新型伝染性胃炎の流入を防ごう
前回の話が長くなってしまったので、後日談を今回の冒頭にもってきたのですが、今回の話は前回以上に長くなってしまいました。
前後編に分ける事も考えたのですが、次回の話を2話構成にする予定なので、今回はこのままにします。後半駆け足になっちゃったけど。
一話完結ってのも結構難しいですね。
一話分を2500〜3000文字で書く予定でいましたが、今後は余り文字数に囚われないで書こうと思います。
ヘプルバーン大池の清掃は水抜きの後にも1週間かかった。
ヘドロを除去して底を清掃するのに5日間。その後の2日間で乾燥させて水を戻したのだ。
乾燥に充てた2日間以外は私も清掃に明け暮れた。因みに2日間の乾燥期間中は魔力切れを起こして寝ていた(ウィルオウィスプである私に睡眠の必要はないのだが、魔力切れによる機能停止状態)ので、全てに関わったと言っても過言じゃないだろう。
水を入れて3日間は池の安定を待ち、その後に在来種の水性生物達を戻した。
水質の改善されたヘプルバーン大池は全ての機能を取り戻し、その美しい姿を街民の目に映し出している。
捕獲された外来種の水性生物達は一時的に保健所で管理されている。これから保健所の手配で動物園や水族館、研究機関等へと移されていくだろう。
今回はその保健所からの仕事の依頼である。その内容は、南の帝国で発見された新型の伝染性胃炎のモーント街への流入を防ぐ為の水際対策の手伝いだ。
新型伝染性胃炎、通称コルビート20は発見されて以来、南の帝国において爆発的に蔓延した極めて感染力の高い伝染病である。
その感染力は周辺諸国にも広がりを見せており、モーント街でもその対策を行う事になった。その対策に感染の心配のないアンデットである私に協力要請という形で仕事が回ってきたのだ。
「あら、マヒナも駆り出されたんだ」
「え、ゲッカ? ゲッカがなんでここに?」
ゴーストであるゲッカに協力要請がきてもおかしくはないけど、[霊体感応素材]の専門店のショップ店員であるゲッカが保健所と繋がりなんてあるのかな?
「なんでって事はないでしょ、アンデット組合から積極的に協力して欲しいって会報が届いたのよ。強制じゃないけど協力金も出るからね、今日は休みだし、暇だから来たのよ」
アンデット組合?
知らない団体名が出てきたので、私はゲッカにアンデット組合について質問した。
「アンデット組合は全国規模の大きな組合で、人間の国、魔物の国を問わず働いているアンデットは殆ど入ってるわよ」
「毎月届く会報誌にはアンデットお得情報が載ってるし、たまにアンデット優待券が送られてくる事もあるから、あんたも入っといた方が良いわよ」
「へ〜、どうやって入るの?」
「知らないけど、直接組合のモーント支部に行ってみれば良いんじゃない? 私は【サワレール】で仕事し始めた時に、お店経由で入ったからね」
「【サワレール】って?」
また私の知らない単語が出てきた。
「へっ? マヒナも買い物に来たじゃないの、私の勤めてるお店、正式名称は【霊体感応グッズショップ・サワレール】。全国チェーンのアンデット界では有名なお店なのよ」
「店員の殆どがアンデットだから、アンデット組合にもツテがあるのよ。お店の名前くらい覚えといてよね!」
ゲッカのお店って有名なチェーン店だったんだ。覚えとこ。
それにしてもアンデット組合か、一度行って話しを聞いてみようかな。
「あらあら、マヒナさんにゲッカさんも、お二人も協力にいらしてたんですね」
「そういうチュプさんもですよね」
「ええ、はい、ハッピーワーキングエブリィの職員は公務員ですから強制なんです〜」
やっぱり職安とは言ってくれないのね。
「職安って公的施設だったんですね、私はてっきり民間会社かと思ってましたよ」
「民間の職業斡旋所もいくつかありますよ〜。公的機関が運営してるのは、ハッピーワーキングエブリィだけですよ〜」
こんなところでまで、ハッピーを連呼しないで欲しい!
