池の水を全部抜いてみよう[後編]
A班から順に開始されている生き物救出作戦も遂にE班の出番となった。
「それではE班も生き物救出作戦を開始するっすよ。E班の担当責任者はあたし、チャーンドが担当するっすから、わかんない事があったら聞いて欲しいっす」
「「「は〜い!」」」
幼年学校の生徒を中心に、元気の良い返事が帰る。
「いよいよ行けに入るっすよ、生き物救出作戦開始っす!」
「「「おお〜!」」」
「うわ〜!」
「きゃ〜!」
「うおっ、これは!」
次々と池に入ったE班の人達から悲鳴が上がった。
「マヒナお姉ちゃ〜ん、あしが、あしがぬけないよ〜」
「わたくしのあしもぬけませんわ、あわわ〜、もぐってしまいますわ〜」
ヘドロに足を取られた人達からの悲鳴が、其処彼処で上がる。
私は[霊体感応素材]製のバスタオルを持ってルナとミーシャを空から救出した。
「マヒナ〜、あたいも、あたいのことも助けて〜。ヤバイ、このままじゃ潜り続けて死んじゃう! マジで!」
いくら自分がタンク職だからってフルプレートメイルを装備したまま池に入る馬鹿がいるか!
うん、いいや、セレネの奴は放っておこう。
「すご〜い、ルアちゃん先生すいすいだ〜」
「い、いえいえ、わ、私は、森育ち、なんで、あ、足場の、わ、悪いの、な、慣れてる、から」
みんなが苦戦するなか、ルア先生の動きは本当に見事だった。体育教師だし運動能力も高いんだろうな。
「凄いですね、ルア先生。みんなにも歩き方を教えてあげて下さいね」
「は、は、はいい!」
人見知りが激しいとはいえ学校の先生なので、教える事自体は上手いルア先生の指導の下、どうにかヘドロに慣れてきたE班の救出作業も少しづつ進んでいく。
「どうだ、マヒナ! 大物を取ったど〜!」
いつの間にかトゥングル先生に救出されて復活したセレネが、大きな魚を網で捕まえてやって来た。ほっとけば良かったのに。
「ああ、それはクサヤキャットフィッシュっていう外来種の水性魔獣っすね」
近くにいたチャーンドさんがセレネが捕まえた生物の説明を始めた。
「人に危害を加える魔獣じゃないっすけど、生態系を壊してしまう恐れのある水性魔獣っす。ちょっと匂いを嗅いでみて欲しいっす」
「うげぇ! 臭っ! マジで臭っ! 何コイツ!」
匂いを嗅いだセレネが悶絶する。
「その独特の玉子が腐ったような匂いが特徴で水質を著しく低下させてしまうんすよ、捕まって良かったっす」
「お手柄よセレネ。早く水槽に入れて来なさいよ」
「嘘! あたいが持ってくの。うわっ、臭っ、ほんと嫌だコイツ!」
文句言いながらも、セレネはクサヤキャットフィッシュを水槽へと移しに行った。
「チャーンドさん、ルーもミーちゃんと二人でちっちゃなお魚さんつかまえたの」
「どれっすか、見せて欲しいっす。うわっ、マジ! これは凄いっす!」
超希少種が出た〜!!
「モーントメダカっす。この地方にしかいない固有種で、ここ5年の間は発見されていない絶滅危惧種っす。それが5匹もっす
よ。信じられないっす」
「やったね二人とも。超お手柄だよ」
「やった〜! やったねミーちゃん!」
「わ、わたくしにかかればとうぜんですわよ。でもやりましたわ。もっとたくさんつかまえますわよ、ルー」
「うん!」
二人ともとっても嬉しそうに次なら獲物を探しに行った。
「ちゃ、チャーンドさん、わ、私、や、ヤバババ、ヤバイの、捕まえ、ちゃいました」
たくさんの生き物を順調に、それも手掴みで捕まえ続けていたルア先生が、緑色の皮膚の顔を青色に変えて近づいてきた。
その手には1メートル以上もありそうな岩、いや、亀かなあれ、を持っている。
「うわぁ、こ、コイツは確かにヤバイ奴っすね」
超危険生物が出た〜!!
