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そのよん_奥様と美人コンテスト

うちの奥様は、すぐに調子に乗ります。

旦那様、あまり奥様をいい気にさせないで頂けますか?


奥様になった魔王様と、王国を出奔した聖騎士な旦那様。

尋常ではない御二人の、ごく普通の日常です。

 

 

「春の別嬪比(べっぴんくら)べ大会?」

「ああ、自治会が主催するらしいんだ」


 いつものように奥様が、商店街へ買い物に行った時のことです。

 乾物屋で豆や干し茸を品定めしていると、店の主人がその話題を持ち出しました。

「町一番の美人を決めようって催しさ。場所は町の広場で、なかなか盛況になりそうだ」

「まったく。女性の品評会なんて不謹慎なことを、自治会が主催するなんて」

 嘆かわしいと首を振りながら、奥様は計量用のスコップで豆をざくざくと掘り起こします。

 あからさまに虫食いや異物混入を確かめる奥様を見て、乾物屋の主人は苦笑いです。

「面目ねえ。男ってのは馬鹿なもんさ」

「まあ、そういう殿方の馬鹿さ加減は、嫌いではありませんけどね」

「懐が大きいねえ、嬢ちゃんは。うちのカカアに見習わせたいよ」

 乾物屋の主人は、感心したように首を振ります。

 男の生態については旦那様に仕込まれたというか、だいぶ寛容になりましたからね。

 独身時代の奥様なら、その大会を焼き打ちにしたかもしれません。


「嬢ちゃんも参加したらどうだ? 嬢ちゃんなら優勝間違いなしだぜ」

「遠慮しておきます」

 にべもなく答えた奥様は、主人に豆を二杯分注文します。

「そうか、残念だな。優勝者には賞品が出るのに」

「…………賞品?」

 双眸をギラリと光らせ、奥様が訊き返します。、

「おうよ、なんでも小麦一か月分らしいぜ?」


 奥様の表情が、完全に獲物を狙う狩人のそれになりました。



 家に戻る道すがら、訊くまでもないことですが一応尋ねます。

「なんたらという大会、参加するつもりですね、奥様?」

「無論だ! 小麦一月分だぞ!」

 奥様、鼻息が荒いですよ? どうしてこんな貧乏性になってしまったのでしょうか。

 しかも魔王が見世物に参加するなど、外聞が悪すぎです。

「白いパンを毎日食卓に出せるのだ、一時の恥がなんであろうか!」

 あ、やっぱり恥ずかしいのですか。


「しかしまあ、優勝するとは限りませんけどね?」

「ぬぐっ!?」

 わたしの冷静な指摘に、奥様のテンションが急落しました。

「…………いやしかしですね、客観的に見れば余も、割といけているような気もするのですが?」

 自信なげに主張する奥様。

「そうですね。奥様は容姿だけは、まあまあですからね。容姿だけは。まあまあ」

「おい! それで褒めているつもりか!」

「いいえ、褒めてませんよ?」

「褒めてないのか!?」


 まあ、大丈夫ですよ。間違いなく、奥様の圧勝ですから。

 奥様の美貌に太刀打ちできる輩など、この地上には存在しません。

 調子に乗ってしまうと面倒なので、そんなことは口にしませんが。


      ◆


「というわけで、その催しに参加します! 小麦一か月分のために!」

 夕食の席で奥様は、乾物屋の話を披露して参加の決意を表明しました。

 旦那様は食事をしながら、黙って奥様の言葉に耳を傾けます。

 やがて最後の一口を嚥下し、ゆっくりと香茶を飲み干してから、

「ふーん」

 そっけなく、関心なさそうに鼻を鳴らす旦那様。

「えーと、わたしが参加するのに反対なのですか?」

 旦那様の態度に違和感を覚えたのか、奥様が上目遣いで尋ねます。

 やはり聖騎士としては、そういう不謹慎な大会に否定的なのでしょうか?

「いいや、そんなことはないよ?」

 旦那様の返事は平板で、感情がこもっていません。

「優勝は難しいでしょうけど、気楽に恥をかいてきますね?」

 戸惑った奥様が空気を変えようと、おどけてみせました。


「ローズは優勝するよ」


 明日は東から太陽が昇るよ。そんな感じの口調で、旦那様が断言します。

 つまり、自分の妻が一番美しいと、そう言いたのですね、旦那様は?

「えーと、その、頑張ります、はい」

 奥様の頬が朱に染まるのを見て、旦那様の口元にようやく温かな笑みが浮かびます。


 ――――きっと、いつものパターンですよ、これは。


「ローズなら普段通りで大丈夫………………みんなが見惚れるよ」

 ボソッと加えた呟きを、奥様は聞き逃しません。

「もしかして…………妬いちゃいますか?」

 奥様に見詰められ、顔を背ける旦那様。

「…………うん、たぶん」

 むず痒くなるような、なんともいえない空気が漂います。

「…………参加、止めておきますね?」

「…………ありがとう」

「…………いえいえ」

「「……………………」」


(いやはやなんとも困った困った! 嫉妬深い夫を持つと苦労するな!)

 焼きもちをやかれたのが余ほど嬉しかったのでしょう、奥様は有頂天になりました。



 奥様、旦那様。

 ――――いい加減にしやがってくださいましね?


      ▼▼▼


「それでは! リオリス自治会主催! 第一回別嬪比べ大会の栄えある優勝者は!」

 司会である小間物屋の若旦那の声が、町の広場に集まった人々に響き渡る。


「ギルドマスターのシルファ・シルヴィンさんです!」


 壇上に居並ぶ女性達の中で、黒髪のエルフが両手を口元で押さえて驚く、フリをする

「二位のミルチルちゃん! 三位のマヤちゃんと大差をつけ、堂々の優勝です!」

 パチパチと、観衆が盛大に拍手を鳴らす。

「シルファ・シルヴィンさん、今のお気持ちをどうぞ!」

「ありがとうございます! うちの職員達が勝手に申し込んだのですが、まさか優勝できるとは思いませんでした!」

 嘘を吐けと、ギルド職員達が内心で呟く。遠回しに命令したじゃないか、と。

「優勝の嬉しさだけで、もう十分です。賞品はぜひ、二位と三位の二人で分けてください」

「おお、さすがギルドマスターです! この方は、美しいだけではありません。ギルド直営の酒場の仕入れで商店街に貢献するなど、町の発展に大きく寄与しています。この方が優勝するのは、もはや必然だったのでしょう!」

 黒い裏事情が垣間見えそうな、小間物屋の熱弁だった。


 シルファ・シルヴィンは、拍手に応えながら妖精眼を発動していた。


 自治会に示唆して、これだけ大きなイベントを催したのだ。

 きっと目的の人物も見物しているはずだと、彼女は観衆を見回した。

 まさか町のお祭り騒ぎをよそに、自宅で妻とイチャついているとは夢にも思わない。


(英雄様! あなたのシルファ・シルヴィンが、ここにおりますよ!)


 黒髪のエルフは心の中で呼び掛け、手を振ってアピールした。



機会があれば、またお会いしましょう。

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