「ところでチュプさんは何故マスクを? 感染はしないんですよね」
チュプさんは小さな桜の花がいくつも描かれた花柄の立体マスクを着用している。
「実体のあるアンデットは内部の除菌が難しいのでマスクの着用を義務づけられてるんです〜。これも菌を街に持ち込まない対策の一環ですよ」
「スケルトンは内部の除菌も出来るんですけどね。規則だからって前日にマスクを渡されました〜」
「へえ〜、保健所にしては可愛らしいマスクを配ったんですね」
「これですか〜、頂いたマスクが可愛くなかったので、これは自分で作っちゃいました〜」
相変わらずのお洒落さんだな、今日もカチューシャ付けてるし、髪無いけど。
「ご苦労様っすマヒナさん。チュプも来てくれたんすね、ありがとうっす、ハァ」
「え、何? こ、怖い! 誰?」
頭の天辺から足の先まで、全身を白いビニール素材で作られた服、いや、防護服で覆われた人物が近づいてくる。
顔の下半分はマスクで覆われ、目にはゴーグルを掛けている。更にその顔は、防護服から伸びたフードを頭から被り、フードの前面に付いた透明なプラスチックのバイザーで胸の辺りまで覆われている。
手足には厚手のビニール素材で作られた、水色の手袋と長靴を履いている。身体の前面も同じ素材で作られた水色の大きなエプロンで、胸から膝上までを覆って完全防護体制だ。
「何言ってるっすか、あたしっすよ、ハァ」
「そうですよ、わかりませんか〜マヒナさん、チャーンドさんじゃないですか〜」
「えっ、チャーンドさん? マジで?」
「そうっすよ、ハァ、あたしっすよ、ハァ」
宇宙人の様な謎の人物の正体は、保健所所長のチャーンドさんだった。それにしてもこんな格好しているチャーンドさんの正体を、チュプさんは良く一発で見抜けたな。頭のフードからピョコと盛り上がってる耳の跡で気づいたのか?
「チュプさんとチャーンドさんは知り合いなんですね」
「保健所で定期的に開かれている、飲食系や清掃系の職業セミナーに私も参加することがあるんですよ〜。チャーンドさんにはいつも良くしてもらってます〜」
「職安職員の中でもチュプは真面目な模範職員っすからね、ハァ、保健所の要請には優先してチュプを回してもらってるっす。ハァハァ、こっちこそ、ハァ、お世話に、ゼェハァ、なってるっすよ、ハァハァゼェゼェ」
「ちょっと大丈夫ですかチャーンドさん? フラフラしてますけど」
「この格好、めちゃくちゃ暑いんすよ。大丈夫っす、規則っすから耐えるっすよ」
見るからに暑そうだもんな。
「そちらのゴーストさんは、ハァ。マヒナさんのお知り合いっすか、ハァ」
「ゲッカといいます。今日はよろしくお願いします」
「ハァ、ゲッカさんっすか、ハァ、保健所所長の、ハァ、チャーンドっす、フゥ、よろしくっす、ゼェハァ」
本当に大丈夫かな? チャーンドさんってアライグマの獣人だから毛も多いだろうしな。
「ハァハァ、実体系アンデットのチュプは、ハァ、そこの、フゥ、消毒用と書かれている、フゥ、仮設テントの、ハァ、前で待ってるっす、ゼェハァ」
辛そうだなぁ。
「霊体系のお二人は、ハァハァ、あたしに、ハァフゥ、ついてきて、ゼェハァ、下さいっす、ハァハァ、フゥ」
そう言って歩き出したチャーンドさんの身体が揺れている。フラフラして足元が覚束ない。
「ハァフゥ、こ、この先の、ヒィフゥ、て、テント、ゼェハァ、まで、ゼィゼェ、ご、ヒィハァ、ご案内、 ・・ ・ はれ?・・・・・ポテンッ!」
うわぁ! チャーンドさんが倒れた!
「だ、誰か〜! チャーンドさんが、所長さんが倒れましたよ〜! 誰か早く来て下さい!」
「誰か〜〜・・・・・・」
「誰か・・・・・・」
「大丈・・・」
「・・」
私とゲッカは[入街受付・説明所]と書かれた貼紙が貼られている仮設テントの前で、保健所職員に説明を受けている。
私達の役割は、入街希望者から入街目的を聴き、身分証を確認した後、入街希望者に検温をしてもらう。今回の新型伝染性胃炎の症状に発熱が伴う為だ。
その上で私達が今回の入街における特別処置の説明を口頭で行い、誓約書にサインを貰い、その後、入街希望者はチュプさん達が担当している消毒用テントに移動する事となる。
え、チャーンドさんですか?