「バイティングタートルっす。凶暴な肉食魔獣で魔物ランクCの冒険者ギルドの討伐対象っすよ。巨大な口と牙で人間の手首くらい軽く噛みちぎられちゃうっすよ」
「ルアさんは正しい持ち方をしているので心配ないっすが、適当に捕まえていたら手がなくなっちゃうっす」
魔物ランクCの魔獣を素手で生きたまま捕まえるってあり得ないでしょ。ルア先生も只の幼年学校の教師じゃないわね。
トゥングル先生といい、モーント南幼年学校の教師陣って何者なんだろ。
「え、ええ! 魔物ランクCの魔獣ってマジで! じゃあコイツもそうなの?」
いつの間にか戻って来たセレネの手には、ルア先生が捕まえたのと同じような亀が握られていた。無造作に掴んでいる亀の持ち方は、ルア先生の持ち方とは明らかに違っている。
「ば、馬鹿セレネ! 早くそいつを離しなさい!」
私は右掌をセレネの持つ亀に向けて、その掌に魔力を集中させる。
「ん、あの甲羅の瘤は! 待つっすマヒナさん、魔法を撃っちゃ駄目っす!」
「いつまで私を掴んでんのよ、この馬鹿女! 私を捕まえるなんてタダで済むと思ってんの! 私はね、高貴な家の出なのよ、貴女みたいな庶民が私に近づく事も本来なら許される事じゃないわ!」
「へっ?」
セレネの掴んでいる亀が大声で喚き始めた。しかも何か偉そうに。
「ビッグマウスタートルっす。バイティングタートルと似ていて間違えられる事も多いっすが、れっきとした知恵のある魔物っすから、無闇に傷つけたら傷害罪で訴えられるっす」
「はあ、あんな無知亀と似てるって、どの口が言ってんのよ! 私はこの国の王族とも交流があるのよ。下手な事を言うと国外追放になるわよ!」
「それとビッグマウスタートルは大口を叩くので有名でして、色々と厄介なんす」
「はあ、大口? 何言ってんのよ、貴女じゃ話しにならないわ、責任者を出しなさいよ!」
「すいませんっす。この池に住む水性住民の方々には事前に告知して、一時避難をしてもらったと聞いていたんですが」
「はあ、事前になんて何も聞いてないわよ。何よあんた、高貴なる亀族を差別でもしてるわけ!」
「いえ、そんなことないっす。失礼ですが住民登録はお済みですか?」
「当たり前でしょ。ちゃんと魔物省に登録しているわよ。もしかして亀を馬鹿にしてるの? 私は元水性生物格闘競技会のチャンピオンなのよ。狸の分際で偉そうに、ぶん殴られたいの!」
「狸じゃなくてアライグマなんすが、改めてお詫び致しますので、領主様のところまでご足労をお願いするっす」
「はあ、領主? 国王じゃなくて? まあいいわ、本当は領主なんて小物じゃなくて国王にお会いするのが一番なんだけど、しょうがないから行ってあげるわよ、案内しなさい」
「すいませんっすがマヒナさん、あたしはこの方を領主様のところに案内してくるっすから、後をお願いするっす」
「え、ええ、わかった。チャーンドさんもが、頑張ってね」
大きな亀を抱えてトボトボと歩いていくチャーンドさんの後ろ姿を、私は黙って見送った。
「いや〜、凄い剣幕だったね、あの亀」
「あんたが不用意に捕まえてきたからでしょ」
世の中には色々と変わった生き物がいるんだなと勉強になりました。
☆(2時間後)
「マヒナお姉ちゃん、何か変なの見つけたよ」
E班の担当区域の生物の保護も粗方終わった頃に、ルナが30センチくらいの楕円形の泥の塊を抱えて、バシャバシャと歩いてきた。また亀かと思ったけどどうやら違うみたいだ。ルア先生が触ってみたところ柔らかかったらしい。
「何だろうね、ルア先生、これって何かわかります?」
「い、いえ、わ、私も、見たこと、ない、でし、です」
みんなで首を傾げていると、領主のところから戻って来たチャーンドさんが、魔導拡声器で生き物救出作業の終了を告げる。
「これにてE班の生き物救出作業を終了するっす。みなさんのご協力で沢山の貴重な生物を救出する事が出来たっす。本当にありがとうございましたっす」
パチパチパチパチパチパチ
盛大な拍手が作業の終わりを告げた。私達は謎の泥団子と一緒に池から出て、岸へと上がった。
「チャーンドさん、これって何かわかりますか?」
「う〜ん、何でしょうね、あたしも初めて見ます」
チャーンドさんは、泥団子を触ってみたり、ひっくり返してみたりしているが、わからないみたいだ。チャーンドさんが指で突くとポヨンと柔らかい弾力が弾き返す。
「ん、も、もしかしたら沼スライムかもしれないっす!」
「何!」
