深く絶望する。冒険者として、敵対者を殺すことは普通のことで、問題はない。


 エリックやフロウも、かつて都市外へと落ち延びた犯罪者をその手で処理した経験もある。

 

 しかし、クロンはその冒険者の『普通』を知らない。ただ、人を殺した、それだけが彼の頭の中を反芻する。だが、今、クロンにはやらねばならぬことがある。【細胞崩壊】の時間制限は、刻一刻と迫る。今は、行かなければならない。助けなければならない。少し前、聞こえた大きな音。その音を頼りに、向かう。更なる絶望が待っていることを、彼は知らない。

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