チャーンドさんは脱水症を起こして、今は南門内にある衛兵待機所の診療室で点滴治療を受けてます。
寝ていれば良くなるということなので、心配はありませんよ。
ついでに門の説明をしますと、モーント街の街壁には東西南北4つの門があります。その内の西門は騎士団専用門なので、一般的に使われているのは東、南、北の3つの門です。
現在はコルビート20流入阻止の為の緊急処置として東門は閉鎖、南門はモーント街所属の冒険者のみ通行が可能(出入りには消毒義務がある)となっています。
私やゲッカが説明する特別処置は次の通りです。
《コルビート20流入阻止の為の入街に関する特別処置》
【モーント街民の入街】
1・出街後2日未満の入街には消毒を要する。
2・出街後2日以上経過している場合の入街は、A入街者の処置に準ずるものとする。
【A・同領内他街からの入街者】
1・コルビート検査により陰性ならば消毒のみで入街可。
2・入街後、5日後・10日後にコルビート検査により再検査。
3・2の検査により陽性の場合は15日間指定宿屋において隔離後に再検査。
4・モーント街滞在中の街の出入りに関しては、モーント街民の処置に準ずる。
【B・同国他領内からの入街者】
1・消毒後、コルビート検査において陰性ならば10日間指定宿屋において隔離。
2・以下A入街者の処置に準ずるものとする。
【C・他国からの入街者】
C入街者はB入街者の処置に以下の処置を加えるものとする。
1・滞在中の宿泊先の報告義務。
2・滞在中の不要不急の外出の自粛。
3・滞在中の不要な宿外での外食の自粛。
4・滞在中の会食・会談その他、他人との会話を伴う接触の際のマスクの着用。
(2・3・4に関しては強制ではなく要請)
尚、他国からの転居希望者には個別に対応致します。
【コルビート検査での陽性の場合の対応処置】
コルビート検査の陽性者は、モーント街指定伝染病専門診療所において速やかに隔離治療を致します。
陽性反応が確認された場合には慌てずに担当の医師や治療魔法師の指示に従って下さい。
と、まあこんな事を説明して納得してもらうわけです。
概ねの皆さんにはご理解頂けて素直に協力して頂けます。まあ、中にはゴネる奴もいるんですが、思っていたよりも少なかったです。
私やゲッカのような霊体系アンデット族が担当した[入街受付・説明所]は、他の街からの入街者の少ない午前中には殆ど仕事がありませんでした。
お昼過ぎから段々と増えていき、ピークとなった夕方16時頃はかなり忙しかったけど、チュプさん達実体系アンデット族が担当した[消毒用]仮設テントに比べれば楽なもんでしたね。あっちは一日中忙しくて大変そうでした。
霊体系の中でも比較的楽に物質を掴むことの出来るレイスなんかは、応援に駆り出されてましたからね。
閉門時間の20時まで後少しですが、私とゲッカは休憩時間なので、南門の衛兵待機所の診療室までチャーンドさんの様子を見に来ました。
疲労のないアンデットに休憩は必要ないんだけど、規則で休憩時間まで定められているのです。全く、お役所って奴は。
「成る程、[霊体感応素材]の消毒機具が必要になるっすね、検討してみるっすよ」
「それよりチャーンドさん、体の方は大丈夫なんですか?」
「一日中たっぷりと休ませてもらいましたから、もう大丈夫っすよ。ムチャクチャ元気っす」
「しかし、そうっすね、防護服も改良の余地ありっすね。あれをこうして、ああだこうだ、ぶつぶつ・・・」
防護服の改良案を考えだしたみたいで、チャーンドさんはぶつぶつと独り言を言いながらメモを書き始めた。話し方は軽い感じだけど、真面目な人だな、この人。
コンコン「入りますよ〜」ガチャ
のんびりとした声とともに診療室のドアが開く。そこにはチュプさんが立っていた。
「あらあら、どうですか〜チャーンドさん、お体の方」
ドンッ!