チャーンドさんの一言で、セレネが剣を抜いて構えた。スライムは弱いと思われがちだが、実際には何でも消化吸収してしまう危険な魔物である。
セレネが剣を振り上げた瞬間、ルナがセレネと泥団子の間に割って入ってきた。
「ダメ、セレネお姉ちゃん。この子がかわいそうだよ」
「でもね、ルーちゃん、もしスライムだったら危険なんだよ」
「ダメ、ぜったいにダメだから」
子供ながらにも真剣な表情で訴えるルナの気迫に、大人のセレネが押されている。
「まあ、まだスライムと決まったわけじゃないし、ちょっと待ってよセレネ」
「マヒナのスキル《鑑定》でわからないの? あんた《鑑定》を使えるようになってたじゃない」
「さっき使ってみたんだけどね。わかんないのよ、多分泥の所為だと思うけど。ちょっと水魔法で泥を落としてみるから、みんな離れてて」
プシャアアァァ
勢いよく噴出される水魔法で少しずつ泥が流されていく。
「ん、え、ひょ、豹柄?」
一部の泥が洗い流されて、そこから豹柄の表面が見え始めた。そのまま全てを洗い流すと、ポヨンとした豹柄のスライムが姿を現した。
「やっぱりスライムじゃないのよ!」
再び剣を構えるセレネを、ルナと、今度は私も一緒に止める。
「待ってセレネ、このスライムは攻撃行動を起こしてない、攻撃する気がないのかもしれない」
スライムには知能がない。普通、スライムは他の生物に遭遇すると、その生物を吸収しようと攻撃行動を起こすのだ。知能がない分どんな生物に対しても同じように反応する。しかし、このスライムはその行動を起こさないのだ。
私はスキル《鑑定》でその詳細を調べてみる。
「種族名は豹柄スライムだって、見たまんまだね」
「豹柄スライムなんて魔物、僕は聞いた事がないな」
「わ、私も、ない、し、新種?」
「あたしもないっす。新種っすか、だったら凄い事っすよ!」
その時、豹柄スライムからミニョ〜ンと手のような触手が伸びてきた。その先には包まれた飴玉のような物があり、ルナの目前まで伸びて止まった。
「くれるの?」
ポヨンポヨンと縦に揺れる豹柄スライム。
「ちょっと待って、ルナ!」
止める間もなく包みを開いて、ルナはパクっと食べてしまった。
「あまくっておいし〜、ありがとう」
「ちょっとルナ大丈夫?」
満面の笑顔のまま「大丈夫だよ」と言うルナの将来が心配になってしまう。疑う事なく何でも受け入れてしまう妹の将来を。
再び豹柄スライムから触手が伸びて、今度は私の前で止まった。
「私は霊体だから飴玉は食べられないよ、気持ちだけいただいとくね」
私の言葉を聞いた豹柄スライムの触手は、ミーシャの方へと移動した。ミーシャも飴玉を口に入れて「おいしいですわ」と笑みを浮かべる。
「あ、マヒナってテイマーの副職を獲得したじゃない、もしかしたらコイツってばあんたの従魔になりたいんじゃないの?」
セレネの言葉に、豹柄スライムがポヨンポヨンと縦に揺れた。
「そうなの?」
私がもう一度問いかけると、更に高くポヨ〜ンポヨ〜ンと飛び跳ねる豹柄スライム。
私は両手を豹柄スライムに向けて突き出し、従魔契約魔法を唱え始める。
「汝、我が命に従い、我が従魔となりて、我と共にあり、我と共に生き、我の道を照らせよ。さすれば我も汝とあり、汝に道を示す者となる」
契約魔法が成功した証となる光が、私と豹柄スライムに宿り光り出す。その時、何故かルナの体までもが一緒に光を放った。
『いや〜、やっと話せるようになったわ。ウチもこれから頑張るさかい、宜しく頼むわな、マヒナはん』
私の頭の中に念話が飛び込んできた。それがおかしな話し方の家族が増えた瞬間となったのだった。
ーーーーー[次回予告]ーーーーー
死んじゃったけど魔物に転生して蘇った私。
幽霊じゃないですよ、ウィルオウィスプなんです!
ていうかね、次回予告なんてやりようがないんですよ。
作者がね、次回作のサワリだけ書いて私に予告やれって無茶振りもいいとこでしょ。
せめてプロットくらいちゃんと書いてから言いなさいよ!
次回[新型伝染性胃炎の流入を防ごう]
最近の次回予告は作者への文句ばっかり言ってるな!
誕生日投稿スペシャル
本日通算20回目
この作品で本日12回目の投稿です。
これで本日ラストです。疲れました。
【作者からのお願いです】
読者様からの反応を何よりの励みとしています。
ポイント評価、ブクマ登録、感想、レビュー、誤字報告を頂けますと、創作意欲のより一層の向上に繋がります。
お手数だとは思いますが、何卒宜しくお願いします。