その時、何かがチュプさんの背中にぶつかって、チュプさんは診療室の中に押し出された。
「あらあら、押されちゃいました〜」
ドタンッ
バランスを崩したチュプさんは私の背後で転んでしまった。
「門破りだ! 他国からの冒険者が検査を受けずに街中に入ったぞ!」
診療室の外から大声で叫ぶ声が聞こえる。
どうやら特別処置に従わなかった奴がいるらしい。チュプさんを突き飛ばしたのもおそらく其奴だろう。
「マヒナさんお願いするっす!」
「任せて!」
「私も行くわ!」
私とゲッカは外へと飛び出した。
壁をすり抜けて直接街中へと出る。霊体である私やゲッカに障害物など関係ない。
「マヒナはあっちへ、私はこっちを探すわ!」
「了解!」
私とゲッカは二手に分かれて違法侵入者を探す。
民家を二軒すり抜けて大通りに出ると、不自然に走る冒険者風の男を見つけた。
追いついて、走っている男の真横を私が飛ぶと、その男が大声でがなる。
「なんだ、テメエは!」
「なんだじゃないわよ! 検査を受けずに街に入ったのってアンタでしょ。戻って大人しく検査を受けなさいよ!」
「はあ、検査なんぞ受けなくてもわかってんだよ、俺は陽性だからな!」
「え、え? どういう事よ!」
「決まってんだろうが、まだ流行していないこの街にコルビート20を蔓延させてやるんだよ!」
「へ、何言ってんの? どういうつもりでそんな事?」
「俺様だけが病気で苦しむなんて不公平じゃねえか、だからだよ!」
走りながら訳の分からない理屈で自分を正当化する馬鹿男。
クズだコイツ! こんなクズに手加減の必要はないな!
私は走るクズ俺の足元に、風魔法で竜巻を発生させて、クズ男を上空へと巻き上げる。
「うわあぁぁ! なんだあぁぁ!」
私は巻き上げられたクズ男と一緒に街壁の上を越え、南門の外側へと移動した。
「うわあっ高え! このクソ女が、降ろせこのアマぁ!」
「いいわよ!」
降ろせと息巻く男の言葉に、私はウィンクで返す。その瞬間に男を運んでいた風が消滅した。
ヒューーー・・・
「うわあぁぁ! 落ちる! 落ちるぅぅ!」
真っ逆さまに落ちるクズ男の眼前へと地面が迫る!
「ぎゃあぁぁ! し、死ぬ! 死んじゃうぅぅ!」
フワッ
地面に激突する寸前で再び竜巻が発生し、クズ男の体を浮かせた。
泡を吹いて失神、失禁もしている男の体を、私は消毒用仮設テントの前にふわっと着地させた。
多くの人達が、病気の蔓延を防ぐために協力してくれる中、こういう馬鹿な行為に走るクズ野郎も存在する。
私は情けない姿で横たわるクズ野郎に向かって呟いた。
「ザマアミロ、この最低ゴミ男!」
ーーーーー[次回予告]ーーーーー
死んじゃったけど魔物に転生して蘇った私。
幽霊じゃないですよ、ウィルオウィスプなんです!
コルビート20の影響で他国に行く事が困難になってしまった。なので感染の心配のない私が、領主に頼まれて、大事な荷物を他国へと届けることになったのだ。
次回[誕生日祝いを届けよう[前編]]
え、何? 伝説の魔獣? ってマジで!
今回の題材を扱う事に関しては迷いもありました。幸いにも身近に新型コロナの感染者を出していない私が、扱っていいものだろうかと。
しかしながら思うところもあり、なるべく不快な思いを抱かせないように配慮しながら書いたつもりです。
今後もこの題材で書く事もあるかもしれませんが、そのような配慮を忘れないよう努めます。
新型コロナに感染・発病し闘病中の方、経済的な圧迫を受けている方、様々な方々がおられると思いますが、共にこの危機を乗り越えられるように頑張りましょう。
最後に、不幸にも新型コロナの犠牲となられてしまった、全ての皆様のご冥福をお祈り申し上げます。
【作者からのお願いです】
読者様からの反応を何よりの励みとしています。
ポイント評価、ブクマ登録、感想、レビュー、誤字報告を頂けますと、創作意欲のより一層の向上に繋がります。
お手数だとは思いますが、何卒宜しくお願いします。




